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番組ダイジェスト

波乗りのプロとして ―ボディーボーダー 横手奈都紀選手― (前編)

2014年5月25日(日)放送

波の斜面を滑走するボディーボード。
ハワイ生まれの華麗なマリンスポーツです。

この競技でプロとして活躍する難聴の選手がいます。
横手 奈都紀(よこて・なつき)さんです。
持ち味はダイナミックなライディング。
2012年、5位に入ったこともあるトッププロの1人です。

(横手さん)
ボディーボードと出会って強くなった。心が。
心が折れるか、乗り越えるか。
夢とか希望とかを持ってのぞまないと、乗り越える事が出来ないと思う。

ボディーボードと出会って12年。
プロとして大きな夢に挑戦し続けています。
2週に渡り横手さんの人生を見つめます。

横手選手の紹介

宮崎市 木崎浜(きさきはま)。
1年を通して良い波が立つ。
このビーチには、サーファーやボディーボーダーが全国から集まります。

ここで毎日練習をするのが、横手奈都紀さん。
ボディーボードのプロ選手です。

横手さんは、生まれた時から混合性難聴です。
たったひとりの聞こえないプロとして、ツアーを転戦しています。
聞こえる友達との会話では、相手の口元を見ながら口話を使います。

(横手さん)
すごい(髪)軽くなったね。

(友人)
うん、軽くなった。

(横手さん)
私は逆に重くなった。

(友人)
すごい伸びたね。

(横手さん)
結構伸びた。

ボディーボードの試合では、様々な技の美しさを競います。
波の斜面で横に回転する技が「スピン」です。

波から飛び出し、空中で回転するのが「エルロロ」です。

こうした技の完成度を磨くため、
横手さんは毎日のトレーニングを欠かさないのです。

(横手さん)
波に乗れた、乗れる瞬間が一番楽しい。
「あ~」波と一緒になれた。
いろんな技があるんですけど。
少しずつ出来たときはもう本当に嬉しい。
もっともっと上手くなりたいという欲が出てくる。

ボディーボードとの出会いは、横手さんの人生を大きく変えました。

ボディーボードと出会って

横手さんは千葉県松戸市で、3人兄弟の長女として育ちました。
家族の中で聞こえないのは横手さんだけでした。

小さい頃からスポーツが大好き。
テニスやドッジボールなどの球技が得意でした。

小学校4年まで ろう学校に通っていましたが、
両親の勧めで5年生から地元の学校に転校します。
初めて聴者だけの世界に入った横手さん。
最初はコミュニケーションに苦労します。
しかし、徐々に得意のスポーツを通して友達を増やしていきました。

(横手さん)
「耳が聞こえないからゆっくり話してね」って
(友達が)みんなに言ってくれたので、
それである程度は理解してくれたので、
楽しかった思い出はありますね。

高校ではバスケットボール部に入部。
ところが、練習が難しくなるにつれ、ついてゆくことが出来なくなりました。
監督の指示や、チームメイトとの早いやりとりが聞き取れなかったのです。

(横手さん)
一生懸命(監督の話を)聞くんだけど、半分分からない。
分からないまま、やれって言われて出来なかったときにすごく怒られていた時が何回もあった。
その時は辛かったです。
どんどんみんなから、周りからの距離が遠くなって自分から壁を作ってしまってた。
だからそれで心がどんどん閉じて行った。

生きがいだったスポーツでの挫折。
疎外感に悩まされ、不登校になった時期もありました。

その後は、聴覚障害者が学ぶ短大に進学し、就職します。
そんな横手さんの人生が大きく変わったのは24歳の時でした。

友達と宮崎を旅行中、偶然通りかかった海でボディーボードを楽しむ人たちを見たのです。
横手さんは、波の上を優雅に滑るその姿に心を奪われました。

(横手さん)
目の前でスピンを、技をやった。
その時にひとめぼれして、もう表現が出来ないです。
もう言葉にする事ができない。
ビビビって来た感じなので。
私はいつの日か宮崎で波乗りをやるって、インスピレーションで思った。
不安はいっぱいありましたけど、かきたてられる様な感じでした。
誰でも人生に一度は大きな決断あると思うけど、
引っ越ししないと一生後悔するような感じでした。

