本文へジャンプ

シリーズ 出生前検査は何をもたらすのか 第1回 命の選択をめぐる模索

この放送回の番組まるごとテキストを掲載しています

  • 2013年5月22日(水曜)再放送2013年5月29日(水曜)

出演者
山田 賢治キャスター (司会)
岩元 綾さん (ダウン症のある当事者)
沼部 博直さん (小児科医・臨床遺伝専門医)
ナレーション
河野 多紀さん

シリーズ 出生前検査は何をもたらすのか 第1回 命の選択をめぐる模索 の番組概要を見る

新たな命の選択 人間の価値とは

お腹の子どもに病気や障害があるとわかったら、あなたはどんな決断をしますか?

先月から臨床研究としてスタートした「新たな出生前検査」。妊婦のわずかな血液から、染色体異常の可能性がわかると注目されています。

これまでの検査と比べ、妊娠初期から受けられるため、妊婦からの問い合わせが殺到。病院は対応に追われています。

(国立成育医療研究センター 左合治彦医師)

左合:科学技術はどんどん進んでいくんですね。それを止めることはできないんです。その技術に踊らされないで、「人はどうあるべきか」を考えてアクションするしかないんです。

「命の選択」にもつながりかねないこの検査に、複雑な思いを抱いている人たちがいます。検査対象のひとつであるダウン症候群の当事者とその家族です。

母親:検査が大事なことも確かなんですけど、今いるダウン症の子たちが生きやすい社会をつくっていくのが先じゃないのかな、ということを思いますね。

一方、この検査を開発し、いち早く導入したアメリカ。

女性たちの決断をどう支えるのか、今も当事者や医師たちを中心に模索が続いています。

母親:医師はこう言いました。「お腹の子どもはダウン症なので、すぐ中絶するべきだ」と。

小児科医:「おめでとうございます」とは言いづらいです。その次になんと言えばいいのか……。

新しい検査は私たちの社会に何をもたらすのか。日本とアメリカの実態をもとに、2日にわたって考えます。



(VTR終了。スタジオでのトーク)

山田:こんばんは。ハートネットTVです。今夜はこの4月から臨床研究として始まった、新たな出生前検査についてお伝えします。この検査はどういったものなのか、こちらをご覧いただきましょう。

妊娠10週以降という早期から検査ができます。お母さんの体から血を採って、染色体異常の可能性がわかる検査です。2週間ほどで結果が出ます。そして陽性の場合は、羊水検査を受けて確定診断となります。検査でわかるのは、ダウン症候群など、3つの染色体異常の可能性です。費用はおよそ20万円です。 現在北海道から九州まで、全国21カ所の医療機関で導入が認可されています。4月の段階で実施施設となっていた全国15の医療機関では、先月の1か月間にこの検査を受けた妊婦は441人でした。そのうち257人の結果が出ていまして、9人が陽性と判定されています。

新しい検査の導入については、視聴者の皆さんからたくさんのカキコミをいただきました。検査の対象となっているダウン症候群の人たちと、その家族からも切実な声が上がっています。そういった皆さんが今、どういった思いでいるのか取材しました。

新たな出生前検査 議論は尽くされたのか?

(VTR)

東京都内で開かれた日本ダウン症協会主催のイベントです。
舞台に立つのは皆、ダウン症候群の子どもたち。得意のパフォーマンスを披露しました。

「ダウン症の人たちについて理解を深めてもらいたい」
そんな思いから開催されました。

イベントに参加した斎藤さん一家です。

——菜桜(なお)ちゃん元気?

菜桜:元気です!

3人姉弟の末っ子、小学4年生の菜桜ちゃん。ダウン症です。生まれつき心臓や食道に疾患があり、今も入退院を繰り返しています。

(菜桜ちゃん産まれた頃の写真を見ながら)

由美:見ていると涙が出てきちゃう……。本当に小っちゃかったから。

母親の由美さんが菜桜ちゃんを出産したのは、32歳のとき。超音波検査などで異常は見られなかったため、産んで初めてダウン症であることを知りました。当初は現実をなかなか受け入れることができなかったと言います。

由美:正直「かわいい」「抱きたい」という思いがなかなか湧かなくて、ただ眺めているだけで。看護婦さんも「触ってください」と言うんですけど、触るのもなんか怖い。

しかし度重なる手術を共に乗り越えていく中で、徐々に愛情を深めていきました。



知的障害がある菜桜ちゃん。定期的に専門家の元で学んでいます。

専門家:イチゴをね、5(個)、どうぞ。

通い始めて4年。ゆっくりではあるものの言葉が増え、計算も少しずつできるようになっています。

専門家:1、2、3個あげました、どうぞ。残りはいくつですか?

