不登校の子どもをめぐる基礎情報 第8回「教育義務と就学義務」
2016年03月10日(木)
WebライターのKです。
日本の義務教育は、第2次世界大戦をまたいで、その意味が大きく変わりました。戦前は教育勅語に基づき、「国家が与えた教育を受ける臣民の義務」とされていましたが、戦後の日本国憲法では「国民が受けることのできる権利」とされています。
しかし、「権利」へと転換がはかられたのに、なぜいまでも「義務教育」という言い方をするのでしょうか。それは、子どもの教育を受ける権利を守ることが、国家や国民に義務として課せられているからです。国は学校で学びたいという子どもたちのために学校を設置する義務があり、保護者は学校で学びたいという子どもの意思を、例えば児童虐待や児童労働などによって妨げてはならないという義務があります。これらを日本では「学校に通わせる義務=就学義務」として制度化しています。
この「就学義務」の規定は大変厳格で、正当な理由がなく7日間欠席した児童生徒がいれば、学校長は市町村の教育委員会に通知しなければなりません。通知を受けた教育委員会は児童生徒の保護者に対して、出席を督促します。もし、督促されながら子どもを学校に通わせなかった場合は、保護者に対して「10万円以下の罰金」という行政罰が加えられます。それほど厳格に子どもの教育を受ける権利は保障されています。
それでは、不登校の児童生徒の場合、この教育を受ける権利については、どのように考えればいいのでしょうか。長期欠席という事実だけからすれば、教育を受ける権利が妨げられ、就学義務が履行されてないように見えますが、そうは判断されません。例えば、いじめや精神的な不安によって通学が困難なケースでは、無理に学校に通わせることが、必ずしも子どもの教育を受ける権利の保障にはつながらないからです。「就学できない不利益」よりも、「就学を強制される不利益」の方が大きいのであれば、子どもの人権の観点から不登校は就学義務を履行しない「正当な理由」と解釈されます。
そのような考え方から、2003年からは、一定の要件を満たせば教育支援センターやフリースクールで教育を受けている場合にも出席扱いにすることになり、さらに2005年からはITを活用した学習を家庭で行った場合でも出席扱いとするという緩和措置が取られています。ただ、これらの措置は、制度上で明確に位置づけられているわけではなく、各学校や各教育委員会の裁量に任されています。
フランスなどは、日本のように「学校に通わせる義務=就学義務」ではなく、「教育を受けさせる義務=教育義務」を義務教育の根本とすることで、学習する場を学校だけに限ってはいません。また、イギリスでは1994年に義務教育を実質的に「教育義務」に転換することで、家庭学習やフリースクールなど学校外での学習も義務教育と認め、不登校の子どもに対する人権的配慮を行っています。日本の一部の専門家も、不登校は減らすことができたとしても決してなくなるものではないので、義務教育制度の根本を「就学義務」から「教育義務」へと転換すべき時期にあると訴えています。
それでは、不登校によって学校に通わなかった子どもの卒業資格については、どのように判断されているのでしょうか。子どもが不登校になって学校にまったく行かなくなっても、進級し、卒業できるのでしょうか。「学校教育法」では、不登校の子どもの進学や卒業については、学校長の裁量権の範囲と定められているので、制度的・理論的には学校に通学しなかった子どもを留年させたり、卒業を認めないことも可能ですが、実態としてはそのようなことが国公立の小中学校で行われた例はないとされています。日本の義務教育は、決められた課程を習得できたのかよりも、年齢がいくつであるかが基準となる「年齢主義」なので、たとえまったく学校に通わなかったとしても、卒業時の年齢になれば義務教育を修了したとみなされる措置が取られています。
日本には「中学卒業程度認定試験」という学校に通学しなくても中学校卒業程度の学力があることを認める制度があり、中学校に在籍中の不登校の生徒にも受験資格があります。しかし、これは主に病弱・発育不全などのやむを得ない理由で就学を免除または猶予されたものや日本国籍のない生徒への配慮として行われるもので、不登校の生徒がこの制度を利用する例はほとんどありません。一方、高等学校に関しては、高等学校を卒業した者と同等の学力があることを認定する「高等学校卒業程度認定試験」があり、こちらは不登校の生徒や高校を中退した子どもたちに有効活用されています。これは2004年度まで実施されていた大学入学資格検定(大検)に代わる制度です。
<義務教育・就学義務を規定する法律> |
○憲法
第26条
第1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
第2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育はこれを無償とする。
○教育基本法
第5条
第1項 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
第2項 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
○学校教育法
第16条
保護者は、次条に定めるところにより、子に9年の普通教育を受けさせる義務を負う。
第17条
第1項 保護者は、子の満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満12歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。
第2項 子が小学校又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満15歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを中学校、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。
第18条
やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村の教育委員会は、就学義務を猶予又は免除することができる。
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