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【障害者と戦争】みなさんの声を募集しています(最新情報追加)

2015年11月06日(金)

   ETV特集
  「それはホロコーストの‘リハーサル’だった ~障害者虐殺70年目の真実~」
    放送日:2015年11月7日(土)[Eテレ] 夜11:00~11:59
    再放送:2015年11月14日(土)[Eテレ] 0:00~0:59(金曜深夜)
  (語り:大竹しのぶ)


  ※番組プロデューサーのブログはこちらをクリック。


こんにちは、番組ディレクターです。ハートネットTVでは、今月は「障害者と戦争」について考えてきました。今日、明日の放送は、ドイツを舞台に、ナチスに迫害された障害者たちについて取材。なぜそのようなことが起きたのか。そしてそれを止めようとする人たちはいなかったのか考えています。

 

シリーズ戦後70年 障害者と戦争 「ナチスから迫害された障害者たち」
(1)20万人の大虐殺はなぜ起きたのか
(2)ある視覚障害者の抵抗

 

番組のきっかけは、去年の暮れ、日本障害者協議会代表の藤井克徳さんから「ホロコーストの真っただ中、ユダヤ人障害者を救った視覚障害者がいた。彼について調査したい」と連絡をいただいたことでした。「その人物から、現代の私たちが学べることがあるのでは」との藤井さんからのご提案に私も興味を持ち、調べてみると、その人物はオットー・ヴァイトというドイツ人。ナチス政権がユダヤ人迫害を強化する中で、ブラシをつくる作業所を立ち上げて、あえてユダヤ人の障害者を雇い、かくまっていたことが分かりました。

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ヴァイトの写真

 

 

 

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ブラシをつくる機械を触る藤井さん

 


600万人以上の犠牲者を出したホロコーストについてはもちろん知っていましたが、ユダヤ人で、かつ障害のある人たちは二重の差別を受けていたというところまで考えを深めたことはありませんでした。
そして、その中で、自分の命を危険にさらしてまで、ユダヤ人障害者をかくまおうとしたドイツ人オットー・ヴァイト。

 

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ガス室のあった地下の廊下

 

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てんかんがあり、殺されたヘルガさん(右)

 


さらに、取材を進めていくと、当時の社会における障害者への数々の蛮行が分かってきました。
実は、ユダヤ人大虐殺が始まるはるか前から、ドイツでは障害のある人たちは「生きる価値がない」とされ、多くの障害者や病人が殺されていたのでした。それは特定のナチ党員によるものではなく、多くの医師たちも関わり、また多くの市民が気づいていながらも沈黙を守り、エスカレートしていったものでした。


藤井さんと訪れたドイツで、私がずっと自問自答していたことがあります。
「私があの時代、生きていたら・・・」。
そして、その時、自分が病気だったり障害があったりしたら、どうなっていたか。あるいは、犠牲者側ではなく、当時そのことに気付いた市民だったら声をあげられたのか。もしくは殺害を遂行した病院に勤めている職業人だったら、加担せずにいられたのか?

 

「障害者が真っ先に犠牲となる構図や、人々の優生思想的考え方は、今もあまり変わっていない」と藤井さんは話していました。
みなさんは番組をご覧になって、どう感じましたか?ご意見お待ちしています!

 

※いただいたご意見は、9月の放送で紹介させていただく可能性があります。ご了承ください。


◆シリーズ戦後70年 障害者と戦争 「ナチスから迫害された障害者たち」
(1)20万人の大虐殺はなぜ起きたのか 9/1(火)午後1時5分(再放送)
(2)ある視覚障害者の抵抗 9/2(水)午後1時5分(再放送)
(3)ナチスの障害者虐殺 ―いま何を学ぶべきか― 9/15(火)夜8時

コメント

今頃コメントしてスミマセン。先日、陸軍病院731に関する放送を観てから気になったいます。祖父は若い頃からカリエスだったと聞いています。骨の変形、体の歪み、痛み、進行性、結核蔓延時代、歩行も難儀、などから、おそらく脊椎カリエス、障害者として見られていたものと思います。伯父のノートから昭和ひと桁と思われる頃「父の病状が良くないので、新宿の陸軍病院にどういうわけか入院させられた。ガリガリ手術され」死ぬのではと心配したそうです。伯父は「この入院は失敗だった」と書いています。このあと転院した国際聖母病院で日増しに回復したそうです。昭和の大戦前夜というような不穏な空気がいつの間にか漂っていく昭和ひと桁時代。まさか、とは思いつつ、あの新宿の陸軍病院、気になります。伯父の「どういう訳か」という表現も引っかかります。まさか、結核という細菌性の病、身障者が何かしらの実験台に利用されたりはしてないか?真相は知りません。ただの杞憂であって欲しいと願うばかりです。

投稿:りゅうか 2017年09月29日(金曜日) 12時09分

私は、「五体満足」で生まれて来て、現在も四肢は健康で欠けた所はありあせん。そうした一定の基準を満たして生まれてきた者から見ると、四肢や精神に欠けた所のある人は、私とは違う人々です。なぜなら、私の持っている或いは与えられた基準とは違う基準を持っているのですから。それは、当然の事実です。
そうした人々を「障害者」と呼ぶのは、差別ではないと思っています。それは、事実であり、現実から目を逸らさない為に必要な認識です。
健常者と障害者は、対応が異なります。それを無視するのは、障害を持った人々への真の差別に繋がります。
差別は、個々の人間の心の有り様が深く関わっていると思います。人は、自分と違う様態や状態に、強い関心と深い興味を抱きます。それは、障害を持っていても持っていなくても同じでしょ?
差別が生まれる土壌は、障害を持っていても、持っていなくても、同じようにあると思います。
幼い子供は、差別を意識しないようです。自分とは違う状態に興味を持ち、関心を持ち、その違いを観察して、楽しむことができます。
いつから、差別は入り込んでくるのでしょうか。
社会の仕組みそのものが、使えるか、使えないか、儲かるか、儲からないか、成功するか、失敗するかの、二次元でしか物事を測り、思考しないのですから、人間に対しても同じ物差しを当てはめるのは、当然だと思います。この社会に、それとは違う物差しを当てはめている社会はあるでしょうか。
だから、障害者が健常者と同じになりたいと願ったりします。健常者の世界を真似をして、髪を染めたり、喚いたり、飾ったりします。
この社会のどこがいいのですか?障害を持っていなくても、貧困に喘いだり、女である為に見下されたり、年老いることをまるで悪のように扱われたりしています。
差別や偏見は、障害者の特許ではありせん。この社会の持つ歪みの灰汁です。

