Road to Rio vol.78 多くの人を魅了してやまない、カヌーの"強さと美しさ"。~2016パラカヌー海外派遣選手最終選考会~
2016年04月12日(火)
- 投稿者:web担当
- カテゴリ:Road to Rio 2016
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スタート位置によって異なる風や波。
自然には同じ条件はない中、選手たちは一斉に水上での記録に挑む。
パラカヌーは、今回のリオデジャネイロパラリンピックから採用された競技です。
3月28日、香川県坂出市で行われた「2016パラカヌー海外派遣選手最終選考会」を取材してきました。選考会は、健常者も障害者も関係なく実施される「第26回府中湖カヌーレガッタ」の中で行われました。
パラカヌーは、身体に障害のある選手が200mの直線コースでタイムを競います。リオパラリンピック出場のためのチャンスは、あと1回。5月17日~19日にドイツのデュイスブルクで行われる「2016世界パラカヌー選手権大会 兼 リオデジャネイロパラリンピック予選」で、リオ行きが決定している6カ国を除いて日本が10位以内に入ることが出場の条件です。(1か国で最大1名のみ)
ぜひこちらの山田キャスターのブログもお読みください!⇒Road to Rio vol.45 「"命がけ"で挑む ~リオパラで初開催"カヌー"~」より。
カヌーの種目には、カヤック(KL)とヴァー(VL)があります。カヤックは、両端にブレード(水かき)のついたパドル(かい)を左右交互にこぎながら艇を前に進めます。リオ大会ではカヤックのみがが行われます。東京大会では、カヤックとヴァーが採用される予定です。
障害の程度によってわけられるクラスは3つあり、大まかに言うと
・1は腕を動かすことができる
・2は腕と体をひねることができる
・3は腕と腹筋と足を使うことができる
となるそうです。(日本障害者カヌー協会・強化責任者 鳥畑博嗣さんより)
今回の大会は2回のレースのうち速い方の記録を採択する「2漕1採方式」で実施されました。
こちらでは、最終予選出場を決めた選手を中心にご紹介いたします。
瀬立モニカ選手はKL1・カヤックで、最も障害が重いクラス。腹筋や下半身を使えないため座位をとることはうまくできず、腕の力のみでカヌーを漕ぎます。こちらの写真は2漕目の瀬立選手。表情に注目です。
1分06秒901(2漕目)の記録で、日本代表の切符を手にしました。
「今回のタイムは良くありませんでしたが、レースに出たことがいい勉強になりました」と語った瀬立選手。真横に風が吹いていたのでコンディションは最悪だったとか。しかし、ドイツの世界選手権のコンディションも同じようになるかもしれないことを想定した中、シートの改善や自分の漕ぎ方を試すことができたそうです。
4月からは筑波大学の体育専門学群に進学し、5月までは平日は学校で、土日は東京で練習の日々になります。
瀬立選手のコーチを行っている西明美さん。瀬立選手を指導するようになったのは2014年7月からとのことですが、ご自身は、大学時代からパラカヌーと関わりがあるそうです。
今回のレースについては「目標は、1分2秒だったけれどなかなか難しい。ドイツの気候はおそらく今より寒くて手がかじかむので、握力がない彼女(瀬立選手)にとって環境が悪いことが想定されるが、手がかじかんだから、寒いからとは本来言っていられない。色々なパターンを試して1分を切るところまで持っていきたいです」とのことでした。
こちらはVL2・ヴァーの諏訪正晃選手。胴体と腕を使ってこぐことができるクラスとなります。この日に出した1分13秒603は世界選手権で決勝を狙えるタイムということもあり、ドイツへの出場権を獲得しました。ヴァーは、「アウトリガー」と呼ばれる“浮き”が張り出したカヌーに乗り、左右どちらか片方を漕いで前進します。リオパラリンピックでは実施されませんが、2020年の東京パラリンピックでは採用予定の種目です。
水車のようにパドルをぐるぐる回して漕ぐカヤックに比べ、パドルを片方だけ動かして漕いで行くヴァーは諏訪選手の赤いスカーフのかっこよさも相まって、まるで水を斬る侍のように見えました。(たとえが下手ですみません…)
同じ江東区パラカヌー協会の増田汐里選手と記録を見る諏訪選手。
今回、諏訪選手は、技術的な所でいうと、船を前に進めるために船に力を与える「キャッチ」という、一番推進力に変わるポイントの深さと角度を調整したそうです。
「より深く、一番“おいしい所”で水に入っているようにしました。一番力が入る所で水中にパドルが入って。うん、これなんですよ~イメージの中での回転ではなくて最大に水を掴むという所!その為の軌道の修正というのを機密練習したんです!」と、ちょっと得意げにお話しされていました。
諏訪選手は江東区土木管理課の主任でもあります。
「2020年の東京オリンピックパラリンピックのカヌー会場は、“水彩都市”江東区です。その水彩都市の水の魅力をみんながもっと見つめて、もっと親しんで、魅力が花開くためのきっかけとして私が大活躍しなくては!。目指すものこそは、私の地元の、私の土地の魅力が花開くこと、それこそが私の目標です!」
諏訪選手のパワフルな地元愛、4年後には世界中の方に感じてもらえるとよいですね!
