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詩の選考委員からのメッセージ

本年より選考委員を務めさせていただくことになりました。

「私は障害をもつ当事者ですから、障害がより重いから詩を入選とするような、同情評価は一切しません」という事務局の方々との意思確認から始まり、一次審査では約1,000編を拝読致しました。
今回、障害をもつ方々の視点から、ご家族のだれかへ宛てて書かれた詩がとても多く、特に、父母の年老いてゆく様子を書き、親亡きあとの障害をもつ方々の生活への不安が、詩の中に凝縮されているものが多く見受けられました。
楽しい詩では、5歳、8歳や9歳……アンダー10の年齢の子供たちもたくさんいました。夏休みの思い出、車いすの視点、手話での会話……どれも、作者本人の目となってその場の光景や心情が心になだれ込んで来るような作品ばかりでした。
これらの作品の背景としてあるものを、私たちは目をそらさずに、感じ、読み取らなければなりません。
私の心に留まった多くの詩の内容は、障害をもつ本人の声なき声でした。
障害をもつ当事者の日常から絞り出されたこの声たちが、少しでもたくさんの方々に、届け、届け、と祈ります。ご応募くださった皆様、書き続けてください。
私も作品を作り続けながら、これからも、ずっとずっと、素敵な詩に毎年会えることを待っています!
心からの感謝を込めて。

シンガーソングライター 朝霧裕

命を思いやる心

小説家という肩書きで選考会に参加させていただいたのですが、ぼく自身が軽度発達障害を抱えている身であり、その二次障害で様々な心身症に苦しんでいるということもあって、応募されてきたそれぞれの詩にことごとく反応してしまい、読んでいて涙が止まりませんでした。共感、共鳴の涙。自分はここにいて、このように生き、このように感じているのだという思い。その中でもとくに、親子の情愛、男女の恋愛をテーマとした詩には、かなり肩入れしてしまったように思います。三年前に母親を亡くし、この選考会の直前に父の重い病が判明したこともあり、命を思いやる心、というものに過度に敏感になっていたのかもしれません。
効率を求めるあまり、強さや辛辣さばかりが幅を利かせているこの世界で、本当の豊かさとは思いやる心なのだと、作品たちは静かに訴えています。誰かが触れて感じるたびに、この星の優しさの総和が少しだけ増えていく。

小説家 市川拓司

笑うことの大切さ

笑う、ということは人間が生きていく上で、とても大事なことだ。心の底から笑う。ほんとうに笑う。微笑みでもなく、相手にあわせた笑いでもなく、思わず爆笑してしまう。
軽妙で機知に富んだユーモラスな詩を、ライト・バースと呼ぶ。二村美帆さんの「あまえび」はまさしく、そのライト・バース。わたしはこの詩を声に出して読んで、何人の人を笑わせたことか。
「おっあまえびや/きょうのごはんはあまえびや」というリズミックな冒頭があり、「あまいな/こっちはおかあさんのやな/おかあさんはまだでんわか/もどってこうへん」と、電話に夢中のお母さんを待つ。そこからがおかしい。一行あけて、「だけど」と続くのだ。「だけどこっちはおかあさんのやな/おかあさんもどってこうへん/たべたらあかんな/おいしいから」。
あまえびのおいしさがこんなに伝わってくる詩なんて、他にないよ。

詩人 佐々木幹郎

ハートのかたち

たとえば、美しいものをみつけたとき、さりげなく魅せようと言葉と格闘することが、詩を書くことだと思っていました。
寄せられた作品たちは、作詩者の心で型抜きした影絵を見るようでした。白黒の濃淡で描く世界は、余分なものがないためにより強く印象に残るのでしょうか。
時としてハンディをもって生きる自分に憂いや戸惑いを感じながら、それでも自分のありようを真っ向から見つめる姿は、凛々しくも切ないものがありました。そういう想いは、生きていることの豊かさを実感しているからなのだと思うのです。
これからも自分に花束を贈るように暮らしていって欲しいと願いました。

財団法人いしずえ常務理事 増山ゆかり

細やかで濃やかな生がそこにある

応募作が6,000点をこえると、一次選考、最終選考を経ての入選の確率は1%に満たないことになる。樹上の果実、地中に隠された希少鉱石のような入選作——それらは天才でありつつ亡びるかもしれない日本語の、最良の部分につながっているようだ。たとえば、鉛筆と消しゴムはよく登場するモチーフながら、「けしごむはえんぴつのかなしみは/少しそまって灰色になって/小さくなります」(伊藤豊子)などと感受した人が、かつてこの国に、いまも日本語で書く詩人に、いるだろうか。疲れた母はラーメン屋でいねむりし(近藤貴之)、娘は「かあか」の声をききたがり(丸橋美鈴)、廊下をともにいざる息子に母は「お互い難儀やな」(大西勝徳)と笑いかける。そんな母には父からの、「たんぽぽとか/はこべとか/スミレとかさ。」(三浦史朗)、といった花束が届くかもしれないのである。細やかに生きる時のかさなり——。三人の新たな選考委員を迎えて、15回目の最終選考会は、選ばれた詩と釣り合う濃やかさに満ちていたことを報告したい。

武蔵野美術大学教授 森山明子

見事な、交感

ほぼ、20年に渉って、NHKハート展の土台を支えてこられた、牧口さんの姿が、今年で任を退かれて、選考の席にみえなかったのが心残りだった……。しかし、ハート展に、牧口さんの志を絶やさないようにというみなさんの意志も働いていたのだろう、あたらしい火の風がはいった。あたらしい歌声が、めざましい、深い思慮とともに、ほんとうに、火のように、這入って来ていた……。いずれも、新任の方々、朝霧裕さん、市川拓司さん、増山ゆかりさん、……。心身(からだ)の底からの正直の声……それをわたくしは、いま、「火」にたとえ、「歌」といっていた……。スタッフの熱意も、その「歌」を支えた。それは応募された、みなさんの作品の年々(としどし)に高くなる水準に、見事に、……呼応し、交感をしているものであった。

詩人 吉増剛造

ハート展の前夜

ハート展開催の前夜、詩を書いた方とアートを描いた方が、会場に集まります。
「この絵をかいてくださった方ですか。素敵な絵。とってもうれしいです。」と小さな詩人とお母さん。「この詩、私とっても好きでした。お会いできて光栄です。」と若い女性の絵描きさん。両方とも声がはずんでいます。会場のあちこちで、そんなやりとりが聞こえました。今年もそんな光景を楽しみに審査をさせていただきました。
教育テレビの「福祉ネットワーク」では、年数回ハート展の作品を取り上げています。
詩を書いた方、絵を描いた方両方に出演していただいています。
どうぞ、テレビでもハート展をお楽しみください。

NHK制作局 第一制作センター 文化・福祉番組部長 小出由美子