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シリーズ 子どもクライシス 第2回「失われゆく“居場所”」

この放送回の番組まるごとテキストを掲載しています

  • 2014年4月2日(水曜)再放送2014年4月9日(水曜)

出演者
宮本 太郎さん(中央大学法学部教授)
前島 麻美さん(山王こどもセンター施設長)※VTR出演
山田 賢治キャスター

シリーズ 子どもクライシス 第2回「失われゆく“居場所”」 の番組概要を見る

揺れる子どもの家

(VTR)

私たちの社会を未来へとつなぐ、子ども。
一人一人が、無限の可能性を秘めた社会の希望です。
しかし今、子どもの6人にひとりが貧困。
困難を前に、中には自分が生まれてきた事を責めたり、将来の希望を失う子どもたちも少なくありません。
大阪市で50年にわたり、子どもたちの成長を見守ってきた山王こどもセンター。
貧困、いじめ、不登校。
問題を抱えた子どもたちの駆け込み寺となってきたこの施設が今、危機に直面しています。
運営を支えてきた大阪市が、巨額の財政赤字を理由に、補助金の大幅カットに踏み切ったのです。

橋下:何かを削らなければいけないので、本当に厳しかったです。もう総合判断というしかいいようがないですね。

突然の決定は、子どもたちに、大きな衝撃を与えました。

ちえこ:もうひとつの家やし、センターがなくなったら、もうどうしていいかわからへん。

かれん:救われている子とか、頑張れている子とかいっぱいいる。
こどもの家じゃなくなるなんて、簡単に言わないで欲しい。

子どもたちの居場所は、どうなるのか?
変わりゆく制度に翻弄される日々を見つめました。

(VTR終了。スタジオでのトーク)

山田:「シリーズ 子どもクライシス」。
今日は、制度が変わることで、自分たちの居場所を失う危機に立たされた子どもたちについて見ていきます。
取材したのは大阪市です。

市では、平成元年から四半世紀にわたって、子どもたちの放課後の居場所作りとして「子どもの家事業」を行ってきました。
大阪市内26か所で運営されてきましたが、今年の春、廃止されることになりました。
子どもたちはどうなるのか?揺れる現場に密着しました。

居場所のない子どもたちの駆け込み寺 山王子どもセンター

(VTR)

大阪市西成区にある「こどもの家」、山王こどもセンターです。

女の子:1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。7億…。

午後3時、学校が終わった子どもたちがやって来ました。

スタッフ:お帰り!

女の子:ただいま。

子どもたちにとってセンターは、もう一つの家です。
小学生から高校生まで、好きなときにやって来て、思い思いの時間を過ごします。
この地域で暮らす子どもたち、どんな子どもでも分け隔てはありません。

一同:ビー、クワイエット。いただきます。

利用料は、おやつなどの実費以外は、無料。
大阪市の補助金によって、運営費の大半を賄っています。

その日何をするのか決めるのは、子どもたち自身です。
みんなで話し合う事を大切にしています。
この日は、座布団を使った陣取りゲーム。
年が離れた子どもたちが、みんな一緒になって遊びます。
中学3年のれおんくんです。
小学1年のセナちゃんを追いつめました。板の間に足が着いたら負けです。

男の子:足、くっつけ!コアラになれ!コアラになれ!
コアラ、コアラ、コアラ!コアラ、コアラ!コアラになれ!

れおん:うわ~!

センターには、家庭や学校に居場所が見つけられない子どもたちもいます。
れおんくんもその一人です。
学校になじめず、半年前から不登校になり、今は一日の大半をセンターで過ごしています。

れおん:まわりの空気が読めない。まわりが静かにしているのに、俺だけわーわーいって、しゃべったり。で、怒られて不機嫌になって、ものにばーんとあたってやるこやったから。

れおんくんは、小さいときに両親と離れ、おばあさんに育てられました。
大勢の人たちの中で、どう振る舞っていいのか悩んできたれおんくん。
センターで多くの子どもと触れ合う事で、人とのつきあい方を学んでいったと言います。

れおん:オレもお兄ちゃんやから、小学生に優しくしていかななみたいな。
みんなと遊んで交流を深めていって、常識を学んで、成長するほうが断然いい。

れおんくんは今、苦手だった学校と向き合おうとしています。
週1回、ボランティアの講師が勉強を教えてくれるプログラム。
毎回出席して、この春、地元の工業高校への進学をめざしています。

貧困を生き抜く 独自のカリキュラム

こどもセンターがある大阪市西成区山王地域。
高速道路やビルに囲まれた一角に、昔ながらの町並みが広がっています。
西成区は、生活保護の受給率が日本一。
子どもたちのすぐそばに、厳しい現実があります。

センターの施設長をつとめる前島麻美さんです。
子どもたちからは「マミさん」と呼ばれ、親しまれています。

男の子:絶対、無理!絶対、無理…!

