依存症からの回復 どうやって抜けだす?

画像(これって依存症? 専門家による解説(Q&A))

 

監修:松本俊彦(独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部/自殺予防総合対策センター)

 

もくじ




うわべだけ止まっても生きづらい

「生きることがなんだか苦しい」という思いを抱えていませんか?
アディクションからの「回復」とはどういうことを指すのでしょうか?
これにはさまざまな捉え方があり、一つに定義することはできません。ただ、多くの人がイメージするのは、断酒する、パチンコをやめる、過食やリストカットをしなくなる、といった「その行為をやめる」というものでしょう。この点について考えてみたいと思います。

実は、アディクションの当事者や、治療・支援に関わる人たちの間では、「やめることは簡単だが、やめ続けることは難しい」とよく言われます。いったんやめることができても、また元のパターンに戻ってしまう「再発」が非常に多いのです。いったいなぜなのでしょうか?
そこには、先に述べた「報酬」、すなわち一時的に気分を高揚させたり、落ち着かせたり、緊張や不安をやわらげたりすることを必要としている「何か」があるのです。
あなたは、「生きることがなんだか苦しい」という思いを抱えていないでしょうか?

 

▢人からよく思われたい、嫌われるのがとても怖い
▢誰かが怒ったり、議論になったりすると居心地が悪い
▢何か問題が起こると、自分が何とかしなければと思う
▢負けることは許されない、強くなければいけない
▢人に助けを求めることは自分の力のなさを認めることだ
▢自分は正しい、間違っていない、周りの人が許せない
▢自分が本当に思っていることを言うのは危険なことだ
▢人といるととても緊張する、気楽に楽しむことができない
▢自分は何をやってもうまくいかない
▢自分なんかいなくてもいい、必要とされていない

 

これらは、アディクションの問題を抱える人にとても多く見られる特徴です。見方を変えれば、こうした心の痛みを「報酬」で埋めることによってなんとか生きている、つまりアディクションを使って必死に「生き延びている」ともいえるのです。場合によっては、そのことによって「死なずにすんできた」と考えることもできます。
背景には、その人がこれまでの人生において、何らかの困難な問題や苦痛と闘ってきたことがあります。本人自身がそのことに気づいていない場合もあります。こうした部分に目を向けず、表面的にその行為を「取り上げる」ことをしても、本当の解決にはなりません。むしろ、かえって苦しくなります。だから「やめ続けることは難しい」のです。
大切なのは「やめるかやめないか」ではなく、「報酬」を必要としている心の痛みに向き合い、どうすればそれを軽減できるかを考えていくことです。「やめられない」のには理由があり、その人の身に起こっていることには必ず意味があるのです。

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「回復」とはどうなること?

 

100人の当事者がいれば100通りの「回復」があります。

前節で述べたように、アディクションからの回復とは、単に表面上の行為をやめることではありません。それでは、いったいどうなることが「回復」なのでしょうか?
さまざまな考え方がありますが、当事者の間でよく聞かれる言葉は次のようなものです。

▢自分の抱えている「生きづらさ」の正体に気づくこと
▢自分の奥底にある「本当の感情」に気づくこと
▢できない自分、完璧じゃない自分でもいいと思えるようになること
▢自分を許してあげられるようになること
▢何もかも自分が責任を負わなくていいことに気づくこと
▢人に「助けてほしい」と言えるようになること
▢他人に何かを委ねられるようになること
▢本当の気持ちを言える仲間を得ること


どうでしょうか?これらはほんの一例であって、100人の当事者がいれば100通りの「回復」の表現があります。ただ、いずれにしても肝心なことは、アディクションからの回復とは、このように「生き方」そのものに関わってくるものだということです。つまり、さまざまな助けを借りながら、「不健康なとらわれを必要としない生き方」を作っていくことであると言えるでしょう。
これは、思考や行動のパターンを変えたり、ライフスタイルや価値観を見直したり、ストレスに対する新しい対処スキルを身につけたりといったことを意味します。いわば、それまでの生き方を変えるわけですから、「アディクションになる前の状態に戻る」ということではありません。以前の生き方では無理があり、心の痛みや苦痛に耐えられなかったからこそ、アディクションを使って「生き延びる」ことをせざるを得なかったのです。ですから、アディクションを手放そうとするのなら、元に戻ろうとするのではなく、「新しい生き方を手にすること」が必要なのです。