投稿:富士子 2015年12月10日(木曜日) 13時50分

私は、タイトルにある、障害者という表現も、どうなのかと思っています。
この番組の重さ、貴重さ、胸に突き刺さりました。
藤井さんの、ナビゲーションが、私たちの生活、歴史と、この問題が、密接に関わっていることを、時間、空間を越えて教えてくれました。ありがとうございます。
重いテーマにも関わらず、番組作成してくださった方、放映、そして再放送してくださった方に、感謝します。

投稿:みも 2015年12月09日(水曜日) 13時15分

通常の社会でも差別される障害者が、ナチス政権下で迫害の対象にされないわけがない…
少し考えれば分かることなのに、番組を見るまで全く知りませんでした。
驚いたことは、迫害に多くの医師が関わっていたこと。
人を殺害することに何の抵抗もなく、挙げ句、死体を実験に使っていたなんて…
洗脳、思い込みはつくづく恐ろしいです。
しかし、それでも救いなのは、現在のドイツは過去の過ちとしっかり向き合っていること。
子供の頃から惨劇の史実をきちんと学び、考えることは、未来へ光を託しているように思います。
日本もいい加減、しっかりと暗い歴史と向き合い、伝え、学んでいくべきだと思います。
そうでなければ、70年前のようにいつの間にか国全体が戦争へ盲進してしまうのではないでしょうか?

投稿:銀月 2015年12月03日(木曜日) 20時51分

障害者と戦争をはじめて見ました。
ナチスのユダヤ人虐殺は知っていましたが、T4については知りませんでした。
T4の事実を知り愕然としています。
治療の見込みのない病人や障害者は生きる価値がないという考えの下に計画が進められたことは非常に不条理だと思います。
しかし光の当たりにくい事実に光を当てることはとても重要なことだと考えます。
無念のうちに亡くなった方の魂の追悼になるのではないでしょうか。

私自身精神に問題を抱えているので、現代社会に行き辛さを感じています。
現代社会における精神病患者の立場というのは現状として決して楽観視できるものではありません。
戦時中に起きた障害者の大量虐殺という事実の中に障害者に対する昨今変わらぬ蔑視が生きているのではないかと深い懸念を抱かざるを得ません。

投稿:もいどん 2015年12月01日(火曜日) 20時43分

冷静に視聴し、放送が終わると涙が止まりませんでした。

こういうことを言ってもいいものか・・・。経済の発展、強国を目指すと、弱者はこのような扱いをされるのですね。
今の日本は少子化が問題となっており、人口を増やすことに国は必死ですが、経済の発展のためであるのなら、結局、動機は同じような気がします。
人を人として扱わない。
人を経済や国の道具として扱っている。
人を、命をないがしろにしている。

私たちは、この歴史をしっかりと心に刻みつけ、同じことを繰り返してはいけないのだと思いました。
それが、生きることを許されなかった人々への供養になればと思っています。

投稿:聡子 2015年12月01日(火曜日) 20時41分

「障害者が真っ先に犠牲となる構図や、人々の優生思想的考え方は、今もあまり変わっていない」と藤井さんは言われていますが、現在の社会では
他人嫌い・譲歩や配慮が出来ない、やりたくないそんな障害の人の方が重宝されるのではないでしょうか。

障がい者をだしにした商売や偽装請負などをして私腹を肥やしたり名声をたかめたりしようとしている人たちも増えている様に感じます。

投稿:大阪のおっちゃん 2015年11月15日(日曜日) 12時06分

私もてんかんです。この事実を自分がてんかんだと知り調べてる途中で知りました。
日本では断種手術や隔離だけだったと思いますが、ドイツではさらに酷い事が行われて居たことをよりたくさんの方に知ってもらえて本当に良い機会だったと思います。
戦争によって、非生産的な人命とレッテルを貼られた人達。
私も多分あの時代に生を受けていたら生きながらにして死ぬのを待つだけの身だったのでしょうね。
時代が云々ではないです。今でも変わらない事が行われて居るように感じます。
戦争の足音が聞こえて来たらまた「非生産的な人命」と言われるのかと今から怯えて暮らしてます。

投稿:chie35 2015年11月14日(土曜日) 01時09分

9月の放送を拝見し、今月の特集を大変楽しみにしておりましたが、前日の夜風邪で高熱を出し、寝込んでしまって、見られませんでした。残念です。再放送をお願いいたします。または、ネットで見られるようでしたら、その方法をお教えいただけますでしょうか。すみませんが、よろしくお願いいたします。

