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難病とたたかう子どもと家族のもうひとつのわが家

2015年09月25日(金)

WebライターのKです。

原因不明で、治療法が確立していない難病には、特別な医療が必要とされます。そのような高度な医療を提供できる病院が集中する東京には、全国から治療に訪れる難病の子どもたちとその家族がいます。
多大な医療費に対しては、難病法により指定難病に関しては助成があります。しかし、付き添う家族の旅費や滞在費用には助成はありません。そこで少しでも負担を軽くすることができるように、低料金の滞在所を提供しているのが認定NPO法人「ぶどうのいえ」です。難病とたたかう子どもと家族のためのもうひとつのわが家です。


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「ぶどうのいえ」の建物は入り口のぶどう棚の向こうに見えます。


「ぶどうのいえ」が設立されたのは1995年、今年で20周年になります。昨年までの利用家族数は4713。北は北海道から南は沖縄まで、さらに海外11か国も含まれます。利用条件は、基本は15歳以下の難病の子どもとその家族ですが、16歳以上でも部屋が空いていれば滞在は可能です。
所在地は東京都文京区。東京大学農学部わきの東京聖テモテ教会の敷地内です。付近には、東京大学附属病院、日本医科大学附属病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京医科歯科大学医学部付属病院などがある好立地です。
 

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ファミリータイプの部屋


 

同施設の運営は、利用者の滞在費と個人や企業の寄付金によってまかなわれています。財政的に専従職員は置けないので、フロント業務などの運営は、すべてボランティアが行っています。部屋の数は11部屋で、3つのタイプがそろっています。それぞれ一日当たりの料金は、バストイレ付で、シングル1500円、ツイン2000円、ファミリータイプ3000円。民間のホテルや旅館よりも格安になっています。
 

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自炊ができるキッチン。食堂には支援者から寄付されたお米や缶詰などもあります。

 

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洗濯機や乾燥機もあり、長期滞在も可能で、過去には2年半滞在した家族もいたそうです。


 

施設を支えるボランティアは曜日ごとにメンバーが代わります。一日に入るのは3人から4人。今回建物内を案内してくださったのは、水曜ボランティアの西田恵子さんです。
 

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水曜ボランティアのみなさん。
左から金井玲子さん、早川和子さん、堀内紀子さん、西田恵子さん


 

各階の壁や部屋のドアにはさまざまなかわいい装飾が施してあります。「あったかい家庭的な雰囲気にしたいんです。ボランティアによる手作りのものが一杯飾ってあると、多くの人が難病の子どもと家族を応援していることが伝わりますでしょう」と西田さん。
 

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壁のタペストリーもドアのプレートもみんなボランティアによる手作りです。


 

ボランティアの方々の心遣いには優しさがこもっていますが、この施設はあくまでも滞在施設であり、利用者の心のケアを行うようなことはありません。利用者のプライバシーを尊重し、子どもの病名についてもあえて聞かないことにしていると言います。
「ただ、利用者さんがいろいろお話ししたいと思われているときには、喜んでお話をお聞きします」というのは、「ぶどうのいえ」を統括する堀内昭理事長です。この施設が地方出身の女子学生のための寮だった20年以上前から運営には関わってきました。「ぶどうのいえ」の理事長になったのは2001年からです。
 

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堀内昭さん。立教大学(理学部)の名誉教授です。



「1995年にオープンした頃には、難病の子どもとその家族の滞在施設というのは全国でも珍しく、ずいぶんマスコミにも紹介いただきました。しかし、あれから20年経って、いまは同じような患者と家族のための滞在施設が増えてきています。そのために、この施設の稼働率も開設当初よりも下がっているので、難病の子どもさんとそのご家族だけではなく、例えば、離島で暮らすご家族が東京で医療を受けるというケースなどでもご利用いただいています」

この施設については、宣伝をしているわけではないので、利用者は病院の紹介や口コミでやってきます。気に入った方は、何度も利用されることになり、まさにもうひとつのわが家となっています。理事長の堀内さんが、現在、気になっているのは、ボランティアの高齢化です。「建物の老朽化も進みますが、いつ訪れても前と同じだと思ってもらえるように、快適さの質は保っていきたいと思っています。継続していくためには、何とか若い人たちを巻き込んでいきたいと考えています」

今回訪問したときに、「ぶどうのいえ」では、20周年にちなんだ記念誌を編集中でした。その原稿の中に、こんな滞在者の声がありました。「このぶどうのいえは、私たち病気の子をもち、どうしたら良いかわからなくなったときの最後の盾(たて)かもしれません」


▼関連ブログ
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