れおん:イエ~イ!アハハ…!ほらな?言うたやん。

マミ:ごめ~ん!おっくん、ごめん!

アメリカで福祉を学んだマミさんが施設長になったのは、30年前のことです。
子どもたちが、経済的な困難に直面したり、学校に適応できなかった時も、センターに受け入れ、成長を支えてきました。

マミ:だって子どもに関係ないもん。家にお金があるかないかなんて、学校いってない不登校の子も学校毎日大好きでいっている子もみんな子どもは子どもだし、そんな中でいろんな考え方を知って子どもは成長していく。いろんな価値観の中で成長していくのがいちばんやと思うんですね。大人になったときに楽ちんですよ、そのほうが。

マミさんは、子どもたちの成長のために、独自のカリキュラムを工夫してきました。

子ども:こんばんは。こども夜回りです。

町内で、野宿している人たちに、声をかけてまわる「こども夜回り」。
子どもたちが、自ら握った出来立てのおにぎりを渡します。

おじさん:これ、おいしそう。あったかいやん。

マミ:今、握ってきたし。

困難に直面している人がいたら、優しい心で接してほしい。そうした願いが込められています。
この活動に10年前から参加しているかれんさんです。
生まれつき手足に障害があります。
体調はどうか、困っていることはないか、かれんさんは、必ずひと言、声をかけます。

かれん:寒いからね。体に気をつけて。

おじさん:ありがとう。

かれん:もうちょっと暖かくなってくれていい時期なんだけどね。おっちゃん、これ靴下。

寒さが厳しかったこの日、かれんさんは、靴下を渡しました。

かれん:じゃ、体の調子崩さないようにね。お休みなさい。

おじさん:元気で。

かれん:ありがとう。

こどもセンターで開かれるもう一つのカリキュラムが、週に1度の「料理クラブ」です。
きっかけは、一人で晩ごはんを食べる子どもが増えた事でした。
ここではふだん、偏りがちな栄養をしっかりとる事ができます。
同時に、料理の基本を一から学び、生活を営む力も身につける事ができます。

男の子1:おっ、慣れてきた。いつからそんなに慣れた?

男の子2:見よ!

料理の最中、みんなの輪から離れて、一人泣いている子どもがいました。
去年の春からセンターに通うようになった、小学1年生の、のんちゃんです。
涙の訳は、ボールの後片づけがきちんとできなかった事を注意された事でした。

のんちゃん:帰りたい。もう早く。

時々起こる、子どもたちのトラブル。
そんな時スタッフは、そっとそばに寄り添います。

男の子:のん、一緒にやろうや。

女の子:みんな、さそってんで。

みんなの輪に戻るきっかけをくれたのは、のんちゃんを心配する仲間たちの声でした。

マミ:なにをするのか、聞きや。聞いて、復活や。

どんなことがあっても、安心して過ごせる居場所。
一人一人の個性を認め合いながら、子どもたちは成長しています。

生きづらさを抱える子どもたちの駆け込み寺

30年にわたって施設長を務めてきた、マミさん。
子どもたちの悩みに、いつも正面から向き合ってきました。
この日訪ねてきたのは、ふうかさん。高校進学をお父さんに反対されたと言います。

ふうか:お父さん、もともと行く事は反対やで。高校は…。

マミ:何で?

ふうか:何もできひんから。

マミ:それはあんたが、何もせえへんからやろ?見返してやりいや。

ふうか:「見返したいから」って言ってんねん。私は…。
「これでどっちか分かって」と言ったら、「どうせお前は絶対、そう言っても絶対に今までも これからも何も絶対できひん子やから、やろうとすんな」って言われて…。

マミ:何でやねん!できるって、あんたは!できる子や!もう!

ふうか:久しぶりにもう、「ワ~!」泣いて。

マミ:できる子やって!

