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シリーズ 貧困拡大社会 どうなる?生活困窮者の支援

この放送回の番組まるごとテキストを掲載しています

  • 2013年4月16日(火曜)再放送2013年4月23日(火曜)

出演者
湯浅 誠さん (反貧困ネットワーク事務局長)
萩原 博子さん (経済ジャーナリスト)
語り
中山 準之助アナウンサー

シリーズ 貧困拡大社会 どうなる?生活困窮者の支援 の番組概要を見る

伴走型支援 モデル事業の終了

今、貧困に陥った人たちを支援する政策が大きな岐路に立たされています。病気や家族関係などさまざまな問題を抱える人に対してきめ細かな支援を行うパーソナル・サポート・サービス。相談者に寄り添いながらカウンセリングや就労支援を行い、生活再建を促してきました。国のモデル事業として実施されてきたパーソナル・サポートが2013年3月で終了。4月からは新たな支援策がスタートする予定でした。しかし政権交代による影響で生活困窮者に関する施策の策定が遅れ、支援の現場では大きな混乱が生じています。

パーソナル・サポートの終了とともに相談室の閉鎖を決めたのが横浜市です。利用者たちの間には不安が広がっていました。

相談者:みんな本当によく生きてたねという人たちばかりで、「どうなっちゃうの」という思いもあるし……。

国の新たな施策の実施が遅れる中、利用者の支援をどう継続していけばいいのか、支援団体は困難に直面していました。これまでパーソナル・サポートを支えにしてきた人たちは、どうなるのか。
国の政策はどう変わろうとしているのか。支援の最前線の現場から考えていきます。

山田:ハートネットTV「シリーズ 貧困拡大社会」。
今回は貧困に陥った人たちをどう支援していくのか、各地の取り組みから考えていきます。
ゲストは経済ジャーナリストの荻原博子さんと、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんです。冒頭でご紹介しました貧困対策として注目を集めてきたパーソナル・サポート・サービス、相談者に寄り添いながらきめ細かな支援を行うことから「伴走型支援」とも呼ばれています。このパーソナル・サポートについて、荻原さんどうご覧になっていますか。

荻原:本当に困っている方は、ひとつの問題じゃなくて複合的にいろんな問題を抱えていますよね。それを自分ではどうやって解決していいのかわからない。そういうときに、第三者の目で寄り添いながらほぐすように解決してあげる人が、本当に大切ですよね、今。

山田:パーソナル・サポートは、湯浅さんが参与として内閣府にいらっしゃったときに発案され実施になったんですが、そもそも狙いはどこにあったんでしょうか。

湯浅:一つは縦割りを排すということ。行政はもちろん民間も実は縦割りでして、そういうところを排して、横断的かつ包括的に対応していく。もう一つは、ある程度の期間その人の生活、暮らしの変化に合わせ一緒に考え、寄り添っていくという、その二つを目的につくったものです。

山田:パーソナル・サポートは、国のモデル事業として3年にわたって実施されてきたんですが、この3月で終了しました。番組ではこれまでパーソナル・サポートを実施してきた全国29か所に今年度の事業の継続について取材しました。同じ規模で支援活動を継続すると答えたのが17か所、規模や内容を縮小して支援を継続するのが9か所、そして支援事業を閉鎖したのが3か所という結果になりました。湯浅さん、この結果どうご覧になりますか。

湯浅:選挙の影響もあって、国の今年度予算がまだできていない。モデル事業というのは単年度でやっているものだから、狭間に落ちやすいことがあります。それでも17か所継続するということは、そういう中でもやり繰りしてくれているところもあれば、そこまでは、というところもある。ここら辺は自治体としてどこまで継続したいかという、技術的、気持ちの問題も絡んでいる可能性はあります。

山田:パーソナル・サポートのモデル事業が3月で終了するのに伴って、相談室の閉鎖を決めた自治体のひとつが横浜市です。これまでパーソナル・サポートを利用してきた人はこの先どうなるのか、横浜市を取材しました。

人に寄り添う伴走型支援 横浜市の選択

(VTR)

横浜市から委託を受けてパーソナル・サポート・サービスを運営してきた「生活・しごと∞わかもの相談室」。ここには他の支援機関では対応が難しい、さまざまな困難を抱える人たちが相談に訪れます。

