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わざと話さないわけじゃない。専門家に聞く、場面緘黙(かんもく)について知っておきたいこと

2015年05月28日(木)

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場面緘黙について、「かんもくネット」代表の角田圭子さんにインタビューしました。「かんもくネット」は、場面緘黙の当事者や経験者、保護者、支援者の情報交換ネットワーク団体です。また角田さんは、臨床心理士として場面緘黙の子どもたちの支援の現場にも関わっています。
イラスト:ウエタケヨーコ

 

1.場面緘黙とは、一般的にどのようなものですか。人によって症状に違いはあるのでしょうか。

 


●場面緘黙とは、家などではごく普通に話すことができるのに、例えば幼稚園や保育園、学校のような「特定の状況」では、一ヶ月以上声を出して話すことができないことが続く状態をいいます。


●アメリカでは、「話せない症状」に注目した診断基準が用いられています(DSM-5)。典型的には、「家ではおしゃべりで、家族とのコミュニケーションは全く問題ないのに、家族以外や学校で全く話せないことが続く」状態です。


●子どもが自分の意思で「わざと話さない」と誤解されることがありますが、そういう状態とは全く異なります。


●近年、「不安症や恐怖症の一種」と捉えられるようになってきました。
発話だけでなく、表情や動作での意思表示、動作表現も抑制される場合もあります。
私は「不安や緊張のために、本当の力を人前で発揮することができにくい状態」と説明します。


●人によって症状(話せない場面・程度)にかなり差異がありますが、話せない場面のパターンはその人ごとに一定しています。


●家庭では誰とでも自然な会話ができるのに、学校の校門を入った途端に先生とも友達とも話せなくなる子どもがいます。園や学校で、友達とは少し話せるけれども、先生がいる場面では全く話せない子どももいます。体が思うように動かせない緘動(かんどう)という状態になる子どももいます。診断基準にこだわらず、支援が必要かどうかを考えることが大切です。

 


 

2.どうしてこのような症状を発症するのでしょうか。


 

●私はこの症状を説明する時、
「いろんなところに気をつかっちゃう、繊細なタイプがおおい」
「本当の力を人前で発揮することを避ける『くせ』がついちゃってる状態」と説明します。


●近年、場面緘黙は、「不安症や恐怖症の一種」と捉えられるようになってきました。
「話すのが怖い」のではなく「自分が話すのを人から聞かれたり見られたりすることに怖れを感じる」ととらえて支援を行なう考えが主流となっています。


●原因や発症メカニズムはまだ研究段階です。
発症要因(原因)は、『不安になりやすい気質』などの生物学的要因がベースとしてあり、そこに心理学的要因、社会/文化的要因など複合的な要因が影響しているのではないかと考えられています。(子どもによって発症要因や症状に影響する要因が異なることがわかってきました)。
多くの子どもが、脳が新しい刺激に敏感に反応する「行動抑制的な気質(注1)」を元々もつという仮説が現在は有力です。不安が高まりやすく、行動が慎重となるため、環境に慣れるのに時間がかかります。

●入園や入学、転居や転校時などの環境の変化により、不安が高まって発症することが多いようです。クラスでの先生からの叱責やいじめがきっかけとなることもあります。


一旦話せないことが続くと、「自分が話し出すとみんながなんていうだろう」など、注目されるような気がして勇気が要ります。話さないでいる方が不安レベルが下がるため、この症状が定着するのではないかと考えられています。話さないでいると、人との交流の機会が減り、より話しだす機会が減ってしまいます。そのため、子どもをとりまく周囲の理解と環境が大切です。



(注1)ケイガン(Kagan 1989)は、乳児の気質に関する研究の中で、見知らぬ人や慣れない状況に適応するのに時間がかかる乳児を”行動抑制的”としています。全体の10~15%の子どもがこの気質を持つグループに属しており、近年の研究結果によれば、”その傾向は生涯続く”ということが示されています。


 

3.場面緘黙には主にどのような類型があるのか教えてください。

 


