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番組ダイジェスト

「一緒にがんばろう!」
─がんと向き合うために─

2016年4月9日(土)放送

医療情報の壁の打開へ

東京都に住む皆川明子(みなかわあきこ)さん。
10年前、乳がんと診断されました。
がんはリンパ節に転移しており、
5年後の生存率は30%と告げられました。
生まれた時から耳が聞こえない
皆川さんは、壁に突き当たります。 医師や看護師とのコミュニケーションです。

日ごろの診察では、筆談でやりとりします。
聞きたいことは、あらかじめメモに書いて伝えます。 しかし、筆談は時間がかかります。気兼ねしてしまい、聞きたいことすべては聞けません。
「分からない」ことが残り、不安が募っていきます。

(皆川さん)
相談しようとしても相談出来る相手がいない。
親や家族に言っても、がんの意味がわからない。 ずっとそういう状態だと、
気持ちが落ち込んでしまいます。

医療情報が得られないろう者のために出来ることはないか?

皆川さんは、ろう者同士支え合おうとグループを作りました。
仲間とともに動き始めた皆川さんの活動を追います。

活動

現在は、がんの治療を終え、経過観察中の皆川さん。
3年前から講演を行っています。
ろう者が置かれている状況を広く伝えるための活動です。

(皆川さん)
皆さん初めまして。
私は皆川明子です。
聴覚障害者です。
私は3回入院しました。
病棟では医師や看護師とは通訳がいないので、筆談や身ぶりでコミュニケーションしましたが、大変でした。
医師の話を分かった上で治療を受けられているのか?
聞こえる人と比べると不安なことが多いのです。

暮らし

皆川さんは、夫と娘の3人暮らし。
家族全員がろう者です。
子供の頃から頑張り屋だった皆川さん。福祉を学ぶため、大学も卒業しました。
夫の義信(よしのぶ)さんとは、ろう者の集まりで出会い、恋愛結婚。
乳がん治療の後遺症で、重いものを持てなくなった皆川さん。
義信さんは、体調を気遣い、積極的に家事を引き受けています。

(皆川さん)
食事や栄養管理の指導を受けるようにと(医師に)言われたの。

(夫・義信さん)
毎日、食べた物を一つ一つ書かないといけないよね。
君にとっては初めてだね
忘れないように ぼくも協力するよ。

発症 隠す

皆川さんが体の異常を感じたのは10年前。娘が中学1年生の時。
子育てに加え、病気の親の看護で忙しく過ごしている、さなかでした。
入浴中、左の胸のしこりに気づきましたが、誰にも言えませんでした。
医師に相談したのは、半年以上経ってから。がんの疑いがあるとして、直ちに検査を受けるよう、専門医を紹介されました。
「自分は死ぬのか」と、不安に捉われます。
しかし、家族が心配するのではと気づかい、言いだすことが出来ませんでした。

3つの選択肢 新しい時代を知る

結果は、市から派遣された手話通訳とともにききました。
「乳がん。リンパ節に転移が見られる。」

医師は、治療法として、3つの選択肢を示しました。
まず抗がん剤でがんを小さくするのか、それとも手術を先にするのか、様々な方法がありました。
その中から決めてほしいというのです。
一日でも長く生きるための、難しい選択です。
通訳を介しての会話にもどかしさを感じました。
疑問や不安をかかえたまま、家に帰りました。
本やインターネットに手掛かりを求めました。
そこには、新しい薬や治療法など情報があふれていました。
がん医療は大きく変わっていたのです。
とりわけ驚いたのは、がん患者自身による情報交換のサイトでした。

(皆川さん)
初めは、医師に任せればいいと思っていました。
でも今は、がん患者本人が決める時代になっているんですね。
びっくりしました。

治療を受けても100%成功するわけではありません。
ダメな場合もあるでしょう。

でも、自分で考え、納得して治療法を選べば、効果があってもなくても、後悔しないと思います。
気をとりなおした皆川さん。
インターネットの体験談などを
参考に医師と話し合い、治療法を選びました。