投稿:優美子 2015年11月08日(日曜日) 15時21分

すばらしい内容でした。

現代の日本の社会状況にも通じていて、引き込まれました。

投稿:SINNO 2015年11月08日(日曜日) 01時25分

ETV特集を見ました。

叔父が精神科に入院していたので、もし私が当時のドイツにいたら無関係ではなかったんだと思いました。

生きる価値がない命、という表現にもショックを受けました。

今は基本的人権があり、それが当たり前の権利だと疑いもしていませんが、戦時中はそれが無かったんですね…当たり前ですが。
平和を維持するには、勇気と努力が必要。

最後に、ギーゼラさんが会ったこともない叔母を悼み、想っているのが救いだと感じました。

投稿:ふふにゃん 2015年11月08日(日曜日) 00時22分

 途中から見たからヴァイト氏の話が今週だったのかどうかはわからないが、少なくとも、寡聞にして知らなかったフォン・ガーレン氏については調べてみようと思った。
 拡散した説教の全文を(日本語翻訳版でないと無理だが…)読ンでみたいと思った。

投稿:むくのき京一 2015年11月08日(日曜日) 00時10分

すばらしい内容でした。

現代の日本の社会状況にも通じていて、引き込まれました。

投稿:SINNO 2015年11月08日(日曜日) 00時05分

あまりにも重苦しいテーマです。
ここまで人間は非人間的になれるものなのか。

しかし・・、多数派でないもの、見慣れないもの、異形なもの、を迫害する気持ち、弱いもの探しの根は、今にも、日本にもつながってはいないか。戦時中の日本の所業は・・。
そして自分の中にその芽はないだろうか。
その時代に、その場所に、自分が居たなら、無関心を装い、無言の大衆の1人になってはいなかったか!

ヴァイトのヒューマニズム、数十年後とはいえドイツの謝罪に救われる。

日本はどうか、自分はどうか、過ちや現実を直視する勇気を持てるか、負の歴史を繰り返しはしないか、まっすぐに突きつけられた。

投稿:るあ 2015年10月14日(水曜日) 20時40分

はじめまして。お願いです。戦後70年シリーズがあることを初めて知りました。藤井さんの講演をきいて。そこで、8月25日のナチスが行ったことなど、初めて知りましたが、NHKオンデマンドにアクセスしてもありません。どうか再放送してください。おねがいします。あるいはどうしたらオンデマンドからみれるのか教えてください。おねがいします。

投稿:ぷよぷよ 2015年10月11日(日曜日) 18時37分

放送を見て、過去のことではあっても、何時、わたし達、障害者は排除されるのか? 根拠のない不安を抱きました。
障害者だけでなく、老人など、生産性のないとされる人間を区分して「弱者」と決めつけられた時、わたしはその中にいて、わたしは自分の存在価値を問えるのか?
また、その問いに対して、周りはわたしの存在価値を認めてくれるのか? 不安が増しました。
まだまだ世の中には、障害者に対して、欠格事項が存在しています。
昔にくらべたら、現在は、職業選択・資格取得について、障害を理由として欠格条項はだいぶ緩和されていますが・・・。
わたしは身体障害を有する者で、先天性の四肢奇形の障害者です。
もしも、わたしが戦前に生きていたら、その時、命があったのか?
今後、もしも、この国が戦争に巻き込まれた場合、わたしでも出来ることはあるとは思いますが、わたしが障害者ゆえにわたしの生きることを認めてくれる環境があるのか?、そして、その時、どんな環境でわたしは生きることになるのか? この放送を見て、不安が増しました。
日本は徴兵制は導入しないとのことですが、それは未来永劫の約束になるのか???
日本以外ですが、徴兵制をとっている国によっては、軽度の障害をもつ者に対して、その障害者ができること、事務作業であったり、掃除などの務めをすることで、他の健常の徴兵された者と同等にみなしてくれるケースもあるそうです。
日本でも、過去と向き合い、その反省をもとに、もしもの時に障害をもつ人達に対して、どう処遇するのか? この番組をきっかけに大勢の人達によって議論されることを願います。
そして、未来は「弱者」が排除されない共生社会であってほしいと願います。

投稿:うみ 2015年09月22日(火曜日) 22時06分

 ナチスドイツによる障害者の大量虐殺という非人間的な行為。さらに、それがホロコーストの予行演習として行われていたという事実を知り、愕然としました。
 戦争という歯車は、一度、動かし始めたら、それを止めることは非常に困難です。政治、経済、社会、人びとの思考回路、感情まで、すべての歯車が狂い、常軌を逸するのだと思いました。
 ハダマー精神病院のガス室、無機質な白いタイルの光が不気味でした。消し去りたい過去を直視し、正確に事実を記録・保存、そして検証し、反省、謝罪する。さらに次の世代に、そのことを引き継ごうと、不断の努力を続けるドイツの人びとから使命感と良心が伝わってきました。
 また、失望しても、絶望しない。オットー・ヴァイトさんの行動を初めて知り、勇気づけられました。
 「だれも止める人はいなかったのか」。藤井克徳さんの問いかけが、全編にわたって響いています。いま、日本の私たちに問われていることだと思います。

投稿:cobapalm 2015年09月21日(月曜日) 06時22分

障害という言葉が存在することにいつも違和感を感じます。
障害ではなく、個性と捉えたい。
戦争中の過ちを繰り返さないためにも、健常者・障害者と区別するのではなく、幼いころから一緒に学ぶべきだと思います。
そして、人としての尊厳について、子供の頃から考える時間を持つことが大切だと感じました。

投稿:ゆき 2015年09月18日(金曜日) 01時13分

NIPTのような出生前診断によって、今も、障がい者殺しは、続いています。日本でも、それを行う病院、受診者も、増えています。

今、ガス室ではなく、世界中の病院の手術室で、実の親と医師によって、
障がい児殺しは、日々行われています。国も社会も黙認です。国によっては、公費負担で行われ、その数も増えています。