イギリスの場面緘黙支援の第1人者マギー・ジョンソンさんは、場面緘黙の症状がある子どもを5つのグループに分類しています。


① 場面緘黙傾向
② 純粋な場面緘黙
③ ことばに苦手がある場面緘黙
④ 複合的場面緘黙(発達的問題や心理的問題の合併)
⑤ 遅発発症の場面緘黙(学校での孤立やいじめによる発症が多い)
5つのグループの分類は、支援のために分けられた分類です。日本ではまだ研究段階で、文化差があるかもしれませんが、私はこの分類は、周囲が理解・支援するときに有効だと思います。
 

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4.遺伝や、親のしつけなどは関係あるのでしょうか。

 


●場面緘黙を「家庭環境のせい」と考えるのは誤解です。
過去の海外研究でも「虐待」や「トラウマ」に関連付けられてきましたたが、ほとんどの子どもに関連しないことがわかり、海外メディアでも啓発が盛んにおこなわれています。


●発症には複数の要因が関わっており、子どもによってその要因がそれぞれ異なることがわかっています。
現在は、不安になりやすい気質、発達的問題(感覚統合・ことばの苦手・知的発達など)や、
環境要因(入園入学、転校、バイリンガル環境等)、など複合的に関係しているといわれています。


●先生は「親の過保護のせい」と考えがちです。
子どもが人前で話せなければ親が心配そうにするのは当たり前です。
親も不安になりやすい繊細な気質をもつ場合が多いです。
周囲から親が「過保護」「心配し過ぎ」と言われて傷つき、親も孤立しがちです。
子どもの一番の理解者になれるのは親と先生です。親と先生が協力しあうことで、子どもへの必要な支援が始められます。
「必要な支援」を行ったうえで「子どもの成長の伸びしろへの手出し(過保護)」も控えることが大切と思います。

症状改善や2次的問題予防には、親や先生、友達など、周りの人たちの「場面緘黙への理解」が大きく影響します。


 

5.ただの人見知りや恥ずかしがりとは、どう違うのでしょうか。

 


●人見知りや恥ずかしがりとの違いは、
「そこで話せない症状が何カ月、何年と長く続くこと」
「リラックスできる場面でも話せないことが続くこと」です。
この症状のために、本来持っている様々な能力を、人前で十分に発揮することができにくくなります。


■場面緘黙の見分け方、チェックシート
判断の基準は下記の2つ(A・B)です。しかし、基準には必ずグレーゾーンが生じて線引について悩むこともあります。場面緘黙の基準に当てはまらず、少し話せる子どもや小声でなら話せる子どもに対しても「場面緘黙への支援が有効か・支援が必要か」という視点が大切と思います。少し話せる場合、かえって支援が受けにくく症状が悪化することもあるからです。


A
①「園や学校で、1カ月以上先生と話せないこと」または
②「園や学校で、1カ月以上友達と話せないこと」または
③「園や学校で、1カ月以上、複数の人の前で音読や発表やスピーチが全くできないこと」

B「家庭でごく自然に話せていること」←このアセスメントがかなりむずかしいです。


●補足
Bについて1:基準について、場面緘黙と区別が必要な状態は下記です。
・家庭を含むすべての生活場面で話せなくなる状態を全緘黙といいます。ショックな出来事の後に急激に全緘黙となった場合は、「トラウマ性緘黙」といって急性のストレス障害であり、場面緘黙とは異なります。
・「失声症」は、ある日突然声が出なくなる症状ですが、思春期や更年期の女性に発症が多く、場面緘黙とは異なります。
・「けいれん性発声障害」は、声帯の過緊張と声門の過剰閉鎖のために、声がとぎれとぎれとなる発声障害で、場面緘黙とは異なります。
・うつ症状のために全般的に会話意欲が失われている場合は、場面緘黙とは異なる対応が必要です。
・家庭で身体的虐待や精神的虐待がある場合、場面緘黙や場面緘黙に似た状態を示すことがあります。この場合は、家庭への福祉的支援等が必要です。
・場面緘黙への対応や支援が十分でなく、緘黙の範囲が広がって全緘黙の状態となることがまれにあります。


