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カナダでの日々のこと。Taking root, ビデオによせて。

2009年01月26日

作品の映像より

みなさんはデジタルストーリーテリング(DST)をご存知ですか?「個人的な物語」を映像とセルフナレーションからなるショートビデオを使ってつくり、語ることを言います。結果として、そうしたコミュニケーションがステレオタイプを超えた相互理解や公正の実現にも役立つとして、欧米ではNPOなどがワークショップを行うケースも増えています。
またDSTはマイノリティー理解につながる手法としても高い評価をされています。そこで今回ご紹介するのが、カナダ・トロントで学生生活を送るオリエイサヨさんがつくった「Taking Root(根付く)」という作品です。アジア人であり、女性であり、同性愛者である自分が異国の地でどのように生きているかをテーマにしたものです。
「誰にでも語るストーリーはある」。あなたも自分の物語をDSTで形にして、それを誰かとシェアしてみてはいかがでしょうか?

*動画「Taking root」を見る動画コーナーへ

1.ストーリーテリングの背景。私自身のこと。

こんにちは・はじめまして。
オリエイサヨと申します、カナダの大学院で公共福祉と社会環境の勉強しています。26歳のレズビアンです。

いきなりですが、カナダはマルチカルチュラリズム、文化多元主義を国の方針として掲げています。移民国家として一国内で色々な人種、文化を持つ国民にどう対応していくか、一応の答えが文化多元主義です。たくさんの文化が共存していくことということで手を打とうじゃないかと。
ともかく、そんなこんなでそれなりに多様性に馴染みのあるこの国には、異性愛以外の性指向が認められやすい土壌はあったのでしょう。2005年、カナダでは同性婚が合法となりました。以後、時にまたそれを白紙に戻そうという動きもありますが、実感としてはやっと一つの権利として浸透してきたようです。
とはいえ、この国にも深刻な人種差別や、貧困や、ホモフォビア(注)はあるわけで、抱え込んだ問題もたくさんある。まあ、その辺りの掘り下げはし出すと長くなるので、そこは今回はさておき、日本人として、セクシュアルマイノリティーとしてのカナダ生活を私なりに書いてみます。

(注)ホモフォビアとは……「~フォビア」とは「~嫌悪、~恐怖症」を表す用語。すなわち「ホモフォビア/Homophobia」とは、同性愛または同性愛者に対する差別的・嫌悪的な考え方のこと。


私がカナダに来たのは文化人類学を北米で学びたかったから。そして留学当時、カナダドルは米ドルより安かった。でも海外に出たいと思ったそもそもの理由は、同性愛者である自分に悩んじゃって、色々オープンらしい(適当)北米に行けばなにか変わるような気がしていたからです・・・フッ、若かった。
今、私はあえて自分のセクシュアリティーを隠すことは基本的にはしてないし、おおむね受け入れられています。でもいつもそうだったわけではないです。10代の頃はほんとにすごく悩んだし、自分の中の葛藤のせいで人を傷つけてしまったこともある。恋人ができてからも、閉塞感はいつもあった。少なくとも私の場合、カナダに来たことで突如悩みから解放されるということはなかったです。2年くらいは同じようなものだった。
結果、どこに行こうが自分を置いていくことはできず、場所を変えても自分が変われなきゃなあ、と痛感。でも大学での勉強は楽しかったし(きつかったけど)セク(編集部注:セク=セクシュアリティーの略)以外に考えることがたくさんあって、そういうところから自分は変わってきたなと思う。そのお膳立てをカナダはしてくれたのではないでしょうか、場所じゃないと言いつつも。

私は日本では人に対する選り好みがすごく激しくて、そのわりに自分から歩み寄ることはしなかった。自分は周りと違うってことに傷つきながらも、それが拠り所でもあって、わりに鼻持ちならないやつだったと思う。それを一応取り繕う程度の社交性はあったけど、内面かなりひねくれていた。あー、当時の自分に正座させて小一時間ほど説教したい。けれどもこっちにきてからはわりと人に対峙せざるをえなくなったのです。

というのは・・・人種だけでもこれだけ色々な人がいて、セク以外にだって違いを持っている人なんていっぱいいるじゃん、みんなそれぞれ大変だし、なんか自分小さくない? 人を選り好みしている余裕もないし、しかも選り好みするにも種々雑多すぎて対象を絞れない・・・。必要に迫られているし(寂しかった)、なんかもうとりあえずはこっちが受け入れてみて、それで上手く行けばいいじゃん、上手くいかなくなったらその時は縁がなかったってことで、よろしく。

