
|
町永: シリーズ認知症の介護。今回取り上げるテーマは「妄想」です。
荒木: ここまできますと、これはもう家族としても認知症という現実を受け止めなければいけません。たいへんです。 |

|
<体験談> |
ひとり暮らしの母が、「部屋に管理人が入って、ものをとっていく」と言うようになりました。そしてとうとう、「通帳をとられた」と警察に届けてしまいました。警察から娘のわたしに連絡が入り、家のあちこちを探すと、再発行した通帳が何冊も出てきました。
(主婦 千葉県在住) |
|
|
|

|
| 介護ドラマ「三好家の人々」 |
<登場人物>
佐和子・・・主婦
あさ子・・・母
達朗・・・夫
拓也・・・息子
大輔・・・弟
|
|
|
|
<三好家>
拓也: おばあちゃん、具合どう?
佐和子: きのうも検診に行ってきたんだけれど、見た目は普通と変わらないでしょう。
拓也: お夜中に部屋を出たり入ったりしているみたいで、きのうも勉強に集中できなかったよ。
佐和子: そうなの……。 |
 |
佐和子: お母さん、おはよう。どう、よく眠れた?
あさ子: それどころじゃないんだよ。わたしの貯金通帳と印鑑がないんだよ。お仏壇の中に入れておいたはずなのに。あんた、今朝、わたしの部屋に入ったね。
佐和子: まさか、わたしがどうにかしたとでも言うの? 娘を泥棒扱いするなんて、ちょっとお母さん、いい加減にしてよ! |
 |
(佐和子があさ子の部屋で通帳を発見)
佐和子: ほら、ちゃんとあったじゃないの。
あさ子: あれ、おかしいね。
佐和子: ちゃんと探したの? しっかりしてよ、お母さん。拓也だってお母さんのせいで勉強集中できないって言うし、わたしだってパートに安心して行けないし……。 |
 |
●その夜
和佐子: まさか実の母親から泥棒呼ばわりされるとは夢にも思わなかったわ。情けなくて涙が出たわよ。
達朗: でも通帳と印鑑、ちゃんと出てきたんだろう。勘違いだとわかったんだからさ。
佐和子: 勘違い? 娘のわたしを疑ったのよ。こういうことがこれからも続くのかしら。それを考えると、もう切なくてやるせなくて。
達朗: まあ、そう言うなよ。なるようにしかならないんだからさ。
佐和子: 何よ、他人ごとみたいに。
達朗: そういう言い方はないだろう。ちゃんと話、聞いているだろう。こっちだって会社で疲れて帰ってきてるんだ。 |
●翌日
佐和子: じゃあ、パートに行ってくるからね。できるだけ早く帰るから。
あさ子: はいはい。
(佐和子が出て行くのを確認するあさ子) |
あさ子: もしもし。
大輔: なんだ母さん。元気かい?
あさ子: 元気だよ。大輔、そんなことより聞いておくれよ。今、うちの中に1人きりなんだけどね、もうさみしいったらないんだよ。
大輔: 1人? 姉さんはどうしたの? |
あさ子: 出かけたよ。最近ね、あの子の様子が変なのよ。わたしの貯金通帳、黙って持ち出しているみたいなんだよ。
大輔: そんなばかな。
あさ子: あんた、わたしの言うことが信じられないのかい?
大輔: そういうわけじゃないけど、じゃあ、今度姉さんにひと言言っておくよ。
あさ子: うん。おまえ、また会いに来ておくれよ。
大輔: 暇ができたら必ず行くから。母さんも元気でいてよ。 |
|
|
|
荒木: わたし自身もこのような経験はありました。お金ってものすごい執着があるんですね。「ものがなくなった」「わたしはとってない」の繰り返しで、わたしもどうしたらいいのか……。円形脱毛症や、手の震えが止まらなくなりました。
|

