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【変わる障害者雇用】第8回 治療と職業生活の両立で改善する精神障害 前編

2015年07月23日(木)

WebライターのKです。

 

国は2004年から精神障害者を病院から地域へという、地域移行を進めることで、症状が軽快した患者が長期にわたって入院を続ける社会的入院の是正を求めてきました。しかし、精神障害者が地域へ戻っても雇用が確保されなければ、生活の安定を得ることはできません。厚生労働省は2006年に精神障害者を企業の障害者雇用率に算定できるように法改正し、精神障害者の採用件数は、2004年度の3592人から、2014年度の34583人と、10年間で10倍近くまで増えました。
さらに2013年に公布された障害者雇用促進法の改定により、2018年から事業主に対して精神障害者の雇用が義務化されることになりました。現在3年後をにらんで、精神障害者の雇用を検討する企業が増えてきています。

 

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「精神障害者の雇用を促進する上で重要なキーワードは“リカバリー”です」。そう語るのは、東京都多摩市の桜ヶ丘記念病院の精神保健福祉士の中原さとみさん。
「リカバリー(recovery)」という英単語は、“回復”を意味しますが、桜ヶ丘記念病院で実施するプログラムでは、病状の回復だけではなく、地域で暮らすこと、ふつうの社会生活を送ること、仕事に復帰すること、人間関係を再生すること、すなわち「人としての尊厳や未来への希望を取り戻す」ことすべてを意味します。
従来の精神障害者の“回復”は、長期間の治療の後に薬の服用がなくなること、入院や通院がなくなることなどを意味していましたが、現在は治療と並行して、社会生活や職業生活も継続し、充実した人生を送る「リカバリー」を“回復”とする考え方が精神医療の現場で広がってきています。

 


桜ヶ丘記念病院で実施されているリカバリーをゴールとする就労支援プログラムは、1990年代前半にアメリカで開発されたもので、「IPS」と呼ばれています。IPSとは、IndividualPlacementandSupportの略で、「一人ひとりを(社会あるいは職場に)配置して、支援する」ことを意味します。アメリカ、ヨーロッパ、日本で実施された就労支援プログラムの一般就労率の比較調査では、IPSモデルは高い有効性を示しています。
従来の就労支援モデルとIPSモデルとの違いは、まずは個別対応にあります。「従来の就労支援モデルは、支援者が複数の患者をバスに乗せて、決められた停留所に止まりながら目的地をめざすものでしたが、IPSは患者が運転席に乗って、自らの目的地を決めて、支援者は助手席でサポートするものです」と中原さんは言います。

 

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例えば、過去には、喫茶店の接客を学ぼうと、全員で大声で“いらっしゃいませ!”と唱和するような職業訓練がありました。しかし、全員がそのような職種を希望しているわけでもなく、指導する側も喫茶店の業務に精通しているわけでもないので、そのような集団的なお仕着せの職業訓練を繰り返しても、思うような実績は上がりませんでした。

 

しかし、IPSでは、まずは本人の意向を優先します。そして治療を始めるのと並行して、いち早く職探しを行い、社会から隔絶される期間を極力少なくすることをめざします。また、治療と就労を同時に進めることで、医療現場と就労現場の連携が緊密になり、患者だけではなく、企業も医療的なサポートを受けやすくなり、リスク管理の質も向上します。桜ヶ丘記念病院では、2005年からIPSによるプログラムを実施し、就労を希望する6割以上の患者を就職に結びつけ、定着率も向上させています。

 

現在、精神障害者の疾患管理と職業生活の両立を目標とした就労支援は、IPSモデルに限らず広がりを見せています。私たち社会がそこから学ぶべきことは、精神障害の治療を行っている人を社会や職場から排除しないことが、障害の軽減や悪化予防につながるということです。職場で精神薬を飲んでいることや精神科に通院していることが知られたために、働く意欲や職業能力があるにもかかわらず、退職を勧められるというような事例がいまだにあると言います。社会からの隔絶による二次的ストレスは障害をより重篤なものにしてしまう可能性があります。未来に明るい希望をもち、社会に必要とされながら生きていきたい。それは障害のあるなしに関わらず、すべての人に共通した願いなのではないでしょうか。

 

ブログの続きの後編では、IPSプログラムによるリカバリーによって、社会での生きがいを見出した患者さんの事例を紹介します。
後編はこちらをクリック。

 

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