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発達障害を生き抜くために 発達障害があっても成長できる

ハートネットのカキコミ板に、ある当事者から、次のようなカキコミをいただきました。

必要なことを経験するチャンス不足を感じます。
ちゃんと経験できたら、たくさん成長できると思っています。
コミュニケーションがかみ合わないと、不必要な経験が増えてしまいます。
周囲とのすれちがいの原因はどこにあるのか
コミュニケーション能力?想像力?こだわり?受け止め方の違い?
かみ合っていない状態では、ピントがずれます。
経験のチャンスが、伝わらないストレスに邪魔をされます。
発達障害に気づいた時点で
・周囲とのすれちがいがあるかの確認
・自分のこだわりが、自分自身を生きづらくさせていないかの確認
・特性の表出が、周りからどのように受け止められているかの確認
などが必要かな、と思います。
最初に、集中的に、その後も継続的に、すれちがいを減らすための工夫を考えることが大切かなと、感じます。
(りぅさん・40代)

発達障害がある=発達しない、ということではありません。凸凹の差が大きく、発達の早い部分と遅い部分がある、ということです。「必要なことを経験するチャンス」があれば「たくさん成長できる」というりぅさんの言葉は、「発達障害」の一つの本質を突いています。
実際、アメリカの動物学者で、大学教授でもある自閉症のテンプル・グランディンさんは、その著書の中で、「私は、人が目の動きで気持ちを伝え合うことを、50歳を超えたころに初めて知りました」と述べています。つまり、テンプルさんは「目は口ほどに物を言う」ということが生来的には分かっていなかったのです。しかし、周りの理解があり、自分の得意なことを伸ばすことができれば、いくつになっても成長は可能であること、そして同時に、不得意なことを抱えたままでも社会で活躍することは可能であることを、テンプルさんの人生が証明していると言えるでしょう。

大人の発達障害の理解や支援は、まだまだ始まったばかりです。
それでも本人の工夫や周囲の配慮、医療や福祉の支援によってできることは沢山あり、可能性は開かれています。このサイトがみなさまの「次の一歩」を踏み出すきっかけになることを願っています。

コラム

「普通ではない人間」が就労に至るまで

昭和大学附属烏山病院勤務(元デイケアメンバー)
田中 義彦(仮名)

(寄稿:2014年4月)

私はこれまでの人生で、幾度となく「人と変わっている」と言われてきた。「普通だ」と言われたことは一度もなく、自分の人と変わっている部分というものがどこなのか、はっきりとは分からない。故に常々、私は普通の人々に溶け込めるようになりたい、普通になりたいと思っていた。

これまでの成長過程で、やはり周囲との衝突は多かった。特に中学校時代がピークで、いじめの末に数ヶ月のドロップアウトに至った。その後は、周囲との関係性よりも、むしろ自分で悩みを抱え込んで、精神的に自滅する事が多かった。
何度か、アルバイトや就労の経験を積む事はあったが、その度に体を壊し、数ヶ月でやめる事を繰り返していた。

大学時代から社会人時代において、心理的に追い詰められていき、何軒かの精神科を回ったことがある。しかし、うつと診断される事がほとんどだった。一度、アスペルガー診断を受けた事もあったが、結果は「アスペルガーの疑いあり」で終わっていた。
体を壊し、無職の時期が数年続いていたある時、母親が、烏山病院の発達障害専門外来の情報を得てきた。そこで初めて私は、アスペルガー症候群と診断されたのだった。

診断後、まずは生活習慣の改善の為にと、デイケアを勧められた。その時の私は、様々な手を打ちつくした後であり、デイケアが何の役に立つのかと思いつつ、言われるままに通っていた。
しかしデイケアでは、自分と似たようなタイプの人間と頻繁に接する機会があり、自分が定形発達の人間と比べて、どこが変わっているのかを、客観的に見る事ができた。
また、同じ時間に起き、外出する事は、長かった無職の期間によって乱れた生活リズムを整えるのに非常に役立った。

