本文へジャンプ

Road to Rio vol.45 「"命がけ"で挑む ~リオパラで初開催"カヌー"~」

2015年10月09日(金)

キャスターの山田賢治です。

「“命がけ”ではあるけど、“気持ちがいい”その一言です」
パラカヌーの選手に聞くと、みなさん答える言葉です。

来年のリオパラリンピックから正式競技になる「カヌー」。
日本でも出場目指して練習に励んでいる選手がいます。
先月、石川県小松市で行われた「日本パラカヌー選手権大会」を取材しました。

20151008_001.JPG

日本カヌースプリント選手権大会と同時開催でした。


20151008_002.JPG20151008_003.JPG

数々の国際大会で日本代表監督を務めている鳥畑博嗣さんは、「一緒に行うことで、多くの人にパラカヌーという競技があることを知ってもらい、普及や選手育成・強化につなげられれば」と、その意義を強調します。


 

パラカヌーは、身体に障害のある選手が200mの直線コースでタイムを競い、勝負を決めます。
リオパラリンピック出場のためのチャンスは、あと1回。来年5月にドイツで開かれる世界選手権で、4位以内に入ることが出場の条件です。
実はその前に、今年8月の世界選手権(イタリア)で6位以内に入ればリオ行きが決まったのですが、残念ながら日本の選手は届きませんでした。しかし、あと一歩でキップをつかめた選手がいます。

20151008_004.JPG

瀬立モニカ選手。日本のパラ競技全体の中でも、東京を見据えて期待が大きい若手選手です。



東京江東区の高校3年生、瀬立(せりゅう)モニカ選手。8月の世界選手権で9位でした(1分9秒310)。「自己ベストに近い記録を出していれば、もう少し上位に入れた」と、悔いが残ったレースを振り返ります。

「初の海外遠征で、雰囲気に飲まれてしまいました。スタートで出遅れて、他の選手からの波で前に行けませんでした。全然ダメでした」ときっぱり。その言い切る表情から、気持ちの強さを感じました。それでも、堂々のトップ10入り。鳥畑監督は、「本来は東京パラ金メダルに向けて育てていこうと思っていましたが、かなりタイムも縮めてきていて、それならばリオに向けても頑張らせよう」と、瀬立選手に大きな期待をかけています。

瀬立選手は、高校の体育の授業で転倒して頭を打ったことが原因で「体幹機能障害」に。下半身のコントロールができず、座った姿勢を保つことが難しい状態となりました。寝たきりで落ち込む日々が続く中、地元江東区のカヌー関係者からの声かけや支援があり、去年夏、中学時代に取り組んでいたカヌーに再び乗りました。久しぶりの水面のゆらぎに「車いす生活になってもできる」と実感。それ以来、パラカヌーの競技者として多い日には10kmの練習をこなし、メキメキと力をつけてきました。

20151008_005.JPG選手は自力で艇まで行けないため、助けを借りて艇に乗り込みます。艇は水面にあり不安定なため、補助する人はバランスを崩さないよう、丁寧に選手を乗せます。


パラカヌーの3つのクラスのうち、最も障害の重いクラスに属する瀬立選手。足腰の力を使えず、漕ぐときに体をひねる動きができないため、腕や肩などの上半身の力だけで進まないといけません。体の大きな海外選手と戦うために、今の課題は“パワー不足”だと断言します。筋力をアップさせ、さらに筋力を最大限に活かすための“漕ぐ技術”をさらに磨くことが、世界を狙う必要条件です。

来年5月の世界選手権では、すでにリオ出場権を獲った選手は出場しないため、大きなチャンスです。しかし、鳥畑監督は「他の海外の選手も力をつけてくるので、今の力では負ける」と厳しい言葉。その言葉に瀬立選手は、「この冬は筋トレをして(上半身を)鍛えます!」と答えていました。

20151008_006.JPG

体もメンタルも鍛え上げ、世界に挑んでほしい!めざせ、リオパラリンピック出場!



カヌーを再開して、パラリンピック出場を狙うところまで“漕ぎ着けた”選手がいます。
日本代表を牽引してきた、小山真選手。今回の日本選手権、最も障害の軽いクラスで優勝しました。
生まれたときからの障害、二分脊椎症のため上半身の力がうまく下半身に伝わらないそうです。「足の感覚は膝下が鈍く、艇の中での蹴り込みが難しいんです。波が立って荒れた水面になると操作に戸惑うことがあります」と言います。
 

20151008_007.JPG

一番手前。「1番」の艇が小山選手。「水の上の感覚が何とも言えず好きなんです」


 

小学校から大学まで、障害を前面に出さずカヌーのスプリントに取り組んでいました。両親も試行錯誤でバックアップしてくれた、といいます。大学卒業後、一旦はカヌーから離れましたが、「パラリンピックに出たい、もう1回チャレンジしたい」と、5年前、再び水上の世界に戻ってきました。「レース後半が課題で、押し切れないんです。心肺機能を上げたり筋力をつけたりしないと」と課題を話す小山選手。一方で、長年カヌーを経験していることから、「自分の経験や練習する姿から、若い選手に伝えられることもある」という役割も自覚していました。
 