ふうかさんは、18歳。
一度、高校に入学したものの、勉強に身が入らず、1年半で中退しました。
将来を見いだせず、悩むふうかさんに、マミさんは高校への再入学を勧めました。

マミ:1年半で途中でけつわってもうた訳や。それをやっぱり、最後まで貫徹させてほしいっていう思いはある。何か1つ、クリアーしたら次のステップに行きやすいねん。
ただ高校というのは、もちろん勉強も大切やけれども、あんたがホントの大人になるまでの、次のステップやん。
そこで、どんだけ自分の中に肥やし、自分の中に…それこそ栄養も教養も身につけれるかやん。

マミさんは、ふうかさんに改めて自分の考えを伝えました。
内に秘めたやる気を引き出せば、子どもたちは、自ら壁を乗り越えて行けると、マミさんは信じています。
ふうかさんは、お父さんの説得を心に決めて、帰っていきました。

マミ:大きい年代の子どもたち、本当に抱えている問題、大きいんですよね、やっぱりね。それを一緒に考えていって、ひとつひとつクリアできたとき、そうやって彼女たち、彼ら彼女たちが、社会の一歩を踏み出せる、協力ができるというのが、喜びかな。

すべての子どもの家として

家や学校に居場所が見つけられない時、子どもたちの支えとなるのは、センターの仲間です。
車椅子で生活している、かれんさん。
姿を見かけると、ほかの子はさりげなく手を貸します。

かれん:おねがいします。

現在18歳のかれんさんは、小学校時代、過酷ないじめを受けていました。
仲間たちがいる事で、何度も救われたと言います。

かれん:こっち向くなやっていわれたし、例えば私のものに触って別の子になすりつけるとか、ふつうに水かけられたりとか、消しゴム投げられたりとかしたときもあったし。
そんときは学校行くのとかめっちゃイヤで、毎日うっとおしいとか、ずっと言ってて、家とかでもあんまりしゃべられへんし、みたいなときに、やっぱりセンターに帰ってきて、麻美さんとかに話を聞いてもらったり、みんなで遊べるというのがあったから、今日もがんばろうって思って、今までがんばれたっていうのは、すごいいっぱいあります。

突然の事業廃止勧告

苦しい時、つらい時、子どもたちのよりどころとなってきた センター。
開設から50年を迎えた今年、重大な岐路に直面しています。
運営を支えてきた大阪市の子どもの家事業が、この春廃止となったのです。
代わりに市が求めてきたのは、留守家庭対策事業に移行し、学童保育所として再出発を図る事でした。
しかし、原則無料の子どもの家に比べて学童保育では月額平均で1万6,000円の自己負担が必要です。
更に対象も小学生のみに限られ、中高生は利用できません。
なぜ、大阪市は事業廃止に踏み切ったのか。
年間500億円の赤字を見込んだ事が、背景にありました。
赤字削減のため、無料の子どもの家事業が見直しの対象に挙げられたのです。
市が示したのは、サービスを受ける者が費用を負担する、受益者負担の原則でした。
有料の留守家庭事業利用者との間に、不公平があるというのです。

橋本:留守家庭事業で負担をしているその他の市民との公平性を考えても、負担ができる人は負担をしてもらわなければいけないと思うんですね。

市の決定は、センターを掛けがえのない居場所としている、子どもたちに大きな衝撃を与えました。

かれん:やっぱりセンターに来て、救われてる子とか、がんばれてる子とかいっぱいいてるし、子どもの家じゃなくなるっていうのは、簡単にいわないでほしいって思いました。

ちえこ:今までずっと10年ほどここに来ているから、もうひとつの家やし、なくなるとかなったら。本当になんか、考えられへんかったけど。

こどもの居場所を守るために

子どもの家事業が廃止されると、もともと余裕がなかったセンターの財政は危機に陥ります。
学童保育になると補助金は330万円減額されます。
月謝を取らなければ運営は困難です。
しかし、マミさんはあくまでも無料にこだわりたいと考えていました。

マミ:この地域、みんなじゃないけれども相対的に見れば貧困家庭が多いし、月謝だされへんって子どもも多かったし、親がお金出せないからいうのは子どもの責任でも何でもないし、お金を払える人だけしか来れないっていうと、そこに来てる子どももかわいそう。色んな人とつながれなかったりとかね。

どうすれば、子どもたちの居場所を守る事ができるのか。

のんちゃん:手、真っ黒けっけやろ。

センターでは、自分たちでできるギリギリの努力を、積み重ねていく事にしました。
もともと古い民家だった建物は老朽化が進んでいます。
設備が故障した時は自力で直して修理代を節約しています。

女の子:あっ!ついた~!消して。はい、もう一回…。

スタッフ:良かった。ホンマうちお金ないわ。

子どもを預ける保護者たちもできる事に取り組んでいます。
古新聞を持って訪ねてきたのは、孫が通っている、中田久江さんです。

マミ:すんません。いつも、ありがとうございます。

この新聞や段ボールの山は、中田さんたち、保護者や地域の人が、こつこつと集めてきたものです。

中田:(孫が)小学校1年生からずっとお世話になっています。3年生までは1日も休まずに寄せてもらって、センターの方がいいくらいで、せやから私もできる限りはさしていただいたらいいかもと思います。

市の決定が伝えられて以降、センターをなんとか存続してほしいという声が、連日届けられました。
そうした声を裏切ってはいけないと、マミさんは言います。

マミ:よっしゃ~!ありがとうございます。

到着したのは、大阪市内の廃品回収業者。
新聞や段ボールを売る事で得た現金は、センターの貴重な運営費になります。

業者:はい、ありがとう。

マミ:ありがとう。

取材者:いくらになった?