|
 |
| 植松多恵子さん |
ゲスト:
呆け老人をかかえる家族の会
千葉県支部 植松多恵子さん
みずからの認知症介護体験をもとに、多くの相談にあたっている。 |
介護する人の精神的負担
植松: 「妄想」は、介護する側にとって最初に起こる大きなストレスだと思います。それまでは「そうかな、違うかな」というところだったのが、妄想が始まると、「いよいよか」と覚悟をしなければいけなくなります。しかも、電話もかけられるし、日常会話も普通にできる。そんな中でこういうことが起こるわけですから、介護者としてはたまりませんね。 |
 |
| 和田行男さん |
ゲスト:
介護福祉士 和田行男さん
東京都グループホーム連絡会事務局長。 |
認知症本人の気持
和田: わたしたちは子どものころから、「大切なものはしまう」と訓練してきています。あさ子さんも、通帳は大切なものだから、しまう。ところが、しまったことを忘れてしまいますから、「ない、ない」と騒ぎ出す。わたしたちの心の中には、「自分でない誰かが持っていってしまったのではないか」という、人を疑う心というのがあるものです。それが認知症によって鮮明に出てしまうのですね。
あさ子さんのことばの中に、「寂しい」「わたしの言うことが信じられないの?」というのがありました。ものとられ妄想が出てくると、周りの人から「あなたがおかしいのよ」と責められ、本人はすごくつらい状態におかれています。しっかりと受け止めてあげることが大事です。 |
 |
| 斎藤正彦さん |
ゲスト:
精神科医 斎藤正彦さん
高齢者の精神医療が専門。 |
「ものとられ妄想」は初期の症状
斎藤: 「もの忘れ」は医学的に言うと、脳の細胞が壊れてしまったために起こる中核症状なのに対し、「ものとられ妄想」は周辺症状のひとつです。アルツハイマーの比較的軽度の時期から中度に移っていくころ、特に「自立したい」という気持の強い女性に多く見られる周辺症状です。 |
中核症状…もの忘れなど
周辺症状…妄想、はいかいなど |
 |
|
|
|
「自立したいのにできない」が背景に
斎藤: 「自立したい」「娘の世話になりたくない」「嫁のお荷物にはなりたくない」とおっしゃっていた方が、そうはいかなくなってきた。つまり、「わたしは自立したいのに、この人がそばで世話をしてくれる」「わたしはこの人に頼らなくちゃ生きていけない」という現実を受け入れられない時に、「わたしが弱くなったのではなくて、この人がとっちゃうんだ」と妄想をしてしまうのです。
端から見ていると、明らかにもの忘れのしかたが普通でないと思っていても、ご家族は「年のせいだから」と思っていた。ところが、とうとう自分が疑われるようになり、「病院に行こう」というきっかけになる症状でもあります。
多くの人に出る症状ですが、心理的な理由が要因なので、薬を使って治すというわけにはいきません。ですから、周りの方が理解し耐えていくしかない。そのかわり、この症状はずっと続くというものではなく、一時期で終わります。ただしそれは、認知症が治るというのではなく、その段階が過ぎるということです。 |
荒木: ドラマでもあったように、電話は普通にできるので、いつも身近にいない人は、「そんなわけない」と思ってしまうんですよね。
斎藤: そうです。疑われる方はお嫁さんであれ、娘さんであれ、そばでいつも見ているから、お母さまの症状はよくわかります。ところが、お勤めされているだんなさまは、日常を見ていないから、「朝だってちゃんとあいさつをする」「ごはんだってしっかりたべている」ところで、「盗まれた」と言われると、「えっ?」と思ってしまいます。いっしょに住んでいないごきょうだいも、ふだんの症状はわからないから、「お母さんの話がほんとうなのではないか」と思ってしまいます。
ですから、特にお嫁さんに自分の母親の介護を任せているだんなさまは、自分で自分の親せきの盾になりお嫁さんを守ってあげないと、介護している人はたまりません。 |
荒木: わが家でも主人が親せきに対し、ちゃんとわたしの前で電話をしてくれましたから、それはとてもうれしかったですね。
|

|
| 「三好家の人々」 |
<家族の会 支部 事務所>
佐和子: むきになってはいけないとわかってはいるんですけれど、つい大声を出してしまって。
|
家族の会 世話人 飯村裕子: ショックですものね。ただ、こうしたケースで疑われる人は、もともと仲が悪かった人というのではなくて、多くの場合、一番近くで親身に世話をやいている人なんですよ。
|
佐和子: そうなんですか。それを伺ってちょっとは胸のつかえがとれました。
飯村: きっとお母さんの心の奥にも不安や寂しさがあるんだと思うんです。またこういうことがあったら納得いくまできちんと話を聞いてあげてください。
佐和子: まるで我慢比べみたい。
飯村: そのとおり。まさに我慢比べです。それでもお母さんが不安がるようでしたら、そうですね、こんな手を使った方がいます。例えば……。 |
●数週間後
あさ子: 佐和子。またわたしの貯金通帳と印鑑がないんだよ。確かに仏壇の引き出しに入れたのに。
佐和子: わかったわ。お母さん、いっしょに探してあげるから心配しないで。 |
 |
(あさ子の部屋で一緒に探す佐和子)
佐和子: あっちのほうはどう?
あさ子: そっちはさっき探したよ。
佐和子: でも、念のため。
あさ子: わたしがそんなところに入れるわけないじゃないの。……あら、あった、通帳。 |
佐和子: よかったわね、お母さん。せっかく見つかったんだからどこにもいかないようにしましょう。はい、これに入れて、首からさげておけばなくならないでしょう。
あさ子: そうだね。 |
世話人 飯村の声: あなたが親身になって心配していることが相手に伝わるようにいっしょに探しましょう。そしてできれば、お母さんが先に見つけるようにしてあげてください。
|
 |
(夕方 居眠りしているあさ子を見守る佐和子と達朗)
達朗: いいのかい、通帳。
佐和子: 実は、使えない通帳と印鑑なの。
達朗: それがわかったら、お母さん、また怒るんじゃないのか。
佐和子: お母さんはもう、どの通帳が使えるのかまではわかっていないのよ。それでも自分の手の届くところにあると思うと安心するのね。
達朗: お母さん、やっぱり不安だったのかな。
佐和子: うん。お母さん、わたしも頑張るから。 |
|
|
|