そのひとり佐藤さん(仮名・38)。重い精神疾患を患い、自殺未遂を繰り返してきたと言います。

佐藤:私が生き残っちゃった。死に損ないというか、もう何か……。

相談員:そう言うから暗くなる。「まだ生きてなさい。あなたには役割がありますよ」というメッセージがあったかもしれないじゃない。

常に同じ相談員が対応し、じっくり話に耳を傾けてくれたことで、悩みを打ち明けられるようになり精神的にも落ち着いてきました。

佐藤さんは、10代の頃いじめなどが原因で精神疾患を発症しました。以来、家族との関係も悪化し、孤立を深めるようになりました。相談室のすすめで同じような悩みを抱える人たちのグループに参加した佐藤さんは、仲間と交流を深める中で安心して過ごせる居場所を見つけることができました。

佐藤:まったく差別がない空間に、初めて出会えました。

複雑な問題を抱える人にきめ細かな支援を行ってきた相談室。2月半ば、活動の成果を締めくくる報告会が開かれました。
相談室が3月いっぱいで閉鎖されることに対して、パーソナル・サポートを支えにしてきた人たちの間には動揺が広がっていました。

女性:相談室を基盤にしていたので、そこがなくなると、すごくつらくて……。

男性:絶望したくない。前を向いて生きたいと思っている人たちを、行政が潰してはいけない。

4月以降、利用者の支援はどうなるのか。相談室の閉鎖を決めた横浜市の担当者に聞きました。

青少年育成課 日比野課長:平成25年度以降は厚生労働省の方で「生活支援戦略モデル事業」を創設し、その中で「若者サポートステーション」の機能強化を新しく事業として開始するということでしたので、そちらの枠組みで実施していきたいと考えています。

「若者サポートステーション」は就労について悩みを抱える40歳未満の人を支援する施設です。横浜市はサポートステーションの機能を強化することで、利用者の支援を継続する計画でした。利用者のうち4月以降も支援が必要な人は380人。そのうち何人をサポートステーションに引き継ぐことができるのか、相談室では閉鎖を間近に控え検討を続けていました。

相談室 川崎事務局長:引き継ぎ先の機関で、ここと同じようなサービスが必ずしもできるわけではない。

利用者の中には、病気ですぐに働けないなど複雑な問題を抱える人が数多くいます。結局、サポートステーションに移行できるのは50人ほどと判断されました。他のさまざまな支援機関にも引き継ぐことにしましたが、どうしても100人あまりの受け皿がみつかりませんでした。

相談室に通うことで救われた佐藤さんも、今後もパーソナル・サポートを必要とするひとりです。この日は、合同就職面接会に参加しました。

佐藤:(就職面接の)手応えは、わからないです。結構厳しいかもしれませんね。

今後もパーソナル・サポートの支援を受けながら就職を目指したいと願う佐藤さん。自立に向けた歩みはまだ始まったばかりです。

3月30日、相談室が最終日を迎えました。他の機関では対応が難しい利用者100人あまりは、相談員たちがボランティアで支援していくことになりました。4月以降は新しい事務所を借りて、15人の相談員が1日2人体制で支援を継続する計画です。

相談室 高沢代表理事:制度と制度を横串でつないでいくような支援をきちんとやっていく。規模が小さくなっちゃうので、どこまで現実に動けるかというのはあるんですけど、あくまで理念は見失わずにやっていきたいと思います。

どうなる? 生活困窮者の支援

(VTR終わり スタジオでのトーク)

山田:相談室の閉鎖に踏み切った横浜市のケースをご覧いただきました。荻原さん、どうご覧になりましたか。

荻原:自分を思ってくれる人、それから自分の仲間、それが目に見えるだけで人間って前に一歩進めるじゃないですか。そういうきっかけをつくってくれるところが、縦割りじゃない横串の活動を始めているのに。もしかしたら、ちょっと後退していくのかなという感じがして。

湯浅:若者サポートステーションもすぐに就労に結びつくというよりは、長い目で対応するようやってこられているので、引き継ぐこと自体に大きな違いがあるわけではないと思うんですが。それが相談者にしわ寄せがいくようなかたちであってはいけないので、ふり切れない100人については横浜市の人も一緒に、どういうところが受け皿になりうるか考えていただきたいと思います。