人類は、この70年、進歩していません。
技術の進歩で、今後、障がい者への差別の数は減るでしょう。生まれる障がい児の数が減るから。

今、我々は、胸を張ってナチスを批判できるのでしょうか。
 

投稿:ビワ 2015年09月17日(木曜日) 11時55分

ナチスの優生思想から見れば、排除される対象であった障害者でさえもヒトラーユーゲントを組み、ユダヤ人の締め出しに協力していたことが衝撃でした。被害者でありつつ、加害者でもある。自分よりも弱いものを排除する力がとめどなく流れているのだと思います。
また、ドイツだけでなく、大量の人体実験を行った731部隊やハンセン病患者への差別など、日本で行われた暗い歴史にも目を向けなければいけないと感じます。
「一滴一滴の雫でも石を削ることができる。」殺された20万人が、今の私たちに何を伝えようとしているのか。重苦しい課題をもらった気がします。
*今の日本と今回の放映を見て、ナチス時代の国民がヒトラーのカリスマ指導者に心酔したような空気はないけれど、その状況を「熱狂なきファシズム」と表した言葉を思い出しました。

投稿:ぜるこば 2015年09月16日(水曜日) 18時37分

藤井様、番組ご担当者様


番組最後に放送されておりました、御帰国後の講演会での藤井さんのコメントに
泣く事をこらえる事が出来ませんでした。

手に残るガス室の壁
意識が遠のく、苦しい最中にその壁を手にしながら「私で最後にしてくれ」と
願ったに違いないというお言葉。


「なぜ私が」ではなく、「私で最後にしてくれ」なのか
と涙が込み上げました。

そしてそれを象徴するような
「微妙な変化を察知する役目があるように思う」
「だからこそ、目を見開いていましょう」
というお言葉。

本当に貴重な番組を有り難うございました。

投稿:Kei 2015年09月16日(水曜日) 00時35分

今日「障害者と戦争3」を観ました。
とてもショックでした。私は介護の仕事をしていて、相手は認知症高齢者なのですが、もし私がその時代にいて、お世話している高齢者たちが目の前で殺されるところを見たら胸が張り裂けそうです。しかし逆に自分はこれを止めることができたのかと言えば、恐らく出来なかったと思います。
とても悔しいです。
本当に戦争は何もかもおかしくし、人の命や人生、尊厳までも奪って行きます。戦争に限らず、現代社会でも差別と言う形で根強く残っています。
これらを繰り返さないために、私達に出来る事はなにか。しっかりと向き合い考えていきたいです。

投稿:こころ 2015年09月15日(火曜日) 20時34分

今から70年前に日本では精神障がい者は、労働力の提供ができないから食糧難の時代に、配給を制限されたということを聞いたことがあります。
現在も今も精神障がい者の家族の多くは、偏見を持っておりますので事実を語ろうとしませんが、その様な事実も歴史の中で消えて行くのでしょう。
戦中の生まれで事実かとうかは知ることは出来ません。
また、徴集された日本兵士が戦場で発狂したものも、捨てられたと聞いております。
放映された番組を視聴して、そんなことが脳裏に浮かびました。

投稿:精神障がい者家族相談員 2015年09月10日(木曜日) 19時27分

殺された一人ひとりの無念さを思うと言葉が出ません。それが、20万人。
障害者や、LGBT、ロマ族など「自分たちとは違う」マイノリティはまず邪魔だという気持ちが暴走した最悪の結果がこの歴史なのだと思います。
一方で、これまで隣人であったはずの「普通の人」が直接、間接的にも迫害する側に変わっていったのはなぜかを考えることも忘れてはならないと感じます。
ナチスの熱狂の渦に巻き込まれていく中で、「戦争とはそのような風潮だったから、仕方ない。」「組織の大きな歯車の一部にしか過ぎなかった。」その結果は、あまりにも酷い。
すべての人が自分も加害者になりうるという自覚を持たなければいけないのだと思います。今後も特集されることを期待しています。

投稿:ぜるこば 2015年09月10日(木曜日) 19時10分

 この悲惨な出来事はたった70数年前の出来事です。戦争は人の心をを変えます。私は障害を持つ子の母親ですが、私自身、変わらない自信なんてありません。「戦争にも行けない、役に立たない。」と一生懸命育ててきた子供を収容所に向かわせてしまうかもしれません。誰にも真実を知られる事なく、病院の煙突から出る煙を見て涙が止まらず体が震えました。私は弱い。お願いです。この平和な世の中で、一人の愛情ある母親として生きさせてください。
 

投稿:にこ太郎 2015年09月07日(月曜日) 12時26分

 戦争の特集ということで、過去のあやまちから学びたい、二度とそれを繰り返さないように……という心づもりで見始めました。けれども、問題の本質は過去のことでも遠い国の出来事でもなく、いま現在も私たちの社会が抱えている私たちの課題なんだと気づきました。
 社会の問題がいつも弱者に集中し、彼らに責任と苦痛を押し付け、切り捨ててしまうこと。そんな世の中のシステムが出来上がって、抜け出せなくなること。今の日本がそうでないと、どうして言えるでしょうか。弱い立場に追いやられた人を役に立たないと切り捨て、彼らがいなくなれば次に弱い人へ問題の責任を押し付け……最後には誰が残るんだろう、人がいてこそ社会は成り立つのにと思います。いま強者の立場にいる人だって、いつそうでなくなるか知れません。なにより、ひとりの人間として向き合えば命を要不要で分けることなんてできません。
 法律をつくるのは政治家ですが、人道的に間違った法の存在を許してしまうならそれは社会の構成員ひとりひとりに責任があると思います。自分たちが抱える問題を自分より弱い誰かのせいにせず、みんなで解決していく勇気と知恵が必要です。自分はそれを持っているかな、持てるように努力しているかなと番組を見た後で考えました。

