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日本のテクノロジーが世界を制す!

2014年02月24日(月)

スポーツジャーナリスト宮崎恵理さんのコラムです。

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アルペンスキーでも、バイアスロン、クロスカントリースキーでも、
立って滑ることのできる立位、座って滑る座位
そして視覚障害3つのカテゴリーに分かれて競技が行われる。
その中で、座って滑る座位カテゴリーで、
日本はアルペンスキーでもバイアスロンでも、
メダル獲得の可能性が非常に高い。
その大きな原動力の一つになっているのが、
メイド・イン・ジャパンの技術力だ。


■クラス分けに応じた計算タイムで競われる
パラリンピックに出場する選手たちは、
同じ座位でも、障害の状態や重さ、
動かして鍛えることができる筋肉がどれだけあるか
(座位バランスがどれだけとれるか)など、
選手一人ひとりの体の状況は、異なっている。
そのため、障害の状態や程度に応じて、
同じカテゴリーの中でもクラス分けが存在する。
アルペンスキーの座位カテゴリーで言えば、障害の重い方から、
LW10(障害程度によりさらに2クラス)、
LW11LW12(障害程度によりさらに2クラス)、
全部で5クラスに分けられる。

両足大腿部から切断しているが、
残った大腿部を含め上体の筋力を鍛えることができる
鈴木猛史選手はLW12。
脊髄を損傷し、ヘソから下の感覚がないが、
座位バランスは中程度にとれる森井大輝はLW11。
実際のレースでは、
異なるクラスの選手に有利・不利が生じないように、
実測タイムにクラスごとの
「係数」(ハンディ)をかけた「計算タイム」で競われる。

たとえば、LW10の選手とLW12の選手が
実測タイム1分ちょうどで滑った場合、
LW10の選手の方が「計算タイム」は速くなる。
ちなみに、係数は小数点以下7桁まであり、種目ごとで異なっている。
また、IPC(国際パラリンピック委員会)では、
係数の見直しが毎年行われている。

そんな中、日本の座位カテゴリーの選手たちは、
自分の障害の状態とスポーツ特有の運動を徹底的に分析し、
世界最速のマシンをメーカーとタッグを組んで作り上げてきた。


■日本製チェアスキーを個別にカスタマイズ
「チェアスキーのフレームとサスペンションは、
 僕らにとって股関節やヒザ、足首に相当します。
 座るシート部分はスキーブーツ。
 全てが自分にフィットしてイメージ通りに動いてくれなければ、
 正確にスキーにパワーを伝えることはできません」

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使用するマシンへのこだわりが人一倍強い森井大輝は語る。

日本の競技用チェアスキーは、
もともと神奈川県総合リハビリテーションセンターと
横浜市総合リハビリテーションセンター、
そして車いすメーカーが共同で開発。
車いすメーカーでは、
以前から陸上競技用車いすや車いすバスケットの専用車を開発し、
国内大会などではエンジニアが
サポートスタッフとして帯同することはあった。
しかし、選手からのリクエストを受けて機能性を追求するために、
日本チームの海外遠征に帯同するようになったのは、
アルペンスキーが初めてのことだという。
バンクーバー大会の1年前から、
メーカーと選手とが一緒にチェアスキー開発を進めてきた。

実地での滑りを見て、
さらに選手の目線やスキーの板の前後などにビデオカメラを設置。
映像や選手からのフィーリング、
リクエストをもとにCAD上で新しいマシンの画像データを作り出す。

最新のフレームのリンク構造は、
選手の足をのせる部分を支点にして、
シート部分が沈み込むモーション(稼働)システムになっている。
この構造によって、
とくにターン後半で爆発的な加速力が生み出されるのである。


「基本のリンク構造は同じですが、
 シートや脚をのせる部分、重心の位置、
 使用するサスペンションの硬さの調整など、
 細部に渡って自分専用に仕上げています。
 だから、僕のマシンに(狩野)亮が乗っても、(鈴木)猛史が乗っても、
 最速タイムは出せません。
 反対に僕が猛史のマシンに乗っても同じことが言える。
 日本製のフレームのよさを最大限生かす工夫は、
 選手がそれぞれ個別に行っています」
(森井)

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森井のマシンで言えば、
今季、スウェーデンのモータースポーツ用サスペンションを採用。
シートは背中部分と座る部分でメーカーが異なり、
背中部分のシートはカーボン専門メーカーに特注した。
F1や飛行機に使われるような
ドライカーボンという剛性の高い特殊素材を使っている。
従来1kgあった背中部分のシートの重量が380gにまで軽量化され、
さらに自分が動かせる筋肉ぎりぎりの位置で設計することで、
体にぴったりフィットしながら、
自分のイメージ通りにスキーを操作できるシートに仕上がったという。

