本文へジャンプ

【社会保障70年の歩み】第8回・介護「選べる福祉へ」

2015年04月14日(火)

介護保険制度の立案・設計は、政党の激しい離合(りごう)集散(しゅうさん)の渦中(かちゅう)で展開された。何しろ自民党単独政権が崩れた1993(平成5)年夏から3年余で首相は4人も交代した。

最初の詳細な提言は、94年12月、旧・厚生省委託の「高齢者介護・自立支援システム研究会」(座長・大森彌(わたる)東大教授)でまとめられた。主なポイントは、
① 高齢者自身によるサービスの選択
②介護サービスの一元化
③ケアマネジメントの導入・確立
④社会保険方式の採用
、であった。

翻訳すると、市町村が入所先の特別養護老人ホームまで決める“お仕着せの福祉”は、もうやめよう。ホームヘルパーも訪問看護師も一体でサービスを提供していこう。個々人の心身状態と生活状況に応じ、基本方針のケアプランを作成し、ケアチームで実行していこう。そして、保険料を払う見返りにサービスを受ける権利性のある「介護保険」を創設しよう、という呼びかけだ。

従来の役所的な研究会とひと味違ったのは、在野の実践者や市民運動家もメンバーに選んだこと。山口昇(みつぎ総合病院長)、岡本祐三(阪南中央病院内科医長)、橋本泰子(東京弘済園ケアセンター所長)、樋口恵子(高齢社会をよくする女性の会代表)らが加わった。この人選も新しい理念や仕組みの提唱に繋がった。もちろん、保険方式への切り換えに批判も強かった。要約すると、大幅な公費投入でサービスの質量を上げればサービスは選べる、保険料を払えない低所得層が無保険者に陥る、サービスを使うほど負担が増える保険方式の「応益型」の利用料は低所得者の利用を妨げる、措置制度を止めるのは行政責任の放棄ではないか~。


制度原案を練った旧厚生省の先進的な官僚たちは、巨額の公費が必要な北欧型の公費方式は無理と判断し、社会保険方式の枠組みの中で、デンマークの高齢者福祉・三原則を目指すべき理念とした。住み慣れた地域で自宅や自宅に近い環境で暮らせる「継続性」、自らの生き方を決める「自己決定」、経験や能力を生かす「自己資源開発」だ


翌95年7月、首相の諮問機関「社会保障制度審議会」(会長・隅谷(すみや)三喜夫東京女子大学長)は、社会党籍の村山富市首相あてに「社会保障体制の再構築」を勧告した。

社会保障推進の原則を「普遍性」「公平性」「総合性」「権利性」「有効性」とする内容は、そのまま介護保険創設の勧めだった。たとえば、寝たきり等に「所得や資産の有無・多寡(たか)にかかわらず必要な給付を」「負担能力のある者には応分の負担を」「保健・医療・福祉の総合化が政策効果を高め」「種々のサービスを利用者の意志で選べ」などと提唱した。
同審議会を率いた労働経済学者の隅谷会長は、五味川純平のベストセラー「人間の条件」で、侵略戦争と軍隊の非条理に翻弄(ほんろう)される主人公・梶一等兵のモデルと言われた。ちなみに同審議会の建議や意見は数多いが、最も強力な「勧告」は、プロローグで紹介した大内兵衛会長時代に2回、この3回目で最後になった(同審議会は2001年度の省庁再編に伴い半世紀の歴史を閉じ、その機能は経済財政諮問会議等に引き継がれた)。
政権が次々に変わる政治状況の中で、浮き沈みしながら、介護保険法案は96年11月の臨時国会に提出された。翌97年の通常国会では衆議院で可決されたものの、参議院で会期切れ、同年12月の臨時国会でやっと成立した。

