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【社会保障70年の歩み】第13回・子育て支援 「スターティング・ストロング」

2015年08月13日(木)

古いことわざに、こうある。
「総領(そうりょう)の15は貧乏の峠末子の15は栄華の峠」。長男や長女が15歳の頃、弟や妹は幼く、親は峠越えのように苦労する。末っ子が15歳になると、子育ても峠を越えて楽に歩める。
子どもの養育費・教育費が家計を圧迫するのは今も変わりはない。現在は、高校や大学在学時の16~22歳が長い峠である。

社会保障制度は、社会保険を軸に公的扶助(生活保護)や社会福祉(社会的弱者施策等)で補完され、さらに養育費を補う「家族手当」(社会手当)が加えられた。世界的には1926(昭和元)年、ニュージーランドで初めて創設され、先進国へ広まった。

 


日本では遅れに遅れ、1971(昭和46)年「児童手当」の法律名で成立し、翌72年1月1日施行された。当時「日本で最後の社会保障」と呼ばれ、家庭生活の安定や児童の健全育成を目的に掲げた。18歳未満の児童が3人以上いる場合、義務教育終了前の第3子以降に月額3000円支給の内容だった。父母ら養育者に一定以上の所得があれば支給しない「所得制限」を設けた
財源は、被用者(勤め人)には事業主負担と国・自治体で賄った。従業員の子に扶養手当を支給していた主に大企業の私的制度を公的制度に切り換える名目で拠出させた。自営業者らへの支給は国と自治体で負担した。
「小さく生んで大きく育てる」(当時の厚生省)と、ささやかなスタートを切ったが、その後もいっこうに発育しない制度に陥った
子育ては親の責任とする日本的な考え方が根強く、社会全体で支援する気風に乏しかった。制度設計にも問題があった。第3子以降の支給対象は少数派(1965年調査で子育て世帯の18.3%)のうえ、所得制限でさらに対象を狭め、いわば貧困家庭対策になった。支給期間も「中学校卒業まで」では教育費がかさむ高校以降は役に立たなかった。
その後、主に2~3歳児の支援に切り換えられ、徐々に少子化対策へ傾き、小学生まで拡大された(下記図表参照)。この間、程度の差はあれ「所得制限」は一貫して設けられた。

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欧州主要国では「家族手当」に所得制限のある国は見当たらない。日本では子育てを社会全体の課題にするのが難しいうえ、大企業を中心に「年功序列賃金」体系であるのも、その要因だろう。欧米の「職務給」(能力給)とは異なり、子どもの進学に連れ、親は課長・部長等になって給与も上がり、養育費や教育費を何とか捻出できる。しかし、途中の入退社の目立つ中小企業には通用し難い。しかも、現在のように非正規労働者が働く人々の3分の1を占める時代を迎え、年齢とともに収入も増える状況ではなくなった。
欧州主要国の対象年齢は長く、支給額も高い。イギリス、スウェーデン16歳未満、ドイツ18歳未満、フランスでは20歳未満まで、月額2万円前後(円換算)が支給される。


抜本的な改革は民主党政権時代の「こども手当」創設(2010年度~11年度前半)であった。対象を中学生まで広げ、子の順位に関係なく一律1.3万円支給、所得制限も撤廃され、2010年度で支給総額2.7兆円(その代替で「年少扶養控除」廃止)。しかし、財源確保策なしに見切り発車され、たちまち行き詰り、自民、公明党との三党合意で基本的に多子優遇、所得制限付きの新「児童手当」に逆戻りした(11年度で支給総額2.2兆円、ただし年少扶養控除廃止で12年度以降の税収推定1兆円増)。



日本の社会保障諸制度の中で、もっとも弱い分野が子育て支援と言って過言ではない。先進諸国で作るOECD(経済開発協力機構)は、近年「スターティング・ストロング」(人生の始まりこそ力強く)と題する報告書をまとめた。その中で、日本にとって「保育・幼児教育への重点的な投資が最もUターンが大きい」と助言した。

OECDの指摘を待つまでもなく、何しろ働く女性の6割強は出産・育児を機に職場を去っている。厚労省調査で、その理由は「続けたいが、両立が難しい」(26%)、「解雇・退職勧奨された」(9%)。最多は「家事・育児に専念」(39%)だが、「保活」という新語さえ生まれた保育所探しの苦労に最初からあきらめ意識もあるのではないか。

1994年からの「エンゼルプラン」(今後の子育て支援のための施策)を皮切りに保育所の整備等が繰り返されてきた。しかし、大都市を中心に保育所の大幅な不足は続き、2013年春には首都圏を中心に入所を拒否された母親たちが「保育所確保は行政の義務なのに」「もっと認可保育所を」と、市区町村に対し、次々に異議申し立てを行った。
共働き世帯、母子世帯などには「小1の壁」も立ちはだかる。小学校に入ると、親の帰宅時間まで過ごす「放課後児童クラブ」(学童保育)がいる。その不足も社会問題化した。
政府・厚労省は、消費税5%から10%への引き上げを前に「育児」を「医療」「介護」「年金」と並ぶ消費税充当の目的に加え、2015年度からは「子ども・子育て支援新制度」が始まった

15歳未満の人口は、少子化に歯止めがかからないと、2010年の1684万人(総人口の13.1%)から2030年の1204万人(10.3%)、2060年には791万人(9.1%)と激減していく(国立社会保障人口問題研究所の中位推計)。


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敗戦後、日本が再出発を期した際、最初に立案された福祉法制は「児童福祉法」〔1947(昭和22)年〕だった。「福祉」という名前を付けた初の法律でもあった。その制定へ向け「子どもは歴史の希望」という文言を盛り込もうという運動があった。採用はされなかったものの、この国の未来を子どもたちに托した思いが伝わってくる。雪崩を打つような少子化は、70年前に立ち返り、新たな「歴史の希望」を育てる取り組みを迫っているのだ

エピローグ「ウサギとカメ」に続く

執筆:宮武 剛
    元新聞記者。
    30年以上福祉の現場を歩きまわって取材を続けているジャーナリスト。
    社会保障、高齢者福祉の専門家。

連載【社会保障70年の歩み】
プロローグ「首相への挑発状」
第2回・生活保護「1年パンツ1枚」
第3回・生活保護「水と番茶の違い」
第4回・医療「無保険者3000万人から」
第5回・医療「日本型の長所・短所」
第6回・医療「皆保険という"岩盤"」
第7回・介護「措置という古い上着」
第8回・介護「選べる福祉へ」
第9回・年金「開戦時に産声」
第10回・年金「お神輿の担ぎ方」
第11回・雇用保険「育児も支える」
第12回・労災保険「過労死もサリン事件も」

 

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