4年前のバンクーバー大会の頃から、
日本製のチェアスキーの性能の高さに世界が注目し、
現在では、トップランキング10人のうち、
7、8人は日本製のマシンを使用している。

海外選手の中には、例えば、
オーストリアのロマン・ラブル(Roman Rabl)選手は、風洞実験を行い、
空気抵抗を最小限に抑えるためのパーツを開発。
足を載せる部分に
カーボン製のカウル(覆い)を取り付けたマシンを作り出した。
日本チームでは、
このような風洞実験による科学データからのアプローチは行っていないが、
今後は、こうした開発競争も熾烈になっていくことだろう。

今や、世界が日本製のチェアスキーを使用する中で、
日本選手が上位の成績を出し続けている主な要因は、

長年にわたって自分に合わせてマシンの細部調整を重ねてきたこと、
また、ターン後半で爆発的な加速を生み出す
フレームのモーションシステムを熟知して、
それを最大限生かすためのスキーテクニックを体得してきたことに尽きる。



■久保恒造オリジナルが、今やスタンダードに
一方、バイアスロン、クロスカントリースキーに出場する
男子座位の久保恒造は、
長年培ってきた車いすマラソンの経験から、
それまでのシットスキーの常識を大きく変えた一人である。
久保がクロスカントリースキーを始める前までは、
クロスカントリースキー用のシットスキーは、脚を前に伸ばして座る、
または体育座りのような姿勢をとるマシンしかなかった。
久保は最初、ほかの選手から借りた
従来型のシットスキーを使用して練習を始めたが、
すぐに自分のシットスキーを、
長年競技用車いすを作製しているメーカーに特注した。

それは、陸上競技用の「レーサー」と呼ばれる車いすと同じように、
正座するタイプのシットスキー
だった。
このマシンによって、前傾姿勢がとりやすくなり、
速いピッチでのストックワークが可能になったのだ。

バンクーバー大会の2年前、
久保はこのシットスキーを使用して出場したW杯で
いきなり5位という成績をマーク。
そうして、2013年には、バイアスロンの種目別年間優勝を果たした。

バンクーバー大会を境に、
久保のシットスキーを真似た正座タイプのシットスキーを使用する選手が続出。
今や、久保のシットスキーは、世界のスタンダードになっている。
20140224_pararin003.JPGのサムネイル画像
 

今大会、久保が使用するシットスキーは、
座面の側面をアルミニウムからカーボンに変更した。

「氷点下の世界では、体温維持は非常に大切です。
 スタート前に寒さで体が思うように動かなくなっては意味がない。
 また、上りや平地でひたすら速いピッチで
 漕ぎ続けなくてはいけないシットスキーでは、
 軽さは何よりも重要。
 座面の側面をカーボン製にしたことで、
 軽量化と保温性の両方を実現できるようになりました」


久保が使用するシットスキーの
フレーム部分(シート部分を含む)は、約3kg。
このフレームを2本のスキーにビス止めして滑走する。
ちなみに、アルペンスキーで使用するチェアスキーは、
サスペンションやシート部分を含めて約13kgだ。
久保のシットスキーを作っているメーカーは、
少しでも軽量化を図るためにアルミニウムフレームにカラーリングを施さず、
強度が必要な部分と軽量化を求める部分とで
中空パイプの形状や太さなどを使い分けている。


久保仕様のシットスキーも、アルペンスキーのチェアスキーも、
メイド・イン・ジャパン
日本のメーカーのテクノロジーと、
選手との密なコミュニケーションから生まれたマシンが、
世界のトップスキーヤーたちを支えている。

ソチ・パラリンピックで日の丸が掲げられるのを、
メーカーエンジニアたちも楽しみにしているのだ。

 

 

◆シリーズ ソチパラリンピック
ソチパラリンピック まもなく開幕! 世界に挑むアスリートたち
【本放送】2014年3月1日(土) [総合] 午後4時05分~4時49分
【再放送】2014年3月7日(金) [Eテレ] 午後8時00分~8時44分

ソチパラリンピック ~開会式~
2014年3月8日(土) [総合] 午前1時00分~ ※7日(金)深夜
冬のパラリンピックでは初めて、
開会式すべてを地上波で生中継します。

ダイジェスト番組
大会期間中、競技の結果を毎日、30分のダイジェスト番組でお伝えします。


過去放送
(1)目指せ!“ぶっちぎりの速さ” ―アルペンスキー 狩野亮―
(2)攻めてつかめ!まだ見ぬ“金” ―アルペンスキー 鈴木猛史―
(3)究極の走りへ!最強ロシアに挑む ―ノルディックスキー 久保恒造―
(4)ただひたむきに 前へ ―ノルディックスキー 出来島桃子―

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