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Road to Rio特別編 ~パラリンピック、かかわる人々。Vol.3 埼玉ボッチャクラブ・吉川博史さん~

2016年05月31日(火)

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5月7日・8日に行われた日本ボッチャ協会が主催する強化合宿の初日、いきいきとしたうれしそうな表情と、真剣なまなざしがとても印象的な男性がいらっしゃいました。

「あの人は誰なのだろう?」

それが吉川博史さんに話しかけたきっかけでした。

 

吉川さんは現在、埼玉県立の特別支援学校の教員を務める一方で、埼玉ボッチャクラブを創立者のひとりとして運営されています。このクラブは埼玉だけではなく、東京や群馬などに住んでいる選手も練習に参加しているオープンな場所とのこと。翌日も取材に来る予定でしたので、「明日、いろいろお話をお聞かせください」とお伝えしました。

 

次の日は、朝から吉川さんの「動き」に注目していると、ボールのそばを縦横無尽に動く姿が!その動きだけでも「ボッチャを心から愛している人だ」と感じました。

 

 

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ある瞬間は選手のボールの狙いを見るため、正面側に。体を低くしてボールの軌道を確認し…

 

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ある瞬間は熱心に、戦術について語り…

ある瞬間は、ランプの改良の話に熱中し、かがみこんでいたり。

 

 

合宿終了後、吉川さんにお話を伺いました。

 

――吉川さんの様子を拝見させていただいてると、ずっと笑顔でボッチャを…ボールや、ボールの軌道をご覧になられていてすごく熱中されている感じが。いつからボッチャとかかわりがあるのでしょうか。

ボッチャには20年くらい前からかかわっています。

もともと自分でスポーツやっていて、中学校の教員をしていた時から部活の指導などをしたり、選手育成したりしていました。その延長で特別支援学級に来た時も、担当の子が全国障害者スポーツ大会に行った関係で陸上の指導をしたり。肢体不自由の学校では非常に珍しいのですが、うちの学校では部活動があるんですよ。陸上競技、ローリングバレー、途中から車いすのダンス、ボッチャが加わって。その4種目のうちどれかを生徒に選択させて指導をしていました。

 

――20年、吉川さんが熱意を傾け続けられる“ボッチャの魅力”はどういったところに?

一つ、指導した選手が試合に勝ってくれていったというのがあります。

もう一つは、選手たちは外に出ていくことによって“生活”が変わるんですね。親御さんも含めてなんですけど、ボッチャにかかわることを“生きがい”のように感じてくれるんです。

どうしても学校という場所は、学校の中で指導が終結してしまうところがあって、卒業後の世界にかかわっていくのはすごく少なくて。ですが、ボッチャを外で指導することによって、彼らの卒業後の世界にも自分がかかわっていくことが出来たり、特にBC3の選手たちは重度で、私が見てる選手は発語や言葉もないし、生活は全て支援が必要だし、自分の車いすを漕ぐことも出来ないような選手や、電動車いすに乗ることも出来ないような選手もいる。それでも実際に自分で事業所を立ち上げてヘルパーを派遣していたりとか、そういう生活ができる人も出てきている。

 

要するに、一人の人間として“自立”することができるんです。仕事も持って、そういう重度の人たちが仕事を持って外へ出ていったという場面にも立ち会うことが出来たり。競技をやることによってそれ以外の部分にもかかわることができるところが魅力ですね。

 

――障害でなかなか外の世界へ向かうことができなくても、様々なところでつながることができる意思や、前向きな気持ちというか、自信や生き方、そういったものに影響があるようですね。

はい、競技にかかわっていくことによって彼らの人生にもかかわることができるんです。中学校の時に面倒を見ていたメンバーと今でも交流があったり。特に特別支援学校だと卒業後に生徒たちとかかわる人は少ないのですが、うちのクラブ(埼玉ボッチャクラブ)では、それこそ選手の人生の半分以上の時間を一緒にいたり、海外遠征なんかでも2週間くらい一緒に出掛けたり。そういうこともあって、自分としては“障害者スポーツ”はやりがいがあるし、自分の時間の多くは本当に車いすの人たちと付き合ってる時間が長い、という状況ですね。



105_DSCN9224_R.JPGBC3の河本圭亮選手(右)と。河本選手は合宿後、ドバイで行われた国際大会に出場しました。河本選手には「情報を声にすることで自分の意思を形にできる」と、コミュニケーションの大切さを伝えていました。