デイケアに通っている期間中に、3級精神障害者手帳を得た。これはある意味「自分は普通の人間であらねばならない」という幻想に対する離別だったのかもしれない。

その後、障害者枠での雇用を受けて、仕事に就く事ができた。この春で、これまでの仕事では続かなかった、1年という期間が経つ。1年前は、ここまで無事に仕事を続けられるとは思っていなかった。これは、周囲の受け入れ態勢の影響が大きいと思う。
具体的には、事務業務で、受付・電話などの対応をしないでも良いように、席を窓口から離していただいたり、専用の休憩スペースを確保していただいたり、など。何より、独自に発達障害についての勉強会を開いてくださるほどに、発達障害に対して理解のある方々であり、今の職場につけて良かったと、心の底から感謝をしている。

以前と比べ、自分が変化したとは思っていない。あえて言うなら、今は以前ほど「普通」というものにこだわっていない。以前は、発達障害という概念が頭の中に無かったため「普通の人間になろう」と必死になっていた。そのあたりの認識は変わったかもしれない。

さて、2年目は同じ職場で働く事が決まっているが、その先どうなるのかは分からない。ずっとここで働く事になるのか、それとも別の職場に移るのか。あるいはまた、体を壊して休職する事になるかもしれない。少なくとも、順風満帆とはいかないだろう。
未来は見えないが、それを言うなら今までもそうだった。少なくとも今の状態は、今までの人生の中では、トップクラスに良い時期と言える。今はただ、素晴らしい今の職場環境に感謝し、自分のペースで社会に貢献できたらと思う。



居場所と学習の場を

昭和大学附属烏山病院 発達障害医療研究センター
精神保健福祉士 五十嵐 美紀

(寄稿:2014年4月)

私たちのデイケアでは、①お互いの思いや悩みを共有すること、②新しいスキルを習得すること、③自己理解を深めることで、自分に合った処世術を身につけ生活しやすくなることを目的に、心理教育や認知行動療法を行っています。心理教育でよくお話しすることを一つ紹介します。発達障害は、身体障害や内部障害に比べ、目に見えにくい障害です。そのために、障害が「問題行動」として現れやすいため、本人の「やる気」や「努力」の不足が原因と思われてしまいます。障害はご本人の一部に過ぎず、障害により「困らされている」という視点が必要であると私たちは考えています。障害とご本人を切り離すことで、本人の良いところが見えたり、対処法を考えやすくなります。 デイケアでは多くの方の変化を見ることができます。プログラムには一定の効果があるのですが、それ以上に大きい効果と感じることとして、心地よい居場所を獲得することだと感じています。プログラム終了後にランチに行ったり、鉄道やアニメ、ゲームサークルを立ち上げたりと楽しそうな姿を目にします。そこでは活発な交流が持たれ、意見が飛び交っています。

別項コラムの田中さんはデイケアに来た当初は、生活の乱れが激しくデイケア来所が安定せず、来所しても一人でゲームばかりしており他者との交流をあまり持とうとはしませんでした。しかし同じ発達障害を持つ人との関わりの中で、ご自身の理解を深めていくことで変化があったと話されています。その変化は客観的にも顕著で、他者に関心を示さなかった彼が皆で麻雀をしたり、ゲームセンターに行ったりと交流が徐々に増えていき、いつのまにかデイケアの人気者になっていました。現在は就職2年目を迎え、「人気者」から他デイケア参加者の「憧れ」になっています。昭和大学では、昨年度より発達障害を持つ当事者を5名雇用しています。田中さんもその一人です。発達障害をもつ方の採用は初めての試みであったため、当初たくさんの配慮をしていましたが、それが過剰であったことにすぐに気付かされました。田中さんは確かに気の利いたことを言ったり一般的な雑談は苦手です。しかしパソコンを使った作業や情報取集作業では高い集中力で、正確にこなします。これは私にはまねができません。苦手なことも「可愛らしいキャラクター」として周囲に受け入れられています。相手の得手不得手を理解し、心遣いをする。程度の違いはあるのかもしれませんが、発達障害を持たない人も自然に行っていることなのではないでしょうか。

発達障害の認識は広まりつつありますが、支援体制は未整備です。田中さんがそうであったように居場所や学習の場を獲得することを通し、少しでも多くの発達障害によって困らされている方に光が見えるよう、当事者の声を頂きながら今後も尽力したいと考えています。