生命操作 -復刻版-

今、生命観を問うオリジナル版1999

20世紀後半の生命科学の進歩とともに、生殖技術、移植医療、遺伝子治療などの新しい技術が医療の現場に次々に導入されています。こうした生命操作を、個別の問題としてだけではなく、誕生から死にいたるまでの一連のプロセスのなかで考えてみると、いのちとは何か、生きているとはどういうことか、私たちが今までごく当然のように思っていたことが、簡単には説明できなくなっていることに気がつきます。

私たちは、生命操作について、どこまで知らされているでしょうか?
研究、技術開発の進歩に、私たちの感覚は追いついているでしょうか?

専門家の理解と、私たち市民の理解とのあいだには、数十年の時間差とギャップが生じています。これを専門家の問題であると、無関心でいられる時代はすぎました。生命操作は生命そのものの概念を大きく変えてしまう、パンドラの箱かもしれません。そして、その箱をあけるのは、医療の進歩をのぞんできた、他ならぬ、私たち自身でもあるのです。なぜその技術がほしいのか、その結果なにを得てなにを失うのか、その選択は社会にどのような影響をもたらすのか。技術を受け入れるかどうかも含めて、私たちは選択を迫られています。

このページは、私たちの生命観そのものを問い直し、生命操作に対する新たな規範を見いだすことをめざしています。まず、今、世界で起きている生命操作のケーススタディーをお読みください。

監修者から

基本的には1999年に提示した問題をそのままに、その後15年経過して、状況がかわってきている問題や新たに注目を集めている事例などを加えました。

この15年のうちに、日本人科学者によってIPS細胞(人工多能性細胞)が発見されたり、これまでとは異なる新型出生前検査が導入されたりするなど、新たな医療技術がいくつも登場してきています。そして、いのちの操作にもあたるこうした医療技術に対し、社会の受け止めも変化してきています。たとえば、1999年に施行された臓器移植法。この法律では本人の臓器提供の意思が明確でないとドナーにはなれず、また15歳未満の子どもは臓器提供できませんでした。しかし2010年に改正され、本人の意思が明確でなくても家族の意向で臓器が提供できるようになり、子どもの提供も可能になりました。

こうした変化の中で、あらたにでてきている倫理的な問題を提示することには意義があると思いますし、この「“いのち”をめぐる語り場」が、こうした生命倫理の問題とどう向き合うか、多くの方が考えるきっかけになればと思います。

仙波由加里
早稲田大学人間科学研究科で木村利人氏のもとバイオエシックスを学ぶ。博士・人間科学(生命倫理専攻) 現在、米国を拠点に研究活動をすすめている。

ケーススタディ30例
ケーススタディ30例