山田:国が今年度から実施しようとしている支援策、一体どういったものなのか。厚生労働省が、「新たな生活困窮者支援制度」の概要としてまとめた項目です。まず “包括的な相談支援体制”。パーソナル・サポートと同じように、ワンストップで利用者の相談に応じようというもの。それから“就労支援”。さらには、この番組でも紹介しました“家計相談支援”など、7項目にわたって挙げられています。湯浅さん、この中でポイントはどこになるんでしょうか。

湯浅:1番目の“包括的な相談支援体制”というのは、パーソナル・サポートの3年間を受けてつくられるものですから、その精神とか蓄積を生かしていくということがひとつ。もうひとつは何といっても、恒常的な制度として全国でやるということ。モデル事業は29か所で、それが1700、1800か所に増えるということなので、かなり質の違ったものになると思います。

荻原:これだけメニューがいっぱいあるってことは、拡大されるということですか。

湯浅:そこはたぶん、自治体が必ず設置しなきゃいけないものと、自治体が選ぶ任意のものとに、この7本の柱の中で分かれていくんだろうと思いますね。

山田:そうすると、自治体によって差が出てくる可能性は当然あるわけですね。

湯浅:そうですね。今までできてきたいろんな相談機関、相談支援機関も、高齢分野、障害分野もそうなんですが、すごく動きの良いところと、あまりそうでもないところと、どうしても差は出るんですよね。

荻原:こういう制度は、何人就職させたとかそういうことじゃなくて、どれだけ寄り添っていたかという評価をしなければならない。非常に見えにくくて難しいんですが。

湯浅:評価の指標づくりも重要な課題で、就職率しかないというのは、評価指標があまりにも貧弱なんですよね。もっと、人間の暮らしとか心理的な変化をきちんと汲み取れるような評価指標を、複数つくっていく必要があるだろう、と。

山田:国の新たな支援策を先取りして、独自の取り組みを実践する自治体も出てきました。沖縄県の支援の現場を取材しました。

福祉から就労へ 支援の最前線

(VTR)

沖縄県が貧困に陥った人たちを支援する拠点「就職・生活支援パーソナル・サポート・センター」。沖縄県の雇用政策課、そして民間の支援団体、さらに県の福祉援護課などさまざまな機関が連携。福祉と就労が一体となった支援を強化することで、自立を促すことを目指しています。

山下次長:福祉の分野は、すごくお金がかかるとよく言われるんですけど、生活に困難を抱えている方々が社会復帰して自立していくことになれば、新しく納税者が生まれる。沖縄型の、福祉から就労の総合的な支援をやりたいんです。

福祉から就労の総合的な支援とはどのようなものなのか。

3か月前からセンターに通い続ける金城さん(仮名・29)は、高校卒業以来10年間、引きこもりの生活を続けてきました。
人とのコミュニケーションが苦手で、これまで働いた経験はほとんどありません。

センターの特徴は、生活支援の担当と就労支援の担当の2人1組で相談に乗ることです。話し合いを重ねる中で金城さんには発達障害の可能性のあることが判明。就労を焦らず、まずは職場体験など福祉的支援を重視していくことになりました。

周囲に自分のことを理解してくれる人もなく、生きづらさを抱えてきた金城さん。就職試験を受けても失敗が重なり、次第に働く意欲を失ったと言います。

金城:仕事を探して何社か面接を受けるんですけど、履歴書を出しても何で落ちるんだろうと。話し方が下手なのか、それとも自分に問題あるのか、書類に問題があるのかわからない。

金城さんのようにすぐに就労できない人に対しては、働く意欲を引き出すためのプログラムを用意しています。

この日参加したのは農業体験の研修です。参加者とともに共同作業をする中で自信をつけてもらうのが狙いです。プログラムは2か月にわたって続きます。グループで行う調理実習や企業見学などさまざまな研修を通して人との関わり方を学び、社会参加の意欲を高めてもらおうというのです。

