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世界希少・難治性疾患の日:難病であっても幸せな自分がいる

2016年03月17日(木)

WebライターのKです。

毎年2月末日は「世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day RDD)」。今年はうるう年なので先月2月29日が記念日でした。難病に関しては、原因不明で治療法が明らかになっていないという事実以外に、患者の思いが伝えられる機会はあまり多くありません。全国各地でイベントが開かれる中、東京丸の内の新丸ビルの東京会場に向かい、プログラム「患者の生の声」に耳を傾けました。

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新丸ビルの会場では、午前11時から午後9時近くまで、
講演や展示紹介など、盛りだくさんのプログラムが行われました。

 

壇上で話をされたのは「ファブリー病」患者の岡田隼さん、「表皮水泡症」患者の配偶者の宮本滿さん、「シャルコー・マリー・トゥース病」患者の山田隆司さんの3人です。会場には関係者や関心の高い人たちが100人近く集まっていましたが、この3種類の病名をすべて知っている人は2、3人しかおらず、希少難病は症状への理解どころか、名前を覚えてもらうだけでも大変なことがうかがえました。

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右から山田隆司さん、宮本滿さん、岡田隼さん。
左端の女性は、司会を務めたRDD日本開催事務局・事務局長の西村由希子さんです。



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プログラム「患者の生の声」は、
午後6時40分から始まりました。

岡田さんの「ファブリー病」はライソゾーム病という遺伝性の先天性代謝異常症のひとつです。ライソゾームという細胞内で不要物を分解する小器官の中で働く酵素が欠損しているため、分解できなかった物質が蓄積することで神経や皮膚、臓器など全身にさまざまな症状が現れます。困るのは「無汗症」という汗が出ない症状です。体温調整が難しく、夏場をしのぐのが毎年厳しいと言います。

確定診断が下ったのは16歳のとき。希少難病であることを知ったショックよりも、やっと診断が下ったという安堵感の方が大きかったと言います。高校生のときに教師から“自分の病気の研究をしたら”と勧められ、医学部に進学しました。「当事者の気持ちがわかるだけに、患者を見捨てることのない医師になれるのではないか」と感じています。医学部の仲間の学生には、自分の病気のことを隠すことなく、積極的にアピールして、難病に理解のある医師を増やしていこうと努めています。

宮本さんの配偶者の「表皮水泡症」は全身の皮膚や粘膜に水泡やただれができてしまう遺伝性・慢性の皮膚疾患です。皮膚のそれぞれの層をつなぎとめるタンパクが生まれたときから欠けていることが原因です。強く引っ張られる場合はもちろん、人や物に擦れたり、ぶつかったり、寝返りをうつだけでも水疱ができ、皮膚がむけてしまいます。自分の手が届く範囲ならば自身でケアもできますが、背中などの手が届かない場所のケアについては、援助者の協力が欠かせません。


宮本さんにとって妻の皮膚のケアは、毎日の日課になっています。たとえ、夫婦ゲンカをしてもその日課を怠るわけにはいきません。自身は病気の当事者ではありませんが、同じ病気と闘う同志のような気分で毎日を過ごしています。患者会で妻よりも症状の重い患者ががんばっている姿を見ると励まされると言います。


山田さんの「シャルコー・マリー・トゥース病」は、末梢神経に異常をきたす進行性・遺伝性疾患で、手足の先端から感覚や運動が障害されていきます。筋力の低下、筋肉の萎縮、感覚の鈍麻が起こり、何も触れていないのにチクチク、ビクビクしたりという感覚異常が生じることもあります。

山田さんは、高校卒業後、「当事者である自分だからこそ患者の気持ちがわかるはず」と、作業療法士の勉強を始めました。そんな修行中の19歳のときに希少難病であると確定診断され、強い喪失感に襲われ、自宅に引きこもります。しかし、やがて、このままではいけないと考え直し、患者会を立ち上げ、副代表を務めることになりました。そして、「自分の新たな社会的役割を見つけ出した」ことを契機に、勉強を再開し、現在は作業療法士として働いています。

「難病患者であることで、何か役割を与えられたような気がした」「難病や障害を逆に強みにすることもできるのではないか」「人の手を借りたり、頼みごとをすることで、人とのつながりが深まった」「すべてのものに感謝する気持ちが生まれた」。そんな印象に残る発言が多くなされましたが、中でも山田さんの妻と交わした会話というのが強く心に残りました。

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シャルコー・マリー・トゥース病患者会・副代表
作業療法士の山田隆司さん。


山田さんの病気は進行性・遺伝性の疾患であることから、ある日リビングで、妻に「子どもは作らない方がいいのかな」と何気なく尋ねたと言います。すると妻は「あなたの今までの人生が不幸だったと思うなら作らない方がいい。でも、幸せだったと思うなら、そんな考え方するのはおかしい。それにそんなこと言うのは、一生懸命育ててくれたあなたの両親に失礼だ」と静かに諭されたと言います。「その言葉は大変ありがたかった。思い出すだけでも涙が出る」と振り返りました。山田さんは、いまは5歳と8歳の2人の娘さんの父親となっています。

山田さんは、「病気はない方がいいが、あってもハッピーに生きられる」「不自由さを楽しむという生き方があってもいい」と、いまは思えるようになったと言います。もしも、娘さんに病気が遺伝していることがわかったら、そんな考え方や生き方を伝えてあげたいと思っています。

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白血病を題材にしたチャーリーブラウンの絵本の読み聞かせを行った
声優の後藤邑子(ゆうこ)さん。自己免疫疾患の患者です。




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クロージングセレモニーで歌う車いすの歌姫・朝霧裕さん。
朝霧さんはウエルドニッヒ・ホフマン症の患者です。
ギターは奥野裕介さん。


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コメント

RDD2016 in yamaguchi山口県実行委員会の渡辺です。私たちは、トークセッション「難病患者が働くこと」をめいんとし、他に筋ジストロフィー患者でマウスを顎で操作して絵を描く、プロの似顔絵作家梶山滋さんの作品展を行いました。
 どうしてもメディアの取材は梶山さんの方に集中してしまい、難病の理解をというパネルの方には集まりませんでした。当日の様子は私どもの主催者「NPO法人おれんじの会」のブログないしRDD2016in 山口のフェイスブックでご覧いただけます。
東京の貴重な情報を提供いただきありがとうございました。

投稿:渡邉 2016年03月24日(木曜日) 13時27分