横山文野さんは3年前、肺がんと診断され、抗がん剤治療を受けてきました。しかし、病状の進行は止まらず、体力的にも治療に耐えられなくなった去年5月、医師からイレッサを提案されました。
「ここで飲まなければ、遅かれ早かれがんで死ぬでしょうが、薬を飲んだら肺炎で1か月以内に死んでしまうかもしれないとも思いました。でも、もう、それしかなかったからですから。あと、副作用対策はちゃんとやりますということを言われたので、信頼するしかないなと思いました。」(横山さん)
イレッサを飲み始めて2週間、効果が表れ始めました。肺に点在していた白い小さな腫瘍の影が消え、全身を襲っていた激痛もなくなりました。
退院後も、イレッサの服用は続いています。仕事を再開した横山さんにとって、一番大切なのは今の生活を維持することであり、その為にはイレッサが欠かせません。
副作用死の波紋をうけ、既にイレッサを服用している患者からは承認を取り消さないでほしいという切実な声が上がり始めています。
「私は、肺がんのステージ4なので、完治の可能性はほとんどないと今の医学では言われています。現状維持というのが目標ですから、あまり積極的に攻撃して攻めの治療をやるよりも、ある程度良い状態が保てるのなら、そちらを長く続けていきたい。
制限したり、承認取消にしたりというのではなく、継続して使える様にしてもらいたい。そして、使えるドクターをある程度絞ったり、講習研修を義務づけたり、何かそういう形で安全に使い続けられるようにして欲しいと思っています。」(横山さん)
2005年7月28日 横山文野さんはご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。横山さんが私たちに問いかけて下さったことを大切にしながら、これからもがん医療の向上を考えていきたいと思います。
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従来の抗がん剤は、がん細胞だけでなく、正常細胞にも作用するため、重い副作用が起こってしまいます。一方、新たに登場したイレッサはがん細胞だけに作用する“分子標的薬”と呼ばれ、効果が大きく副作用が少ないと言われていました。さらに、経口薬の為、自宅で服用できる点が、患者にとって大きなメリットでした。
しかし、市販直後の2002年10月から副作用死が相次ぎ、発売後半年で173人が亡くなりました。去年11月には、遺族が製薬会社・厚生労働省を相手に訴訟を起こしました。遺族は「副作用については、何も知らされてなかった」と訴えています。
さらに、去年12月、日本を除くヨーロッパを中心に世界28か国で行われた臨床試験では、延命効果がないという衝撃的な臨床試験結果が発表されました。EUでは承認申請取り下げ、アメリカは市場回収を示唆するなか、日本でもイレッサ検討委員会を立ち上げ、検討が始まりました。
京都大学薬剤疫学の研究室では、イレッサに関する臨床試験のデータや資料を詳細に分析しました。その結果、福島教授は、薬の説明書、添付文書に問題があると考えました。イレッサ発売直後の医療機関に向けた添付文書には、「重大な副作用」の欄の一番最後に間質性肺炎が載っていますが、死に至る危険性についての記述はなく、発症頻度も不明となっています。
「添付文書に重要な副作用が全然あがっていないんです。医者や患者さん、看護師、薬剤師にとっても、最も拠り所となる情報というのは、添付文書です。なのに、報告されている副作用を添付文書にあげず、医療関係者に伝わらなくなってしまったというのは、重大な問題です。」(京都大学・福島雅典教授)
その後、添付文書は8回改定されました。最新版では、文書の冒頭で、間質性肺炎が死に至る副作用であることが警告されています。厚生労働省も、死に至るほど重篤な間質性肺炎が頻発するとは、予想できなかったと言います。
「治験の段階だけで、100%副作用を捉えるのは不可能ですので、市販をして、経験を積みながら、副作用の種類や頻度などが積み重なっていく。そういうふうにやっている限りは、常に新たな事が起こったときに遭遇される方がいるわけです。」(厚生労働省 安全対策課長 平山佳伸さん)
承認から1年半後、市民グループ・薬害オンブズパースン会議によって、死亡した患者家族36例への、アンケート調査がまとめられました。アンケートによれば「肝臓がんの患者にまでイレッサが投与されていた」というような医療現場の実態が明らかにされました。
その医療現場の立場として、国立がんセンター東病院長は次のように振り返っています。
「一般の開業の先生や、がんの専門でない人達も含めて、イレッサで治せるというふうに思って、適応でない患者さん、例えば、肺臓炎を既に持っている患者さんなどにもたくさん使われてしまった。そういうこともあり、予想もしない様な有害事象が、かなり高率に出たのではないかと思います。」(国立がんセンター東病院・吉田茂昭院長)
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