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【出演者インタビュー】松本俊彦さん「薬物依存症はひとりで苦しまないことが回復への道」

2016年03月16日(水)

20160225_m.jpg2月25日放送(3月3日再放送)
WEB連動企画“チエノバ”
緊急特集!薬物依存
ご出演の松本俊彦さんにメッセージをいただきました。

 

《松本俊彦さんプロフィール》

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所



――松本さんは「薬物依存症は病気である」とおっしゃっていましたが、それはどういうことですか。

 

薬物に依存してしまうのは、本人の性格の問題だとか、道徳心がない、反省が足らないからだと言う人が多いですが、そうではありません。もう意志では立ち向かうことができず、様々な人の援助が必要なもの、助けを求めないといけないもの、助けを求めていいものなんです。多くの人が「意志が弱いからやめられないんだ」と言い、そう言われれば言われるほど依存症の人たちは“強くなろう”として必死で頑張ります。しかし、依存症からの回復に必要なのは強さではなく、どんなときに自分が薬を求めてしまうのかを知ること、つまり、「賢くなること」なんですね。それを一緒に学ぶための治療プログラムがいま全国でできつつありますし、助けてくれる自助グループの人たちもいます。「薬物依存症は病気である」という言葉には、そういう意味が込められていることを理解していただきたいです。



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――薬物依存症に対する世の中の「勘違い」には、ほかにはどんなことがありますか。

 

どんな薬物依存症の人たちでも薬をやめたい気持ちはあります。そして、頑張って長い間やめ続けている人たちにも、薬を使いたいという気持ちはあります。要するに、たえず気持ちがゆれているということなんです。そして、叱責や説教をされるたびに彼らが感じているのは、薬をやめられないみじめさです。みじめさはかえって薬の欲求を高めて、本人をますます薬にのめりこませてしまいます。そこも大きく勘違いされている部分だと思います。

 

――病気が完治するということはないのでしょうか。

 

目の前に覚せい剤を置かれても何も思わない体質を手に入れることは不可能です。つまり、完治は難しいです。覚せい剤を目の前に置かれたら意志や決意はもはや全く役に立ちません。100%使ってしまいます。ですから、そういう状況にならないように、意志によるコントロールが可能なもっと手前の時点で、どうやって危険な状況を避けるのかをたえず考え、注意し続けること。そのようにしてやめ続けることによって、薬物によって失ったもの―健康や財産、仕事、周囲からの信頼―を取り戻すことは可能です。つまり、完治はしないが、回復することはできるのです。

 

――治療していくためには、どのようなことが大切になりますか。

 

ひとりで苦しまないということです。わかってくれる人と一緒にいることが必要です。そう言われると、多くの人は家族や恋人と思われるかもしれませんが、薬を使ったことがない人には薬で苦しんでいる人の気持ちはなかなかわからないものです。もしも家族の前で「薬をやりたい」と言い出したら、きっと家族は泣き出すか、怒り出してしまうでしょう。気持ちをわかってくれて、受け止めてくれる人は、やっぱり薬を使ったことがある人だと思います。ただ、いま使っている人と一緒にいると自分も使ってしまうので、昔使っていたけどやめ続けている人に囲まれていることが大事ですね。

 

――「依存症は“人に依存できない病”」とも話していましたが、それはどういうことですか。

 

薬を使ってしまう人のことを、みんなは弱い人だと言いますが、僕らが会っている人たちはとても我慢強いです。やせ我慢して、様々なつらい状況に耐えています。その我慢強さの背景には、やっぱり人を信じられない、人は必ず裏切るという気持ちがどこかにあると思うんです。だから、つらくても人に頼らないで、ただ薬だけに頼ってしんどい今をやり過ごし、生きのびている。でも、薬だけではしんどさを100%解決できないのです。一時的につらさを忘れて楽になれるけど、すぐに効果は切れてしまいます。ですから、切れた効果を補うために、「次」「次」と薬で追いかけていかなければならなくなり、どんどん薬にのめり込んでしまうんです。その状態から回復するには、今度はたくさんの人とつながり、たくさんの人に分散して適度に依存するのです。そうした依存対象としては、医療機関のスタッフや自助グループの仲間、薬物依存症リハビリ施設の仲間がよいと思います。

 

――刑期を終えてから、治療につなげる動きというのはあるんですか。

 

