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【取材記】自閉っ子 学校へ ―父が撮った240日―

2014年02月21日(金)

「自閉っ子 学校へ」を取材した番組ディレクターの田村です。
番組で取り上げたのは、私の次男でいま、小学1年生になります。

私と家族は、彼が2歳の時、
自閉症・発達の遅れが分かってから、
ずっとその障害と向き合って生きてきました。
2歳の時は、言葉がまったく出ず、自傷行為も激しく、
いろいろな心療内科の医師に調べてもらっては、
毎回同じように「自閉傾向がある」と言われる。
「どうしよう」という漠とした不安ばかりだったのを、
番組を作りながら、思い出しました。

 そんな親の不安が少しずつ薄れていったのが、
3歳から3年間びっしりとお世話になった
地元の療育センターでの様々な体験を通してでした。
息子は保育士や臨床心理士、医師などの様々な支援を受けました。
いっぽう、親も母親の勉強会に加え、父親参加の勉強会も設けられ、
先輩ペアレントからのアドバイスを受ける機会もありました。
障害のある子どもと共に人生を生きる
気持ちが固まった3年間だった気がします。

その流れがあり、小学校の個別支援学級(特別支援学級)での
学校生活に、夢がふくらみました。
もちろん不安はたくさんあったんですが。

その期待と不安を含めて、妻から
「こういう機会だから、
 イチから自分の息子の障害と向き合ってみるのもいいんじゃない?」

と背中を押され、
入学式があった昨年の春から、ビデオカメラを携えて、
息子の小学校に通うことにしたのです。
 


2013年4月5日-。初めてカメラを回した小学校の入学式。

私が直感的に思ったのは、
「これは大変なところに来ちゃったかも」ということでした。
幼稚園でもなく保育園でもなく、
療育センターに通っていた息子にとって、
大げさに言えば、小学校入学は一般社会へのデビューです。
ふだんの生活でも、いつ騒ぐか分からないので、
たとえば映画館など行儀よくするのが基本というところには
怖くて連れて行けません。
横断歩道でも、その先に興味があるものがあれば、
赤信号を突っ切るような”自由人”な息子なので、
「ハードルが高いだろうなあ」と予想はしていたんです。

20140210_jihei001.jpg
個別支援学級のサブルーム。二つの教室を、授業に応じて使い分けている


小学校ですから、時間を守る、行事に参加する、
それは当然だろうと思っていましたが、「やっぱり無理なんだ・・・」
妻は意外に平然としていたのですが、私はちょっとショックでした。
先生方の様々な工夫で、学校での集団生活ができるようになるのか、
息子なりに適応していってくれるのか・・・
そのあたりを自分の目で見てみたいと思いました。


そして、8ヶ月に及んだ取材。

一番感じたことは、学校行事の多さです。
朝の全校集会に始まり、マラソンをしたり、体操があったり、
体育館で朗読会や音楽会など。
障害のない子どもにとってはなんでもないことかも知れませんが、
自閉症の子どもには、大変な試練なんだと思い知らされました。

どうしてか?

それは、自閉症の子どもにとっては、
いつもと違う行事や場所でおこなわれることは
常に不安がつきまとってしまうからです。
一度体験したことでも、グラウンドでおこなっていた行事が、
雨のために体育館になっただけで、息子は混乱してしまうようでした。

また、初体験のものに対しては「まず拒否」から入るという傾向があり、
番組でも取り上げましたが、
運動会や地元ボランティアさんの紙芝居には
パニックを引き起こしてしまいました。
そういうことが起きると、親の私たちとしては、
申し訳ないやら、他の手段はとれなかったかという思いもあり、
複雑な気持ちでカメラを回していました。

20140210_jihei002.jpg
段ボールに隠れているのは、この場所にいたくないという意思表示


そのような障害のある子どもが、一般学級の子どもたちに混じって、
授業や学校のイベントに参加するためには、
まさに“個別の支援”が求められるわけです。
しかし、特別支援学級には、さまざまな障害の特徴を持つ子どもたちがいます。
自閉症ばかりではなく、アスペルガーやADHD、さまざまです。
それぞれの障害の中でも、傾向は違う子どもたち…。


