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広域避難者の実態把握のために白書を刊行

2015年03月20日(金)

WebライターのKです。

関西学院大学の災害復興制度研究所が、「原発からの広域避難を考える」という研究報告会を東京の丸の内キャンパスで開催しました(3月7日)。同研究所では、福島の復興支援に関連して、「二地域居住」「低線量被ばく問題」「原発避難白書・周辺地域問題」という3つの研究会を設けています。その各研究会が“広域避難”という共通のキーワードのもと、研究成果を発表し、課題を共有しました。今回とくに関心が集まったのは、白書研究会が制作している「原発避難白書2015」です。

研究報告を行った災害復興制度研究所(兵庫県西宮市)は、阪神・淡路大震災の復興についての調査研究を長年続けてきました。その成果を東日本大震災の復興にも活かしたいと考えています。

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山中茂樹さん。関西学院大学災害復興制度研究所主任研究員・教授。朝日新聞神戸支局次長のとき、阪神・淡路大震災に遭遇。

「阪神・淡路大震災の際には、行政が県外避難者について考え始めたのは、被災から2年が過ぎてから。どうしても、県外の避難者よりも県内の避難者が優先してしまいます。今回の原発事故では県外に逃れた広域避難者は福島だけでも4万7000人を超えています。支援の手からこぼれ落ちる人が出ないように、全国の避難者の実態をできるだけ正確につかむ必要があります」
主任研究員の山中茂樹さんは、阪神・淡路大震災のときの教訓からそのように語ります。
 


研究報告会の発表者のひとりである川崎医療福祉大学准教授の田並尚恵さんは、国も福島県も避難先の自治体も、広域避難者の人数を正確には把握できていないことを問題視しています。例えば、過去には、埼玉県と神奈川県で、県が集計した避難者の数が、市町村の集計した避難者の合計を下回るといった奇妙なことが起こっていました。
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県と市町村の避難者の集計の仕方が異なっていて、県が民間賃貸住宅に独自に避難していた住民などをカウントしなかったために起きた混乱でした。そのようなずれを修正するために、埼玉県は昨年の8月に集計方法を変更し、それまで2992人と発表していた避難者数が5639人に増加しました。同じく、神奈川県は今年の2月に集計方法を変更し、それまで2036人と発表していた避難者数が4174人に増加しました。埼玉県は2倍近く、神奈川県は2倍以上に避難者の数が一気に増えたことになります。


このように支援の基本となる避難者の実態把握が十分になされていないという危機感から、現在災害復興制度研究所では、避難の実態の“見える化”をはかるための白書づくりを進めています。

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同研究所の准教授で、白書研究会のまとめ役の松田曜子さんは、原発避難者については、根本的な「避難者の定義づけ」から始める必要があると言います。

原発避難者は、大きくは強制避難と自主避難に分かれます。強制避難は東京電力から月10万円の慰謝料を受け取り生活費に充てることができますが、自主避難にはそのような慰謝料は支払われていません。
強制避難は空間線量によって「避難困難区域」「居住制限区域」「避難指示準備区域」の3つに分かれ、賠償の額や除染の実施状況に差があります。また、いわゆるホットスポットと呼ばれる特定避難勧奨地点からの避難者もいます。自主避難は妊婦や子どもに賠償が認められた福島県内の自主的避難等対象区域と、関東圏など賠償の対象外のその他の地域に分かれます。さらに除染が進んで避難指定が解除され、それまで強制避難だった住民が月10万円の慰謝料を打ち切られ、自主避難に変わるケースも出てきています。


白書研究会では、そのような条件の違いによって、広域避難者を7種類に分類しました。そして、それぞれの避難元の地域の概要や人口を明らかにするとともに当事者へのインタビューを通じて、心境の変化、現在の生活、将来への不安などを語ってもらい、避難者像をできるだけ明確にしました。
さらに現在、避難者がどのような支援を受けているのか、支援者や研究者がどのような課題を見出しているのかをまとめています。白書は今年の6月に刊行される予定です。


今回の震災では、原発事故の被災者が全国の47都道府県に散らばり、さらに海外へも避難先を求めました。ふるさとを再建する道のりは険しく、避難生活が数十年に及ぶケースも予想されます。それまで暮らしていた地元の放射能汚染のレベルによって、避難者の置かれる状況は大きく異なります。一言で“広域避難”と言っても、それぞれの状況に応じたきめ細やかな支援の形をつくらなければなりません。そのための第一歩として、避難者の実態を正確に把握することが求められているのです。