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ふたりの恋するカタチ Vol.3 –中村崇士さん−

2009年10月22日

「ハートをつなごう」ゲイ/レズビアン第2弾に出演された中村さんの「あれから」。 中村さんがパートナーシップについて思うこと、また現在の自分の心境について、海外から文章を寄せてもらいました。

島の図書館でいつかまたお役に立てるのではないかと、読書は今でも続けています。Cafè de L'òperaにて。

(文・写真=中村崇士)

『ハートをつなごう』「ゲイ/レズビアン第2弾」に出演させていただいたとき、僕は島根県に浮かぶ島で暮らしていました。番組の中でもお話した通り、島全域に渡る図書館の仕事をしていて、どうしたら図書館の活用を通じて、自発的な生涯学習を手助けできるかということに興味がありました。僕のテレビ出演は大きな反響を呼んだのだろうと思います。小さな島ですから、あれよあれよと話は広がります。近所に住んでいた大好きだったおばさんがそのことを知った時どう反応するだろうというような不安もありましたが、思いのほか静かに受け止められていった感があります。若い世代の人たちからは好意的な反応もたくさんありました。しかし、そうして自分の身の安全を喜ぶより深い問題として、「この番組はなかったことにする」という態度が感じられる人がいたのは悲しかったです。いずれにせよ、住みづらくなっていったことは否めません。

僕は今でも島での生活への憧れがあるので、仕事を失って島を去る必要があったのは寂しいことでしたが、これを機にいろいろ考え直しました。心の平穏を取り戻すためにふるさと島根で生活しようと決めたものの、結局島を出ることになり、そのうえ日本では、国として同性結婚を認めていないんだよなぁ、というようなことを仕事帰りの真っ暗闇の一人部屋で考えました。

日本で同性結婚を実現するための交渉や闘いは長く続くだろうということも予想されます。僕は、テレビで何らかの考えを述べた以上責任があるのだろうとも思うけれど、それ以上に「自由でありたい、結婚したい」という気持ちが、そのときの僕は強かったのです。ですから、テレビで話したようにイギリスに来てパートナーと一緒に暮らしたいと考えました。

3月に仕事を離れ、5月にはイギリスへ渡りました。そして、もう一度パートナーとの関係を深めようと考えました。しかし、世間は国際的な大不況。イギリスでも次々と解雇が繰り返されています。僕のパートナーであったフレデリックさんも解雇され、何もかもを失ってしまいました。彼の大好きだった車やアパートなどは泡と消え、新たに二つの病気を抱えることにもなりました。僕は彼が大好きなので、彼の困難を支えてやろうという気概でもいましたが、日本人の僕がイギリスで職業を得るというのは更に困難を強いるものでもありました。また、イギリスにいる間の僕の生活保障(経済的な保障)を彼が証明できない限り、二人の関係を裏付けるあらゆるヴィザも受けられないこともわかりました。引き裂かれるような思いでしたが、結局フレデリックさんとは別れました。

バルセロナ大学は町のど真ん中にあるのに静かなので、よくここへ来ます。


僕はスペインにいます。それは、障害者や老人の社会福祉を助ける仕事をスペインのバルセロナで見つけたからです。毎日、不自由な人たちの介助の仕事をする傍ら、僕にとっては新しい言葉であるスペイン語とカタルーニャ語というのを勉強しています。また僕は新しいボーイフレンドを見つけました。そのボーイフレンドはゲイの弁護士さんです。スペインでは同性間でも完全な結婚が認められていて、子どもを持ち育てる権利も同等に与えられているということを、彼から教えてもらいました。

僕自身、子どもを持つことにこれまで情熱があったというわけではないけど、子どもをもつということで、違う愛の形を発見できるのではないかという気もし始めています。お父さんが二人いて、その娘や息子がいる。二人がおじいちゃんになると、子どもたちに孫ができる。…そういう生活もまた、可能なのではないか。少なくともそういう権利のある国で、新しい可能性を考えても良いのではないかと思っています。

幸運なことに、僕はイギリスで多くのゲイの結婚式やお葬式に参加するチャンスがありましたが、彼らの老後は引き続き二人の関係を中心に成り立っているという感があります。結婚は、伝統的にいうと、愛する者同士の忠誠心を誓い合うものでもあるのですから、一般的には二人の静かな愛情関係によって成立しています。ゲイのカップルは、時々友人とお話したり、親戚と暮らす事情があったりしても、次世代の子どもたちのことをあまり議論しようとしないのが特徴で、僕は個人的に、そこに良い点と悪い点の両方を見ています。

また、結婚には、「愛の表現」「生活の手段」など、いろいろな動機があるということを、僕がイギリスで結婚式に参加した、3組のゲイのカップルから教わった気がします。式に参加させてもらった友達は、いずれも、愛の表現としても生活の手段としても十分条件を整えているからパートナーシップを結びました。しかし、そのうちの一つのカップルは、もちろん深く愛し合ってもいるのだけど、シビル・パートナーシップに踏み切った一番の決め手は、「遺産相続とか車の保険とかの面倒を省くためだったり、今後展開するプロジェクトのためなんだ」と言っていました。

(編集部注:イギリスでは2005年12月シビル・パートナーシップ法が施行され、同性カップルが結婚という形ではないが、シビルパートナーとして法律的にその関係が認められるようになりました。またこれにより社会保障や年金給付、居住権、賃借権、遺産相続などで異性愛者の既婚カップルとほぼ同等の権利が与えられるようになっています。)

新しいボーイフレンドの、ホセ・マリア・オーティス・ゴメスさんと僕。

僕は日本で生まれ育ってきたので、「同性間で結婚ができるのならどんなことだってする」と考えていましたが、最近、こうしたいろいろな在り方を目にするようになって、前ほどには「結婚するんだ」というこだわりがなくなったような気がします。今まで自分がプレッシャーを感じてきたものは、もしかすると、伝統的な結婚観や子育てというものにひどくこだわってきた結果なのではないかと考え直したからです。


僕がボーイフレンドといて最も嬉しいのは、同じセクシュアリティーを持っているために比較的自由に話せるからですが、何もかもが自由というわけではありません。この「何もかも自由になる」ことは、生涯の伴侶であっても難しいことなのらしいのです。一人の伴侶について理解を深めるのか、大勢のボーイフレンドの中に自分の居所を見出すのかは、議論の余地もないほど前者が良いと考えてきました。しかし、前ほど是が非でも結婚に絶対的な価値を置けなくなっているのも事実です。

僕の好きな村上春樹の『偶然の旅人』という小説のなかにこんな言葉があります。「かたちのあるものと、かたちのないものと、どちらかを選ばなくちゃならないとしたら、かたちのないものを選べ。」…この言葉の通り、今の僕は混迷しています。少なくとも今の僕には、結婚はかたちがあるもののように感じられます。結局のところ、要するに、何が正しいという話ではなく、僕の愛の形は、僕の生きかたそのものなのだということです。

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