「一発で、こうすれば良い」という正解があるわけではない。
一人一人の子どもの障害と向かい合いながら悩みながら、
先生も子どもたちも、また保護者も、
対応していくしかないんだ、ということを、改めて知った8ヶ月
でした。
ただ、一つ強調したいのは、
いくら慣れていっても、
苦手なことは苦手として残るんだろう
なということです。
それが“自閉っ子”の個性なのですから…致し方ないことです。
その一方で、カメの歩みのようでも
少しずつ育っていく息子の姿も、うれしいものでした。


20140210_jihei003.jpgのサムネイル画像
夏休み明け、仕切りをつけた机で勉強するようになった


この番組で取り上げた特別支援学級の現実は、
全国各地、いろんな小学校で、実際に起きていることだと思います。
特別支援教育のあり方を考えるということは、大きく言えば、
教育のあり方を考えることにつながると信じています。

なぜならば、一人一人の個性を見つめながら、
子どもの成長を育むというのは、等しく
どの子どもの教育にとっても、一番大切な事だと思う
からです。 


それが、この番組を企画した
自閉症の息子を持つ親(ディレクター)の思いです。


◎自閉っ子 学校へ ―父が撮った240日―
本放送2月24日(月)、再放送3月3日(月)

本放送:夜8時00分~8時29分
再放送:午後1時5分~1時34分
 

◎カキコミ板“発達障害の子ども”とともに
番組への「感想」「ご意見」はこちらに。 
声を寄せてくださったみなさんへ 感謝をこめて。


◎ブログ“発達障害の子ども”とともに
取材記、出演者さんからのメッセージなど


◎お役立ち情報/相談機関や掲示板など。
発達障害

 

コメント

当事者の者です。聴覚過敏を抱えています。なぜ自閉症の人たちの居場所を作ってくれないのかといつも思います。実際、音は色々するわ変化も様々あるわ、その音を自分のために鳴らさないことなどしてくれない、おまけに当事者に「周りは変わらないからお前が何とかしろ」と責任をなすりつける、このような感じですからね。だから、これ以上社会参加できずいつ死ぬか分からないという恐怖と戦っています。
今の環境が当たり前か知らないが、当事者にすればすぐイライラするような環境です。健常者は今の環境で当たり前なのでしょう。だから当事者の感覚が分からなくて当事者にとってきつい一言が言えるのでしょう。私も自分がすぐイライラした様子を、「限界が早いね」「だんだん悪化してるね」と、看護師にバカにされました。それ以降、自分に自信を無くし、通院先を恨んでいます。
特別支援教育も同じですよ。先生や生徒との関係でイライラすれば、私のようになり得ます。
とにかく自閉症の人たちに社会参加をどんどんさせる狙いが見えません。
逆に一人ずつ潰して、潰れた後の支援がまるでないように見えます。私もその流れにのってるのでしょうね。
どなたか救世主が現れてほしい、言っちゃあ難だが私が救世主になりたい、また周囲の人々に意識をどんどん改めてほしい、1分でも1秒でも早くそうなってほしいです。

投稿:BENTAKA 2014年04月17日(木曜日) 14時48分

非常に残念だなぁという思いが大変強く残りました
大人は勉強する機会がたっぷりあったはず、療育センター
の先生方ができることは親でも学校の先生方でもできます
何故他人任せなのでしょうか
親なら子どもが大切なら就学前にもっとできることがあったはず
学校も、我が家の18才の自閉症者が小学生だったころと何にも変わっていない
のんきなもんだと思いました
当事者はどんなにつらいことでしょうか

大人の力のなさに失笑しつつ、子どもは本当に不憫でした

投稿:トム 2014年03月04日(火曜日) 08時11分

我が家の息子も去年広汎性発達障害と診断されました。
普通級に在籍していますが不登校気味になり、
担任の先生と話してもラチがあかず、思い切って校長、教頭に息子に対する少しの理解と支援をお願いしに話に行ったところ
教頭の口から「僕はそんな障害信じてないんだよね」と、そして「お母さんの育て方が丁寧じゃなかったからじゃないですか?」と言われました。
校長はただ隣に座っているだけでした。

信じる信じないは個人の自由ですが、診断書もあるのに文科省から出ている通知を学校側は無視してもいいのでしょうか?

