本文へジャンプ

番組ダイジェスト

明日を信じて歌う ―4Disabilities―

2014年9月21日(日)放送

♪補聴器をつけているからといって
必ずしもすべて完全に
聞こえるわけじゃない


「4Disabilities(よん ディサビリティーズ)」のオリジナル曲です。

バンド名は「4人の障害者」という意味。
身体に障害のある3人が、
ボーカルやギター、ベースなどを担当しています。

手話を使うサインダンスで歌詞と音楽を表現しているのは、
難聴の西田敬康(にしだ・たかやす)さん。

障害と向き合い、前向きに生きるにはどうすればよいのか、
そんな問いかけを歌に込めています。

(西田さん)
この歌をきっかけに、スタートできるような、
そんな感じになれたらな、っていう思いでやりました。

胸に秘めた思いを伝えようとする、彼らの活動を追いました。

京都にある電気機器メーカー。
「4Disabilities」のメンバーは、この会社で働いています。

障害者雇用の場として設立され、
障害のある人およそ140人が働いています。

バンドでサインダンスをしている西田さんは、
生産設備のメンテナンスや開発をしています。
ベースの和田直也(わだ・なおや)さんは、
生産計画をたてる部署のリーダー。
ギターの田中幹人(たなか・みきと)さんと
ボーカルの本村智之(もとむら・ともゆき)さんは、
生産ラインのリーダーです。

練習は週に1度、休日に行っています。
西田さんは、重度の感音性難聴です。
補聴器をつけても音がひずむなど、
うまく聞き取れないことがあります。

(西田さん)
天気にもよるんですけど、低気圧だとかの変動で、
あと僕の体調でいつもはタイミング分かっているのに、
「あれ?わからへん」っていうことがたびたびあります。

練習では、音楽とダンスを合わせるために入念に打ち合わせをします。

(西田さん)
間奏の後に歌うあたり…あのへんが分からないですね。

(本村さん)

間奏の最後に、いっぺんターンして振り向く動きの中で、
こっちを見られるシーンを作ってくれたら、俺が指で合図する。

(歌い出しを確認する)

(本村さん)
OK?

(西田さん)
OK!

この後、西田さんはメンバーの正面に座りました。
ボーカルの口の動きをよく見て、歌詞を確認します。

(西田さん)
歌い始めのタイミングの確認とか、口の動き。
どんな感じのリズムで、テンポで歌ってはるのかな、
とかっていうのを確認しながら、見ていました。

しかし、それでも歌詞がわからず困ることがあります。
西田さんは、そんな聞こえないもどかしさを歌にしました。

♪年に一度の健康診断で
医者に聞かれた 卵を吸いますか?
意味が分からず 俺は考えた
頭に出たのは ロッキーだけだった…

WOW 医者の問いかけに
俺は悩んだ

WOW いろいろ悩んだけれども 実は
WOW タバコと卵の聞き間違いだった

3歳の時に感音性難聴と診断された西田さん。
地域の保育園に通いながら、ろう学校で発音を学びます。
そして、小学校は普通学校に進みました。

しかし、中学、高校と進むに連れ、
友だちとコミュニケーションをとることが難しくなっていきます。
次第に人と接するのが怖くなり、クラスメートと話さなくなりました。

(西田さん)
聞き取れないので…会話していても
「もう一回 言ってくれない?」
って言ったら、
「もう ええわ」
その言葉が自分にとってはショックだった。
「何でそんな簡単に言えるんだろう?」
そこから人とコミュニケーションするのがもう…

そんな西田さんを励ましてくれたのが、
補聴器のメンテナンスをしていた坂井純二(さかい・じゅんじ)さんでした。

(西田さん)
「障害は個性なんだよ。」
と言っていただけて、
「あ、そうか。個性なんだな。」
「しかも、自分にしか体験できないだろ。」
確かに、自分にしか分からへんし、補聴器を取ったら全く聞こえない。
そういうのって、普通の人にはできない。

障害を個性として生かせばいいと、アドバイスを受けた西田さん。
前向きに生きてゆこうと思うようになりました。
そして、設計の技術を身につけようと、職業訓練校に進みます。

ポップダンスのチームにも入りました。
ある日、西田さんはメンバーに誘われ、サインダンスを見に行きます。
そして、これこそ自分の目指すべきダンスだと感じました。

(西田さん)
感動したというか、目で見て楽しめるな。
すごく、ぐっと感じちゃって。
自分にしかできないんじゃないかなって。
今まで培ってきたダンスの体もあるし、なおかつ手話も使えるし。
僕のいいところをもっと出して、いろんな人に伝えられたらな。

職業訓練校で得た設計の知識を生かして、現在の会社に就職した西田さん。
3年前には、会社内で手話教室を立ち上げました。
この教室をきっかけに、西田さんは和田さんと親しくなります。
そして、障害者の気持ちを伝える曲を作ろうと意気投合しました。

このとき和田さんは、西田さんにあることを頼みます。
これまでの体験を教えてほしい。
それをもとに歌詞をつくりたい。
と持ちかけたのです。

やがて和田さんのもとに、西田さんから長いメールが届きました。
そこには、孤独に悩んだ高校時代のこと、
そして、生きる意欲を取り戻したときのことが書かれていました。

23歳の時に、交通事故で下半身が動かなくなった和田さん。
障害を受け入れるまでに時間のかかった和田さんは、
西田さんのメールに共感します。

そして生まれたのが
「明日(あした)のために」という歌。
「4Disabilities」、最初のオリジナル曲です。

(和田さん)
障害の種別は違いますけれど、
それぞれの気持ちの持ち方で周りも変わりますし、自分も変わりますし、
障害とか障害じゃないとか関係なく、
悩みに対して、そこであきらめずに頑張っていけば
乗り越えられるんだという思いを伝えたかったんで、
あの曲ができたってことですね。

9月上旬。
京都市で行われた「手話まつり」に招かれた「4Disabilities」。
ステージの締めくくりに「明日のために」を選びました。

♪音のない世界で
過ごすのがあたりまえ
補聴器がなくては
音を感じられなかった
それでも人の話を
何度も聞き返したり
聞くことが怖くなり
愛想笑いでごまかす

人と関わる事が嫌にもなった
いつの日だろう ふと気付いた
自分は何もしてないことに

苦手な本を読み 言葉を覚えた
身ぶり手ぶりを多く使い
相手をよく見て目で聞く努力をした
ささいな事だけど
今を変えるために 探した
自分にも出来ることを

人は皆それぞれ悩みを抱えながら
闘いながら日々生きている
障害を特別に思うことない
普通の悩みと同じ
自分の気持ちの持ち方ひとつで
違った形の明日が
きっと来る

(観客)
手話がとても魅力的でした。

(もう一人 観客)
歌詞を見て共感するところがあって、感動しました。

(西田さん)
目で聴ける音楽っていうのが伝わったのかなっていう。
ポジティブに気持ちを切り替えて、
この歌をきっかけにスタートできるような、
そんな感じなれたらなっていう思いでやりました。

♪前を向いて進めば
違った明日が きっと来る

明日を信じて歌う ―4Disabilities― の放送詳細を見る

放送一覧に戻る

※NHKサイトを離れます