Bについて2:基準について、場面緘黙の症状の子どもがあわせもつことが多い状態は下記です。
診断の有無にかかわらず、苦手なことへの支援や対応が望まれます。
・吃音や言葉の理解、言語表現について、ことばに苦手がある場合は、言語面への支援が必要です。
・ASD やLD、ADHDをあわせ持つ場合は、それらへの理解や支援が必要です。
・子ども自身が、自分と周囲の違いに気づく時期から、うつや社交不安症などの不安症のリスクが高まります。家庭と学校など周囲の理解が必要です。


 

6.場面緘黙は、お医者さんや学校の先生から「大人になったら自然と治る」と言われてしまうことが多いそうですが、どうなのでしょうか。

 


●場面緘黙は、早期発見と対応が大切です。
場面緘黙の子どもは、おとなしい子どもが多く、
園や学校で先生が困るようなめだつ問題行動がないため、支援が受けにくく、そして、見過ごされがちです。


●場面緘黙は、子どもによって症状や症状の背景にある問題は様々です。
しかし、先生は自分の経験や自分の見聞きした改善例に基づいて、
「場面緘黙は自然に治るから大丈夫」と言われることが多いようです。
自然に改善したように見える事例でも、しっかり検証すると、偶然、環境が治療的に設定でき、本人のものすごい努力でスモールステップにチャレンジしてきたケースが多いと思います。


●場面緘黙緘黙への支援を受けずに成長すると、症状改善が遅れるだけでなく、うつや他の不安症状、不登校や人間不信などの二次的な問題が生じやすくなります。


場面緘黙の子どもは、自分でも自分がなぜ話せなくなるのかわかりません。
それなのに、人から「なぜ話さないのか?」と問われます。
周囲の理解やサポートがない幼稚園や学校生活は、緊張の連続です。
腹痛や頭痛などの身体への影響、誤解や理不尽な扱いに、悲しみ、無力感、自責感、孤立感、自分への怒りが生じます。
先生のサポートがなければ、いじめを受けるリスクも高くなります。
話せないことから、社交スキルやコミュニケーション力の練習機会も狭まります。
そのため、うつや他の不安症状、不登校や人間不信などの二次的な問題が生じやすくなります。


●10歳を過ぎて中学卒業までの時期は、症状の改善が困難な時期と言われています。この時期の小さな症状改善は、本人の勇気あるチャレンジによるものです。10歳以降は症状改善のためのスモールステップは、本人に相談しながら、本人主導で行うことが大切です。学習への支援、発話できる範囲の維持、楽しめる場所や活動の確保を心がけ、症状改善よりも、二次的な問題への予防に焦点を置く方がよいことも多いです。


●場面緘黙の改善には、長期間の支援が望まれます。学校で声が出るようになった後も、社交スキルや会話力をゆっくりと獲得していくプロセスで必要なことが多いからです。
 

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7.「もしかして…」となった時、どんな機関に相談するのが良いのでしょうか。また、どのような治療法が有効なのでしょうか。

 


●相談機関
・子どもの場合はまず、園や学校の先生、それからスクールカウンセラーに相談しましょう。
その際に、かんもくネットのリーフレット等をもっていっていただくと、話しやすいかとおもいます。親は学校に協力を求める時に苦労が多いと思います。かんもくネットの書籍をご参照ください。

・それから不安症や発達障害に詳しい医師や心理士、言語聴覚士がいる発達センターや教育センター、クリニックにも相談するとよいと思います。

・場面緘黙は専門家の間でもあまり知られていないので、うまくいかないこともあるかもしれません。
でも親は一人ずつ、場面緘黙や子どもの状態の理解者を周りに増やしていきましょう。

・大人の場面緘黙の治療や支援はまだ行われていないのが現状です。「社交不安症」に詳しい医師や心理士に相談すると、場面緘黙の理解がある人に会える可能性があります。緊張のために人と話せない症状は、「社交不安症(社交不安障害)」の症状の一つでもあります。社交不安症も日本ではあまり知られていませんが、セルフヘルプグループの動きもあるようです。また、場面緘黙当事者団体も出来てきました。

・就労については、診断を受けて福祉就労枠での就職をする人もきくようになってきました。就労支援センターやハローワークで相談してみましょう。

・親の会や親子の交流会、当事者の会で情報交換したり、交流したりする動きがここ数年で活発になってきました。そんな親子と当事者や経験者とのつながりはお互いの力や成長になると感じています。