また、PTAの大役を引き受けた時に市の教育委員会の方と校長先生方とお食事する機会がありましたが、
特別支援担当の教育委員の方はとても大人しそうな誰にも文句の一つも言えないような方で、校長先生方は誰もその人に近づきませんでした。
他の役員の方にはお酌しに行って談笑していました。

全部の校長、教頭がそうではなく、他の小学校ではとても熱心な校長先生もいらっしゃったり理解の差が激しいです。

息子は放課後デイに通ってなんとか落ち着いてきました。

「障害ではない」ので通級にも通わせてもらえません。
光が眩しいと言っても窓際の席にさせられます。

受動型なので大人しいです。
授業中は奇声を上げたり歩き回ったりせず机に突っ伏している事が多いそうです。

学校側には迷惑をかけない「いい子」なので問題は無いと言われるんでしょう。

もう今通っている小学校に期待するのは諦めました。

投稿:ぎんこ 2014年03月03日(月曜日) 14時11分

息子は5歳で自閉と診断されました。去年のことです。実は番組は祖母が見ていて過去の長男そっくりだったといってました。音に敏感でパニックになり奇声をあげる、集団の中でパニックになる、集団行動ができない、会話の遅れ、目線があわない、手をつなげないなど。他に息子はぐるぐる回る、ハイパーハイテンション、尿意のコントロール、着替えなどの一連の作業ができない、座って食事ができない、急な予定の変更ができないなど自閉スペクトラムの中に完全にいました。過去と書いたのは一年以内にほとんどが劇的に改善したからです。自閉の中には食物過敏によって引き起こされているタイプがいます。今では私は自閉スペクトラムの中にいる多くはこのタイプがほとんどではないかと、息子を通して思うようになりました。食物過敏、解りやすくいえば遅発性アレルギー(IgG)または局所性(IgA)アレルギーです。現在の日本で行う検査は即発性アレルギー(IgE)しかないのでいくら検査してもでません。(現在は検査してくれる病院もあるようですが都市部に限るようです)息子の場合もしかり、海外に検体をだせば(2~3万円ほどでアレルギー食品さんなどが仲介してくれます)簡単にわかります。息子は乳製品、小麦製品、大豆、鶏卵、柑橘類、甲殻類、ピーナツなどがハイレベルで、除去した途端、魔法を見ているように改善しました。現在日本の医療では診療または助言してくれる医師はほんのわずかだと推測します。このアレルギーは私が自閉についての本の中で知り、確信してまず乳性品を除去した結果、息子にアレルギーがあることを発見しました。でもその次をどうしていいかわかりません。地方に住んでいる私どもには医師を探したくても皆目わからず、ドクターサーフを覚悟していました。一番最初に伺ったアレルギー専門の小児科医に「日本の医療では無理だし、もし知りたかったらそれは講義になるのでうちでは無理です」と言われました。でも検査結果を聞きに行った時、この検査もIgE検査でしたのでピーナツしかでませんでしたが、その結果を踏まえた上でこの医師から「自閉圏にいる方に悪さをしているのは遅発性アレルギー、IgGといわれるものです。日本で保健適用検査はIgEしかないので調べる機関はほぼないと思います、アレルギーはまだわからないことが多く、この検査結果もほんの一部だし体調のいい時はでない時もある、お母さんが確信しているなら除去するべきです。」と言ってくれました。前回の受診時に私が帰ったあとで調べてくれていたと思われました。ありがたい気持ちになりましたが、でも治療は引き受けてはくれませんでした。次に行った先は精神科の医師ですがやはりアレルギーの問題になるので治療はひき受けてくれません。ですがここでも「おかあさんが確信しているなら除去を続けるべきです。おかあさんが持ってきた資料をどの医師にもみせるようにしてください、初めから受け付けない医師はそれまでと割り切ってください。絶対に受け入れてくれる医師がいますのであきらめずに」と言ってくださいました。それで覚悟をきめ、腹をくくりました。アレルギーの除去は自分でやる!と。普通は医師のもとでと言われている除去ですが、やってくれる医師がいないのですから、私がやるしかありません。このころはアレルギーの知識もないまま、とにかくアレルゲンをみつけるのに“一定期間除去しては与えてみる方法”で細かく付けた日誌をもとに割り出しています。後に最初に行った医師の助言でIgG検査のことを知っていたので、保育園の給食を弁当に替えるのに必要なデータの提出ということで海外に検査を頼みました。結果は私が割り出していた食物とほぼ一致しており、あらためて自分のやってきたことは間違いなしと自信が湧きました。しかしアナフィラキシーショックの可能性もあるのでまずは海外の検査機関、もしくは都市部には調べてくれる病院もあるようなのでそちらで検査されたほうがいいと思います。
