育てることに関わること
2010年06月02日
出産、家族、セクシュアリティーについて考える、助産師の藤井ひろみさんによる連載第2回。

イラスト/篠島紗恵子
■子どもを育てるための社会の土壌が狭くなっている
私の職場でもある学校では、入学式の後しばらくは、新鮮かつ緊張した空気がみなぎっていました。一般には、家に子どもがいないと、学校行事は縁遠いものに思われますが、なかなかに楽しいものです。
日本は少子化と言われながら、子どもを育てることが誰にとっても当たり前にできる、という土壌がどんどん狭くなっているような気がします。経済的理由で子どもを持つことを諦めざるを得ない状況があることはよく知られていますし、他にも、出産の集約化(注1)で“自分の町”で子どもを産むことすら難しい状況があります。あるいは、非嫡出子(注2)の出生が少ないことも日本の特徴ではないでしょうか。同様に、子どもを育てるLGBTがほとんど社会的に見える存在になっていないことも、欧米とは大きく違っています。スウェーデンなど子育てがしやすいと言われる国では、同性の結婚も法的に認められており、継子、養子など様々な親子関係や、あるいは生殖補助医療を用いた出産など、LGBTを含め家族に関する多様な可能性があります。
(注1)病院の「産婦人科」を統廃合し、産科医師や産科設備を少数の病院に集中させようという動向のこと。
(注2)婚姻をしていない間柄で生まれた子のこと。婚外子とも言う。
■LGBTにとって<子どもを持つことは>はどれくらいの関心事?
ところで、日本で生活するLGBTにとって、子どもを持ちたい気持ちは、どの程度切実な関心事なのでしょうか? それを示すデータの一つが、2004年に行われた「同性間パートナーシップに関する当事者ニーズ調査」(注3)です。調査の結果では、回答者683人のうち、9.1%に子どもがおられました。過去の異性愛関係で子どもを授かった人が多いと思われます。養子縁組などの制度が利用できればしたいと言う人は17.4%、精子バンクなどの生殖補助医療を利用できるような制度保障が必要だと答えた人は45.9%ありました。
海外に目を向けると、米国の2000年の国勢調査では、同性世帯の6.6~22.0%(州により違いがある)に子どもがいます。米国では1990年代以降に、レズビアン・マザーやゲイ・ファーザーのベビーブームが生じました。特に女性同性世帯、すなわちレズビアンのカップルの間でその傾向が顕著です。こうした傾向はヨーロッパやオーストラリアでも見られます。オーストラリアで、現在レズビアンカップルの子どもの約半数は過去の異性愛関係で生まれた子どもですが、残る半数は生殖補助医療を用いた妊娠・出産であるという調査結果もあります。
(注3)結果がWebサイトで公開されている。「同性間パートナーシップの法的保障に関する当事者ニーズ調査」(調査実施期間 2004年2月28日~5月10日)
http://www.geocities.jp/seisakuken2003/tyosa/title.html
参考文献としては、有田啓子・藤井ひろみ・堀江有里 2006年「交渉・妥協・共存する『ニーズ』−同性間パートナーシップの法的保障に関する当事者ニーズ調査から」女性学年報,27,4-28.など。
■子どもを持とうとする人の多様なありよう
外国の状況を参考にすると、今後は日本でも、生殖補助医療や養子縁組などの仕組みを希望するLGBTが増えていくと思います。と言うのは、既に状況が徐々に変化してきていることを示す例が報道されるようになっているからです。例えば、2010年1月に、性同一性障害で女性から男性に戸籍上の性別を変えた夫が、第三者の精子を使って妻との間に人工授精でもうけた子を法務省が「嫡出子」と認めなかった問題が明らかになり、法相が取り扱いを見直す方針を表明したことが、大きく報道されました(注4)。このように家族を持とうとする人たちの様々な在りようが知られていくことで、必ずしもLGBTは、シングルであったり子どもがいないわけではない、と理解する人が増えていくでしょう。