●有効な治療法
「専門家だけで治せる症状」ではありません。
家庭と学校が協力して、まず「安心できる環境」を調整することが最も大切です。 
研究では、不安が低い場面からスモールステップでチャレンジを進め、活動参加、動作、発話ができる場面を増やしていく行動療法的アップローチが最も効果的とされています。「家庭での会話」を「学校での会話」へと段階的に広げていく取り組みです。
人との楽しい交流体験や、何かができるようになった経験をたくさん積んで、自信をつけていくことが大切です。


この方法は、「自転車の練習」に例えられます。自転車に乗るのを避けていては、自転車はうまくなりません。逆に、いきなりロードレースに参加しても怖い思いをするだけです。補助輪をつけたり、人に支えてもらったりしながら、少しずつ怖くなくなるようにチャレンジします。周囲ができることは、周りの環境を整えること、その子が楽しんでチャレンジできる練習方法を提案してあげることと思います。

●米国では、極微量のSSRI(抗うつ薬)で不安をさげて、このようなスモールステップとくみあわせる方法がももっとも有効と言われています。


 

8.家族や身近な人に場面緘黙の人がいたら、私たちはどうやって接したりコミュニケーションをとったり、支えてあげることができるでしょうか。

 


●話さないことを責めないでください。特に、不安が高すぎる場面で発話を強要しないでください。
答がかえってこなくても、暖かく話しかけてあげてください。さりげなく仲間に入れてあげて下さい。返事は返せなくても、とてもうれしいと感じているはずです。
言葉を用いなくてもできる、いろんな遊びをいっしょにしましょう。筆談が出来る場合は、書くコミュニケーションを促してあげて下さい。最初は「イエス・ノー・わからない」や単語で答えられるような事柄がよいかもしれません。


●小学校のクラスでは、「なっちゃんの声」という絵本を用いて、場面緘黙の理解の広げるための活動が行われています。


●子どもの場合は、家庭と学校が密に情報交換することが必要です。特に行事は、前もって絵や写真、映像をしめして説明してあげたり、実際に足を運んでおいたり、スケジュールや対処法を家庭と打ち合わせしておきましょう。子どもと先生の交換日記やメール交換もお勧めです。信頼感がまして先生との筆談へと発展さらせられることもあります。


●場面緘黙の子どもには、目立たない支援が大切です。
カードによる支援やホワイトボードは、めだつためにうまく活用できない場合が多いようです。他の子どもにも同じようにすると、上手くいくことが多いようです。たとえば出欠時は返事するとき手を挙げる、紙に書かせてから発表する(場面緘黙の子は友達と一緒に読む)、全員が黒板に貼りにいく、伝達事項を付箋に書いてわたすなどの方法が有効なこともあります。
自分から動作するよりも、応答する方がやりやすい場合が多いです。
モデルを示したり、スタートを促してあげたりすると、うまく動作できることもあります。


●不安が高すぎて発話にチャレンジできそうにない場面では、筆談や指さしによる選択、交換日記やメール交換などのコミュニケーションを練習してみましょう。書くことであってもとっさには困難だったり、時間が必要なこともあり、前もって打ち合わせが必要なこともあります。
●大学や高校入学にあたっての支援も保護者個人からの相談に限定されてるのが現状です。今後、啓発が進み、筆記や指さしを用いた発表、メールやWebを利用したコミュニケーションなど、支援方法が発展していくことを望みます。このような方法を用いて、当事者を交えての講義・研究が行われてる大学があります。


●成人の場面緘黙の方もおられます。場面緘黙という「症状」を知らず、「自分の性格」と考えて、話せない自分を責めているケースもあるのではないかと思います。場面緘黙が改善した後、コミュニケーションの苦手や不安の高さを抱えている人もいます。(ある海外研究では、なんらかの支援を受けた子どものうち、症状が完全に改善した者は約4割でした。全体の約7割の者がかなり症状改善しましたが、改善後も知らない状況や初対面の人との会話、電話での会話への恐怖等なんらかのコミュニケーション上の問題が残る人が多くいました。今後、インターネットや書籍、マスコミ報道によって、少しでも啓発や理解が進むことが望まれます。
●「状況によって声が出づらいです」というカードを携帯しておくと、緊急時に使えることもあります。
http://kanmoku.org/news/News201200519.html


