カーレースの夢とともに車いすを生きる 後編
2015年07月28日(火)
- 投稿者:web担当
- カテゴリ:Connect-“多様性”の現場から
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WebライターのKです。
銀座の老舗百貨店に出店しているショップにて。
長屋さんの生きがいとしてのレースは続いていますが、残念ながらプロレーサーの道は絶たれてしまいました。現在長屋さんは車いすユーザーのためのファッションデザイナーという新たな道を歩んでいます。おしゃれな服を見栄えを変えずに、着やすい服にしたいという車いすユーザーの希望をかなえるのが仕事です。
長屋さんがはいているジーンズは会社の商品。見た目は市販のジーンズと変わりませんが、お尻の部分だけがデニム地とは異なる、柔らかい一枚布の生地に変えられています。
車いすユーザーにとって何よりも恐ろしいのは褥瘡(じょくそう)です。長時間お尻や背中などに圧力がかかると、その部分の血流が悪くなり、酸素や栄養不足から、赤く変色したり、傷ができたり、最悪の場合は壊死が起こることもあります。そのために、車いすユーザーは、たとえ見栄えが悪くても、坐骨部に負担のかからないやわらかな素材の服や圧力が集中するボタンやポケット、縫い代やミシン糸のジグザグなどの装飾のない服を選びます。
母親の長屋恵美子さん。ファッション業界に「モードフィッター」という新しい職種を確立した日本のパイオニアです。
しかし、車いすの生活になったらファッションが二の次になることに、長屋さんは抵抗がありました。ある日、ホンダの本社に呼ばれたときに、フォーマルな席なので、本当はスーツで行きたいのに、泣く泣くジャージ姿で行く羽目になりました。なぜこんな当たり前の要求がかなえられないのだろうかと悔しい思いに駆られるとともに、自分だけではなく、車いすの人はみんな同じような悩みをもっているはずだと気づきました。
そこで、ファッションコンサルタントである母親の恵美子さんに相談して、褥瘡のできないおしゃれなジーンズを開発することにしました。母親の恵美子さんは、高級ファッションのリフォームを専門とする「モードフィッター」の仕事をしていました。洋服を着る人にふさわしい形に修復する専門家です。しかし、そのプロ中のプロであっても、宏和さんの要求をかなえるのは容易ではなかったと言います。
長屋さんデザインのジーンズ。お尻の部分はやわらかい一枚布に、褥瘡の原因になりうる装飾はできるだけ排しています。着脱が容易なようにファスナーはまたまで大きく開き、腰にはずれ防止のゴムを入れる。さらに偽のステッチを入れて、ジーンズらしさを損ねないようなデザイン上の工夫が。
車いすユーザーの服には褥瘡を予防するための細かな制約があります。それでいて、店に並んでいるふつうのジーンズをさりげなくはいているように見える見栄えの良さが宏和さんの求める条件でした。納得いく製品を母親と共に完成したのは、試作品を30本近く作った後です。
ポンチョ型のレインコートは、3万枚が出るほどの人気商品。パラリンピック日本代表車いす使用選手全員が使用しています。
ジーンズの次に開発したのは、車いすの人のための雨具です。雨の日に一人で車いすで移動しようとすると、傘をさすことができないので、約束があってもキャンセルせざるを得ませんでした。しかし、ポンチョ型のレインコートは、他人の手を借りなくても、自分で着脱ができるので、雨の日の移動も可能になります。
「特別なことをしているわけじゃないのです。車いすになっても、かっこ悪い服は着たくないでしょう。少しの雨でも約束があれば、外出したいのです。ちょっとした工夫で可能になることを、障害者だからと言って、がまんすることはないと思っています。自分のこだわりからスタートしたビジネスです」
2013年、長屋さんは、ファッションデザイナーとしての仕事やバリアフリー化のコーディネーターとしての活動が評価され、日本青年会議所主催の「人間力大賞」グランプリ内閣総理大臣奨励賞を受賞しました。そして、昨年秋には園遊会にも招待されました。
長屋さんは車いすで生活していて、あるとき、道を譲ってくれた人に、“すみません”と恐縮している自分に違和感を覚えました。「ここは“すみません”じゃなくて、“ありがとう”だろう」と思い返しました。それからは、何かしてもらうと「ありがとう」と言って、笑顔を返すようになりました。すると、相手もうれしそうに笑顔を返してきたと言います。
本来は、困難を抱えた人が当たり前に暮らすこと、支え・支えられることに誰も躊躇を感じることなく、喜びを感じるべきなのかもしれません。みんなが対等であろうとするための長屋さんの生活の工夫や知恵は、障害のあるなしに関わらず貴重な提案だと感じます。
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