 実は私は自閉や発達障害の番組をみるのがものすごく苦痛です。テレビの中で奇声をあげて走り回っている子をみると、遅発性のアレルギー原因を除去する選択をなぜしてやらないのかと、なぜ誰も知らないのだろうと、親が良かれと思って与えているものが却って苦しませているかもしれない可能性がせつなくて見ていられないからです。どうしてだれも食物過敏と自閉圏の関係を取り上げてくれないのか不思議でならないのです。このことに関連する書物はたくさん出ているし、ネットで検索すればかなり多くの情報が得られるのにもかかわらず!日本でも小児科医の真弓定夫医師などがかなり昔から本を出して警告しています。自閉に関する書物は幅ひろく読むことです。まず自閉圏の方から書いたもの、親側から書いたもの、博士や医師側から書いたもの、トレーニング関係など。意外にも“食物”がキーワードだということを発見することができます。自書として有名な「自閉症だった私へ」はかなり昔に書かれたものですが、自分というものの覚醒がやはり遅発性アレルギー除去を行った時期と重なっていることに気付かされます。
子供が自閉だと知ったショックは相当に辛い、私も普通にしているだけで涙が流れ続けて止められない状態を何日も経験しています。それゆえに、少ない可能性でもやってみること、医師が見つからなくても子供には自分しかいない!泣いている暇があったら可能性のあることは調べてみる!と実行してほしいと思うことがあります。それで救われる子供がいれば!とこれを書いています。とくに映像関係の田村さんのお子さんがアレルギー除去で少しでも改善できれば!辛い思いをされている母親が新たな子供の成長を実感できたなら!その映像を見ることによって多くの方が食物過敏の可能性を知ることができたなら!と願わずにいられません。私にあるのは細かく付けた日誌だけです。私にとっては宝物です。ですが私の経験を話しただけでは誰も実感してくれないし、信用してくれないのが現実です。自閉圏と食物過敏については発達支援の担当者でも知らない様子でしたし、保育関係でも同じです。小児発達医療関係に従事している人でも知っている人はわずかで、「知ってはいましたが、実際に見るのは初めてです」「実行する母親はほとんどいないんですよ、良かったですね」と二人にいわれたぐらいです。
日本でも他に自閉の子供がアレルギー除去で軽減してる方は結構いるはずです。ただブログなどで発信されている方はまだしりませんが、海外から発信されている方は結構いらっしゃいます。アレルギー除去は実は日本ではかなり大変なことで、特に小麦製品の除去は醤油や醸造酢の果てまでに入っていてとてもおおがかりなのです。私もブログなど利用して発信したいのですが、食事の管理だけで毎日が終わってしまいます。でも、代わりに子供の症状が軽減されていく奇跡を毎日見させてくれのが私の最大のご褒美です。そのご褒美を他の子供たちと親にも!と毎日毎日願っています。現在息子には、アレルギーを根本から考えている医師にお願いをして、快諾してくださったので、その方と試行錯誤しながら除去している食物の解除に向けて体力や免疫力をつける治療だけを重点に行っています。このタイプには自然なものしか受け付けないタイプが多いですので、保存料、着色料、香料、添加物、サプリメントなどの化学物質も注意です。(こういうタイプをインディゴチルドレンともいうそうです、この概念はとても素敵なのでしらべてください)
海外の情報、試行錯誤、さまざまな本、息子のこれまでの軌跡から、私どものバイブルは小児科医の真弓定夫医師の本にたどり着きました。息子の経験から、アレルギーといっても、それは現代食に対するアレルギーだといっても過言ではないことがすぐにわかります。日本人が何千年もずっと続けてきた食事形態に近付けてやる、近道はほんとうにそれだけです。そのことを昔から説いている医師が日本にもいることをたくさんの方に知ってほしいと思いますし、ぜひ田村さんにもいろいろな情報を踏まえた上で一読していただきたいと思います。自閉圏と食物過敏の方向からぜひ、取材をしていただきたいと願ってやみません。

