ハート展の詩の魅力は普遍性
森山--吉増さんが選考委員となられた1996年、ハート展第2回目の図録に書かれた文章のタイトルは「光とユーモア」でした。同じ年の私の方は「光をもたらすもの」だったのでびっくり。ハート展の詩に感じたのはまず驚きだったのですが、「この試みは、途方もなく大切な何かの扉をいま開こうとしている…」と実感したのは3回目でしたね。その「何か」、つまりハート展の詩の魅力とは何なのでしょう。
吉増--不意打ち、光、ユーモア——。私にとってハート展はそうした「詩ごころの波の出現」を体感することから始まりました。けれどこれまでに14回の選考を経験して、詩そのものの考え方の大事なところ、大きくて普遍的なものに届こうとしているように実感しています。〈障害〉に立脚していた、いわば特殊な土壌で書かれていた詩が、書くことが意識化されることで「詩の地面」そのものとなる。徐々にそうなって、ハート展の詩は「途方もないもの」に変貌したのだと感じます。
森山--ユーモアとも関係するのですが、ハート展の詩からは〈声〉がよく聞こえることが魅力のひとつだと思います。詩は書かれるものではなく、発せられるオーラルなものとして出現したのですから、そうした原初的な叫びやささやきも吉増さんのおっしゃる普遍性と関係しているでしょう。
吉増--詩を読む人に届くその叫びやささやきは人間にとどまらないようです。私が膝の骨を砕いて初めて松葉杖をつく経験をした年、足が不自由なために転んで見た廊下のほこりを「まるで一億のはげしい祭りだ」(秋山朝日)とうたう詩が入選しました。自らの経験とあわせ、別種の宇宙をのぞき込む気がしたものです。ほこりさえもそう映るのですから、山川草木のある別の庭、さまざまな関係を鏡のように映し合う宇宙の光をハート展の詩にみる思いがしておりますよ。
森山--その「よ」という語尾を聞くたびに、「できないよ。/こわいよ。/いかないよ。」と始まる「よ。」
(寺下陸)という題の詩を思い出して、ハート展にかなり〈洗脳〉されていることを自覚しますね。
環境変化を映すイベントの深まり
森山--初回の2000点台から今回の6000点台へと応募数が増え続けて、優れた詩が多くなったとは関係者の誰もが言うことです。確かにそうなのですが、第1回展の図録を開いて目に飛び込む最初の詩は、「私は私のため/黙らず火になる/私が私のため/黙って石になる」(赤枝美佐子)。この詩などは私に、ハート展によって言葉の世界が広がったと同時に、ハート展は土中に眠る鉱石を掘り起こしただけ、という二つの感慨を引き起こすのです。
吉増--掘り起こされたものが次の動きをもたらす……。でもハート展の詩自体が変化して「足が地につく」ようになったのは確かです。さらに、寄せられる詩、選考会で交わされる評、展覧会を見る人々の目のいずれもが、大きく変わり、深さを獲得しているのです。社会も変わりました。〈障害者〉と呼ばれる人々へのまなざし、バリアフリー化といったハードウエアの進化。そうした見過ごされていたものに光が射すようになりました。それがハート展の15回と同期している、鏡に映し合っている。
森山--「アール・ブリュット」「エイブル・アート」といったソフト、「ユニバーサル・デザイン」といったハードの両方が社会に浸透したのは、誰もが「一時的な健常者」であることに思い至ったから。高齢化と低成長経済も人々の想像力に訴えましたよね。
吉増--そうした想像力にとって、いわゆる言語の専門家、絵の専門家といったプロと一般の人々との間に違いは何ら見出せない。ハート展会場ではじっーと作品を見つづける入場者の姿があります。そのおひとりが作曲家の一柳慧さん。バリバリの前衛作曲家が作画者(1998年)となり、うれしそうに会場にたたずむ。ハート展が開いた新たな光景です。そう、光景なんです。
作画で表現への根源的な怖れにふれる
森山--一柳さんがビジュアル化した詩は「光りの糸」(増沢友也)。白い紙に線をへこませるエンボス技法による素晴らしい作品でした。ハート展の美点は、選ばれた詩の一点一点に絵が制作される仕組みです。こんな賞は他にないでしょう。絵が専門ではない表現者、タレントと呼ばれる方々も含めて800人以上がすでに作画者となっている。長く選考委員を務めた牧口一二さんも、そして吉増さんは2007年に「かもめ」(水戸千佳子)に写真作品を寄せています。どんな経験でしたか。
吉増--作画者は誰でも、詩に向き合うとともに詩と絵をセットで見る人を意識します。そうした人達の「足の止め方」を想像して、作画は大変でした。「かもめは/十字架の形で/空を飛び」で始まる詩なのですが、ゼロから思惟を巡らし、横浜港に行こうか、いやいや皇居のお堀、と撮影場所に迷い、やっとの思いで鳥と十字架の形を多重露光写真にできたのですけれど。作画は「対面」することになるんです。それも『正法眼蔵』を著わした道元の「当観(当に観ずべし)」。詩と詩を書いた人と近未来の入場者の剣の切っ先が自分の目に向けられている「当観」に近い——。
森山--知り合いの何人ものデザイナーからは、ちゃんとした作画ができなければ、プロとしても、人間としても、失格するように感じたと言われました。恥ずかしいことはできない、後ろめたさを引きずりたくない。それで、楽しくも針のむしろに座らされる思いがしたと。
吉増--それは根源的な恥ずかしさ、怖れと呼ぶ方がいい感情かもしれない。表現することの深みに触れる経験……。連句は横つながりの対面で場をつくるものですが、それとは違って、「垂直の対面」とでも名付ければいいような関係なのです。だから恐い。
森山--ハート展は〈障害〉をもつ方々への見方を変えました。詩は出来ているわけで、白紙を前にした作画者は一瞬弱者となる。そして、制作の過程で表現においては強者も弱者もないのだと気付く——そんなふうに想像したこともあります。
吉増--当たっていなくはないですよ、たぶんね。
ハート展の輪は重い扉を開く
吉増--図録の巻末に初回からの作画者リストが載っていますが、ものすごい広がりがありますね。
森山--6年経って、物故者が多いことにも胸をつかれます。画家の脇田和、デザイナーの早川良雄、福田繁雄、田中一光などなど。演劇人やタレントの作画者が多いのは、常に観客やメディアに身をさらしているために一人になれる制作は精神衛生上もいいのだと推測します。寄せられた作品には異時同図があったり、鈴が鳴ったり、触ることができたりと、詩だけでなく、ボランティアで参加する作画者の想像力と創造力には頭が下がります。
吉増--そうですね。サンパウロに滞在していた折、世界ハート展ブラジル編の詩の選考にあたった友人に様子を聞いたものです。図録掲載の各地での反響を見るにつけ、作画者として参加できなかったのが心残り。展覧会を見た人の感想には国を問わず共通性が強く、それもハート展という企画の普遍性の証しだと考えます。そうした広がりを今後も望みたいですね。
森山--私はベトナム展に駆けつけ、感慨深いものがありました。「途方もなく大切な扉」は、至るところで開けられることを待っているようです。吉増さん、ありがとうございました。
(敬称略)





