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自殺と向き合う ―生き心地のよい社会のために―

パーソナル・メッセージ「あなたのいのちのこと わたしのいのちのこと」

パーソナル・メッセージ「あなたのいのちのこと わたしのいのちのこと」

死にたい」と思うほど追い詰められてしまったとき、相談できる人はいますか?

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星子さん(20代 女性)からのメッセージ

ペットの文鳥です。
家族は障害のある私に愛想が尽きて
私は人を殺してやりたい程に
死にたいと思った事なんて腐る程ありますよ。でもそんな中でも、雛から育てた文鳥が分け隔て無く、私の傍に来てくれる事が、「この子こそ、差別をしない子」だと心から慕っています。家族は正直言って必要無いと思っています。文鳥とメンタルの先生達さえいてくれたら、それで満足ですね。

KITさん(30代 男性)からのメッセージ

学生の頃、いじめを受けました。友達だと思っていた人に相手にされず。コンパスの針で背中を刺されたり。母が作ってくれた弁当が空だったり。そんな事が2,3か月続きました。でも数人の友達は僕の事を助けてくれました。集合住宅の最上階に住んでいたので、親の目を盗み何度もベランダに逃げました。飛び落ちる事が出来たらどんなに楽だろう。いじめてくる奴らに一生の後悔を与えてやろう。そんな思いでいました。でも、落ちる事は出来なかった。死ぬ勇気すら僕にはありませんでした。
その後、社会人になり就職した会社で、上司からパワハラを受け、体は疲れているのに1,2時間しか寝れない生活が1年続きました。休みの日には、一人になり何も手に付かない日が幾日も続きました。
思い出せば、学生の時も社会人の時も僕の心を助けてくれたのは、友達であり、理解してくれる同僚でした。話せる人が居たから今の僕がある。色んな経験をした人が周りに居て自分の今置かれてる状況を教えてくれる。
結局その会社には長くは勤める事は出来ず退社しました。
未だに、いじめた奴ら。パワハラの上司。体が勝手にその人から逃げていくんです。違う人でも背格好が似ていれば反応してしまいます。
トラウマとしてきえません。
自分の見る人の目、顔色。気になって仕方ありません。
ある日、仕事で広島県へ仕事の為出張した時の事です。時間があったので、原爆ドームを見学に行きました。過去にあった忌わしい出来事。
当時の新聞。資料。色々読みました。
そんな時。「自分はどんなに小さい人間だろう」「被爆した方達に比べりゃまだまだ苦労が足りない」と、凄く前向きな気持ち。そんな考えになる事がでました。胸に痞えていた何かがスーッと楽になりました。それ以来、自殺願望は消えました。
そして、何より家族が出来、子供が居て。
将来、僕と同じテツを踏ませない様にするにはどうしたらいいだろう。と、考えています。
生きると言う事は凄く難しい事だと思います。
色んな修羅場が待っている訳ですから。
でも辛い事だけがある訳じゃありません。些細な事でも幸せが生きている限り待ってますから。
辛くなったら、空を見て下さい。
空は繋がっているんです。自分の大切は人も、
自分の事を必要としているもその空の下に居るんですから。自分を待っていてくれるんですよ。

りささん(40代 女性)からのメッセージ

夜中に目を覚まして死にたい。この2階の窓から飛び降りたい。そんな事の繰り返し。

社会人5年目過ぎた頃から、自殺の衝動にかられるようになった。自分が自分を保障できない感じ。

ビルや、ホームには、近付くと飛び込んでしまいそうで怖かったから、あまり街に近づけなかったし、お酒を飲んだりして、もし理性が利かなくなったらと、怖かった。
そんな事ばかり考えて吐きそうになって精神科に行って先生や医療に失望して。
又少し良くなってみたり。

症状が辛くなると、こうして訴えるサイトを探して吐き出しに来る。
私の人生の裏のサイクルだ。

死にたいって思うことは私はそんなに追い詰められてるの?
そんなの日常茶飯事なんですけどと思いました。

相談できる人なんていない。人は裏切るし、私の事なんて馬鹿にしてる。弱い者の見方をする人間なんて誰もいない。

話したとしてもどこかで、見下して軽蔑する。しまいに面倒がられて。。。私も嫌だもん。逆の立場だったら。

気を遣われるのも面倒臭いし。

こんな人生に意味なんてあるのかな?
生きることに意味なんてあるのか 多分私はないんだと思ってる。

一生懸命友達になろうとしたけど誰も私と友達になってくれなかった。

いつも一方通行。
じゃなきゃ嫌いな奴と一緒にいるしかない。
自分が軽蔑してる様な。おもしろくもないやつ。
好きな友達と一緒に遊ぶ為には奴隷になるしかない。相手の思うようにしないと遊んでもらえないから。でも私はそんな事許せないタイプで。だから友達がいない。