こちらは女子・KL1クラスの中嶋明子選手。1漕目は1分14秒816のタイム。
2漕目は転覆(沈)してしまい、棄権しました。1漕目の記録が採択され2位となり、前年度までの実績を加味されて最終予選への切符を手にしました。
中嶋選手には、普段の練習の状況も含めてレースのお話を伺いました。
――2漕目に「沈」されましたけれどもその時の状況は?
あの時は風に完全にパドルを持っていかれました。今回、新しいシートを試していたんです。まだ2回、2日間しか乗っていなかったんですが漕ぎやすさを感じていて。今まではライフジャケットの体幹を固定していたんですけど、違う感触・手ごたえがあって。この装具でレースに出て正式なタイムをとったら、どれぐらい効果があるのか知りたくてチャレンジしてみたら、やっぱり慣れていなくて、体のさばき方がわからなくて「沈」してしまったんです。
「もう一回乗って続けようかな」とも思ったんですけど、私は体温調節があんまりできないんですね。低体温になると、もしレース中に「沈」した時に脱艇(カヤックから脱出すること)が自力でできなくなる可能性があると思って。今回はその2漕1採ということもあってすごく迷ったんですけど出ない方を選択した方が安全かなと。
――普段はどのように練習されているのですか?
私の場合は指導者がいないので、ビデオを使って自分で研究しています。
――ビデオ??
はい。普段、周りにカヌーをされている方がいらっしゃらないので、今のところは、ボートの選手を追いかける練習しています。それはスピード力の練習にはなりますが、技術的な所がどうかな?と迷った時には客観的に把握できないので、最近ではビデオを前後から撮ってその映像を比較をしつつ「何かを変えたら前とどう変わるのか」というのを試したり。そして今は体にGPSを付けているので、どれくらいの速度が出てるとか、風の影響とかを把握できます。
最終的に迷った時には、海外の健常者の選手に聞いたりします。日本人選手のトップ選手はみなさんすごく綺麗に、左右均等に漕がれるんですけど、海外選手って左右ぐちゃぐちゃでも癖があっても速かったりするので、そういう癖の強い選手で自分と近い特性をもっている選手を探して、世界選手権で会った時に連絡先を聞いたり、Facebook等でアクセスたりして、ある程度の関係性が出来てきたら今度はビデオ動画を送って「どう思いますか?」と聞いて説明してもらったりしているんですけど、なかなか難しいです。
これから1人でやっていくのは、ちょっと限界かなと・・・練習場所と指導者と両方を確保できる所をずっと探してはいるんです。
――ご自身のお仕事(京都府)の都合もありますものね。
そうなんです。平日は通常勤務なのでなかなか。
でも、出来る限り自分で日本中いろんな所にお邪魔して、練習はさせてもらうようにはしているんです。大会で毎年1か所2か所乗り込んで行ったら、今後練習をさせてもらえるようお願いしたり。日帰りは難しいので、泊りで1人で行って合宿させてもらったり。特にここ(香川県坂出市・府中湖カヌー競技場)は毎年来ていることもあって、坂出市カヌー協会の方、府中湖カヌークラブの方、坂出工業高校や坂出高校の先生などにご協力いただけます。愛知、滋賀、宮崎、福井のみなさん、地元の大阪府ボート協会のみなさんなど・・・たくさんの方々にご協力いただいています。
――1人で行かれるんですか?