|
町永: 娘の佐和子さん、思いあまって相談に行ったわけですね。
荒木: 話を聞いていただくということは、介護をする側にとってはストレス解消になりますね。 |

|
「憎くて疑われている」わけではない!
植松: ご相談に来たご家族には、「憎くて犯人扱いしているのではない」ということをきちんとお教えするということ、そしてご家族がそれをきちんと認識することが大切です。
|
「本人が言っていることは正しい」からスタート
和田: まずは「本人が言っていることが真実なんだ」というスタンスからスタートすることが大事です。娘にしてみれば「あるはず」ですが、「ない」と言っているお母さんのほうが正しい。「だからいっしょに探そうか」というところから始めると割とスムーズにいきます。
もうひとつ大事なことは、「お母さんだけがおかしくなったのではなくて、誰でも忘れることはあるんだよ」と、互いに共感し合うということです。
そして、一番身近にいる人が一番お母さんのことを知っているのですから、どんなことが不安につながり、どんなことが安心につながるかということがわかるはずです。そういう意味で、冷静になればなるほど、お母さんの安心感はピタッとはまってきます。 |
認知症は「くっつき虫」にしかすぎない
和田: 僕らからご家族にアドバイスする場合は、「本人との人間関係は今までどおり。そして、本人にくっついた認知症ときちんと向き合い、受け止め、闘う」というように、スタンスを分けるということをお話しします。とは言っても、そうは簡単にいきませんので、「この先、こういうことが起こる可能性がありますよ」ということを、事前に情報として流しておくことも大事だと思っています。
|
「わかってもらえそうな人」に自分のつらさを話す
植松: どなたでもいいですから、とにかくわかってもらえそうな人に自分のつらさを話すと、ストレスはだいぶ解消されると思います。一番いいのは家族の会などで話すことです。そこには同じ体験をしている方がいらっしゃいますから、そこで共感してもらえると、ずいぶんと軽くなると思います。
|
「正しいケア」をしようとしない
斎藤: ご相談にくるご家族にわたしは、「正しいケアをしようと思わないこと。それから、ご自分の行動が正しいか正しくないか、いちいち悩まないこと」と申し上げています。
わたしたちはプロですから、合理的で正しいケアをしなければいけません。しかし、ご家族の関係はさまざまです。基本的な信頼関係や、「わたしはこの人といっしょに暮らしたい」というお気持があれば、そこから先はどうなろうと何をしようと、いちいち反省しない。「そういうことがあった」でおしまいでいいと思います。
それを見て、「もうドクターストップです。これから先はもうおやめなさい。疲れたからほかの方法を考えましょう」と言うのはわたしたちの仕事です。いいか悪いかいちいち考えていたら生活はできません。自由に心のままに暮らすことが大事です。 |
本人が何より不安と恐怖を感じています。
和田: 認知症は、自立的な生活を営んでいるわたしたち自身がなっていくものです。今までできていたことができなくなっていく、わかっていたことがわからなくなっていくということで、本人はものすごく不安と恐怖を感じているんだということを忘れてはいけません。
|
町永: 三好家ではきんちゃく袋を作りましたね。
植松: 「わたしの大事なものはここにしまって、わたしが持っている」という安心がありますから、その場しのぎの効果はあると思います。ところが、あさ子さんはそのまま居眠りをしていましたが、もしかしたら起きたあとに、「あれ、これなんだろう? 通帳と印鑑が入っている。こんな大切なもの、こんなところに持っておけないわ。どこかにしまわなきゃ」とどこかにしまうかもしれません。そういう繰り返しだと思います。 |
複雑な症状の妄想は専門家へ相談
町永: 今回は「ものとられ妄想」をご紹介しましたが、ほかに妄想というのは?
斎藤: ものとられ妄想というのは、心理的な引き金が強く、広く一般に起こる妄想です。一方で、その人の持って生まれた素質が関与している妄想があります。
例えば、「お嫁さんが何かを盗んだ。嫁さんの実家が怪しい。結婚した時からうちの財産を狙っていたのではないか」とすごく広がっていくような「被害妄想」。あるいは、「男が来たら刺す」と言って、家じゅうに包丁を隠し持っているというような「しっと妄想」。
このような複雑な妄想は危険ですし薬が効きますので、どちらにしても素人判断をせず、早めに専門の医者に診てもらうのがいいかと思います。 |