言葉で言うのは簡単ですが、実際にはたやすいことではありません。生き方を変えるのには長い時間がかかりますし、順調にいかないこともしょっちゅう起こります。「ここまで行けばOK」というはっきりしたゴールもなく、一生をかけて向き合っていくプロセスそのものが「回復」の道程であると言えるかもしれません。しかし、「回復」とは誰かと比べて評価するものでもありません。もし、その人が以前より少しでも楽に生きられるようになったと感じ、そのことを喜べるのなら、それはその人にとっての「回復」です。あなたの「回復」は、あなたが決めていいのです。

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「回復」に必要なもの

 

今まで一人で苦しんできたのではありませんか?
「不健康なとらわれを必要としない生き方」を作っていくためには、どうすればよいのでしょうか?
その方法は一つではなく、人によって合うやり方もそれぞれです。しかし、絶対に欠かせないのは、「正直に言える場所があること」と「孤立しないこと」です。

正直に言える場所とは、アディクションに関する「本音」を話せる場所のことです。「またやってしまった」「やめてるけど辛い」「やりたくてたまらない」「やめたくない」「やって何が悪い」「もう死にたい」など、本当の気持ちを打ち明けても責められたり叱られたりせず、そのまま受け止めてもらえる「安全な場所」のことです。
代表的なものとしては、自助グループ(セルフヘルプグループ)が挙げられます。当事者会、ピアサポートグループなどとも呼ばれます。アルコール、薬物、ギャンブル、摂食障害など、同じ問題を抱えた人たち同士が出会い、ミーティングや情報交換を行いながら回復を目指していく集まりです。全国にさまざまなグループがありますので、インターネットなどで検索してみるとよいでしょう。
また、医療機関や行政機関、民間のカウンセリングセンターなどでは、心理相談やさまざまなプログラムを行っています。NPO法人や支援団体で電話相談やミーティングを行っているところもあります。

こうした安全な場所で、思っていることを何度も言葉にしていくことで、自分の抱えてきた「生きづらさ」の輪郭が少しずつ見えてきます。そのためには、誰かに話を聞いてもらったり、共感してもらったり、受け止めてもらったりすることが必要です。
また、同じくらい大切なのが、似たような苦しみを抱えた人の話をたくさん聞くことです。そのことによって、自分の抱えてきた「生きづらさ」をどんな言葉で表現すればいいのか、少しずつ掴めてきます。何よりも、「こんなふうに苦しんできたのは自分だけじゃない」と感じられること、同じ苦しみを抱えてきた人に気持ちを分かってもらえることは、生きるための最大の支えになるといっても過言ではありません。そうした意味でも、自助グループなどを通じて、本音で語り合える「仲間」を得ることはとても大切です。

そして、こうした場所や方法を一つではなく、たくさん持っている人の方が回復しやすいと言われています。アディクションを必要とするのは、生き抜くためにそれしか依存するものがなかったからともいえます。逆説的な言い方ですが、「依存から回復する」ということは、「依存先をたくさん増やしていく」ことなのです。

あなたは今までたった一人で苦しんできたのではないでしょうか?
そして、誰にも分かってもらえず、心を閉ざしてきたのではないでしょうか?

最後にもう一度繰り返しますが、アディクションに苦しむ人に必要なのは「叱責」や「処罰」ではありません。必要なのは「助け」なのです。
あなたを助けてくれるところはたくさんあります。最大の「自分を大切にしないこと」は、辛いときに誰にも助けを求めないことです。辛いときに助けてほしいと言うことは、弱いことでも恥ずかしいことでもありません。

どうか勇気を出して、誰かとつながってください。
そして、あなたが今よりほんの少しでも心穏やかに生きられるようになることを祈っています。

 

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