■上記の項目に書き切れなかったことで、これは伝えたいということがあれば、ぜひこちらにお書きください。
国際化、情報化、産業構造の変化から、教育や就労においても、話して伝える「コミュニケーション力」が重視されています。コミュニケーションはもちろん大切です。でも、明言せず相手を察する文化の中で生きてきたのが日本人。一昔前は、黙々と勤勉に働くことが美徳とされていましたよね? 急速な環境変化にあわせることが苦手な子どもや人もいる。そんなことを認められる、優しい社会になることを願っています。



参考資料・文献:かんもくネットHP:http://kanmoku.org/
かんもくネット(著)角田圭子(編)『場面緘黙Q&A―幼稚園や学校でおしゃべりできない子どもたち』2008
はやし みこ (著), 金原 洋治 (著), かんもくネット (編)『なっちゃんの声ー学校で話せない子どもたちの理解のために』2011
はやし みこ (著), 金原 洋治 (監修), かんもくネット (編)『どうして声が出ないの? : マンガでわかる場面緘黙』2013
らせん ゆむ (著), かんもくネット『私はかんもくガール: しゃべりたいのにしゃべれない場面緘黙症のなんかおかしな日常 』2015
ローズマリー セージ,アリス スルーキン(著)かんもくネット(訳)『場面緘黙へのアプローチ(DVD付)』2009
Angela E. McHolm ,Melanie K. Vanier,Charles E. Cunningham (著), 河井英子・吉原桂子(訳)& 1『場面緘黙児への支援―学校で話せない子を助けるために』2007



【関連情報】場面緘黙について
「こころの支えになったこと」「言われて嫌だったことば」~場面緘黙(かんもく)、当事者・家族の"声"から~
”場面緘黙(かんもく)の悩み、ありますか?ーーハートネットTV・カキコミ板
・場面緘黙についての様々な情報はこちら (当事者・保護者・支援者向けの情報交換サイト)
  “かんもくネット” (外部リンク・NHKを離れます)
  “かんもくの会”  (外部リンク・NHKを離れます)
 

コメント

さきさんの答えになればと思って投稿します。私には緘黙症のことを親含め誰にも話したことがないので息子さんが、羨ましいです。1番してほしいことは、周りの環境が変わるときに、人と仲良くなれるアドバイスをしてほしいです。例えば、小学校入学やクラス替えなどのときに「あの人なら優しそうだから話せるんじゃない?」とか「話しかけ」てくれる人のそばに居たら」とか息子さんができそうな方法を提案してくれればいいと思います。あとは他人がいるときはうなずいたり、首振りでわかるように話しかけてほしいです。絶対してほしくないことは「なんで喋らないの?」と聞くこと。緘黙症の人はわかると思うけど、すごく胸に突き刺ささります。話たくなくて話さないんじゃなくて、自分でもよく分からないと思うけど(多分)話しかけられると、なんて答えるかすごく迷って考えているうちに話を進められて喋れなかったみたいなかんじだと思います。なのでそういうときは~~なの?って聞いてあげればうなずいたりすると思います。
息子さんの将来を考えるとたくさん「不安」なことがあると思います。だけど緘黙症の私でも少しずつ少しずつ話せていっています♪( ´▽`)聞きたいことがあったらまた書いてください。私なりに書いてみました。