菜桜:2。

今では、菜桜ちゃんの成長が何より嬉しいと言う由美さん。新たな検査の導入は、ダウン症の子どもたちの将来を考えるきっかけになってほしいと感じています。

由美:検査が大事なことも確かなんですけど、今いるダウン症の子たちが生きやすい社会をつくっていくのが先じゃないのかと思います。(ダウン症の人たちが)仕事したくてもできない、する場所がない、困って親が立ち上げて、というのが現状なので、それをもっと理解してもらって、この子たちが生きやすい社会になってもらいたいなって。正直、今、不安ですね。

検査の導入にあたっては、この半年日本産科婦人科学会が主体となり、議論を続けてきました。昨年11月には、公開シンポジウムを開催。「十分な体制が整わなければ、安易な中絶が増えるのでは?」という懸念も示されました。

看護師:この検査を受けるか受けないかといったことは、個人で決めていただくことと考えております。

医師:中絶を前提にしているという、出生前診断という見解ではございません。

さらに市民からの意見も募集。「ダウン症候群に対する社会の理解や支援こそが必要」「一学会が指針を出すのではなく国民的な議論が必要」など、その数は200を超えました。しかし今年3月……。

(日本産科婦人科学会 小西郁生理事長)

小西:新しい出生前遺伝学検査について、共同して下記の方針で臨むこととしました。

ダウン症の人たちに対する具体的な支援のあり方などは示されないまま、検査の実施が決定。さらに検査を受けられる妊婦の条件も、「高齢妊娠の者」という曖昧な表現にとどまりました。

日本ダウン症協会の理事長を務める玉井邦夫さんです。本質的な議論がどこまでなされたのか、疑問を感じています。

玉井:何が突きつけられているのかと言ったら、「人間の価値を決めるのは何なのか」という問いだと思います。まだまだ考えなきゃいけないことはいっぱいあるし、本当にこの半年間やってきた、そこに参加した人たちだけの議論で、この問題の結論を出していいのかということも含めて、とても疑問というか、やり残した感覚が残りますね。

新たな出生検査の陰で 当事者の思い

(VTR終了。スタジオでのトーク)

山田:今日は2人のゲストにお越しいただいています。まずはダウン症候群の当事者として、講演活動などで発言されている岩元 綾さんです。よろしくお願いします。

岩元:よろしくお願いします。

山田:そして、臨床遺伝専門医で小児科医の沼部博直さんです。

沼部:よろしくお願いします。

山田:まずは岩元さん、今のVTR、どんな感想を持ちましたか?

岩元:今回の検査の導入はとてもつらいですね。今生きているダウン症の人たちを否定することになると思います。怒りというよりも、悲しみの方が強いですね。この検査で命の芽を摘むよりも、障害のあるすべての人が生きやすい社会をつくることが先ではないのかと思います。

山田:自分の存在そのものが、「本当に生まれて良かったのか」と否定されているような気持ちにもなるということは、まだまだ議論が足りないまま始まってしまった感が強いのですが、どうなのでしょうか?

沼部:命についての議論というのが、今まで避けていたような実態があったと思うんですが、今回この検査をきっかけに、その問題が改めて浮き彫りになったのではないでしょうか。この検査の実施にあたっては、広くパブリックオピニオンが求められ、反対派、あるいはVTRでも当事者の方々やご家族の意見が出ていますけれども、残念ながらすべてを反映されてはいません。「技術だけが先行して、検査が行われているような実態があるのではないか」という印象が拭いきれないと思います。

山田:この検査の導入にあたって、どんな課題があるんでしょうか?

沼部:最終的に命の選択、「人工妊娠中絶」が選択の中に含まれると思います。この選択に関して陽性と判定された場合に、判断をするための適切な遺伝カウンセリングが必要となりますが、遺伝カウンセリングにあたっての十分な情報提供や心のケアが行える体制がどこまできちんと整っているか。結果的に命をあきらめる選択をした場合、その方々に継続的なケアができるのかどうかが、問題になってくるのではないかと思います。

山田:そのための議論というか、情報があまりにもなさ過ぎる……。

岩元:あまりにもなさ過ぎますね。看護師さんや介護をしている方、これから医療現場で働いていかれる卵の学生さんたち、そういった医療関係者が障害のある方に対して理解ある医療をしてほしいな、というのがありますね。

当事者の声をもとに模索を続けるアメリカ

(VTR)