マミ:2,310円…でした。

取材者:よかったですね。

マミ:ありがとうございます。

自分たちの居場所を守るために。子どもたちも立ち上がりました。
地元の商店街で開く、バザ-。
一人でも多くの人に買ってもらう事で、運営費に充てようとしています。

おじさん:おおきに。買うたよ。がんばってな。

スタッフ:ちょうどね。ちょうど。ありがとうございます。

マミ:1万3,800円でした。今日の売り上げ。

取材者:どうですか?

マミ:まあまあです。1万円を超えるとまあまあかなとは思います。
おかげさまでありがとうございます。フフ…。

さまざまな困難を抱える子どもたちを受け入れてきた山王こどもセンター。
制度が変わっても今までどおり、全ての子どもたちの家であり続けたいとマミさんは考えています。

マミ:地域の中で子育てするということは一朝一夕ではできへんからね。何年もかかって、生まれてくるものだと思うからね。それをはい制度が変わりましたプツンというのでは、残念きわまりないですね。

失われゆく“居場所”

(VTR終了。スタジオでのトーク)

山田:ゲストは、子どもの問題に詳しい中央大学教授の宮本太郎さんです。
政府の社会保障審議会のメンバーでもいらっしゃいます。
よろしくお願いします。

宮本:よろしくお願いします。

山田:施設長の前島さんの存在も非常に大きいと思うんですが、子どもたちの姿、どうご覧になりました?

宮本:こういう場所を無くしちゃいけないんじゃないかなという気がしますね。…と言いますのも、今、放課後格差という言葉があるんですよ。

山田:放課後格差?

宮本:学校までは一緒なんですね。
でも、そのあとの放課後をどう過ごせるか。
これは地域の状況だとか家計の状況によって大きく異なってきて、それが子どもたちの将来を決める。
これ、遊んでるように見えますけれども、これは次世代を育てる苗床みたいなもんで、ここでいろんな養分を吸収して、育っていくならば地域も活力づくんですね。
ところがこういう条件がないと子どもたちが経済的な困難に負けて、やがていろんな生活保護等の扶助を受給して、支えられる側に回ってしまうのかもしれない。
しかし、こういう苗床がきちっと機能していると子どもたちが養分を吸収して、将来働いて税金や社会保険料を納めて、支える側に回っていく事ができる。これは大きな違いですよね。
市長さん「有料のサービスもあってこういう無料のサービスもある。不公平じゃないか」という言い方してました。

山田:そうでしたね。

宮本:でも、子どもたちの立場からすると生まれ育った地域、あるいは障害があって生まれてきた。それで、スタートラインがこんなに違っていると…。
これこそ不公平じゃないかというふうに彼女、彼ら、思うと思うんですね。
ここでスタートラインを少しでもそろえてあげる。
これこそが、公平なんじゃないかなという気もしますね。

山田:そう考えますと今回、大阪市の場合は子どもの家事業が廃止になって学童保育に転換したと。
…で、中高生が利用対象から外れたと。
これについては、どういうふうに考えたらいいでしょう?

宮本:放課後に対応する政策、これは文科省の事業厚労省の事業、あるいは自治体の独自事業いろいろ、ある事はあるんで重複してるんじゃないかという事で。
整理して今回のような事にもなるんですが、しかし放課後格差の実態にホントに対応している事業って少ないんですね。
なぜならば学童保育にしてしまう事で、中高生と小学生が切り離されてしまう。
これではホントの苗床にならない訳ですね。
それを考えていくと、こどもセンターの方がホントに最先端の放課後格差対策…先駆的な形じゃなかったのか。
自治体はもっと自信を持って、こうしたものを守り育ててほしいなと思いますね。

山田:施設長の前島さんの「こういう事、子どもには関係ないもん」という言葉、すごい響いたんですよね。

宮本:子どもたちが公正に扱われたという感覚を持つ事が、次世代の市民を育てるし地域を活力づける。
そういうふうに思いますね。

山田:「子どもクライシス」明日もお伝えします。
番組のホームページに皆さんからご意見、ご感想をお寄せ下さい。お待ちしています。
今日はどうもありがとうございました。

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