投稿:ナッチュママ 2014年02月26日(水曜日) 02時40分

私の子が自閉症と云われた時のことを思い出しながら拝見しました。驚きと不安とで肩がおちるのを覚えています。同じ父親として、冷静に観察しているのに、感心しました。こどもの将来はとても心配ですが、今は精一杯かわいがってやろうと思ってます。 
お互い頑張りましょう。

投稿:池 正興 2014年02月25日(火曜日) 13時33分

番組拝見させていただきました。我が家の次男も小学1年生の自閉症児で、特別支援学級に在籍しています。
次男の場合、学習面ではまったく問題がなく療育手帳が取得できませんが、普通級で過ごすのはちょっと難しいので支援学級にしたのですが、将来の進学や就職はどうなるのだろう?と日々不安でいっぱいです。
自閉症についてはまだまだ世間では知られていないことが多いですよね。これからも自閉症の子供について取り上げていただけるとありがたいです。

投稿:リュカ 2014年02月25日(火曜日) 12時03分

番組を拝見いたしました。
我が家にも特別支援学級に通う自閉症児がいます。知的障害は重度です。今は小学校2年生です。
学校の隅々まで探検するだろう、柵もない学校から脱走してしまうかもしれない、そのうち迷惑だと追い出されるかもしれない。そんな気持ちで入学を迎えました。
今は担任はもちろん、通常学級との交流も盛んに、校長先生以下学校全体でかわいがってもらっていて、入学前のあの不安はなんだったのだろう? という落ち着いた環境におります。

なので、今回の放送は、「こういう番組があると、就学前の不安な親御さんたちの目安になるだろうな」と楽しみに見ました。

が、第一印象としては、浅い、です。すみません。ハートネットやバリバラ大好きで、自閉の時は必ず見てるんですが、今回の放送ははっきりいって何が言いたかったのかわかりません。家庭の記録としてのホームビデオとしても楽しめなかったし、学校の先生側としては現状をどう思ってるのか、通常学級との関わりは? どんどん増える支援級在籍児、そしてこれからどうなるのだろう?(またはどうなるかわからない不安感)見ていてもやもやするばかりでした。

また、お父さんが撮影するからこその視線やいたたまれなさ感などもあったのではないでしょうか? そこもさらっと流され、もしかしたらひかる君も、「お父さんがそばにいてどうして助けてくれないの?」と思ったりしたのではないでしょうか? お父さんがいるからこそ、の困り感もなく、なんだか中途半端な気持ちです。
校長先生も取材者であり保護者であるお父さんの質問にはうまく答えられないんだろうなぁと思って見てました。

他人が撮って、問題点から今後の展望を想像させる展開か、お父さんならお父さんとしての目線でもっとひかる君寄りの番組にするか、どちらかに絞った方が良かったのではないでしょうか?
素人が生意気言って申し訳ありません、ただ、期待していただけにガッカリしました。

投稿:ゆうみ 2014年02月25日(火曜日) 11時44分

番組を見させていただき、わが子の入学式の時を思い出しました。息子は小学5年。重度の知的障害を伴う自閉症です。地域の小学校の特別支援学級に在籍しています。
入学前は、複数校の下見や体験にも行かせてもらいましたが、息子の将来を考えて、一人でも多くの地域方に息子を知って、理解してもらいたくて、あえて地域の小学校を選択しました。当時は、学校の方より「なぜ、支援学校ではいけないのか」とやんわりと入学を断られ、3月を過ぎても入学許可が出ず、悲しく悔しい思いをしました。入学後も、情緒学級には息子一人しかいないのに、学校行事などには同伴を求められたり、学校に合わない場合は転校も考えて下さいとまで言われ、情けない思いもしました。
5年生になった現在は、在籍児童は10人を超えましたが、担任は4度、教室は3回変わり、そのうちの2名の先生は障害児と関わった事さえない先生でした。
担任の先生は、それなりに頑張って下さるのですが、上に立つ「校長・教頭」の考え方がそうなのかと思った事が何度かあります。
息子が平和的で自・他傷などがないので、周囲には可愛がってもらっていますが、特別支援学級のあり方自体が、まだまだ確立されてなく、現場に任せきりで・・・。なぜ、特別支援学級が必要で、設立されたのかということを、現場の教員の方々がもっと考えて勉強して欲しいと思います。

