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「亜由未が教えてくれたこと」坂川智恵さんインタビュー 第2回 地域の人々と交わるスペースを創る

2017年07月24日(月)

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由未が教えてくれたこと」坂川智恵さんインタビュー
第2回 地域の人々と交わるスペースを創る

▼地域の人とかかわらないと地域生活とは言えない
▼介助は責任感でやってほしくない
第1回 第3回 第4回

 


Webライターの木下です。

地域の人とかかわらないと地域生活とは言えない


201707_ayu2-1_nhklogo.jpg東京の板橋区にある「あゆちゃんち」は、坂川家のご自宅であるとともに、地域のコミュニティスペースでもあります。家には「あゆちゃんち」という垂れ幕が下がっていて、活動内容の書かれたチラシも吊るされています。ふつうの一軒家のままでは、訪れる人にわかりにくいので、「あゆちゃんち」を利用する仲間ともに、コミュニティスペースらしい装飾を施したのだと言います。

木下:「あゆちゃんち」はコミュニティスペースということで、英会話教室だったり、ゴスペル教室だったり、たんに暮らしの場というだけではありませんよね。ご自宅をそういうスペースにしようと思われたのは、なぜですか。

坂川:地域で生きていくことにしたのですが、ヘルパーさんと家の中にじっと一緒にいるだけで、はたして地域の暮らしと言えるのだろうかという疑問が生じたのです。確かに、ここは山奥ではないけれど、たとえ住所が町中にあっても地域の人とかかわらなければ地域生活と言えないのでは、と。

 実は、最初は町に出ていって、小学校や児童館、老人ホームとか、いろいろなところで亜由未を働かせてくれないかと頼んだのです。「洗濯物もたたみます。掃除もやります。ボランティアとして何でもやります」と。でも、「前例がない」とみんな断られました。それでも、あるコミュニティカフェが店番としておいでよって言ってくれて、喜んでやり始めたのです。
 だけど残念ながらそこは狭くて。横になったりうつ伏せになったり、亜由未が体位交換するためにはスペースや装置が必要なのですが、そこではできませんでした。それどころかトイレも使えない。それで亜由未を無理させることが多くなってしまって、だんだんしおれるように体調が悪くなって…。介助の人もヘトヘトになるので、せっかくのご厚意だったんですが続けられなくなりました。

 それからトライアルを重ねるうちに、亜由未がただそこにいるだけではなく本当の意味で参加するためには、ハードだけ整えても不十分でソフトの部分でもいろいろ配慮や工夫が必要だということもわかってきました。それで「トイレも体位交換も無理なくできるようなハード面と、しっかりと出番があるというソフト面の両方を備えた場を自分たちで作ろう」と思ったのです。でも、空き家物件などを探しても車いすが入れるようなところはあまりないし、条件の合うところは家賃が高かった。それで、自宅を使おうということになりました。

写真・チラシ
木下
:自ら地域に赴くのではなく、地域の人が自由に来られるスペースを作ったということですね。

坂川:いまも買い物やダンス教室など、町に出かけても行きますが、町の方からも「あゆちゃんち」に来てもらうようになったという感じです。
 最初はみんなが興味をもつ英会話教室から始めようと考えて、アメリカ人の先生を探しました。はじめは参加者ゼロだったので、SNS発信に力を入れたり、町中にポスターを貼らせてもらったり、地域のいろんなイベントに参加してチラシを配ったり…もうあの手この手で広報して、一人、また一人と少しずつ参加者が増えていきました。



介助は責任感でやってほしくない


木下
:いまは味方となってくれる人がたくさんいる印象がありますね。

坂川:一度このスペースにこられた人の中に継続的にかかわってくださる人もいるし、大学に講演に行った際に知り合った学生で、卒業してからも手を貸してくれる人もいます。「あゆちゃんち」で出会った人の中には亜由未の介助をやりたいと言って下さる方もいて、大変助かっています。まったく介助経験のない人でも、「あゆちゃんだったら介助できる」と言ってくれるんです。ふだんから接しているって大きいですね。

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木下:番組を見て、地域の人との交流がさかんなのに驚くとともに、どうしてご自身の子どもたちには世話も介助もさせなかったのか、そのことが不思議な気がしました。

坂川:そうですよね。他の人たちには「介助って楽しいよ」と言いながら、本音では嫌な仕事と思っていて、だから自分の子どもたちにはやらせないのかと取られたかもしれませんね。それぞれの家庭により事情や考え方はさまざまだと思いますが、私は自分の子どもにはきょうだいの介助や世話はしてほしくなかったし、実際させませんでした。