(注4)2010年、性同一性障害で女性から男性に戸籍上の性別を変えた人が、生殖補助医療を使ってパートナーとの間にもうけた子どもを、法務省が「嫡出子」と認めなかった問題。その後、法相が現行の取り扱いを見直す方針を表明し検討が始まったが見直しまでには至っていない。
(次のページへつづく)

(前のページからのつづき)
私がLGBTと子ども・家族について考え始めたのは20年以上前でした。子どもを持つレズビアンの友人の家族関係を身近に見たことがきっかけでした。当時10歳の娘を、パートナーと共に育てていた友人や、他にパートナーの子ども2人を含む4人家族で暮らす友人もいました。子どもたちは「お母さんが2人」とは言わず、「ママのパートナー」として認識していたことがとても印象的でした。友人の人間関係能力の高さに負うところが大きかったのだと思いますが、子ども自身が大人のセクシュアリティーや生き方を認めて自然に家族として暮らしていることが、素晴らしいなと思いました。こうした友人たちの家庭のように、親のセクシュアリティーを含めた生き方は、人間の豊かさの一部として、親から子どもへと自然に伝わっていくものなんだと感じたのです。LGBTが親である場合は、家族像というものに対してより柔軟で多様な受容の姿勢を持てる可能性も秘めているのだと感じました。
■親になれる適格性?
その後20数年……子どもたちの成長を知るに付け、多様な家庭や親子関係の選択肢があることを身近に感じて育つことは、子どもにとっても、自由に生きられることにつながっているようにみえます。ちなみに、外国での研究で、同性カップルの親のもとに育った子どもたちが、異性カップルの親に育てられた子どもたちと比べ知的に劣ることがないことが明らかとなっています。こうした研究結果が明らかになるまで、同性カップルの子どもはそうでない親の子どもと同じようには発達しない、あるいは、幸福ではない、という仮説が存在していました(これらの研究については注5を参照)。しかし、多くの親子を妊娠期から見守ってきて思うのは、誰にとっても、親になる前から“親になること”の自信や正当性を自覚するなんていうことは、できないのではないかということです。妊娠期間や子育てのなかで、親はゆっくりゆっくりと、子どもを育てるという生き方や、子どもを育てていく自分の成長を、発見していくように思います。それを考えると、かつて多くのLGBTが、親になることの適格性をあらかじめ問われてきたということは、とても残酷なことのように思います。ある集団をあらかじめ親として不適切だと思う人があるとしたら、それには根拠がなく、むしろそのような意見の背景にある社会の偏見を反映するものだと思います。
(注5)H.R. シャファー著 無藤隆・佐藤恵理子訳 2001年 『子どもの養育に心理学がいえること―発達と家族環境』 新曜社・刊
■子どもを育てて生きたい人を支えていく社会に
子育てと言うのは、自分の世代だけでなく、親世代からの育児に関する知恵の伝承を含め、別世代からの支援が特に必要なものです。しかし自分の生き方などを受け入れてくれない人が血縁者や姻戚関係者の中にいると、血縁・婚姻関係のなかに支えを見いだせないことがあります。そういう場合には、おおいに地縁、つまり地域での子育て支援のための資源を活用してほしいと思います。助産所を開業する助産師は、地域に根付いて、こうした役割を昔から果たしてきました。
しかし、LGBTのように、地域コミュニティーのなかでもカミングアウトが難しく、本当の自分を表現できなかったりすると、それらを活用したくてもできないことがあります。では、どこに支えを見出したらいいのでしょうか? 実は解決のための選択肢は、まだ多くは創られていないと思います。そしてこうした問いは、性的な在りようを超えて、子どもを持ちたいけれどなんとなく不安だと言う若い世代の中に、多く見られるように感じます。LGBTの人もそうでない人も、次の世代(子ども)を育てる権利も義務も実感しつつ自分らしい生き方ができ、子どもを育てて生きたい人は誰であってもそれを可能にする支えを享受できる……性自認や性的指向にかかわらず皆が対等に意見を出し合ってそんな社会を創っていく……次の世代が親になる頃には、日本もそんな社会であってほしいと思います。
(了)