・・・そう思うようになったから。 他者ってこんなに当たり前にいるんだな、しかもこんなにたくさん、と実感したのです。


多様性の中に生きることは、常に自分を定義しつづけることでもあり、それはそれでけっこうしんどいものです。似て非なるものが山のようにあって、人に差し出されるものが必ずしも自分には当てはまらなくて、でも自分を選び取っていかなきゃいけなくて。怠け者気質が災いしてか、私はときどき疲れてしまう。でもこれってカナダだろうが日本だろうがやっていかなきゃいけない作業だったはず。それを私は日本ではしてこなかったんでしょう。法律の後ろ盾があることや、日常生活の中にわりとストレート以外の人がいるというのが大きな後押しだったのは確かですが、正直どこまでがカナダだからできることなのか、自分次第でどこででもできることなのか、私にははっきりわからないです。ごめんねー日本じゃそうは行かないよ、そんなことできるのカナダだからだよ、と言われたらそうかもしれない。日本に帰ったら私もきっとそう思うことはたくさんあると思う。でも。場所が変わっても人は人です。ある程度の生活が保証されたところでの暮らしなら、一番大きなフロンティアはいつも自分の中にある。そう私は思います。

というのが一緒にアップされたビデオの背景です。


2.デジタルストーリーテリングによって得られたもの

 

さて、この動画ですが、これはデジタルストーリーテリング(DST)という手法で作られています。
DSTは3分から5分くらいのナレーションに写真や動画を組み合わせた、その人の「物語」です。北米で最近注目されているコミュニティーアートの一つで、移民や難民、高齢者、セクシュアルマイノリティー、シングルマザーなどの、普段なかなか声を上げづらい場所にいる人たちの物語を聞かせてもらう手法として取り上げられることが多いです。まだ数はそんなに多くないけどNPOやNGOがワークショップを開いたりもしています。またその物語を紡ぐプロセスを他の人と共有することでコミュニティー育成の場にもなっています。私はこのコミュニティー育成がDSTの持つ大きな利点だと思っています。DSTのワークショップは、大体が少人数のグループで週1回、9週間くらいかけてやるのが一般的です。


あと自分でやってみても思ったのですが、物語ることにはある種の癒し効果があります。自分の中にあった、「語られるのを待っている」何かが昇華されて、次のステップへの足がかりを作ってくれる。思っていたのとは違うストーリーが出てくることもあるのですが、 私こんなこと思ってたのねえ、と改めて自身を振り返ることにもつながったりして今を紡いでいく手助けになります。
このビデオは東、東南アジア系の若者(私、若者)向けのショートフィルムコンテスト用に作ったものです。 ちょうど大学院での研究の一環としてDSTを学んだところだったので、自分でもやってみたわけです。有色人種でセクマイで女で英語も下手で、もうなんかカナダでは何重にもマイノリティーという自分が嫌になりそうだった時があって、そこからどうやってポジティブに動き出そうか考えていた頃でした。セクマイで、エスニックマイノリティー(民族的少数者)で、ま、大変だけどなんとかやってきたしこれからもやっていこうじゃないか、というのがおそらく主題です。 題名のTaking Rootは「根付く」という意味ですね。

また、これを見せたい人たちがいたのも理由のひとつです。
このビデオを作ったときに、私は家族にカムアウトしていませんでした。家族にいつかは伝えたいと思っていたものの、私だって自分を受け入れるのに20年くらいかかってきたものを、一回打ち明けて全部わかってもらうなんて相手に期待しすぎな上に自分にだってそこまでの伝心力はない・・・。そこでDSTを使ってみようと思ったわけです。私がカナダに来た理由、それなりにこっちで生きていっていること、等々、物語の形式をとれば、私が通ってきた軌跡をまるごと伝えられるかもしれないと思いました。
結果、家族にこのビデオを見せることができて、色々納得してもらえました。いや、本当に納得しているかどうかはわからないけど、理解しようとしてくれているのは感じます。家族にとても感謝しているし、物語にもよくやったと言ってやりたい。

私は物語が好きです。個人的な物語が人に訴える力の大きさを信じているし、そういうところから人間関係、社会関係住みやすくなっていくといいと思う。人数の分だけ、「似て非なる」物語があることにわくわくするし、それがまた紡がれて、大きな世界のお話を作っていくんだと思うと興奮します。

自分が自分でしかないことは呪いかもしれないけど、祝福でもあるのかもと最近では思います。とはいえ、私はできれば祝福を色濃く感じて生きたい。物語には、目盛りを少し祝福のほうに傾けられる作用がある気がするのです。
と、いうことでカナダガイドにはまったくなってないけど、そういう国に暮らすこういう人の話でした。読んでくれてありがとう。
(2009年1月16日 トロントにて)


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筆者プロフィール

オリエイサヨ
千葉県出身、カナダ在住の大学院生。環境学部所属。2009年5月に卒業予定(希望含)。

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