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「子どもの命を輝かせるために ~小児緩和ケア~」

2015年12月10日(木)

先月、都内で難病の子どもと家族の支援を考えるシンポジウムが開かれました。
病気と闘う子どものケアは、医療技術の進歩などで長期化し複雑化してきました。そうしたケアを在宅で行えるケースも増えてきましたが、身体的にも精神的にも家族の負担が大きいのが実情です。地域の中で孤立せずに、家族が暮らしていくためには何が必要なのか、親の会や医師、看護師が登壇して議論されました。


1210yamaken001.JPG会場は、福祉や医療に携わっている人、自治体職員、NPOのスタッフなどで満員。関心の高さがうかがえました。

 

苦痛をやわらげ、QOL(生活の質)を高めることを目的とする「緩和ケア」。高齢者を含む大人に関しては、がんの患者さんを中心にこれまで様々な施策がとられてきました。しかし、小児の緩和ケアについての動きは大変遅く、家族は悩みを抱え込んだまま、孤立してしまうケースも少なくありません。そもそも、難病で苦しむ子どもたちがいる、という事実自体がほとんど知られていないという現状があります。

現在、国内では、難病の子どもたちが20万人以上。その中で、医療への依存度が高い、終末期や症状が不安定な子どもは約2万5千人いると推定されています。一つ一つの小児の難病の患者数が千人に満たない疾患が多いため、情報は常に不足状態。また、両親の年齢も比較的若く、医療のための経済的な負担が重くのしかかります。そのため収入を得るため働こうとしても、介護や看護をお願いする人がなかなか見つからない。さらに親として、病気の子どもに対するケアの比重が高まってしまう一方で、兄弟姉妹にも配慮したいという葛藤が生まれるなど、悩みは尽きないといいます。

そうした中、最近、国内でも動きが出てきました。日本財団などの支援もあり、▼様々な難病の子どもとその家族を対象としたサマーキャンプの実施、▼来年春には新たに国内数か所で、子どもの症状緩和だけでなく、家族が休息できるホスピスが開設される予定、と、家族も一緒に外に出られる社会の居場所ができつつあります。

では、先進地ではどのような施策が行われているのでしょうか。このシンポジウムでは、小児緩和ケアや子どもホスピスの発祥の地、イギリスで小児科医を務める、馬場 恵さんの講演がありました。

 

1210yamaken002.JPG馬場さんは、イギリスの小児科学会が認定する小児緩和ケア専門医。2009年からこの専門医制度が始まり、イギリス国内でも4人目だそうです。一つ一つの言葉に、子どもたちそして家族への愛を感じました。

イギリスは、家庭医が診るプライマリケアが基本です。その中で、命に限りのある子どもたちと家族に、在宅で積極的かつ包括的なケアをして、生活の質を向上させることが緩和ケアの目的と考えられています。「弱い立場にある人をいたわることのできる社会こそ、真に豊かな社会だと考えています」と馬場さんは、話します。

馬場さんは、イギリスの南西部、ブリストルにある子どもホスピスに勤めています。スタッフはおよそ40人。16歳までに命を脅かす恐れのある疾患にかかった子どもを受けいれていて(利用できるのは21歳まで)、現在180人の利用者がいます。子どもと家族のホスピスへの滞在は基本毎回3~4泊(看取りの場合数週間になることも)で、年間を通して14日間滞在できることになっています。症状の緩和、レスパイト(介護者の休息)、看取りなど、必要に応じた目的で利用します。

 

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緑に囲まれたホスピス「チャールトンファーム」。小学校と中学校が隣接しています。
(写真提供:英国チルドレンズホスピス サウスウェスト(以下すべて))


 

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ベッドルーム 奥は兄弟姉妹の部屋。

 

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ここでは、家族やスタッフとみんなで食事。

 

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子どもたちや家族、音楽療法士、スタッフによる楽器の演奏も。

 

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普段、家では体験できない遊びをすることができます。

 

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開放的な空間で過ごすことができます。

 

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家族がくつろげるラウンジ。穏やかな光が差し込みます。



病気の子どもたち本人からは、「ここ(ホスピス)にいると、もう仲間外れではないんだと思う」「楽しいところ」「僕の価値を認めてもらえる」という声。また、同じように施設を利用できる兄弟姉妹からは、「ホスピスが好き。だって妹が喜んでいる顔を見ると、私もうれしくなるの」「パパもママも一緒に朝寝坊ができるの」という声も。喜びや安心感が伝わってきます。

また、保護者からは、「ホスピスに入って、肩の荷が下りた」「寝られるのがうれしい」「心底くつろげる唯一の空間」「“看護師”でも“秘書”でもなく、“母親”としてつきあってあげられる」という声。親としての愛をまっすぐに子どもに向けられる、貴重な場所であることがわかります。
 

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「死に集中するのではなく、どんなに短くてもその人生を有意義に過ごすことを考えるところ(親)」。ここでは、亡くなった子どもと1週間過ごすこともできます。



なぜ、イギリスではこのような場所を作ることができるのでしょうか。
在宅の子どもと家族を中心にして、様々な人たちがネットワークを組んでいます。
小児緩和ケア看護師が地域ケアをコーディネートし、情報や知恵を提供しながら家族全体をケアします。医療機関どうしの連携(地域の家庭医から大学病院レベルの医師まで)、医療と福祉の連携、学校やソーシャルワーカー、ボランティアなどとも連携。そこにホスピスも関わります。たくさんの“目”が入り、綿密なコミュニケーションを欠かさないことで切れ目のないサポートが実現できるのです。

 

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多職種の人が集まった、ホスピスでの勉強会の様子。すべては、難病の子どもと家族のために。


そして、このホスピスの利用料は無料です。原則無料のNHS(国民保険サービス)外のサービスですが、その運営費の多くは募金で賄われています。馬場さんが勤めるホスピスでは、毎月1回地域に開放して、ボランティア(元ホスピススタッフや、利用者の親、親戚など)による施設の見学ツアーが行われます。毎月200人近くの訪問者にホスピスの活動を紹介します。その他、地元で行われる様々なイベントやチャリティーショップの売り上げを通して募金が集められます。そのような活動を重ねた結果、運営費の約7割を募金と遺贈が占めているのです。募金をすること、そしてホスピスの存在そのものが、地域の人にとっての「誇り」となっているそうです。

※ちなみに、イギリス国民や政府にはチャリティーの文化が根付いています。チャリティーの年間総額は690億ポンド(約12兆8千億の収益)。チャリティーショップやイベント(ロンドンマラソンも)などを通して集まり、定額以上の所得税納税者には、募金した人は1ポンドにつき25ペンス(4分の1)が国から払い戻さるギフトエイドという制度があります。

これからの日本に期待することとして、馬場さんは、
▼難病の子どもたちや家族の声を聴いて、何を求めているかを明らかにする
▼関わっている人や知っている人が“メガフォン”になって、国民の認識を高める
▼イギリスのように、子どもホスピスが地域ケアの架け橋になる
など、提言していました。

イギリスの手法を参考にしながら、日本でも小児緩和ケアの拠点が至る所にできてほしい、という思いを強くしました。今後、新しく始まるケア拠点を取材しながら、放送やこうしたブログを通して、難病の子どもや家族の思いを伝える“メガフォン”になれたら、と思っています。



 

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