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「不器用な子どもたち」に理解と支援を

2015年08月18日(火)

WebライターのKです。

 

「ボールをキャッチできない」「靴の紐が結べない」「字が汚い」「スプーンやフォークが使えない」「階段の上り下りが苦手」

 

小学校の頃に、クラスに何をやらせても「不器用」で「ぎこちない感じのする」子どもっていませんでしたか。過保護な育て方や運動不足が原因と思われがちですが、実は、そのような中に、発達性協調運動障害(DCD: Developmental Coordination Disorder)の子どもがいることが、現在発達行動小児科学の専門家らによって指摘されています。

 

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兵庫県リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター」の小児科医である中井昭夫副センター長は、国内外で、発達性協調運動障害に関する共同研究を進めるとともに、その理解と支援を広げるために、学会活動や講演などを通じて啓発を行っています。
 


20150817_DCD1_R.JPG中井昭夫さんは、子どもの睡眠障害と発達障害の密接な関係についても新しい提言を行っています。

 

 

 

20150817_DCD02_R.JPG発達性協調運動障害の子どもには、誰もが無意識のうちに簡単にできる作業をこなすのが難しいという特徴があります。「ミルクを飲むときにむせやすい」「寝返りがうまくできない」「滑舌が悪い」など、乳幼児のうちからその徴候は現れていると言います。身体の一部の機能が損なわれているのではなく、さまざまな感覚入力をまとめあげ、運動として出力するまでの脳の仕組みに問題があると考えられています。

 

発達性協調運動障害は、発達障害のひとつで、その頻度は6~10%と高く、小学校の30人学級ならクラスに2、3人はいる計算になります。中井さんは「日本では保育、教育の現場ではもちろん、医療、療育の専門家の間でも認知度は低く、その結果、診断方法も確立されておらず、支援の態勢も十分できていない」と指摘します。また、発達性協調運動障害は、注意欠如・多動性障害、限局性学習障害の子どもの約半数に見られ、自閉症スペクトラム障害と併存することも多くあります。

 

中井さんが発達性協調運動障害への理解や支援を広げたいと考える理由のひとつは、「不器用さ」と他の発達障害との間には深いかかわりがあるからです。「場の空気が読めない」「こだわりが強い」「パニックを起こす」などの社会性の障害や「落ち着きが無い」「忘れっぽい」「授業中に立ち歩く」などの問題行動は、精神的なものであって、身体とは無関係だと思われがちですが、実は協調運動などの身体性と密接に関係しているのです。それを裏付けるかのように、近年、運動療法が「社会性の障害」「実行機能の障害」「学習能力」などを改善することが明らかになってきています。

 

また、もうひとつの理由として、「不器用さ」は、本人にも保護者にも、また専門家にすら脳の機能障害と理解されにくく、個人的な困りごととして周囲からの支援は受けにくいことがあります。その結果、保護者や教師から間違った対応がなされて、事態が悪化するケースがあることが問題となっています。

 

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例えば、「縄跳びが飛べない」「縦笛が吹けない」「字をマス目に収められない」、そのような子どもに対して、教師も保護者も「練習が足りない」「怠けている」「何度も繰り返せば、必ずできるようになる」として、反復練習を強いる指導をしがちです。本来はていねいな説明と適切なサポートや合理的配慮を行うべきなのに、挫折感や屈辱感を与えるような訓練が繰り返され、結果として本人の自尊感情が大きく損なわれるという問題が発生します。最悪の場合、虐待、いじめ、体罰などのターゲットになり、感覚や運動レベルの障害にとどまらず、二次的な精神的な障害まで負うことになります。

 

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中井さんは、映画「ハリー・ポッター」シリーズで主役を演じたダニエル・ラドクリフさんを、発達性協調運動障害のある著名人として例に挙げています。ラドクリフさんの症状は軽度でしたが、それでも、本人は「学校時代はすべてがダメでした」と嘆くほど影響は大きく、大人になってからも、悪筆が悩みの種で、靴ひもを結ぶなどの作業も苦手だと言います。もともとラドクリフさんが俳優の道をめざしたのも、発達性協調運動障害が原因で学校に居場所がなかったからだと告白しています。

 

2005年に発達障害者支援法が施行され、教育現場を含めて、社会全体が発達障害という新たな障害を意識するようになりました。現在、発達障害に関する書籍は店頭にあふれ、そのような子どものサポートの仕方についての知識が保育や教育の現場に留まらず、保護者の間にも浸透してきました。


しかし、中井さんは長年支援活動を続けてきて、当事者や家族の困りごとと、支援者の診断や支援の進め方とのギャップを感じてきました。発達障害と一口に言っても、症状の現れ方は千差万別です。大切なのは、問題の感じられる子どもを単にチェックリストに当てはめて、発達障害というレッテルを張るのではなく、「コミュニケーション」「協調運動」「学習の認知プロセス」などさまざまな側面からその子の生きづらさや困りごとを見極め、その子どもと家族に必要な柔軟な支援のプログラムを組むことだと言います。


また、私たちの社会に期待されるのは、子どもに同質であることを求め、弱点の克服を強いるのではなく、それぞれの長所に目を向け適切な支援で伸ばしていくこと、多様な子どもがいることを前提とした「共生社会」を作っていくことだと言います。

 

俳優のラドクリフさんは学校時代には居場所がなくて苦しんでいたのに、個性が重視される映画の世界では見事に才能を開花させました。中井さんは、発達障害への正しい理解を深めることで、無知や無理解によって生み出される生きづらさや二次的な障害をなくし、特性をもつ子どもたちが「発達障害」ではなく、「異なる個性」の持ち主として輝けるような社会をめざすべきだと考えています。

 

※写真補足:スライドは、すべて5月に日本子ども学会主催の「子ども学カフェ」で中井さんが使用したもので、今回特別に許可を得て掲載しています。
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