本文へ

虹色 - LGBT特設サイト

記事

エイズをテーマにした展覧会「ラヴズ・ボディ」を巡る2つの覚書 その1

2010年11月26日

12月5日まで、恵比寿の東京都写真美術館でエイズをテーマにした作品を集めた展覧会「ラヴズ・ボディ——生と性を巡る表現(英題/Love's body: art in the age of AIDS)」が開催中です。今回はこの展覧会をきっかけにHIVについて考えたいと思い、ふたりの方に原稿をお願いしました。2週連続でお送りする特別コンテンツ。まずご紹介するのは、HIV陽性者の支援をする仕事に長年携わっている「ぷれいす東京」生島 嗣さんからの寄稿です。

※「HIV」……人の免疫の力を低下させて 様々な病気への抵抗力を弱めるウィルス。
「エイズ」……HIVに感染し免疫の力が下がることで感染していなければ防げる病気を発症した状態。

東京都写真美術館「ラヴズ・ボディ――生と性を巡る表現」

-「ラヴズ・ボディ—生と性を巡る表現」展覧会の出品作より-
ウィリアム・ヤン 独白劇〈悲しみ〉より《アラン》1989 -90 年、東京都写真美術館蔵
「1988年10月、ダーリングハースト、セントヴィンセンツ病院」
(写真の下に書かれた文章)アランには3年くらい会っていなかった。彼がメルボルンに移ってから連絡が途絶えたからだ。その彼がシドニーに戻っていると聞いた。しかも病気だと。僕は、セントヴィンセント病院の17病棟、つまりエイズ病棟にいて別の人を見舞っていたのだが、ある病室のドア越しにアランを見かけた。すぐに彼だとわかったものの、その姿は変わり果てていた。
まるで老人に見えたので、僕はその場で泣き出したくなった。

過去の記憶、現在の状況

文=生島 嗣(いくしま ゆずる/NPO法人ぷれいす東京 専任相談員) 

恵比寿にある東京都写真美術館にて、エイズをテーマした、「ラヴズ・ボディ——生と性を巡る表現」という展覧会が12月5日まで開催されている。一緒に仕事をすることも多い、ハスラー・アキラこと張由紀夫氏も作品を提供している。8人のゲイのアーティストの作品が展示され、その半分はエイズで亡くなっているというのもリアルだ。

このなかで、僕には強烈なインパクトを与えた作品があった。ウィリアム・ヤンという中国系オーストラリア人の写真の連作だ。僕はこの作品をみて、僕自身が過去の記憶が引きずりだされるのを止められなかった。

この作品は、1989〜1990年のもので、HIVの治療技術が確立していない時代のものだ。同性の元パートナー「アラン」がHIVに感染し、体調を崩して、死にゆくまでの生き様をカメラで記録している。19枚にわたる彼の連作には、体調不良で変わり果てた元パートナーの様子、その際に感じた作者の心の揺れ、スナップ写真とその下部に手書きテキストで綴られている。

撮影開始から2年のあいだ、不治の病(当時の)と闘う元パートナーの様子に向きあいつつ、その様子を写真で撮影するという恊働作業。一進一退を繰り返しつつも、確実に死に向かっていく元パートナーのその生きざまを、痛みを感じつつも愛しいまなざしの写真とテキストで包み込んでいる。最初から、結末がどうなるのかは、お互いに了解済みであったはずだ。実際、その作業は、本人の意識が遠のいた後も、予定どおり続いたことが作品としての写真でわかる。

-「ラヴズ・ボディ—生と性を巡る表現」展覧会の出品作より-
デヴィッド・ヴォイナロヴィッチ 《無題(転げ落ちるバッファロー)》 1988-89年
Courtesy of the Estate of David Wojnarowicz and P.P.O.W. Gallery, New York,NY

僕がエイズと関わりだしたのが1991年。まさに同じ時代だ。まだまだ不治の病であった。日本でも同じ頃、マスコミは感染者を探しだし、エイズによる恐怖を、特別な人たちの病気と結びつけることで安心しようとするかのような、興味本位の取り上げ方が続いていた。僕の周囲にもエイズに対する底知れぬ不安が暗雲のように立ち籠めていた。

僕がお会いした、HIVに感染した人、その周囲の人たちは、多くの場合、口を固く閉ざして、HIVとは無関係なようなフリをして暮らしていた。愛する人や家族に迷惑をかけないために、そしてほんのちょっとだけ自分を守るために。このあり様は、今でも大きくは変わっていない。悲しいけれど。

NPOでは、HIV陽性の人たちが、なかなか出会ういことが難しい仲間同士での交流をはじめていた。その頃のお花見会場での記念写真には、HIVを持っている人たちと私たちスタッフ10人前後が今でも微笑みかけている。そこには、HIVで亡くなってしまった人たちが大勢写っている。その多くは、20代〜30代。それほど、厳しい時代であった。

