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障害者が切り開くアートの世界

2015年10月13日(火)

WebライターのKです。

「すごいぞ、これは!」。主催者側が作品の価値を観客にストレートに訴えかける珍しいタイトルの展覧会が、埼玉県立近代美術館で開催されています。
この展覧会は、文化庁の委託事業として同館などが実施した「障害者の優れたアート作品」に関する調査をもとに、全国の美術館学芸員や専門家が推薦する12人の障害者の作品を紹介するもので、推薦者たちが作品に接したときの心の声を、そのまま展覧会のタイトルにしました。

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埼玉県立近代美術館は、さいたま市の北浦和公園内にあります。


 

今回の障害者アート展は、福祉活動や社会参加の視点からではなく、純粋に芸術的な才能の発掘という視点から企画されました。「アーティストの数を12人に限定し、一人ひとりの作品をブースごとに分けて、複数展示したのも、作家性を重んじたからです。障害者アートのピラミッドの頂点を押し上げるのが、今回の展覧会の目的です」と、企画に携わった学芸員の前山裕司さんは語ります。
 

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埼玉県立近代美術館学芸員の前山裕司さん




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「男性一世」本田雅啓 作
推薦:埼玉県立近代美術館・渋谷拓


 

作品だけにこだわってもらいたいという趣旨から、作家の障害種別についての詳細は明らかにしていません。障害の症状というフィルターをなくし、作品そのものの魅力をストレートに感じてほしいと考えているからです。「私たち主催者は、彼らの作品を人物像とは切り離して、純粋なアートとして評価したいと考えています。それで、個々の作家の芸術性を認めたのが誰であるのかを明確にするために、今回の展覧会では推薦者を明示し、推薦の言葉をブースごとにパネルで展示することにしました。」と前山さん。

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「増殖への招待」部分。西脇直毅 作
推薦:埼玉県立近代美術館長・建畠晢

 


近年障害者アートには専門家の注目が集まり、各地の美術館の展覧会のプログラムに加えられることが多くなり、作家として作品が販売されるケースも見られるようになりました。当初は、障害者の特異な作品として珍しがられたり、障害者の自己実現を応援するものとみなされたりしましたが、現在は、現代アートの世界にインパクトを与えるムーブメントとして純粋に評価されるようになってきました。

障害者アートの作家たちの多くは、正規の美術教育を受けていません。今回も12人の中で美術教育を受けたことがあるものは1名だけです。その意味ではみんなアマチュアとも言えますが、現代アートの世界では、正規の美術教育を受けているかどうかは、もはや問題にはならないと、前山さんは言います。「例えば、ポップミュージシャンに、どこの音楽大学を出ているのかなんて、誰も聞きませんよね。こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、伝統的な美術教育によって、歪められていないところもいいのです」。

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「題名なし」しろ 作
推薦:新潟市美術館長・塩田純一



 

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「跳ねる女」川上建次 作
推薦:豊田市美術館・天野一夫


 

今回、前山さんが推薦したのは、さいたま市在住の杉浦篤さんの作品です。杉浦さんの作品は、自分の持っている写真を日がな眺めながら、気に入った個所をこすり続け、それが古写真のように加工されたものです。本人に創作活動をしているつもりはまったくありませんが、前山さんは杉浦さんのコレクションしている写真を作品として展覧会に出品してもらいました。前山さんは、「河原で気に入った小石を集めるような、何も作らないけれど、自分の愛するものを抽出する行為が、表現や創作に根ざす従来の美術の見方を見直す契機になれば」と考えたと言います。

障害者の作品には、美術作品と呼ぶには一瞬躊躇するものもあります。杉浦さんの作品は、その典型的な例なのかもしれません。しかし、そこに見られるこだわりには、なぜか心惹かれます。その理由を前山さんにたずねると、
「健常者のアーティストは、伝統的な美術技法や流行りのアートシーンについての情報をたくさんもっています。そして、それらを踏まえて、作品を発表していく上での戦略も立てます。しかし、障害者のアーティストの作品には、そういう邪魔なものが入り込む余地がなく、自分の愛するもの、気に入ったものが直接現れてきます。そのことが見る人の心を揺さぶるのだと思います」


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「題名なし」杉浦篤 作
推薦:埼玉県立近代美術館・前山裕司


 

最後に前山さんは、「障害者アートは宝箱というか、面白いものが山のようにあります。これをほっておく手はない。日常生活においては、障害は“ハンディキャップ”かもしれませんが、アートの世界では障害は“才能”です」と語ってくれました。埼玉県立近代美術館の企画展「すごいぞ、これは!」は、11月3日まで開催されています。


▼展覧会詳細
 「すごいぞ、これは!」 埼玉県立近代美術館
  【 会期 】2015年9月19日(土)~11月3日(火・祝)
  【開館時間】10:00 ~ 17:30(入場は17:00まで)

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