 それは介助が嫌なものだからではありません。「あゆちゃんち」で亜由未を手伝ってくれた人は、お子さんであれ、お年寄りであれ、とても誇らしげないい表情をされます。亜由未は手伝ってもらうことによって周囲をエンパワーしているのではないかと感じるのです。介助を専門家だけのものにしておくのはもったいないことだと思っています。

 でも兄弟や姉妹の場合は違うと考えていました。彼らは「親が死んだら自分たちが面倒をみなくてはならない」と暗黙のうちにそのような責任を背負い込んでしまうことがあります。私の学生時代の友人に、そういう責任感を内面化した人がいました。「弟の面倒をみるから、私は結婚しない」と言っていました。私はそうなってほしくなかったのです。誰かの人生を、自らの意思ではなく、血のつながりという理由で背負わされるとしたら、呪縛となってしまいます。それはきょうだいにとってだけではなく、亜由未にとっても辛いことだと思いました。

木下:介助や世話をさせるのがいやなのではなくて、子どもが責任を背負い込むことに抵抗があるのですね。

坂川:はい。だからこそ今回、息子が亜由未の介助をしたいと自分から申し出てくれたときは、心からうれしかったのです。大人になって自分で判断できる年齢になって、義務としてではなく自発的にやらせてくれと言われると、素直に「やった!」と思います。息子にとっても、亜由未にとっても、すごくいいことだと思います。
 同じように医学部に進学した亜由未と双子の姉妹である由里歌が、亜由未の主治医になると言ってくれたのも、すごくうれしかった。そんなふうに強制ではなく自ら望んで関わりをもつことこそ、亜由未を“呪縛”や“重荷”にしない道だと思ってきたので。

 ずっとそう考えてやってきたのですが、実は最近、由里歌にかなり強引な申し出をしてしまいました。由里歌は今、大学のある群馬に住んでいますが、もし本当に亜由未の主治医になってくれるのなら、緊急時に駆けつけられる埼玉や東京に住んでほしいと「お願い」してしまったのです。
 実はその頃、長い間お世話になってきたヘルパー事業所から、「人出不足でヘルパーが見つからなくて、もう亜由未の介助はできません」と撤退宣言を受けました。
 もともとヘルパーは慢性的に足りなかったので亜由未自身もチラシをまいたり、私も誰彼となく「介助やらない?」と声かけたり、それこそ必死で探してきたのです。でもこのところの人出不足はとても深刻で。亜由未の地域生活の要は介助者ですが、こんなに人がいない状態で私が死ぬまでに「地域で生きる」を達成できるのか…私の代だけでは無理なのではないか、と心が折れていたときで。
 それで娘に救いを求めてしまいました。せめてこの先亜由未がどんな暮らしをしていても、月1回くらいは様子を見て、何かあったら駆けつけてくれる人がいてほしい、でないと死んでも死にきれない…。「そんなことを頼めるのは誰だろう?」と周りを見渡せば、医者であり、心から信頼できる人間である娘がいて…。ついすがってしまいました。

 でもその後、由里歌が猛烈にかわいそうになって・・・・。これまで、親亡き後きょうだいが亜由未を背負うことのないようにがんばってきたつもりだったのに…申し訳ないことを言ってしまったとすごく落ち込んで、すぐに撤回しました。当たり前のことですが「どこでも好きなところに住んで」と。

 かなり厳しい状況ですが、まだ地域生活へのチャレンジは終わったわけじゃないので、気を取り直して、また亜由未と一緒にコツコツやっていこうと思っています。


 

木下 真

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       第4回 一緒にいることがスタートでありゴール

知的障害者の施設をめぐって 全14回障害者の暮らす場所 全5回相模原障害者施設殺傷事件 全6回相模原市障害者施設殺傷事件に関して【相模原市障害者施設殺傷事件】障害者団体等の声明


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 2017年5月9日放送『ハートネットTV』「亜由未が教えてくれたこと」
 2017年7月22日放送『ETV特集』「亜由未が教えてくれたこと
 2017年7月26日放送『ハートネットTV』「障害者施設殺傷事件から1年 第3回 障害者は“不幸”?」
 2017年9月24日放送『NHKスペシャル』「亜由未が教えてくれたこと」

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