淋しいです。
生涯1人でも安心して何でも話ができて、信頼できる人が私の事を親友と認め愛してくれるなら、その人の為に生きていたいと思うかもしれません。
でも、まだ出会えずにいる。最近そうだと思ってきた旧友に裏切られた。

最近になってその人自己中な性格だったんだって、やっと気付いた。

どうしても会いたいとか言ってくれる事に愛されてると思ってたんだけど、ただわがままなだけなんだなと気が付いた。それが前までは、愛情だと勘違いしてたっけ。

いろいろな事に気付き始めてどんどん人がいなくなりました。

石ころさん(40代 男性)からのメッセージ

「死にたい」と思うほど追い詰められてしまうとき相談出来る人が居るならば、私は追い詰められる事はないと思います…
友達は幾人かいますが、そこまで追い詰められている時は無駄に心配させるだけなのでなおさらそんな気持ちは話せません。
私は血の繋がった親から「生きていられるのは迷惑」と言われているような障害を持った人間です。私に生きる価値はありません。
まだおめおめと生きているのは、死ぬ勇気がないだけなのです。
本当に申し訳なく思っています。

タカハルさん(20代 女性)からのメッセージ

私は、中学高校の同級生が19歳の時に自殺しています。
学生時代は彼女といつも一緒にいました。私が他の友達といると嫉妬するからです。
彼女はリストカットや薬物の多量摂取を繰り返しました。
最後には首をつって死んでしまったそうです。
結局6年近く彼女の付添のようなことをしていたのですが、私自身に精神的、時間的な限界がきてしまい、彼女との付き合いを、彼女に理解してもらった上で、まずは1年間という条件付きで、絶つことになりました。

しかし彼女はそれに耐えられなかったようです。

彼女のお母さんは、私が彼女を心配してお家を尋ねると、「この子は死にませんよ!」
と、呆れたように、半分笑うように言いました。
そして彼女の御通夜やお葬式に私を呼びませんでした。

私のお葬式には来てね。私が死んだらこの鍵を使ってあのカバンを開けてね。
という彼女との約束も果たせず、私の家には彼女の遺品が沢山残されています。

今も彼女の事は、何なのかハッキリとは分かりませんが、私の心の深い部分で消えずに常に残っています。
思い出して泣くこともあります。
自殺した彼女の事を責める気はありません。
彼女の選択であり、決断であり、判断だからです。

ただ、自殺を考える人には、想像以上に自分が生きている事、ただそれだけの事で、他人に物凄い影響を与えていること。
自分が死ぬことによってショックを受ける人が必ずいることを分かってほしい。
また、相談する相手も自分と同じ人間で、弱さや悩みを持っていることを受け入れて欲しい。
相手も完全ではなく、それぞれ都合や問題を抱えていて、自分につきっきりになれないということを受け入れて欲しい。
そうになると、相談を受ける人も、する人も、上手く助け合っていけるんじゃないかと思います。

マー吉さん(20代 男性)からのメッセージ

もし、あなたが自殺したいと思った時に周りに相談したことはありますか?
誰もいないと思ってますか?
地域にいないなら全国、全国でだめなら世界に目を向けてください。
必ず力になってくれる人がいます。

式日さん(10代以下 女性)からのメッセージ

ただただ、側に居てくれる。
それだけでいいんです。
何も欲しいものはなくて、側に居てくれるだけでいいんです。
優しい言葉なんて要らない。
泣いている私の側に居てくれるだけでいいんです。