今年の6月までには施行されると言われている刑の一部執行猶予制度があります。これまでは懲役3年と言われたら3年間刑務所にいて、刑期を終えたらさよならでした。でも、たとえば懲役3年のうちの1年間は執行猶予されて、保護観察所の監督下で地域で治療を受けてもらうんです。これはうまく使えば非常にいい制度になると思っています。というのも、薬物依存症の人たちが特に薬を使いやすいのは刑務所を出た直後だからです。刑務所の中にいると、どんな重症の薬物依存症の人たちも使いたい欲求は意識しません。絶対に使えないと考えなくなるんです。本人はそれですっかり薬のことを忘れて、もう治ったと思ってしまいます。だから、薬を目の前に置かれても多分使わないで済むだろうし、使ったとしても前みたいに仕事に支障が出るような使い方はしないだろう、いいお付き合いができると思って再び使ってしまうんです。そういうことを考えると、私は刑務所にいる期間が長すぎると感じています。依存症は、別名「忘れる病気」とも言われているんです。たとえば、もう酒はやめたという人が翌日にはまた飲んだりしていることがありますよね。そういうものなんです。最後に使ったときの悲惨な感覚はすぐに忘れてしまって、使い始めの楽しかったときだけを思い出すんです。だから、最後の悲惨な感覚を忘れないようにするためには、刑務所は長すぎないほうがいいと考えています。

 

――そのように制度が変わるということは、社会も「依存症は病気である」ということを認知してきているのでしょうか。

 

そうですね。少しずつですが社会は変わってきています。厚生労働省も来年度から薬物依存症の治療プログラムに初めて保険の点数をつけて、国としても取り組むべき重要課題だという意向を示してはいます。ただ、まだまだプログラムを行ってくれる医療機関は少ないですし、医療関係者のなかにも、アルコール依存症は病気だけれども薬物依存症は犯罪と思っている人は多いんですね。だから、まだ啓発は不十分だと思います。

 

――世界と比較した場合、日本の薬物の取り締まり状況や罰則などはどうなのでしょうか。

 

日本は、薬物の乱用防止や取り締まりに関しては世界でも第一線級だと思います。たとえばアメリカでは、死ぬまでの間に一回でも違法な薬物を使ったことがある国民は48%いるんですよ。日本はせいぜい2.5%です。そういう意味では、予防には成功しているんです。でもその反面、薬物に手を出して依存症になってしまうと、社会から孤立してしまいます。どんなにがんばっても再チャレンジは難しいのが現状です。それは、依存症という病気のせいだけでなく、世の中の偏見で復帰ができなくなり、居場所がなくなり、また薬物を使わざるを得なくなってしまうんです。薬を使うと人間ではなくなるというような啓発がよく行われますよね。その結果、地域にダルク(民間の薬物依存症リハビリ施設)を作ろうとして地元住民に説明会をすると、みんな迷惑だと反対運動をするんです。また、精神科医療関係者のなかには、いまだに「薬物依存症は病気ではなく犯罪だ」と決めつけ、薬物依存症患者の治療に消極的な人も少なくありません。ですから、予防に成功はしているけど、依存症を抱えた人たちの治療や社会復帰に関しては、先進国では最低ランクなんですね。薬物依存症はれっきとした精神疾患です。ですから私たちは、病気を抱えた人たちとどうやって共生していくのかということを考えないと、先進国とは言えません。薬物問題が起きると、世論はともすればもっと取り締まりを強化しろとか、刑を厳しくしろと言いますが、それは国がなし得る限界まで高まっているんですよ。もう頭打ちになっている得意科目を更に伸ばすようにしたほうがいいのか、それとも苦手科目を少しでもマシなレベルに持っていくか。どっちがトータルの点が高くなるのかを考えてほしいですね。それが今後の日本の進むべき方向性を示していると思います。

 

――視聴者の方にはどのようなことを伝えたいですか。

 

薬物依存症の人たちは怖い人ではありません。病院に来る薬物依存症患者さんたちを見ていると、むしろ細やかな気遣いをする人が多いという気がします。少なくとも彼らを見下すような態度さえとらなければ、優しい人ばかりです。そして、みんな薬を使う前から生きづらさを持っていることが多いのです。ですから、薬物依存症の人たちは痛みを抱えた人間なんだ、支援の対象なんだということを改めてもう一度強調しておきたいです。

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