生命操作 -復刻版-

ケーススタディ30例

25 「治療の停止を誰が決めるのか」

植物状態の患者の栄養と水分の補給の停止を、本人の意思を示す明白な証拠を条件に、患者の「死ぬ権利」として認めた判決としては、ナンシー・クルーザンの例がある。

1983年、ミズーリ州に住む25才のナンシー・ベス・クルーザンは、運転していた車の横転事故で病院に運ばれたが、脳に酸素が行かない状態が10分以上続いたために、植物状態に陥った。そしてナンシーは、胃に直接チューブを差し込んで人工的に栄養と水分を補給する処置を受けた。その後、彼女は転院先の州立病院で、意識を取り戻す可能性はないと診断された。両親は、自尊心と独立心の強かった彼女がこのような状態を望むはずがないと考え、栄養と水分の補給を止めるよう病院に求めた。しかし、病院は裁判所の承認がないことを理由に、両親の求めに応じなかった。

両親は、ミズーリ州の第一審裁判所に生命維持装置を取り外す許可を求める訴訟を起し、病院は両親の求めに応じるべきであるとする判決が下された。 これに対して州側が上訴し、その後、この裁判は連邦最高裁判所で争われることになった。そして1990年、連邦最高裁は、意思決定能力のない個人の生命維持措置を取り外す場合には、本人の意思を示す「明白かつ確信を抱くにたる証拠」が必要であると、州側の主張を認める判決を下した。それとともに、最高裁は、栄養と水分の補給を停止することと、人工呼吸器などの他の種類の生命維持装置を取り外すことに、違いはないと判断した。

この判決は、両親にとっては敗訴であったが、確かな証拠があれば、栄養と水分の補給を停止できることを意味していた。そこで両親は、彼女をよく知っていた3人を新たな証人として立てた。そして、「生命維持装置をつけて植物のように生きることは絶対にしたくない、とナンシーが話していたのを覚えている」という証言が再審で認められて、生命の終焉をもたらす許可が下された。こうして、事故から7年後の1990年12月、ナンシー・クルーザンの生命維持装置の管が外され、彼女はその12日後に息を引き取った。

この判決では、植物状態の患者の延命を中止する方法として、栄養と水分の補給の停止が認められた。しかし栄養と水分の補給の停止は、一般的に、患者を飢餓、脱水状態に導くことから、植物状態の患者が苦痛を感じるかどうかについては、専門家の間でも意見が分かれている。またこの場合、ナンシーはどのような方法で死を迎えるかについて、はっきり意思表示していたわけではない。

その後、同様の事例として、2005年に亡くなったテリー・シャイボのケースがある。植物状態となったのは1990年、本人の意思表示がなかったことから、テリーの夫とテリーの両親との意見が分かれて裁判で争われた。夫は「彼女はこんな風に生かされていたいとは思っていないはず」と考え栄養管の取り外しを希望、両親は最後まで望みを捨てず栄養管を外さないと考えた。尊厳死をめぐる裁判がスタートしたのは1998年、その後、宗教、行政、メデイアを巻き込んだ大論争に発展した。最終的に、裁判所が管をはずす決定を下し、テリーは餓死により亡くなった。

ページトップへ