ただひとつ、我儘を言わせてくれるのならば。
どんなにボロボロの心でも身体でも、全てを受け入れてくれた上で、側に居て欲しい。

神奈川Nさん(60代 女性)からのメッセージ

死んでしまったら、おそらく周りの人は「それほど悩んでいるのだったら、一言相談してくれたら良かったのに」というでしょう。
しかし、生きているときそんなこと言っても誰も真剣に聞いてはくれません。又、話だけはいつでも聞くよ、と言いながら、実際は迷惑そうです。みんな楽しい話をしたいのです。そう言う意味で、誰も信じていません。
精神科に掛かって、軽い安定剤を処方されています。軽い薬で落ち着く程度だから、病状も軽いと医師は判断していると思います。
辛いことを訴えても、「それはそれとして、今の病状をよくしましょう」と言って安定剤を処方して終わりです。
そうじゃなくて、今私の置かれている立場が良くならないと病気も良くならないのです、と言うことを解ってもらえません。精神科の病院は薬屋だと、私には思えます。
そのように、何を悩んでいるのか、精神科の医師でさえ話を聞こうとはしてくれません。
誰も信じられません。上辺だけは話を聞くふりをしていますが、実際は迷惑なのだと思います。

fineさん(30代 女性)からのメッセージ

「死にたい」気持ちは、正直・生きてく間には一度は誰でも経験はあると思います。それは、社会的・家庭的・精神的に色々とあると思います。私は、小さい頃より体が弱く持病を持っており、一応年齢的には社会人にはなってはいるけど、働く事が困難な日々を送っております。その為、ご近所さん、親戚などにはいつも冷たい目線で見られ、世の中の恥さらしの様に見られいつも社会から弾き出された感じがしておりました。つい最近も、病院に入院し先日、退院してきたばかりです。
しかし、一番理解してくれていたのは、身内である「家族であり」支えてくれた「親・兄妹」でありました。何気ない言葉でしたが、
私にとっては、涙が出るくらい嬉しい励みにもなり、ポジティブに考えられる良い言葉を頂けました。例え、周りの人が冷たい眼差し貴女を見つめていても、貴女を汚していようとしても、親は親で兄妹は兄妹。愛する人は愛しています。貴女の事を心の底から常日頃きっと心のどころかで思っている事に間違いは無いと実感できます。

たんたんさん(40代 女性)からのメッセージ

私は今たいへん苦しいと思っています。
自殺未遂もしました。
でも、なんとか生きています。
今42年生きてきました。
ずっと母と一緒に、母に甘えて生きてきました。
子供の頃から対人関係がうまくいかず、転職を繰り返し、今はひきこもりです。
なのに、母が入院して、お金がなくなり、一人ぼっちになりました。
将来のことが不安で不安で毎日つらいです。
これからどうやって生きていけばいいのか全然わかりません。相談できる人もいません。
世間から見ればとても甘えていて、自業自得だと思います。
でも「死ぬな」というなら、話を聞いてほしいです。それも1度ではなく継続的に。
1度で立ち直れるという人もいるかもしれませんが、一時はよくなっても、またすぐに落ち込んでしまいます。
だから、ある程度大丈夫になるまで、気にかけてほしいです。

石川 大我さんからのメッセージ

 僕は自分がゲイだと気づいたときから、ずっと「自分のような人間はこの世に一人ぼっち」だと思い、青春の多くを過ごした。

 それから十数年、ネットを通じて「自分と何も変らない」ゲイの存在に出逢った。
初めて会ったゲイの友人は、まるで大昔からの親友のようだった。「中学生のとき、好きな先輩を追いかけて出来もしないバスケ部に入った話」「好きなコへの戸惑いを余所に、どんどん『友人』として仲良くなってしまった思い出」…。共通する話題を持つ仲間に僕は癒された。

 失恋・恋愛・友情…。それからはジェットコースターのようなときが流れた。

 決して人前で涙を見せなかった僕は、仲間に出会い、色々な経験をし、いつのまにか、涙もろい人間になっていた。いざという時、大声を上げて泣き顔を見せられる、そんな人たちの顔を思い浮かべると僕はたまらなく、いとおしい気分になる。

 人に弱い部分を見せるのは、ちょっとだけ勇気がいる。でも、もっと涙を流そう。料理で味を引き立たせるのは塩の役割だ。涙で塩味が効いた人生はきっと味のしまったいいものになるはずだから。

石川 大我(いしかわ たいが)

1974年東京都生まれ。ゲイの当事者がつながるためのイベント「ピアフレンズ」代 表。02年『ボクの彼氏はどこにいる?』(講談社)で実名カミングアウト。同性愛に関する正確な情報を提供するため、全国の大学や高校などで講演活動を行っている。共著に『同性愛って何?』(緑風出版)がある。


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