はい。「すみません!」って事前にお願いして、いらっしゃる方で救助艇も出されているので対応頂いて。凄いありがたいです。レーンが張られている所で、練習できる機会ってないですし。
ちなみに私が普段練習しているのは海水で、淡水とは船の浮力やパドルの浮力も変わっています。海水は浮力がある一方で、淡水だとしっかりひっかかり過ぎて、自分のバランスを崩すこともあったり。・・・とか、そういう経験をもっと積まなきゃいけないんですよ。
外国に行くときちんとしたコースで淡水で、となってしまうので、淡水環境と海水環境と両方をバランスよくやらなきゃいけないかなと思っています。
――カヌーを始めたきっかけは?
リオでカヌー競技が採用されるって聞いて、「じゃ、チャレンジしようかな」と。
ただ、自分があまりにも動けないと水上で私に何かあった場合、健常者がレスキューしてその人を巻き込む可能性ってあるじゃないですか。あと、“水はこわい”とわかっていたので、着衣で1キロぐらい泳げるように練習して。自分がそれなりの技術をつけないと、本当の意味で自由には楽しめないと思っていました。
――リオパラリンピックはご自身にとってどう感じていますか?
大きいですよね。今、私は40歳。年齢が年齢なので、そんなに長いこと続けるということができるのかどうかってわからないし。一応、東京までは会社にも「目指したいです」と伝えて会社も「いいですよ」とは言って頂いているんですけ、東京のときは45になるんですね。それを考えるとカヌースプリントでの勝負をどこまでやっていけるのかはわからなくて。リオに日本から「誰かが出ないと」と思っていたので、そういう意味では「誰か」の中に自分を入れたいというのはあります。そういう意味では準備がまだ甘いのかなっていう気はするんですけど。
――でもこうやって、最終選考に行けるチケットをもらって。
そうですね。だから、その本当にこれは、神様がくれたプレゼントだと思ってチャレンジしていきます。
最後に、日本障害者カヌー協会・強化責任者の鳥畑博嗣さんは強くこうおっしゃっていました。
「自分が金メダルを獲れると信じてる人は、パラカヌーをやりませんか?僕が指導します!」。
2020年のカヌー会場は江東区。カヌーのメダル獲得には、風や波のコンディションなど、会場を知り尽くしていることが強みになります。今からならホームで毎日2本でも3本でも練習することが可能です!リオでメダル、東京で金メダルを取って、2024年、2028年へのカヌー文化を、「障害者が障害者を指導するカヌー文化」を広げていきたいと思っています。
今回、大会後に関係者の皆さんにカヌー競技の魅力を聞いたところ、二つの答えが返ってきました。
ひとつは、“水の上ではバリアフリー”ということ。
子どもも大人も、健常であってもハンディキャップがあっても、カヌーに乗れば同じ目線、同じ目標でカヌーを漕げること。風や波、暑さや寒さなど毎回違うコンディションの中で、「記録に挑む!」ことについては健常者・障害者などの関係がなくなります。中嶋選手は「重力から解放され、自由を獲得できるという魅力が大きいですね」とも話していました。
もうひとつは“スピード”。とくに男子のKL3のクラスは 健常者の代表と兼務している選手がいるくらいで、とても迫力があるそうです。そして、KL1やVL1の、陸上ではできないことがたくさんある選手であっても、水上ではそれを感じさせない無駄のない身体の使い方は 誰が見てもとても“美しい”と感じられるそうです。
辰巳博実選手(KL2)は53秒524の自己ベストで優勝しましたが、世界選手権への切符は逃しました。ご自身は調子が良かったとのことですが、世界の壁は厚い!
増田汐里選手(KL3)はこの4月で中学1年生。今大会がデビュー戦でした。記録は1分50秒328。「2分を切ることができてうれしい!最後まで、やりきれたから、よかった!」と話していました。
「他の競技でも同じかもしれませんが、強さと美しさが、カヌーという“道具”を通して際立つところも見どころかと思います」とは中嶋選手の言葉。
江東区からの金メダルを!と強く願う、鳥畑さん、瀬立選手、諏訪選手、西コーチをはじめとする本当にたくさんの地元関係者の方々の“思い”。
一方で、中嶋選手は一人でも色々なつながりを探し続ける“強さ”が。
こうやって、たくさんの人を巻き込む魅力をもつカヌー。
恥ずかしながら、私は自然と一体となる障害者スポーツを初めて見ました。その大きな魅力そのものも、障害者も健常者も関係ない“バリアフリー”かもしれませんね。ぜひみなさんにも体験してほしいです。
◆関連ページ
日本障害者カヌー協会 公式ホームページ
Road to Rio vol.45 「"命がけ"で挑む ~リオパラで初開催"カヌー"~」
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