毎日ノートを書き、自分が受けた治療や、それによって起こる体調の変化を医師に伝えていきます。

医師は、この情報をもとに、薬の種類や量を見直しました。
家族にも、がんについて率直に話し、手助けしてもらうようになります。
治療は3年半で終わりました。

浮腫

しかしある日、再び、「分からない」という気持ちを味わいます。
乳房を切った側の腕がはれ上がってしまった時のことです。
病院に駆け込んだ皆川さん。緊急のため、通訳は頼めませんでした。対応したのは、看護師でした。

病状を伝えると、一枚のプリントを示されます。
そこには、皆川さんの症状はがんの後遺症の浮腫であり、分からないことがあれば質問するように、と、書かれていました。
「治療はどこで受けられるのか?」など、分からないことがたくさんありましたが、言いだすことが出来ませんでした。

(皆川さん)
看護師も筆談を負担に感じている雰囲気でした。
さらに筆談を続けると、機嫌をそこなうのではないか。
それで、遠慮してしまったんです。

ろう者の状況

皆川さんが治療中、頼りにしていた人がいます。
手話通訳の八木由利子さんです。
通訳として30年以上、ろう者の医療現場に立ち会ってきました。
ろう者ががんになった時、病状がわからないままがまんして、手遅れになってしまう例を、数多く見てきました。

(八木さん)
医療機関の方たちは、聞こえない人に慣れていない。だから、聞こえないということがどういうことなのか、分かっていない。
医療そのものは、どんどん進歩はしていると思いますけども、それに、聞こえない人がついて行けない。
いろいろな方法があるにもかかわらず、任せっぱなし。
自分がどういう状況なのかを知らないまんまに置かれているというのは、本当に、もう旧態依然というか、10年、20年前と同じ。
あんまり変わっていないと思いますね。

活動開始 リレーフォーライフとの出会い

「がん医療の進歩から、ろう者が取り残されている現実を変えたい」
皆川さんは強く思うようになっていきました。
そんな時、がんに関するあるイベントと出会いました。
リレーフォーライフ。がんを経験した人やその家族が集い、24時間リレーして歩くイベントです。
それまで、がんのことを周囲に隠していた皆川さん。
がんとともに前向きに生きる人々の姿に驚きました。
「リレーフォーライフに参加しよう!」
2年前、ろうの仲間に呼びかけ、チームを作りました。

その名は、「がんば聾(ろう)」。
がんになったろう者によるろう者のためのグループです。

(皆川さん)
これまで黙って苦しんでいた人たちから、「同じ仲間がいると知り、ほっとした。」という声が寄せられました。
やはり聞こえない人どうし集まる必要があると思いました。
自信もつきます。家に帰った後の行動にもいかせますよね。

医師への質問はメモにまとめる、体調の変化はノートに記録する、など、「ろう者ががんと闘うためのノウハウ」を、自分の経験として伝え始めました。 去年10月には、「がんば聾」の仲間ととともに、ろう者のための講演会に出演。
口コミだけで全国から170人が詰めかけました。

(皆川さん)
私は乳がんです。
左の乳房を全摘しました。

当時、娘は中学に入ったばかりでした。
「娘のためにも死ぬわけにはいかない。」という気持ちがわいてきました。
皆さん、がん告知を受けても、慌てないでください。
落ち込むかもしれませんが、落ち着いて考えてください。
1人で悩みを解決することは出来ません。

経験者に相談すれば、情報やアドバイスが得られます。
自分はがんで死ぬのか、転移するのかという悩みについて、相談出来る人が必要です。

仲間たちとこれから

この日、「がんば聾」の仲間たちが集まりました。

再発の不安、治療の苦労など、経験者でなければわからない思い。
存分に語り合うことが、がんと向き合う力になります。

(安田さん)
私の場合は、モニターを見ながら手術したそうです。

(田中さん)
本当はあるらしいけれど、切っていません。

(中島さん)
内視鏡の検査を受けたら、がんがあるとわかりました。
4つあったんです。
今後の活動についても話しました。講演に加え、相談出来るしくみを作るつもりです。

(田中さん)
まずPRをして、ろうのがん経験者に呼びかけ、チームを作り、2年くらいかけて相談出来る場所を作りましょう。

(皆川さん)
親睦を深めて皆で頑張りましょう。転移するんじゃないかなど、一人で悩まないで、皆で話し合いましょう。

ろう者ががんになった時、多くの人が突き当たる「医療情報の壁」。
その壁を、仲間とともに乗り越えよう!
皆川さんたちの願いです。

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