投稿:n 2015年09月03日(木曜日) 18時00分

 かの第2次世界大戦は、日独伊三国同盟が世界を相手に、世界侵略を謀り、その陰で多くの障害者の人権を奪った。
 戦後70年、そのうちの伊国(イタリア)は精神科病院を廃止し、独国(ドイツ)は今回の番組のようにナチス時代の蛮行を深く反省している。
 しかし、日本が行おうとしているのは、いわゆる「精神科病棟転換型居住系施設」で、7~10万人もの精神障害者を相変わらず病院の都合と行政施策の立ち遅れという、個人的な理由でなく社会的理由から強制的に入院させておくという、まったく時代錯誤の施策なのである。戦時下の日本でも、ドイツと同じく、「

投稿:あかしあ 2015年09月03日(木曜日) 15時16分

簡単に「ひどい」などの言葉では言えないくらい、目を伏せたいくらい、つらく悲しいドキュメンタリー番組でした。でも昔あったこと、過去の出来事で終わらせるのではなく、同じ過去を2度と繰り返さないように語り継いでいくべきだと思いました。

投稿:ゆか 2015年09月03日(木曜日) 11時04分

障害者施設で働いているのですが、職場のみんなで見ました。
障害者を殺すのに、人の命を守らなければいけない医師がかかわっていたことに驚きました。また関係した人たちが、人を殺すことに抵抗感がなかったのだろうかと考えさせられました。人の価値ということについても改めて考える機会になりました。

投稿:みき 2015年09月03日(木曜日) 11時01分

あまり知られていなかったナチスの障害者大量虐殺。戦後70年たったがそういった厳しい事実はまだまだあるのではないか。もしくは日本でもあったのではないか。まだまだ私たちは目をそむけずに知っていく必要があると強く感じた。

投稿:としお 2015年09月03日(木曜日) 10時29分

障害者施設で働いています。人の価値、生きる価値を他人が決める、そんなことが戦争中は許されてしまう。そのことが許せません。毎日多くの人たちが狭い部屋の中で苦しみ、亡くなり、引きずり出されて、焼却される、想像しようにも恐ろしくてできない。戦争が引き起こした事実を今の日本も受け止め、日本の過ちにも目を向けるべきだと感じる番組でした。

投稿:さやか 2015年09月03日(木曜日) 10時25分

いつも障害者と接しています。
日本も批准した国連の障害者権利条約の前文(m)に「障害者が地域社会における全般的な福祉及び多様性に対して既に貴重な貢献をしており・・・・」という文があります。私は、この「貴重な貢献」とは何なのだろうか、いつも気になっていました。今回の取材作品を観て、障害者はヒトの一部であり、その存在は人々に寛容さをもたらしてくれているのではないかと思いました。観させていただき感謝しています。

投稿:枕木 2015年08月31日(月曜日) 15時14分

北杜夫さんの「夜と霧の隅で」で、精神障害者がナチス政権下で殺害されたことを知りました。現在、私は障害福祉の仕事をしています。平和な日本ですら排除されている人たちが、不穏時には真っ先に排除されることは想像に難くない。このところの日本だけでなく世界情勢。日々、彼らと生きている私の前に銃口が突きつけられていると感じています。

投稿:あつこさん 2015年08月27日(木曜日) 22時39分

今、アベ政権が、小いずみ棄民政治の総仕上げをしています。すでに、生保は改悪され(国民の大半は歓迎し、大きな国民的反対運動は起こらなかった。ナチを支持したドイツ国民と同じです)福祉はカット。軍事費は天井知らず。労働法制も、軒並み改悪、のみならず、さらに、悪法の新設の数々。国民の大半は、貧困奴隷と戦争に突き落とされるでしょう。労働能力のない障害者は殺されます。私は、精神障害者です。もう、この国を脱出しようと思ってます。

投稿:akitu 2015年08月27日(木曜日) 12時33分

二夜連続で観ました。私は、障がい者の親です。今なら、子供を守るために、立ち上がろうとしますが、あの場でそんな事ができただろうか?役に立たない子供の母になってしまう?のではの不安を、打ち消せないでおります。昨夜は、眠れませんでした。大量虐殺の二文字が、頭から離れません。この日本は、もう二度と戦争はしません。そのために平和な今、しなくてはならない事。平和運動に参加します。戦場かでは、声を上げられませんから。

投稿:とみすみ 2015年08月27日(木曜日) 10時46分

戦争は怖いと思いました。客観性を持つべき精神科医たちがが誰一人異を唱えることなく、ユダヤ人虐殺の第一歩に手を貸してしまったのだから。人間はある状況下で一方向に突き進むと、どんなことでもできるのですね。私がその時、医師の立場だったらどうしただろうと思うと、心がキリキリと苦しくなります。戦火ではない現代の社会においても、その縮図はあちこちに見られるような気がしてまた怖くなります。この番組をきっかけにして、周りの人たちと身近な問題について語り合っていきたいです。

投稿:リトルバルーン 2015年08月27日(木曜日) 02時09分

 思えば子供の頃から、私の周りには障害を持った人がいて、優しい笑顔で子供の私を包んでくれていた。大人になって、ふとしたきっかけから、精神障害者の方たちの支援をする仕事に就いていますが、人として私とどこが違うのだろうと思います。ほんとうにウソが無く、優しいが故に生きづらく、心を痛めてしまう姿に、日々教えられることがあります。
働けないから役に立たないなど、家族や本人の抱えるコンプレックスを、そんなことはない、いてくれるだけでこんな私を支えてくれていると、時間をかけて伝えています。
 私の祖父は2.26事件の時、「文明の果ては野蛮か!」と言って嘆き、第二次世界大戦で息子は、南の島で、死んだ戦友の肉を食べられなくて飢え死にをしたという事実に向き合い、人間として逝った息子を誇りに思いながら、私たちに平和な世の中が続くように祈り、大切にしてくれました。
 平和でなくては、豊かな時代を過ごせない、人がこれ以上野蛮になる姿は見たくない、息子たちの人間性を蝕むような社会にしないと決心して頑張ってきたのだから・・・ 
 番組をみながら、心が張り裂けそうでした。 66才 茨城 