その後、ぷれいす東京の立ち上げに1994年に参加した以降、僕の主な役割は、病院に入院中のHIV陽性の人の相談を受けたり、ボランティア派遣の調整をすることだった。エイズ治療を実践する病院の看護師や医師からの紹介で、急な入院をしたHIV陽性者で、かつ周囲の人の誰にも洗濯や買い物などのちょっとしたことを頼める人がいない人の入院先を訪問する活動をしていた。

その訪問した先にいたHIV陽性者の多くは、これまでの人間関係をバッサリと断ち切っていた。そして、そのままで旅立つのを見送ってきた。いつのまにか消えた、その命のことを、今も気づかずにいる、その周囲の知人が大勢いるはずだ。もちろん、体調が回復して退院し、今も当時のことを一緒に話せる人もいる。でも、発症して入院していた人たちが、生き残っている割合はとても少ない。彼らはまさにサバイバーなのだ。

何度かの訪問の後、そのまま、見送ることも多くあった。僕らNGOのスタッフは、かくされた秘密の人間関係だったため、親族やパートナーから声をかけられないかぎりは、病院の霊安室や病室でお別れをして、葬儀などには参加せずに、その関係に区切りをつけていた。月に何人も見送るという時期もあった。

-「ラヴズ・ボディ—生と性を巡る表現」展覧会の出品作より-
スニル・グプタ《ビクラム、「マルホトラのパーティ」より》2007 年
「マルホトラのパーティ」は、インドの都市、デリーにおける、ジェンダーとセクシュアリティという現代的問題を扱った肖像写真シリーズ。スニル・グプタは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、そしてトランスジェンダーのコミュニティでの経験を、1980年代から年代を追って写真に記録してきた。

1996年。病気の有り様が大きくかわった。この年は特別な意味をもつ。新しい治療法、多剤併用療法が発見されたのだ。複数の強い薬を組み合わせて服薬することで、変異しやすいウイルス(HIV)を抑えこむことができることが発見されたのだ。この1996年に間に合った人、間に合わなかった人で命の長さが違っていた。間に合った人たちは、生き延びたことを、喜ばしく思う一方で、罪悪感に近い複雑な感情を抱えていたりもした。「彼らは死んでいったのに、自分は生かされている」というような複雑な感情だ。

当時、抗HIV薬は高額で、飲むためには、健康保険をつかっても月6〜7万円くらいの自己負担が必要だった。なかには途中で経済的にも行き詰まったりもして、自己破産するHIV陽性者にも多く出会った。

そんななか、1996年に血友病の人たちが国を相手に闘っていた「薬害エイズ裁判」が和解した。国との和解の交渉の成果で、1998年からはセックスで感染した人たちも身体障害者認定の対象に入り、医療費を安くすることが可能になった。所得がない場合には無料ですが、所得のある人だと月1〜2万くらいの負担で高額な薬が手に入る、これは大きな出来事だった。課題はない訳ではないが、この出来事を通して、安心して、検査を受け治療が受けられる体制が構築された。

しかし、世界レベルでみると、こうした科学の進歩が患者に届くのは、裕福な国に限定されている。今でも、500万人以上が服薬できないでいる。これらの国では、今でも死に近い病のままだ。日本の提案で世界基金が設立され、貧しい人たちも治療にアクセスできる国際協力が動きだした。しかし、世界的な不況の影響もあり、最近はこの動きに翳りがさしだしている。また、特許という利権が足かせになっている現状もある。

世界的なゲイ/バイセクシュアルへのHIV/エイズが与えたインパクトを考えると、先進国はもちろん、途上国のゲイにも大きな影響を与えた病気だ。最近はアフリカにもゲイがたくさんいることが国際社会にも報告されてきている。HIVに感染しない方がいいにきまっている、しかし、HIVは見えにくいものを、浮かびあがらせる一面もあるのも事実だ。

作品のなかにいるアランもそうだが、亡くなった人たちから、今、生きている僕らへのメッセージは何だろうか。あの時代とのハッキリした違いは、知ることで「できることがある」につきる。抗HIV薬を服薬することで、HIVが血液中からみつからないレベルに抑える技術が確立されているのだ。

今、勇気をもって一歩を踏み出し検査を受けてみること。また、自分のなかに閉じ込めている恐怖だったり、不安と向き合うこと。そして必要に応じて、周囲の誰かや相談サービスなどを利用して話してみることで、何かを変えることができるかもしれない。

なす術も無かった時代を生きていた彼らから、時を超えて僕らに語りかけるメッセージをぜひ受け取ってほしい。もちろん、人によって感じ方は様々でしょう。しかし、目を背けていれば、今でもあの時代と同じことが起きている。この展示をみることで、そのことに改めて気づかされた。 

(了)

このカテゴリのその他の記事を見る: HIV/エイズ

記事一覧へもどる