投稿:真由 2016年08月08日(月曜日) 00時02分

はじめまして。今年四歳になる息子が場面緘黙症です。
もともと発語が遅かった為、二歳半頃から保健師や、言語聴覚士に相談していましたが、3歳になり、急にたくさん喋り出したので安堵し、相談終了しました。
現在は保育園に通っていますが、yes、noをうなずいたり、手を挙げたりして意思を伝えるのみ。1日の大半をしゃべれないで過ごしているため、お喋りの練習もできていません。主に、鼻にかかった発声なので、それも関連して、場面緘黙になっているのかもしれません。家族などの身内以外は、目が合うのも嫌がります。
ただの、恥ずかしがりだと思ってたので、場面緘黙症という症状を知って、子供に当てはまることばかりで……と、当初は色々とショックが大きかったし、子供に何をしてあげられるか、どう接するべきかを今も手さぐり状態です。なかなか周囲に知られていないし、情報も少なくて、これから先の小学校入学を考えたとき、親としてサポートできることの限度があるので不安で不安で仕方がないです。
この私の不安が子供にも伝染しているのだろうと思うとやりきれない気持ちでいっぱいですが、シングルマザーなので、私がどっしり構えなくては!と言い聞かせて過ごしています。
情報や経験談などあれば是非ご紹介いただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
緘黙症のご本人のかたが、親にしてほしい、してほしかったことなども伺えたらと思います。

投稿:さき 2016年07月12日(火曜日) 23時31分

私も、幼稚園から今の中3までずっと場面緘黙です。中3となると受験で面接があります。だから面接で話せないと高校に行けません。話すか、話さないかは自分次第ですが、話すと私のことを知っている同級生や先生などから、ひどい言葉を言われそうで勇気が出ません。高校は、知っている人がいないことを前提に決めている最中です。場面緘黙で、後悔をしている人はたくさんいるとおもいます。なんで話さないの、と家族との関係が崩れたり、人から嫌われて自信を無くしている人もたくさんいると思います。だから、場面緘黙のことがもっと世間に広まってくれることを祈っています。まだ、こんな自分の解決方法が見当たらない私ですが、同じことで悩んでいる皆さん、一緒に頑張りましょう。

投稿:nanana 2016年06月28日(火曜日) 19時02分

わたしは今中3です。私も場面緘黙症です。気になり始めたのは小4ぐらいのときです。
私は、学校でいつも静かというか喋りませんでした。喋りたくなくて静かにしていたわけじゃなく、なんとなくいつも静かにしていました。私は小さい頃から、おとなしいねとか、
まゆちゃんは人見知りする子などよく言われていたので、最初はそんなに気になりませんでした。小5のときにテレビを見ていたら、私とまったく同じ症状の人が再現されていました。そのときから私は病気なのかずっと考えるようになりました。小6のときに学校に行かなくなりました。そのときは学校に行っても楽しいことがなかったというかつまらなかったから行きませんでした。今も相談室登校で緘黙の事は誰にも話せていません。教室に行くと自分が喋りいことが話せないし、話ても声が小さくてきこえません。なので学校では話すだけでとてもドキドキします。今は、去年までいた先生や先輩が居なくなり学校で話していてドキドキしない人が少なくなりました。今も緘黙症という症状に悩んでいます。高校に行って少しでも、しゃべれればと思っています。

投稿:真由 2016年05月31日(火曜日) 18時28分

私は、今小学生六年生ですこのネットをみていてわかると思うんですけど私も場面緘黙です私は今日学校帰り道で思いました勇気を出そうなんども思いましたけど喋る勇気が出ませんでしたそれでなぜ私が場面緘黙になったのかとゆうと二年生の終わり頃髪の毛をきるといつもは、お母さんに切ってもらってるんですけどその時は、お父さんに切ってもらうことになりましたそれでお父さんがバリカンで切りましたでもお父さんがきったのは形が変だとお父さんがきったんでしょうもっといっぱいきってしまい私は、冬の間ズート学校でも遊びに行くときもいえであそぶときも帽子をかぶっていました
冬の終わり頃友達と学校のなかを歩いている時友達が誰にも言わないから喋ってとゆいました勇気を出して喋りました教室に着くとその友達がゆいちゃんがしゃべったーとみんなの前でいいましたそのときからもっと場面緘黙が悪化して家族でも友達がでも目が合わせられなくなりましたそのあともう一人の友達と遊びました海に行きましたそれでその友達は、日焼けをしたんですが私はしませでした何でかとゆうと私は、ハーフなので顔が最初からみんなとは、ちがういろだから自分の肌を気にしてましただけどその友達は、君は、最初からそうゆういろだからねと言われましたすごいショックでしたあともうひとつは、その友達の髪の毛をサラサラしててきもちいといいましたそしたらその友達はは、いいました、君はそうゆうアフロみたいな髪の毛だからねってゆいました自分もこんなかみのこいやなのにもっとショックなことを言われましたずっとまえもお母さんと場面緘黙を治してくれる病院に行きましたですが先生にこの形を作ってと言われましたつくろう出したんですがいきなりでが手が動かなくなったんです動かそうとしても手がゆうことをききませんでしたいつの間にか目が覚め涙でなんにも見えなくなり涙が止まりませんでした場面緘黙を治すには、どうしたらいうでしょうか?