今回の出生前検査を開発し、いち早く導入したアメリカでは、妊婦の決断をどう支えるか、2年経った今も模索が続いています。

ボストン市内の病院で働くブライアン・スコットコーさん。臨床遺伝専門医です。検査結果が陽性だった妊婦に対し、どのような情報を提供すべきか。

スコットコーさんは、医師の説明によって女性の決断が左右されることを指摘、情報提供のあり方を大きく変えた人物です。

きっかけはダウン症の子どもを育てている母親、およそ1000人に行ったアンケート調査です。その結果から、医師の説明の多くが否定的な情報に偏っていたり、不快なものだったりしていることが明らかになりました。

スコットコー:医師がなぜ最新かつ正確な情報を提供しないのかというと、ひとつは教育の欠如、もうひとつは意識的、無意識的に偏見を差し挟むためです。不正確で古い情報を提供するぐらいなら、むしろ何も伝えない方がましだということを母親たちから学びました。

スコットコーさんに大きな影響を与えた母親がいます。

ベス・アラードさん。長男のベンジャミンさんは14歳。ダウン症です。

ベスさんは、妊娠中に受けた超音波検査で、息子にダウン症の可能性があることを知らされました。15年経った今も医師の態度や言葉など、当時の様子を克明に覚えています。

ベス:医師が来て言ったのです。「まずい状態です。お子さんは50%の確率でダウン症です」と。私はどういう意味か尋ねました。すると医師はこんな格好をしながら「ダウン症は外見もこんな感じだし、あなたがすべて面倒を見ることになる。話すことも、読むことも、書くこともできない」と答えたのです。

出産後も、なぜ中絶をしなかったのかと責める医師もいたというベスさん。次第に自分のように苦しむ女性を1人でもなくしたいと考えるようになりました。そして5年後、自らのつらい過去を議会で語り、周囲に理解を求めたのです。

(議会にて)

ベス:医師はダウン症について役に立つ情報を何ひとつ提供してくれませんでした。女性たちが決断するのに必要な情報を提供されることを望みます。

ベスさんたち当事者の切実な訴えと、スコットコー医師の行ったアンケート調査が議員たちを動かしました。

その後新たに連邦法を制定。医師は障害や病気や、どんな社会的支援があるかなど、中立かつ最新の情報を提供するべきだと明記されたのです。

ベス:本当に感激しました。とても嬉しかったです。自分たちのように産む産まないを決断しなくてはならない人たちのことを考え、ようやくきちんと情報が提供されると安心しました。スコットコー先生も責任を持って、医師がどんな情報を提供するべきかまとめてくれるだろうし、皆でお祝いして喜びました。

その後スコットコーさんの勤める病院などでは、検査を受けて産むかどうか悩んでいる妊婦に対し、きめ細やかなカウンセリング体制を取っています。

まず、ダウン症について書かれた最新の資料を手渡します。

ダウン症協会の連絡先も伝え、希望すれば、当事者とその家族の話を聞く機会があることも伝えています。

また、産まない決断をした人にも専門のカウンセラーなどを紹介。どちらの選択をしても、女性が孤立しない体制を整えています。


マサチューセッツ州 産むか産まないかの決断に迫られている女性の支援

マサチューセッツ州にあるダウン症協会です。
産むか産まないか、決断を迫られている女性たちの支援を行っています。

(受付窓口)

窓口:ダウン症協会です。出生前検査を受けたご夫婦から連絡がありました。

窓口では24時間対応。相談を寄せる家族は、年間130件を超えています。こうした支援体制の中で、決断ができたメラニー・マッグラーフリンさんです。

(ダウン症のグレイスちゃん)

グレイス:グレイス マッグラーフリンです。

メラニーさんは、妊娠19週に行った超音波検査で、異常があることを指摘されました。その後の検査でダウン症だとわかり、一時は中絶することも考えたと言います。

メラニー:最も恐れたのは、結婚が駄目になることでした。そして子ども3人、その内の一人は障害のある子を、私が一人で育てることになるかもしれないということでした。他の子どもたちの人生も駄目にしてしまうのではないか、と悩みました。子どもたちは順調にやっていて、とても幸せだったので。

30分ごとに気持ちが揺れ動いたというメラニーさん。ダウン症協会に連絡を入れ、当事者の家庭を訪問することにしたのです。

そこで出会ったのがダウン症のアンナちゃん。一緒に訪問したメラニーさんの子どもたちは、すぐにアンナちゃんと遊び始めます。無邪気に遊ぶ子どもたちの様子を目にし、希望を感じたと言います。