投稿:ありんこ 2014年02月25日(火曜日) 11時10分

番組拝見しました。
我が家の息子も自閉症中度の一年生です。現在は普通学級で1日2時間ほど個別に取り出し学習をしてもらっています。学校との相談の結果、3月から特別支援学級に移ります。
瀬津喩さん青空さんのコメント読ませていただきました。
息子の小学校は校長先生が自ら支援学級を13年担任した経験がある方で、特別支援教育についても積極的な学校だと思います。息子との個別学習方法を教育研究会に発表したいとの相談もありました。かなり配慮もしていただけているのだと感じています。
私達親も学ばなくてはならないことが沢山あるとも感じていますが今は受け身なのが正直なところです。お二人のコメントにあるように、私達親が学校へ出来る働きかけや、自らがすべき取り組みを日々模索しています。乱文失礼しました。

投稿:おんでんざめ 2014年02月24日(月曜日) 23時12分

追伸です
こういうところから、又は保護者の声で現場が変わるといいと思います。
発達障がいを持つご家族の方々の、学校に対する様々な要望や意見を拝見させていただくど、付け焼き刃的な日本の支援体制に切なくなります。
乳幼児〜就労まで、保護者の方と共に見届けてくれる制度がほしいです。
小学校 から中学校で随分変わります。保護者の方々の期待に現場の状況は応えられない学校の方が多いのではないでしょうか?

投稿:青空 2014年02月24日(月曜日) 21時06分

自閉っ子、番組を見せていただきました。
このように、特別支援学級の日常を保護者の目から見る企画は、大変興味深いものがありました。
私は、特別支援学級の担任をしています。
番組で校長先生がおっしゃっていたように、支援学級の担任は短期間で移動することもおおく、経験が少ない方も多いです。支援学級に理解を示してくれる学校もあれば、通常級が持てないからとか、臨時任用で間に合わすような学校もあります。
私は臨時任用ですが、特別支援学級が好きで10年続けていますが、発達障がいの難しい子どもたちを任され、学校の理解も難しく、一人で抱えこみ、鬱になったしまいました。現在は自宅療養をしています。増え続けている発達障がいと、保護者の要望と共に向き合い、力になりたいと思う、支援学級の担任はたくさんいるのではないでしょうか?でも、支援学級の先生はがんばる人ほど、体を壊し、心を壊しています。いつか、せび支援学級の実態を特集してください。4月から心療内科に通いながら復帰する予定です。

投稿:青空 2014年02月24日(月曜日) 20時52分

子供に発達障害があると分かった瞬間、驚きと未知の領域に立たされた恐怖と家庭内外で起こるであろう恐れに診断を拒否する親御さんが多いというのは分かります。が、同時にどう対処すべきかと療育の組立てが出来る安心を感じる瞬間でもあります。
私は片親で息子がADHD(多動型)と診断された時に『これでこの子の教育方針が立てられる!』と思ったものです。恐怖はなくホッとしたのが実情です。障害の有無に関らず親は子供を自立させるのが仕事。私に何かあればこの子は一人で生きなければいけないので自立は絶対して貰う!その為の療育・教育だ!と腹を括りました。
保育所在籍中の診断で、福祉専門の担任だったというのも安心感を得られた要因です。色々な事を学べましたし、今は世界で認められた障害特性改善の脳トレプロバイダー兼ペアレントメンターにもなっています。
否定や拒否からではなく、親御さんには受け入れる勇気と行動力を持って欲しいと思います。その姿が子供の将来を広げるか萎縮させるかにかかって来ると言っても過言ではありません。

NHKさんには世界で導入されている画期的かつ確実なメソッドを情報としてもっと放送して頂きたいと願います。
まだまだ日本は福祉・介護に関しては発展途上過ぎます。

投稿:瀬津喩 2014年02月21日(金曜日) 10時03分