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BC1の木谷隆行選手(左)は、リオデジャネイロパラリンピック出場の内定が出ています。

 

――今日もご自分のクラブの高橋選手だけではなく、ほかの選手とところにも歩いていって、話しかけられているのを見て、ああ本当にボッチャが好きなんだなというのが。

やっぱり全体が強くならないと世界の中では勝てないです。例えば、韓国のコーチと一緒にいろんな話をする時には「うちの国だけ強くても世界で勝っていけないから、アジア全体で強くなっていきたいよね。だからいろんな情報を出すよ」と言ってて。だから我々も彼らに「このランプ(※)はこんなことしたい」ということも言っちゃうし、自分のところだけ頑張っても強くはならないと思うんですね。ここまでお互いにオープンにできる裏には、選手たちに対して多く接してる時間があるわけだから「それでも負けない」という自信があるにはあるんですけど。

※ランプ(勾配具)はBC3の選手が投球の際に使う補助器具

 

日本が勝っていくためには全体でも強くなって、頂点に立つために強い選手がたくさんいるということが大事で。そういう気持ちから、他の選手から必要とされれば協力もするし、河本くんから「ランプを作っててほしい」と言われた時はランプを作ってあげたり、今回も小境さん(ランプを調整してくれているかた)に協力してもらったり。


高橋和樹選手のランプは、小境清和さんが調整を行っています。

ランプの継ぎ目のガタを少なくしたり、本体の安定度を上げたりすることでランプの精度が上がります。また、用具のバージョンアップのアイデアを試行錯誤し、改良を積み重ねることで試合の結果につながっていきます。「小境さんは、メンテナンスやディスカッションも含めてかかわってくれる方だ」と吉川さんは話していました。

 

 

――今、リオパラリンピックに向けて強豪となる国や選手は、韓国とイギリスですか?

そうですね。ここのところはポルトガルやシンガポールも強いし、ブラジルも強いし、結構強い国はたくさんあって。今一番怖いと思ってるのは…韓国やギリシャの選手、ポルトガルの選手とかGB(イギリス)の選手です。

 

――少しづつ知られているボッチャですが、まだ知らない方もいらっしゃると思います。是非そういう方々へのメッセージを。ボッチャは、どういうところを見ると楽しめると思いますか?

ボッチャって結構奥が深いスポーツで、単純に弾き合いでもないし寄せ合いでもない。そのあたりの“駆け引き”みたいなものが分かるとすごく楽しめるとは思うんですけど、なかなか、例えばテレビなど解説してくれるような人がいないという現状があって。だからまずは自分がやってみてその楽しさを感じてくれるのが一番だと思いますね。


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ただ、東京に向けて考えていくと…。私、北京パラリンピックもロンドンパラリンピックも実際に行って見てきましたが、会場はいっぱい人が埋まっていたけれど、北京の時はボッチャを知ってる観客があまりいなかったんですよね。すごい熱中するような試合の途中でもある時間になると並んで出ていっちゃって。

それに対してロンドンの時は、そこら中でいいプレーしていると、拍手が起きるんですよ。だから、日本が東京までに果たしてそこまで、ボッチャを見て“楽しめる人”が増えるのかなという心配はしてるんです。例えば、全日本選手権の試合風景なども伝えていくことなんかが、楽しんでくれる人を増やしていくことになるんじゃないかなって。

楽しんでもらうためには、あとは、解説ができる指導者を作っていくこと。指導者からボッチャのプレーを「今、なぜここにボールを投げたのか」という説明をちょっと聞けるだけでも全然楽しめると思うんですよね。

 

日本が長野の時にカーリングがブームになって、今もカーリングの人気があるのはメダル、成績出したからというのもありますよね。だから、ボッチャを見てもらうために、まずは東京に向けて選手のレベルアップをして、成績を出していくことが必要だと思います。



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本当に今、いろんな団体がボッチャの講習会や大会をやっているんです。ボッチャはもともと“重度の障害者のスポーツ”として作られたものなのですが、よく言われるのは“誰でも出来るユニバーサルスポーツ”という紹介です。でも、それだけだと今度は一番重い障害を持っている選手たちがだんだん置いていかれる気がして、すごく怖くて。

例えば全国障害者スポーツ大会などの選手選考で、ボッチャの試合にも出るような電動車いす選手を選ぼうとする際に、「今年は飛行機移動だから選べない」とか、「アシスタントと一緒には連れて行けないよね」とか、そういうことがあるんです。そうすると、ボッチャが全国障害者スポーツ大会の種目になった時に、BC3の選手たちは障害が重いから連れて行くのも大変だし、スタッフもたくさんかかるし、お金の関係で難しくなって、気がついたら「BC3の選手は参加出来ない」なんていうことがあるんじゃないかと…そういう怖さがあって。