20150414_001.jpg


この間、96年9月「介護の社会化を進める一万人市民委員会」、翌97年11月には市町村長有志の「福祉自治体ユニット」の旗揚げなど、広範かつ熱気のある市民運動が展開された
何歳から強制加入(保険料納付)にするか、現金支給は是か非か、どの程度の給付水準を設定すべきか。国民的な議論が起きたのは介護保険創設前後の特徴であった
制度の枠組みは、先行したドイツ介護保険と似た形だが、財源は保険料収入と公費の折半、保険者は市町村など独自の工夫を織り込んだ。制度の特徴は医療(健康)保険と比べるとわかりやすい。
① 医療保険にはない年齢要件を設け、40歳から強制加入、原則65歳以上を給付対象(若い世代の障害者は対象外)
② 給付を受けられる要支援・要介護状態の審査・判定は、医療保険のように医師独占ではなく、様々な職種のチームで行う
③ 現金給付を避け原則的に現物(サービス)給付に限る、給付に上限のない医療とは異なり、要支援・要介護状態に応じ支給限度額を定め、限度額を超えるサービスは全額自己負担
④ 医療保険は複数の保険者に分かれるが、介護保険の保険者は市町村に一本化
⑤ 在宅サービスには全面的に営利企業等の参入を認めた。(図参照)
20150414_002.jpg


この最も新しい社会保険も今春15年目に入った。
施行の2000年度末と統計確定の2012年度末を比べると、要支援・要介護の認定者は260万人から561万人、利用者数は1ヶ月平均184万人から458万人に増えた。総費用は3.6兆円から2015年度で10兆円(予算)に膨らんだ。
それは制度の発展を示すが、財源確保や介護職等の人材確保で持続可能性を問われる事態でもある。

2014年、介護保険法は大幅に見直され、ことし2015年度から地域ぐるみの支え合いで超高齢社会を乗り切る「地域包括ケアシステム」作りが本格的に始まる。

第9回へ続く


執筆:宮武 剛
    元新聞記者。
    30年以上福祉の現場を歩きまわって取材を続けているジャーナリスト。
    社会保障、高齢者福祉の専門家。


連載【社会保障70年の歩み】
プロローグ「首相への挑発状」
第2回・生活保護「1年パンツ1枚」
第3回・生活保護「水と番茶の違い」
第4回・医療「無保険者3000万人から」
第5回・医療「日本型の長所・短所」
第6回・医療「皆保険という"岩盤"」
第7回・介護「措置という古い上着」

コメント

高齢化が急速に進む日本において、介護保険は、必要な制度だったと思います。しかし、これだけ多くなった高齢者を支えようとするためには、資金が足りないことはこれからも続くことが予想されます。核家族化や老老介護が社会問題になる日本で地域ぐるみでみようと地域包括ケアシステムの構築が急がされていますが、現実的に可能であるのか疑問に思います。
高齢者に対して子供の頃から興味をもち、介護保険料も40歳からではなく、年金のように若い年代からも納めることへの必要性に対する教育も必要だと感じます。

投稿:むらた 2015年06月11日(木曜日) 17時28分

介護保険制度自体は素晴らしいと思いますが、少子化という課題を抱えている現代社会では、社会保障費が膨大となってしまい制度自体、存続するのが困難といわれるようになってしまいました。これからは、どのように社会保障費を抑制していくかを考えていかなくてはならないと思います。この記事を読んで医療を携わる人間として、少しでも貢献できるよう活動していきたいと思いました。

投稿:みきこ 2015年05月27日(水曜日) 22時51分

高齢社会,超高齢社会を迎えて,医療費と同様に財源の問題というものがひとつの大きなテーマになってくるのかなと思います。若者世代の自分にとっては,将来的な国の借金の考えると安易にお金をつぎ込むようなことは避けてほしいと思います。

投稿:いとう 2015年05月06日(水曜日) 17時35分

戦後生まれ、学生時代に介護保険が成立した年代の私にとっては、今あるこの平和と社会保障は当たり前のものと思っていました。
歴史を知らずに、医療も介護も消費者意識だけで利用することが増えているように思います。
70年の社会情勢や政治とも密接な関係にあったんだと改めて感じました。
現在進行形の地域包括ケアシステムについて、次回も楽しみにしています。

投稿:みかこ 2015年05月01日(金曜日) 15時47分