プロへの道

26歳の時、会社を辞め、誰も知り合いがいない宮崎に引っ越した横手さん。
当初は、毎日ひとりで海に通い、
見よう見まねで練習をしていました。

やがて海の仲間が少しずつ増えていきました。
知り合ったのは、聞こえる友達ばかりでした。

(横手さん)
千葉にいた時はろうの友達が多かった。
いつも手話ばっかり使ってた。
口話もあまり使っていなかった。
宮崎に引っ越してからは健聴者の友達ばっかり。
発音がものすごく落ちていたので、これはいかんと思って、
一生懸命発音を上手く使えるように(練習)してました。

ボディーボードの魅力に取りつかれた横手さん。
最初の大きな目標はプロテストに合格する事でした。

この頃、横手さんはプロの川越さんに指導を受けていました。
川越典子さんは、2005年のチャンピオンです。

(川越さん)
ビデオをとって上がってきてもらって、
ここがこうだよっていうふうに伝えて、
また入ってもらう練習したり、
勘がいいので、教えた事は一生懸命、
すぐ集中して取り組む姿勢はすごい昔からありました。

ボディーボードを始めて2年、横手さんはプロテストに挑戦しました。
しかし不合格。
その後も2度3度。
何度挑戦しても、プロテストで勝つことが出来ません。

実は、聞こえない事が大きなハンディーになっていたのです。
プロテストは試合形式で行われ、5人のジャッジが技の美しさを点数で評価します。
4人の選手が同時に海に入り、
得点で2位までに入れば合格となります。

試合中、選手には得点や順位がスピーカーで伝えられます。

(実況)
3位はブルー。1点です。
逆転に必要なポイントは1.76点。

順位や得点を参考にしながら、
選手はどんな波を選ぶか、どんな技を決めるか考えます。
しかし、横手さんには聞こえません。
自分にも分かるよう、運営方法を変える事は出来ないか、
川越さんに相談しました。

(川越さん)
私、その時は、デフの大会に出ているんだったらそれも良いかもしれないし、
厳しいようだけど、奈都紀は健常者の試合に出てプロになりたいんでしょっていう風に、
あえて厳しく言いました。
泣きながらそうだねって言って。

(横手さん)
強い気持ちを持っていかないと、心が折れると思う。
ポイントが聞こえない時は、不利になるとは思うんですけど。
それだったら、有無を言わせない技を決めれば良いだけの話と思って。

横手さんは海での練習だけでなく、
筋力トレーニングにも取り組むようになりました。
ターンやスピンに必要な筋力を強化するためです。
さらに、どうすれば高得点を出せるのか。
観察力を養うため、じっくり波を見る時間を増やしました。

ボディーボードを始めて4年。
横手さん30歳で臨んだプロテスト。

コンディションが悪い中、
狙いを定めた波を見事捉えます。
そして大きなエルロロを成功させました。
7度目の挑戦での合格でした。

(横手さん)
友達が「ワーっ」て来て、
その時、受かった事が分かった。
すごく嬉しかった。
やっとスタートに立ったなと思った。

横手さんは、聞こえない壁を努力で乗り越えました。
そして念願のプロボディーボーダーとして、新たな人生をスタートしたのです。

(横手さん)
大変な時でも、自分の芯がぶれなければ、
ちゃんと(信念を)しっかりもっていれば、
その道は必ず、どんな形であれ切り開くことが出来ると思った。
私がそうする事で、自分もああいう風になりたいという憧れ、
私もその憧れを持って今があるので、
憧れとか夢とかそういうものを持ってほしい。
そうすれば道は切り開けると思う。
どんな道でも。

目指すはプロ初優勝。

次回は、
プロボディーボーダー横手奈都紀さんが、
今シーズンの初戦に挑みます。

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