メラニー:アンナはかくれんぼの途中に出てきては、自分がどこに隠れているか、みんなに教えていました。その姿はまさに息子が幼い頃、兄弟に対してやっていたことと同じで、ふと笑ってしまいました。

それを見た瞬間「私たちにも育てられるかも」と思え、帰るときには感謝の気持ちが芽生えました。でもだからといって「絶対できる」と思えたわけではありません。「ひょっとしたら大丈夫かもしれない」と少し希望を感じることができたのです。

その後も、障害のある子どもを産む体制が整った病院を紹介してもらうなどのサポートを得たメラニーさん。自ら決断し、グレイスちゃんが産まれたのです。

現在アメリカでは、既に10万人以上の妊婦が新たな出生前検査を受けています。検査が普及すれば、より多くの女性が妊娠初期に重大な決断を迫られることになります。

この日、ダウン症協会のスタッフが訪れたのは総合病院です。マサチューセッツ州では、昨年法律を制定。妊婦の決断を支えるために、医療者とダウン症の子どもを育てる家族が連携することを定めています。

(マサチューセッツ ダウン症協会 セーラ・カレン)

セーラ:私たちの活動は、正確かつ最新情報を妊婦に提供すること。そしてきちんとトレーニングを受けた家族と話をする機会を提供することです。妊婦が希望すれば、そういう機会があることを知ってもらうだけでも気持ちが違うと思います。

医療者からはダウン症の子どもが生まれたとき、どう告知すべきか質問が相次ぎました。

医療者:「おめでとうございます」とは言えても、それではその次になんと言えばいいのか、いつも迷ってしまいます。「きれいな赤ちゃん」とは言えても、「健康な赤ちゃん」とは言えないかもれしれないし……。

セーラ:確かにそうですね。しかしどう伝えるか、医師の話すトーンが大事だと思います。両親は医師が発する最初の一言をずっと覚えているものです。どうぞ思いやりを持って伝えてください。

こうした地道な取り組みを通して、産む決断をする女性が少しずつ増えているといいます。

小児科医:医師にとっても告知の瞬間は緊張します。実際に体験した親御さんと話すことで、より良い計画を立てることができますし、何が良くて何が良くなかったかを聞けることで、より良い告知ができると思いました。

セーラ:産婦人科医や遺伝カウンセラーの中には、ダウン症の人をまったく知らない人もいます。ですから医師が私たちのような家族と連携することが大事です。そして親の視点を伝えることもとても重要です。家族と医療の両方のケア、強力な支援があることを決断に迫られた家族に知ってもらうことが欠かせないのです。

1人1人が納得して決断するために

(VTR終了。スタジオでのトーク)

山田:なかなか日本ではないのではないかと思えるような、アメリカの取り組みでしたが、岩元さん、どうでした?

岩元:すごく素晴らしいと思います。日本でもこのような検査があれば、一番情報が伝わるのではないかと。

山田:今のVTRで印象的だったのは、お母さんたちの取り組みだと思います。「経験者の声を活かして、それを支援や対策につなげていこう」という。これについてはどういうふうに思いましたか?

沼部:まさにその部分が医療者にとって一番わからないので、ご家族がどう思っているか、それからご家族やご両親だけでなく、ご兄弟がどのような生活を送って、どのように日々感じているか。もちろん、患者さんご当人がどのような思いで日々の暮らしを送っているのか。こういう生の情報が医療者にも、これから検査を受けようとしている方々にもどんどん伝わってくれればと思います。

山田:今後検査を受けた女性が納得して決断をするためには、どんな支援が必要なのかとお伺いしたいんですが。

沼部:一番大事なことは正確で十分な、しかも理解可能な情報の提供だと思います。単なる医学的な情報だけでなく、社会としてどのような手助けをしてくれるか。これは患者会の情報なんかも含まれると思いますけれども、そういう情報の提供。それからその情報を基に本人が決断を下そうというときに、支援するためのカウンセリングの体制。妊婦さんたちに対する情報提供の支援も行っていく体制も必要になってくるかと思います。

山田:最後に岩元さん、今一番伝えたいことって何ですか?

岩元:私は生きている素晴らしさを日々実感しています。ダウン症があったからこそできた経験や、素晴らしい多くの方たちとの出会いもあります。両親には「産んでくれてありがとう」と言いたいです。産まれてくる子どもたちのためにも、命の可能性が無限の可能性を伸ばしていけることを忘れないでほしいと思います。

カレンダーにもどる