20151008_008.JPGカヌーに打ち込めるのは、奥さんの力が大きいと話す小山選手。奥さんにカヌー経験はないが、ともに行動する中で詳しくなり、アドバイスを受けることも。


また、小山選手はこんな話もしてくれました。「自分たちにとってカヌーは“命がけ”です。転覆すると元に戻るのが難しく、助けが来るまで待たなくてはなりません。また、転覆している間に低体温症になることもあります」。

選手は足の踏ん張りが利かないため、波の(風の)力を受けやすく、その方向によっては転覆したりやコースアウトしやすいといいます。今回の大会では、レースのスタート地点にたどり着くまでに一人の選手が転覆しました。ハラハラしましたが、すぐに救助艇がかけつけて、無事でした。障害のために体温調節が難しい選手もいて、長時間水に浸かるのは非常に危険な状態。まさに“命がけ”です。しかし、各選手のゴール後の表情やカヌーに対する熱い思いを聞くにつれ、“命がけ”ではありますが、それ以上の魅力がこの競技にあるのだと強く実感しました。

20151008_009.JPG前田和哉選手。上腕切断のため、パドルまでのソケットを北海道科学大学と試行錯誤で共同開発。「手首のなめらかな動きを再現して、力が分散しないようにしました」と話す前田選手。本格的にカヌーに取り組んだのは今年6月とまだ間もないですが、「自然相手で、思い通りにいかないところが楽しいです」と笑顔で話す表情が印象的でした。


来年のリオパラリンピックで行われるのは、カヌー競技の中の「カヤック」という種目です(ここまで紹介した選手は、「カヤック」の選手です)。実は、パラカヌーにはもう一つ、「ヴァー」という種目があり、こちらは東京パラリンピックで追加される予定です。

そのヴァー部門で、今年の世界選手権8位に入ったのが、諏訪正晃選手。今回の日本選手権のヴァー部門で唯一出場した選手です。

20151008_010.JPG

明るく、エネルギーあふれる諏訪選手。

 

20151008_011.JPGヴァー:海で使われることから、安定してバランスをとるための浮き具「アウトリガー」がついていて、左右どちらか片方を漕ぐ。ヴァーは、南太平洋のタヒチ語。温暖地域で使われていた。

※リオパラリンピックのカヌー競技で行われる種目は「カヤック」:両端にブレードがついているパドルを交互に漕ぎながら前に進む。イヌイットが猟で使っていた小舟が発祥。寒冷地域で使われていた。



職場は江東区役所。土木部に所属し、造園のほか、船着き場や子どもが水辺で遊べるような場所などの街作りに携わっています。「江東区は東京湾に接しています。波にも当たることができ、海で安定していて全力を出すことができるヴァーは、生涯スポーツとして楽しむことができます。」とヴァーの魅力を話します。

諏訪選手は、高校1年の冬、スキーで転倒し脊髄を損傷しました。体の右半分はほとんど動かないそうです。「艇の中では右足で踏み込めないので、右が沈んでしまって踏ん張れません。左の力が効き過ぎるときがあり、コントロールが難しいです」。また、気圧が体調にも影響するといいます。「台風など低気圧が通り過ぎた後などは疼痛が出ます。数分に1回、電気が走る感じでとても痛いです。2020年の東京パラリンピックのときには台風が来ないか、その痛みがでないか、心配です」。

カヌーを始めたのは、去年夏。それまでカヌーの経験は「まったくありませんでした」。しかし、週末を中心とした集中的な練習で急成長。今年8月の世界選手権はヴァーで8位に入りました。「通用するとは感じましたが、通過点だと思っています。もっと筋力をつけないといけませんね」。

東京パラでの活躍が期待される諏訪選手。一番大事にしている考えがあります。「あくまで、自分は“きっかけ”だと思っています。障害がある人もない人もカヌーを楽しめる場所がたくさん作られて、そこで多くの人がもっと地域と真摯に向き合ってほしいし、その“レガシー”は東京パラが終わっても続いてほしいです。そのためには実績を出して、自分を通してカヌーを知ってもらうことが必要だと思っています」。


最後に、パラカヌーの普及に長年取り組んできた、日本カヌー連盟パラカヌー強化委員で、日本障害者カヌー協会強化責任者の鳥畑博嗣さんに聞きました。
「選手たちは命がけで戦っています。尊敬できることです。立派です。アスリートです。その姿から、障害があっても希望を持って生きていけることを伝えていければ。次の世代に向けて、何が残せるかを一番大事に考えています。」

そして、

20151008_012.JPG鳥畑さんと。「これからパラカヌーを始めても、東京で金メダルを狙えます!」と選手の募集も。このブログで紹介した前田選手や諏訪選手も競技歴1年です。

11月4日からは、第1回アジアパラカヌー選手権がインドネシアで開かれます。パラリンピック競技となって開催されることになった大会。結果を残し、一冬を越えて、来年5月の世界選手権で最高のパフォーマンスを見せてほしい!そして、リオや東京の晴れ舞台で、笑顔でゴールラインを切ってほしい!

コメント

パラリンピックの選手の皆さん ズルいです。カッコ良すぎ!

投稿:ツーさん 2016年09月15日(木曜日) 08時19分