投稿:ゆい 2016年05月09日(月曜日) 14時15分

場面緘黙という言葉を初めて知りましたが、自分にも当てはまるのでは?と思いコメントすることにしました。私は約10年間、双極性障害・適応障害を患っております。幸い現在は寛解し、職場にも通い、趣味の合う人と気軽に話できるまで回復しました。が、職場では仕事を多くしたいのですが、上司や同じデスクの人に「次は何をすればいいのですか?」「今日の仕事ありますか?」という単純な言葉(?)が出ないのです。仕事はしたい。けど、言葉でない。それが職場にいるのが息苦しくなっております。朝の挨拶や帰宅時の挨拶だけはしていますが、それを言うのも辛い時があります。仕事している以上、当然今の職場に馴染みたいですが、何か居場所ないような気分にもなり…。正直辛くなることがあります。言葉に出すのってこんなに難しいのでしょうか?

投稿:えあっち 2015年06月05日(金曜日) 18時16分

私も小学校の頃はそうでした。かんもくという名前がついていたこともしらなくてそんな括りがあるのにびっくりです。

確かに心無い発言「お口ないの?」は言われたことがありました。
小学校入学前からの幼馴染みにそのことを話題にされると恥ずかしくてすごく嫌だったです。
自分でもどうにかしてこの状況を打破しなくてはいけないと思ってたし、それが当時の一番の悩みだったかもしれません。
さらに給食が食べられないことも苦痛でした。給食だけではなく外食は食べられなかったので世の中は苦行だらけでした。
今思えばかなり過敏な子だったのかもしれません。

発言ができないと友達もできないので遠足で必ず1人になります。だから遠足も苦痛でした。先生がグループにいれてあげるように誰かに指示してくれますが、その状況も苦痛。
幼いながらこのまま生きててもしょうがないんじゃないかとよく考えてました。

小4の終わりに転校生がきて、独り同士なせいかすぐ受け入れあうことができて少し改善できました。当時の私の小さな世界ではその女の子が私の全てだったと思います。小5になってその子と離れて、新しいクラスになり、私は覚悟を決めて近くの女の子に初の第一声を出しました。バンジージャンプくらいの勇気だったと思います。必死でした。

以降もしばらくは必死にその女の子集団にしがみついてました。
しがみついてるのもある種の苦痛でした。
自分とは違うキャラクターをその状況にあわせて表現している感じです。その手法は就職してもなお続きます。そうするしかないですから。

そこから何十年かたった今は、しがみついていないです^^;
ネットの普及で本来の自分を出せることができるからでしょうか、
友達はいなくても問題がない。ガールズトークができなくても問題ない。理論的に話ができるから問題なしです。社食もスマホと過ごす独りの時間。落ち着いた日々です。

投稿:hatta 2015年06月04日(木曜日) 14時10分


連投すいません。

私は幼稚園に入園した頃から症状が出始め、物心ついた頃からずっと精神的に辛かったのですが、悪化したのには複合的な要素があったと思います。
しかし、緘黙児にとっては大体の全ての事が不安に直結していると思うので挙げたらキリがありません。

なので、個人的に辛かった事で改善出来るであろう案件や、大切な事を挙げてみます。

1、出席番号システム・・・私は出席番号が幼稚園から中学3年まで女子の中ではずっと1番っだったのですが、これは緘黙児には辛すぎました。
出席番号が1番であると身体測定やスポーツテスト、歌などの発表など常に毎回嫌がおうでも周囲の注目を集めます。ただでさえ注目を浴びるのが怖いのに、1番の重圧は気がどうかなりそうでした。
出席番号制でなければ少しは悪化しないで済んだように思います。