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合宿のシーン。左より、吉川さん、ボッチャBC3クラスの新井大基コーチ、高坂大喜選手のアシスタント・鬼頭頌太さん。

 

――“すべての方が出来る”ということは、今のBC3のような四肢まひの方も出来るという意味を必ず伝えていくことが大切ですね。

そうですね。「もともとは重度の障害者のために作られたスポーツである」ということがあっての、“誰でも出来るスポーツ”だと。

 

埼玉県のボッチャ協会は、一応、障害者スポーツ協会に入っている団体なので前は「障害者ボッチャ協会」という名前でした。けれども、ボッチャをもっと知ってもらうために、例えば高齢者とか、あらゆる人たちの“レクスポーツ”として紹介したりする必要があるかもしれないということで、“障害者”という言葉を取ってもらいたいと要望を出し、今は「埼玉県ボッチャ協会」となりました。もっと健常者も含めての大会などが開かれていくと、いろんな人がかかわってきて、それによってボッチャがもうちょっと注目を浴びるようになるんじゃないかと思いますね。




吉川さんのかかわりかた。

 

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こちらは、昨年末の「第17回 日本ボッチャ選手権大会本大会」優勝後の高橋和樹選手(中央)を見たときに、気になったので撮っていた写真です。この写真を見て改めてきづいたのですが、吉川さんは選手との目線の合わせ方がとても自然だということ。もちろん、視線を合わせるのは吉川さんに限った話ではないと思いますが。

 

今回、吉川さんの文献を探していたときに印象的だった話がありました。

ご自身が教員をされている学校で、上・下肢に重度の障害があり、言葉を発することもできないある生徒さんがいました。彼は苦手意識からスポーツには積極的ではありませんでした。しかし、動くことができないことである競技に負けてしまい、涙を流して“感情を表した”ことがありました。そこで吉川さんは彼が主体的に活動できるボッチャを始めるようになりました。

彼にとってスポーツができること、強くなっていき勝負に挑めること、余暇活動の域を超えていくこと、ずっと自分と一緒にいた親と離れて国際大会の遠征に行くこと…

多くの未知なる出来事を乗り越えた先には彼の自立がありました。


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重い障害のあるかたは、なかなかアクティブに“つながる”ことが難しいかもしれません。けれど、ボッチャの練習や試合などを通じて、彼らが世の中とつながったり、自立できる人生のサポートができる…吉川さんはそこに喜びを感じているようでした。 ひょっとすると、人間本来の生きる強さに触れることが、うれしくてたまらないのではないか…そんな風にも思いました。

 

 

「重度の障害者も含めた全ての人がそこにいること」を目指し、吉川さんのボッチャにかかわる日々が続いていきます。 

 

吉川博史さんプロフィール

1955年2月10日、埼玉県生まれ。

埼玉県立越谷特別支援学校教諭。

中学校に14年間勤務した後、平成6年に埼玉県立越谷養護学校(現・埼玉県立越谷特別支援学校)に異動し、障害者のスポーツに出会う。

高等部の部活動で、陸上競技の指導をしていたが、平成8年に、ボッチャの初めての公式競技会となる千葉ボッチャ選手権に出場する2名の生徒の指導を通じて、競技としてのボッチャを指導し始める。

高等部卒業後も競技を続けられる環境作りのために、平成9年に数名の教員と一緒に埼玉ボッチャクラブを立ち上げて、BC3(投球具を使ってプレーする)クラス競技アシスタントとコーチを務める。

BC3クラスでは、小堀逸也、五十嵐与人、馬場千栄、山下智子、加古龍志、和田一樹、高橋和樹の7名の日本選手権チャンピオンを指導。この7人で、15回の日本選手権優勝を果たす。

現在、埼玉Wheelchair Racing Clubとホープランナーズの2つのチームで陸上競技を、埼玉ボッチャクラブでボッチャを指導をしている。

 

 

このコラムでは、パラリンピックの周辺にいる人たちの、日々積み重ねられる人間ぽさ、迷い、嬉しさなど、パラ競技との“かかわりかた”をお伝えすることで、みなさんが障害のある方々と共に生きていく時間をリアルに感じ、それぞれひとりひとりの想像の可能性がより拡がるきっかけになることを願っています。


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