自殺について語ろう

今 一生(こん いっしょう)さん

1965年生まれ。フリーライター&エディター。広告ディレクションやテレビ番組企画なども手掛ける。97年、親からの虐待を告白する手紙集『日本一醜い親への手紙』3部作(メディアワークス)をCreate Media名義で企画・編集。著書に『親より稼ぐネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(扶桑社新書)、『生きちゃってるし、死なないし ~リストカット&オーバードーズ依存症』(晶文社)、『「死ぬ自由」という名の救い ~ネット心中と精神科医』(河出書房新社)、『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)など多数。
(2008年度掲載)

今 一生さんからのメッセージ

「生きろ」なんて、僕は言えない。


僕は30歳の頃から10年以上、自殺志願者や自殺未遂を辞められない人たちと向き合ってきた。
 昼でも夜でも相談電話を受け、最長8時間も一人の話を聞いたこともある。
親との関係に悩んで飛び降り自殺を未遂した青年に呼ばれて、家族の様子をうかがいに遠方の彼の家まで足を運んだこともある。

母・妻という役割に疲れてネット心中に向かうという主婦からメールをもらった時は、ランチを一緒に食べながら話を聞き、保証人不要の賃貸物件に住まわせて「人生の休み時間」をたっぷり取らせた。
 一度死んだ人生だ。自分らしく楽しんでいい。

 働くのにほとほと疲れ果て、薬を大量に飲んで倒れた女性の家にケースワーカーを呼んだ時は、生活保護を取らせた後で、彼女の夢だった作家デビューを支援するために彼女の経験を書籍として商業出版することを手伝った。
「私には何もない」と絶望する彼女に、「苦しんだ経験は財産に変えられるネタなんだ」と知ってほしかった。

全身を刃物で傷つけていたひきこもり青年が、「もう切るところがない。このままでは内側に向いていたエネルギーが外へ向けられそうで怖い」と電話してきた時は、空手道場への入門を勧めた。
精神科医のいう「うつ病」が格闘技をやれば短期間で治ることは、300人以上も自殺未遂者を取材してきた僕にはわかりきっていたことだからだ。

日本の精神科医の多くは初診の人をいきなり「患者」に仕立て上げ、基礎体力や人間関係、生活習慣の改善に十分な関心を払わないまま、「オマエ一人だけがんばれ!」と言わんばかりに大量に薬を買わせ、薬で支配した患者たちを続々と薬物依存やネット心中などへ導いている。
そのほうが楽に儲けられるからだ。

 マスコミも同罪だ。お約束のように「がんばって生きて」と連呼する。
そうした自己責任の押し付けが「死にたい」当事者たちをげんなりさせ、「みんなが自分の苦しみを他人事にしている」「誰も助けてはくれない」という孤独を再確認させ、ますます死にたくさせてしまっていることに気づかない。

厚生労働省だって同罪だ。彼らは、ニートに人並みのスキルを身につけさせれば雇用されると妄信している。無責任極まりない。
医者もマスコミも行政も「自殺したい当事者」の側に立っていないし、そもそも関心が薄いのだから真正面から向き合おうとしないのだ。
 ふざけんな、バカヤロー!

「死にたい」と言う人に、僕は「生きろ」なんて簡単には言えない。
「生きろ」と言う以上は、その人を死にたくなるほど苦しめ続けてきた問題を一緒に解決していく覚悟と体力、そして資本力が問われるからだ。
僕はそれを身をもって知った。
自殺志願者と共に問題解決に取り組んだ結果、働く時間を奪われ、自己破産まで経験したからだ。

 だからといって、当事者の抱えるつらさに向き合うことまで失敗だとは思わない。
失敗は、死にたい人の問題を解決しようとする個人にどこからも金が運ばれないことだ。
僕も40歳を過ぎ、自殺志願者とまっとうに向き合うには体力が衰えてしまった。
 だが、自殺を誘引する社会問題をビジネスの手法で解決しようという「社会起業家」の存在をふつうの人に知ってもらう活動を始めている。
手段としてビジネスを利用すれば、支援は労働となり、生活が保障されるからだ。

 もっとも、自称「社会起業家」の中には、当事者の抱える個々の問題には向き合わず、死にたがる当事者たちからウザがられている支援活動をしていたり、そうした活動を実情も知らずに称賛する人たちもいる。
 結局、彼らは自殺したい人たちと付き合うのがウザいと思っているんだろう。
せめてNHKさんは、本当に自殺したい人自身から喜ばれている支援なのかを検証してほしい。
それだけでも、支援のあり方は洗練されてくると思うから。

 
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