投稿:外美 2015年08月27日(木曜日) 01時58分

私の働いている障害者施設を利用している障害者の方のご家族からの感想を紹介します。
「世界陸上からEテレにチャンネルを変えたものの、余りの酷さに吐き気すら覚えました。障害者、治療不可の人たちが20万人もの虐殺されたことは知りませんでした。その後にユダヤ人となっていったのですね。人は人でなくなり罪とさえ感じていなかった背景には独裁者の劣悪な政治、ドイツで起きたこと以外、日本にも語られない事もきっとあるに違いないと思います。細菌の研究室は間違いなく存在していたのですから!憲法9条は死守していかなくてはいけない、と再認識しました。」

投稿:さくらんぼ 2015年08月27日(木曜日) 00時22分

第二夜、見ました。昨晩同様重いテーマですが、少し息がつけるような感覚は、今日がナチスへの、人権抹殺に対するヴァイトの抵抗だからでしょうか。
藤井さんの信念である「媚びない、ぶれない、あきらめない」「もっともたいへんな人たちに焦点をあてる」がこころに響きました。
取材に答えたドイツ人の方が
・自分の人生には価値がある
・ただ一つの人生
・価値のある人間
と力説していたことも(^_-)
最後のシーンの「つまづきの石」は印象的ですね。「イシ」は「意志」の意味とも重なりました。
しかし、何故、ヴァイトはユダヤ人の障害者を助けようとしたのか。
デンマークの人たちが8000人のユダヤ人を中立国のスウェーデンに逃がしたとき、多くの市民は「それが当然のことだと思ったから」と答えたそうです。
でも、そんなことを家族にさえ漏らしても命が脅かされたナチスドイツで、ヴァイトのどんな思想が、どんなバックボーンがあったのか。
映画や絵本はじめ、いろんなことが知りたいですね。
それと、戦後、ユダヤの孤児たちを収容する施設をつくった。これって、戦争孤児の収容施設をつくった糸賀一雄の「近江学園」と、まるで地下茎でつながっているかのようです。
第三話が楽しみです。

投稿:kinbe 2015年08月27日(木曜日) 00時19分

ヴァイトさんから勇気を貰いました。

私も、はっきり、差別に対して「NO」と言えるようになりたいです。

なぜ、人々は「目に見えるもの」しか評価しないのでしょうか。

私は障害者として、残酷な目に遭った時は、「目に見えないもの」が、いつも私を助けてくれました。

「生産性がない」と言う理由で、殺された障害者は、大変に無念だったと思います。しかし、ヴァイトさんのお蔭で、障害者の命に光が刺したのでは無いでしょうか。

ヴァイトさんのお話は一つの奇跡のようですね。
神父様がおっしゃっていましたが、奇跡は大騒ぎするものではない、道標
なのだそうです。私達は、心穏やかに、ヴァイトさんの意思を繋いで行きたいですね。
 

投稿:ゆの 2015年08月26日(水曜日) 22時25分

今夜のハートネットを見て、いつの世もあるべき姿を基準とした行動する人が必要だと思いました。またそんな人間になること、気づきと行動こそ世の中を救えることを学びました。今日をそのスタートにしたいと思います。同じ過ちを繰り返さない為にも勇気を持って行動することを子供たちの手本となる大人がたくさん必要です。今の日本にはあまりにも少なすぎると思います。ドイツはその反省を踏まえ、過去の過ちををしっかり世界に伝えていることに日本との違いを感じました。障害者だけでなく弱者と言われる全ての人たちが安心して暮らせる社会をつくりあげることこそ戦後70年に考えるべき政策ではないでしょうか。二夜にわたる番組をみて人間の非情さは人間がつくり、優しさも人が与えるもの、これからの人生の基準としたいと思います。

投稿:田舎者 2015年08月26日(水曜日) 22時24分

私の娘は障害者です。
もし70年前に生きていたら・・・。
ドイツじゃなくて日本でも弱者の1人として生き延びられることは出来なかっただろうと思うと、今の時代に生まれて良かったと思います(だからといって、今が生きやすい世の中か?と言われれば、そうでもないですが)。
障害者がいなくなっても、新たな弱者を探して殺す。怖い言葉です。
強い物しか生きられない世界は不自然です。
色々と考えさせられる「戦争シリーズ」でした。

投稿:ぴょん吉 2015年08月26日(水曜日) 21時33分

「T4作戦」は以前から、書物、あるいは、インターネットで知っていたのですが、今回、親を殺害された方や、また、殺害に使われた、ガス室の実際の映像を見ることで、このことが、現実に行われたということが、実感をともなって感じられました。
わたし自身、精神障害を抱えていますが、この「T4作戦」ふくめ、ナチスドイツが行ったことを、単なる、「外国が過去に行った、わたしたちとは直接関係のないこと」と考えるべきではないと思っています。
「T4作戦」の思想的土壌として、優生学思想また、障害者の「財政的負担」の強調といった側面があるわけで、それは、現代の日本、ひいては、「近代」そのものに通底するやっかいな問題です。
そういう意味で、今回の番組をもっと多くの人が見て、「わたしたちに関係のある事柄」として、自分自身に引きつけて考えてもらえるとありがたいと思います。