2、学校が全てではない・・・自分の時代は不登校がまだは珍しく、学校に行かないと人生がそこで終わりのような感じでしたが、現在は保健室登校やフリースクール、通信制高校の選択などがあります。
幼少期や学童期には本人の自信を育む事に着目した方が良いと思います。

3、喋る事にとらわれない・・・喋るかどうかに着目しがちだと思いますが、喋れたらゴールという訳ではないと私は思います。
場面緘黙の根本的な苦しみや問題はもっと根深いものだと思います。それが何なのかと問われたら今も説明はとても難しいです。

緘黙だと毎日毎日何気ない事がとても大変で、生きる事はとてもきつかったです。でも、大人になって、それなりに克服して思うのは人は皆、多かれ少なかれ生きる事は難しいんだなって。

緘黙者の強みはささやかな喜びで大きな幸せを感じられる事だったりすると思います。これって、結構生きていく上では大きいですよ(^^)

投稿:みこ 2015年05月30日(土曜日) 01時20分


元場面緘黙&緘動当事者です(二次障害と後遺症有り)。

私の場合は「自分が話すのを人から聞かれたり見られたりすることに怖れを感じる」というか、もう少し正確に言うと「自分の思っている事や考えている事、自分の感情を知られるという事に恐れや不安を感じる」という感じでした。

なので、喋れない事だけじゃなく感情の表出(喜怒哀楽)も困難でした。
”怖い”と思っても声にも表情にも出せなかったし、どんなに”辛く”ても”嫌”でも泣けなかったし、笑うのも難しかったです。
正直、学校で泣けたという場面緘黙の人が私には羨ましいです。

「○○ちゃんは、そう思ってるんだね。」みたいな普通の人には当たり前の事が恥ずかしいし怖かったです。(極度の自意識過剰)。
作文や絵のような自分の何かを表現・創作する事も、私は恥ずかしくて怖かったです。体育のバスケでのスリーオンスリーなどは身体表現を伴うので動けなかったし苦痛でした。
ただ、国語の音読は役に入るスイッチで、いつもと違い大きな声で感情豊かに読む事が出来、それに対して評価された事はとても嬉しかったです。
(書道と硬筆を習っていた為、字を褒めてもらったのも心の支えになりました。)

何にしてもですが、能動的・主体的な事はとても恥ずかしく怖かったですが、みんなと同じ事を同じ様にしたり、役目を与えられるような受動的な事であれば内容によってはする事が出来ました。
(複数で共同でやる事や一人だけ目立つ事は難しかったです。しかし、心のどこかでは褒めてもらいたい等の承認欲求があるから辛い。大きな自己矛盾。)

学校生活において重要視され掲げられる『共同作業』というものは緘黙の人間にとっては困難過ぎると痛感しています。
ただ誤解してほしくないのは、『協調』はちゃんと出来るという事です。似て非なるものです。

周囲の目や空気に対して、幼少期にいち早く過敏に過剰に不安を感じてしまう。
個人的な感覚としては、緘黙はやはり生まれ持っての気質が大きく影響しているように思います。
防ぐ事は難しい症状のように思います。

緘黙が社会で認知される事は良いと思う反面、世の風潮として「緘黙=悪」と捉えず、正しい理解と認知を願います。
どうか当事者を追い込まないであげてほしいです。

程度の差はあれ一生付き合っていく可能性もあると思うので、ある種の個性と捉えて、その上で、そのコにあった方法で自己肯定感を育ててあげてほしいなと経験者としては思います。

私を含め大人になってからの当事者は就労等で正直苦労する場面は多いと思います。しかし、現代社会において一般的にも就労につく事は困難なので、仕方ないとも思いますし、同時に絶望もします。現在ボランティア活動で自信をつけながらゆっくり進んでいますが、現実問題としては常に重たくのしかかっています。

だけど、このような自分に生まれて色々考えて何とか生きてきたのも、今ではアイデンティティです。

投稿:みこ 2015年05月29日(金曜日) 18時38分

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