プログラムの最終日は就職面接の訓練です。

相談員:あなたの趣味、またはストレス解消法を教えてもらってよろしいですか。

金城:趣味はパソコンです。自分で部品を買ってきて組むのが好きなんですけど。

これまで人前で自分の思いを伝えられなかった金城さんですが、この日はしっかり受け答えすることができました。

金城:コミュニケーションはまだまだ深いとは言えませんけど、前よりは良くなっていると思います。

働く意欲を取り戻したあと、問題となるのは就職先です。センターでは相談者が働ける場所を開拓するための専門スタッフが常駐しています。求人情報誌で営業経験を積んだスタッフがまず取り組んだのは、相談者を実習で受け入れてくれる企業の確保でした。これまで協力を取りつけた企業は、介護や保育、飲食店など160社に上ります。

就労支援担当 伊是名:企業側にも実習を通して多くの人と会えるチャンスがあるので、そこで会社に合った人材とマッチングできる可能性が広がる。

この日センターにやってきたのは、先月、企業実習に参加した宮里さん(仮名・56)。脳性マヒの影響で言葉が少し不自由です。手先の器用さを生かして織物や園芸の仕事をしてきましたが、7年前に解雇されて以来、就職先がみつかっていません。センターのすすめで清掃会社の実習に参加すると、仕事が気に入ったと言います。

宮里:モップの扱いは(実習でも)できていたと思います。

実習を受けた清掃会社で働きたいと言う宮里さん。しかし相談員には気がかりな点がありました。

相談員:実習先からの声を聞いたら、モップの絞りが弱かったと。

宮里さんは足の力が弱いためモップをうまく絞ることができないという課題を、企業から指摘されていたのです。

ここで諦めないのが相談員です。宮里さんの希望を叶えるための方法をみつけ出そうと向かったのは、ホームセンターです。
体の不自由な人でも扱える道具がないか探そうというのです。
ようやくみつけたのは手の力だけで楽に絞れるモップでした。

相談員は宮里さんが実習を受けた清掃会社を訪ねました。

伊是名:ちょっと参考までなんですけども、(モップの写真を見せる)こちらの方が手の力でやる部分なんですね。本人の特性に合わせて器具を買ってそれで代用できるんであれば、やはり本人も仕事にスムーズにいけると思いますので。

女性:仕事したらとても真面目に一生懸命頑張ってくださるので、だからいい人を紹介してもらえるのはありがたいと思っています。

話し合いの結果、採用を前向きに検討してくれることになりました。

伊是名:本人の持っている状況を少しでも理解してもらって、あとは企業側にお任せするしかないので。すべてがうまく行くわけではないと思いますけど、ひとつでも成功事例ができればいいのかなと思いますね。

生活困窮者 どう支えるか

(VTR終わり スタジオでのトーク)

山田:国の支援策を先取りしたかたちの沖縄県の取り組みでした。

荻原:例えば、本来だったら生活保護で見なければいけなくなってしまうかもしれない方を世の中に出して、お金を稼ぐようにして納税者にしたら、これはすごいですよね。

湯浅:働きたい人と雇いたい人をつなぐというか、象徴的なモップの例が出ましたけど。企業さんに雇ってくれませんかって言うだけでは、うちは人手は要らない、というだけで終わっちゃう。こうすればこの人は働ける職場環境がつくれるんです、とつないでいく。それで職場環境が変わる。もしかしたら、それを通じて会社の人たちの発想も変わるかもしれない、障害者に対する見方も変わるかもしれない。そういうものを通じてつないでいくという、それは重要な役割だなと思っているんですけどね。

山田:これから、生活に困窮している人たちにどんなことが求められるかなんですが、どう考えたらいいでしょうか。

荻原:困窮している人が自分で何とかしろと、とにかく“自助”って言われていますよね。でも自分で何とかしろと言われたって無理なんですよ。だから“公助”ということを大切にしないと。自治体しかやるところがないじゃないですか。そのために私たちは税金を払っているんだから、そこをしっかりやっていただきたいと思います。

湯浅:日本社会は、人口が減り始めている中で人を切り捨てる余裕はないんですね。だから今いる人たちで、いわば全員参加型で社会を支えて盛り立てていく。社会参加できない状態からできるようになるんだったら、それは社会としてずっとハッピーじゃないかということが少しずつ浸透していくし、また、していかなければならない。それが回り回って、困窮者支援というときにも一番大きな課題であり、目的になるかと思います。

山田:今日はどうもありがとうございました。

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