投稿:かっこう 2015年08月26日(水曜日) 15時17分

ドイツで行われた障害者ガス室虐殺と、日本でも記録に残されている障害者「青酸カリ」殺人命令とどこが違うのでしょう。
ドイツだけの問題だjけではありません。
余りにも惨い歴史です。
今、国会で審議されている安保法制改正法案は、我が国の先人の努力と犠牲のうえに成り立ってきた平和国家を破壊しようとしていることに気づかないのでしょうか。
戦後70年の節目に国会議員の皆さん、そして子どもたちにも観ていただきたい番組です。
是非、総合テレビでも放映していただきたいです。

投稿:田舎者 2015年08月26日(水曜日) 15時01分

番組を拝見し、恥ずかしながら初めてナチスドイツによる組織的な障害者抹殺計画を知りました。社会に貢献できないものは生きる価値すらないという考え方に、戦慄を覚えました。

思えば、「普通とは違うやつ」を疎外し、進んではその存在を抹消しようとするロジックは、根底的に日本社会に蔓延する「いじめ」問題と共通する部分もあるのではないか。「あいつはキモいから」といって学校や職場から村八分し、やっと消えてくれたら清々する。しかし、果たしてそれで一件落着になるのでしょうか。

害虫は消えた。「健全な人間」しか残っていない。めでたしめでたしで終わる話ではない。「目障り」なものが消えたら、今度は「健全」とされる人間の間に、互いにエラ探しが始まり、弱いものから排除されていく。終わりのない増悪の連鎖がはじまるのです。寛容がなくなったら、差別が正当化されるのです。

一部インターネット上では、いわゆる「ヘイトスピーチ」が存在し、在日コリアンの人々を非難し、日本社会にはびこる「悪害」であると憚らない。白昼堂々で差別用語を口にしたり、ましてや本としてその説を出版されることもよく目にします。ナチスドイツのように、日本民族こそが世界でもっとも優秀な人種である持論が、そのような発言の根底に流れています。

戦前の日本では、関東大震災をきっかけに朝鮮人虐殺を始め、昭和に入ってから左翼思想家や「不穏」分子を弾圧したり殺害したりして、政治犯や反対の声を揉み消して、しまいには戦争まっしぐらに進む軍の暴走するに対し異を唱えるものは、誰もいなくなった。

ドイツの神職者の話としてよく引用されている、印象深いくだりがあります。「ユダア人が迫害されたとき、私は怖がり、何も言わなかった。それから、政治犯の迫害がはじまり、私は沈黙を守り続けた。そしてついに、私が迫害されるとき、だれも私のために何かをいう人はいなくなった。」

今日の日本社会への警鐘のように思えてなりません。

投稿:寛容さこそ守られるべき 2015年08月26日(水曜日) 14時30分

現在、障害者福祉施設で働いています。目の前にいる障害者が70年前、ドイツにいたら同じ運命をたどっていたのだろうか。安保法制案が審議されている中、二度と同じことが起きないと言えるだろうかと考えさせられました。
10歳になる娘も一緒に見ましたが「本当にあったことなの?」と言っていました。戦争は人を人で無くする。決して忘れてはならないことだと思いました。

貴重な放映、ありがとうございました。本日も必ず見ます。

投稿:さくらんぼ 2015年08月26日(水曜日) 13時02分

今の日本の状況を考えた時、衝撃的内容でした。私は女性です。女性の地位が低い日本にあって、どうやったら自立できるのか(=自分の意思によって自分の人生を生きる)、つまりどうしたら女性も働くことができるのかを考えてきました。でも、働くことを手放しには礼賛できないと考えさせてくれる番組でした。受信料を払う価値があると思いました。このような番組をもっと、もっと作って下さい。

投稿:みみ 2015年08月26日(水曜日) 09時34分

 番組を拝見し、障害と精神疾患を抱える当事者として、背筋が凍るような気がいたしました。
 私は現在、障害のために就労できずにおり、ナチス的に言えば「生産性のない」人間です。働けない悔しさは私自身強く感じております。しかしそのために殺されるとしたら、あまりに納得がいきません。人間は働けないだけで「生きるに値しない生命」になるのでしょうか。
 なによりも恐ろしかったのは「自分には関係ない」の一言でした。自分は障害者とは関係がないから、彼らの悲劇には抗議しない。その無関心に身が竦みます。
 T4作戦は、現代の障害者、健常者にとって決して対岸の火事ではないと感じられます。

投稿:ろっじ 2015年08月26日(水曜日) 09時08分

昨日の「20万人の大虐殺!」とってもよかったです!
ユダヤ人迫害については学校でも学んできていますが、そのリハーサルとして20万人の障害者が殺害されていたことを初めて知りました。
今まで隠されてきた過去と向き合い、思いを巡らせる時間となりました。

なぜ、ドイツでこのようなことか起きてしまったのか、どうして反対するものはいなかったのか、とても疑問が残ります…。
しっかりと過去を見つめなおし、現代と引きつけて考えると必要が今の日本にはあるのではないでしょうか。

この30分の中でもものすごく、衝撃的で肌寒けなるような気持ちでした。
きっと盛り込まれなかった情報もたくさんあると思います。
この事実をこれで終わらせてしまうのはもったいないです!改めて特集を組み、もっと多くの方にも知ってもらえたらと思います!
とても素敵な番組でした。

総合テレビでもぜひ!期待しております!

