ベビー・ロコ:全国の肢体不自由の子どもたちに届けたい
2016年04月11日(月)
- 投稿者:web担当
- カテゴリ:Connect-“多様性”の現場から
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WebライターのKです。
自らの意思でハイハイしたり、歩いたりすることが難しい肢体不自由の乳幼児たち。その子たちが自ら操作する電動車いすに乗って、周辺環境に働きかけることで活動意欲が高まり、認知や情緒の発達が促されることが明らかになってきました。そのような乳幼児向けの電動車いすの普及のための研修会「Kids Loco Project」が、3月19日、20日に滋賀県立大学で開催されました。重症心身障害児者施設のびわこ学園と滋賀県立大学工学部が共同で実施しているプロジェクトです。
初日には全国から集まった子どもの療育に関わる理学療法士や作業療法士などの施設職員の方たちが、実際に電動車いすの土台となる移動装置を組み立てます。移動装置はキットとなっているので、誰でも図面通りにやれば数時間で完成できる簡便なものです。モーターは小型ですが、20キロぐらいの重さにも耐えられるぐらい強力です。マイコンによって、速度や加速度合いを調節できるようになっていて、操縦は軽い力で動かせるジョイスティックスや押ボタンで行います。
研修会に参加された広島市こども療育センターの皆さん
加速調整などは内蔵されたマイコンが行います。
組み立て作業には、ベビー・ロコの椅子のデザインを手がけたインテリア・デザイナーの柴田映司さんも参加していました。デザインのポイントは「パッと見ただけで元気になる色彩とフォルム。そして周りの人々が乗っている姿を、“うらやましいな”“楽しそうだな”と感じるようなインパクトのあるもの」にすることでした。素材は理学療法士と相談の上で、体に負担のかからないように柔らかなウレタンを使いました。
インテリア・デザイナーの柴田映司さん
ハンドバイクのデザインをしたことで
福祉の世界との接点が生まれました。色の組み合わせは選べるようにしています。
研修に参加していた広島市子ども療育センターのスタッフは、「頭は働いているのに体が動かないために探索活動ができない子どもたちがいます。そんな子どもたちが楽しく走り回る姿を思い浮かべながら組み立てていました」と話します。全国の施設から参加した職員の方たちは、「子どもが自分で操作し、自分が動くところがとても良い」と口を揃えます。
なぜ、自分で操作して移動することが子どもの発達を促すことになるのか。研修の2日目に同プロジェクトの共同代表であるびわこ学園の理学療法士の高塩純一さんが、発達への影響について解説しました。
びわこ学園の理学療法士・高塩純一さん
高塩さんは、ハイハイという移動体験から話を始めました。赤ちゃんはハイハイをすることで、それまでのようにベッドに寝ていたり、バギーで移動するのとは違い、自らの意思で空間を認知し、姿勢をコントロールし、関心の対象に向かっていきます。移動体験はたんに運動機能を高めるだけではなく、探索行動により感覚機能や認知機能も高めます。さらに、そのような赤ちゃんの行動に対し、大人が反応することで、赤ちゃんの感情表出や社会性の発達も促されます。
ハイハイによる周辺環境への働きかけは、複雑な情報を統合処理する赤ちゃんの脳のニューロン・ネットワークを活性化させます。カルフォルニア大学のジョセフ・J・カンポスという発達心理学者によれば、障害のある赤ちゃんが移動体験することで、言語獲得の基盤である指さしや視線の先を見る行為が12%から50%に改善したというデータもあると言います。
赤ちゃんがハイハイする7か月ぐらいの時期から3歳ぐらいまでに、子どもの運動機能の発達レベルは90%近くに達すると考えられています。その時期には子どもはのべつまくなし動き回ります。しかし、障害のある子どもは、そのような友達の動きを黙って見つめているだけです。
びわこ学園のある子どもは、椅子に座らせようとしても反り返ってしまうような重度の障害があって、とても電動車いすは使えないと思っていました。ところが、練習するうちに、その子が自分でスイッチを操作しながら移動ができるようになり、横を向いていた顔が前を向くようになりました。時間はかかっても、本来子どもがもっている動きまわりたいという願望が習熟へと向かわせたのだと考えられます。電動車いすでの療育を通じて、子どもから多くのことを学んだと高塩さんは言います。
電動車いすを使ったりしたら、ハイハイや歩く意思がそがれるのではないかという疑問を投げかけられることもあるそうですが、むしろ電動車いすで移動体験した子どもたちは、それまで以上に移動への関心を示すようになり、ハイハイしなかった子どもがハイハイするようになったという事例もあるそうです。6歳を過ぎた児童期の子どもでも、ベビー・ロコの上位機種のキッズ・ロコによって発達の向上が見られることも報告されています。
国内外の研究者によって、乳幼児向けの移動機器の療育効果が明らかにされていますが、電動車いすを広く普及させるにはコストの問題を解決しなければなりません。共同代表の滋賀県立大学工学部教授の安田寿彦さんによれば、500~1000個まとめて発注できるようになると、全体の価格を格段に安くすることができると言います。そのために、できるだけ多くの施設職員や保護者の方たちに知ってもらいたいと、研修会や講習会を開き、利用者の輪を広げようとしています。
滋賀県立大学工学部教授 安田寿彦さん
組み立て作業の進行管理を行った
大学院修士課程2回生の伏木勇太さん
コストが下がればニーズが増えることはわかっていますが、ニーズが増えなければコストは下がりません。鶏が先か、卵が先かという状態ですが、いまはひとりでも多くの人に知ってもらうために地道な啓発と宣伝に努めています。開発に関しての公的支援はあっても、普及に対する公的支援は得にくいので、良いものでも広がらないのが残念だと安田さんは言います。価格を下げて、施設の子どもだけではなく、在宅の子どもたちも利用できるようにすることが、安田さんたちの目標です。
パテス「遊びのテーマパーク」会場で(2014年12月)
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障害のある子どもたちに"遊びの環境"を!「遊びのテーマパーク×仮装大作戦」取材記・前編
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コメント
大学で理学療法を勉強しつつ、重症心身障害児の介護ヘルパーをしています。日夜介護に追われる家族、重い障害のために外出が制限される子どもたちを目の当たりにし、障害をもった子を産むこと、障害をもって生きることの生きづらさに、暗澹たる思いを抱かずにはいられません。
福祉サービスや医療費などのお金、家族の時間の多くを費やされるにも関わらず、重症心身障害児が親元を離れ、社会に貢献することはないでしょう。資本主義の日本社会にとって、彼らの存在はお荷物でしかないのではないか。そんな現実を見て見ぬふりをしながら、日々仕事をしています。
一方、高塩先生の活動は、わたしの暗澹たる心の中に差す一筋の光のように映っています。それは、福祉と資本主義の両立のように思えます。
重症心身障害児とその親が家にこもらざるを得ないのは、社会に原因があります。大学では、障害があって公園で遊ぶことができない子どもに対し、その子の運動能力を改善する方法を習います。しかし、もしその公園に少しの工夫を施し、その子の運動レベルに丁度よい遊具ができたなら、子どもは自然と遊び、自然と運動学習が生じていくでしょう。高塩先生はそいった環境へのまなざしを教えてくださいます。
子どもが外に出られる環境があれば、子どもは社会を知り、親は仕事に出るでしょう。環境設備にお金が動けば、経済効果もあるでしょう。高塩先生の活動が広がり、福祉がかっこよくなっていくことを期待しています。
投稿:クロワッサン 2016年04月12日(火曜日) 21時51分