投稿:まみれ 2015年08月26日(水曜日) 08時41分

息ができなくなるくらい重いです。

しかし、「安楽死」という造語。おぞましいですね。戦争のため、「社会」のために役に立たないと「科学」の名の下でレッテルを貼って、役にたたないのだから、「安らかに楽に、死なせてあげよう」なんて。「安楽」などじょうだんではない。抹殺、虐殺、大量殺人ですよね。歪んだ思想のもと、言葉でたくみにすりかえる。

しかし、それが権力の下、「社会」の「思想」となる恐ろしさ。
なんとも、重い気持ちになった第一回だけれど、
1)精神科医学会として歴史的に謝罪したこと。
2)ガス室はじめ殺戮の現場を保存し、後生に伝えていること
これは、すごいことだとおもいました。

投稿:kinbe 2015年08月26日(水曜日) 00時28分

調査票
治る見込み・・・・なし
労働が可能か・・・不可能
+、+、+、+、
4つのサイン
ガス室行き

信じがたいことですが歴史的事実。

今の私は、まさにガス室行きの体です。
日本でも戦前戦中に重度障害者が徴兵検査に引き出され、校庭に集まった村人の前で「米食い虫」「非国民」とののしられたと体験した先輩から聞いています。
繰り返してはならないことです。

投稿:電気車 2015年08月25日(火曜日) 23時28分

ヒットラーが計画中止命令を出した後も「安楽死」が続けられていたことに衝撃。精神科医も親もヒットラーに嫌々やらされていたのではなかったということだったのですね。障害者は私たちの周りに存在していること自体にきっと価値があるのだと思った。

投稿:父A 2015年08月25日(火曜日) 22時46分

八月二十五日午後八時より放映されたNHK Eテレ ハートネットTV番組は、一人の独裁者によって、その国民の多くが悲劇のどん底に突き落とされる典型な例であると思います。ほぼこの時期、この国(ドイツ)の独裁者と手を組んだ日本の政界の重鎮がいました。しかもこの国との同盟(日独伊三国同盟)に猛烈に反対した外交官(吉田茂)がおりました。これに対し政界の重鎮は外交官を解任してしまいました。当時のヨーロッパの情勢の青写真を知り尽くしていた彼(外交官)は、ナチドイツ同様、日本もこのままでは破滅の道に突き進んでいくのが見えていたのでしょう。彼の予知した通り,その後の日本は三百三十万人もの人命が虫けらのように殺され、国土の多くが消失してしまいました。彼のような有能な外交官を追放した重鎮は戦後病に冒された為責務は問われませんでした。膨大な人命が奪われたにも関わらずにも。もし、外交官の意見を受け入れておけば、日米開戦は防げた可能性もあった筈です。更に私が言いたいのは、A級戦犯で、その重鎮にかなり近い親戚の政治家も、戦後まもなく日本の政治のリーダーになってしまったという事。更にはその血を引く人が又もや政治の重鎮になっている。私は何とも好戦的な政策を遂行している現在のリーダーを見ると、太平洋戦争に突き進んで行った時代をこの先辿って行ってしまうのではないかという危惧に駆られてなりません。

投稿:paloma 2015年08月25日(火曜日) 22時16分

「ナチス政権障害者大虐殺の真実」を見ました。ファシズム、軍国主義は国民を押さえつけるために、まず、最も弱者である障害者に襲いかかってくる。このことの歴史の事実を知りました。怒りと悲しみでいっぱいです。
 いま、日本でも安倍政権が、同じ過ちを繰り返そうとしていると思うと、息苦しくなります。黙ってはいません。

投稿:啓市 2015年08月25日(火曜日) 21時20分

一人の視聴者としての感想です。
より良い社会を作って行くために過去と向き合うことは大切だと思います。
障害を持った人を取り巻く人達にとっては鼓舞となる番組だったかもしれません。しかし、当事者の方にとってはどうなのでしょうか?
番組を見た障害を持った人が当時の人に自身を重ね苦しくなっていないか心配です。
当事者の立ち位置に立てているのか少し疑問が残りました。

投稿:ふぃろそふぃあ 2015年08月25日(火曜日) 21時15分

現在特別支援学校の教諭をしている者です。2人の子ども(大学生と社会人)もいます。以前は民間企業で働いていました。
大変色々と考えさせられる番組でした。
戦争など、厳しい経済下になった時、要は、食うか食われるかの状況。人間、自分が大事なのは、自然なことだと思います。世の中の弱者と言われる、障がい者や病気の方達と普段から地域で関わっていないと、「生きる価値がない」と、生産性や労働能力など、数字や目に見える形あるものだけで判断してしまうことになり、ナチスドイツのような過ちが起きてしまうのでしょう。今の日本の平和のありがたさを感じながら、平和を日々つくっていっている一員であることの自覚をみんながもってないと、ただのぬるま湯につかっている感じになってしまい、誰かヒトラーのような権力者が出てきた時になんとなく集団の意向に疑問をもてなくなってしまう気がします。

投稿:えくぼ 2015年08月25日(火曜日) 20時56分

2010年にようやく精神医学界からの謝罪があったと聞き驚きです。なぜ、ここまで遅くなったのかその理由が知りたい。

ドイツ国民は障害者の抹殺とそのためのガス室の存在を知っていました。国家のために個人が犠牲になることが美徳とされた時代です。社会福祉費の削減のために「価値のない」人間が多く虐殺されました。医師が犯罪者となった理由は何でしょうか。地位のためでしょうか、ドイツ社会のためを思った行動だったのでしょうか。そもそも罪の意識はなかったのでしょうか。

戦後70年を経て、改めて戦争とは何かを考えました。国家は国民を守ると同時に危害も加える、その矛先は少数派に向けられることを忘れてはならないと痛感しました。

投稿:いのる 2015年08月25日(火曜日) 20時52分

私が、精神障碍者になってから、よく考えることです。
「健常者の時の私は、大した事なかったな。精神の深さも苦労も人生も何も分かっていなかった。」今の私も大した者ではないけれど、障害を生きて来たと言う、自負があります。


ナチスはもっと大したことない。

投稿:ゆの 2015年08月25日(火曜日) 20時44分

弱者を探す。
こんな思考はありませんでした。
途中からの視聴だったので、再放送で自分と向き合いたいです。

投稿:蒼 2015年08月25日(火曜日) 20時39分