2003年度2004年度2005年度
2003年4月〜2006年3月の放送記録 
 
    子どもの相談室 6月25日(水)高次脳機能障害と向きあう
 4・我が子とともに歩んで
 

渡辺アナと石井さん  今月は「高次脳機能障害と向きあう」をテーマに、高次脳機能障害とはどんな障害なのか、リハビリによる回復の可能性や学校でのサポートなどを見てきました。
 きょうは「我が子とともに歩んで」と題し、脳に障害を持ったお子さんを持つ親の思い、悩み、問題点、そして、そんな親御さんから社会へのメッセージをお伝えします。


我が子とともに歩んで
狩野さんゲスト:狩野雅之さん
(脳に障害を持った子どもを持つ親の会
「アトムの会」代表)


――アトムの会は、どんな障害を持ったお子さんの親の会で、会員は何人くらいいるのですか?

 「アトムの会」とは、交通事故、転落事故、あるいは水の事故といった「事故」や、インフルエンザ脳症、あるいは脳炎等による「病気」が原因で、脳に後天的な障害を負ってしまった子どもを持つ親の会です。現在、会員は約50名。原因は事故、病気が半々です。


――障害者の親の会はたくさんありますが、あえてアトムの会を立ち上げたのは?

 先天的な障害を持っている家族の会というのは、既にたくさんありましたが、後天的な障害(中途障害)の家族会というのはあまりありませんでした。また、全国12都道府県に「脳外傷友の会」という中途障害の会(約2,000名)があることはあるのですが、これは大人を中心にした会です。子どもは学校のことなど、大人とは別の特有の問題を抱えているので、「後天性の障害を負った子の親の会」を立ち上げました。


聖君(11歳)――狩野さんのお子さんも脳に障害をお持ちなんですか。

 はい。4年前に交通事故で高次脳機能障害を負ってしまい、今は車いすで生活をしています。もともと自閉症を持っていましたので、パニックやコミュニケーションの困難、異様なこだわりなど、自閉症特有の障害も持っています。自閉症という先天的な障害と、後天的な高次脳機能障害。二重の障害を負ってしまった大変さを感じています。


――「アトムの会」という名前はどこから?

 長男が入院しているときに、「かもめ学級」という院内学級がありました。その本校である「伊勢原養護学校」の文化祭に連れていっていただいて時に、鉄腕アトムを見て初めて声を出して笑ったのが妙に印象に残ったので、アトムの会」という名前にしました。


――どんな活動をされているのですか。

 会報の発行やレクリエーションなど。ことしの秋にはバーベキューをやろうかと計画を立てています。それから、皆さんで集まって語っていただく。やはり、これが一番です。


アトムの会の集会

 

アトムの会の集会の様子狩野:4月24日に開かれた集会には、30名の方にお集まりいただきました。皆さん、いつも積極的に参加してくださいます。話す内容は自由。そのときの悩みや不安、感じている問題点など、「ここでなら話せる」いうことで、切実なお話が多いです。

 診断を受けた時は、「普通の学校は無理じゃないか」ということで、いろんな養護学校とか回ったんです。ところが養護学校は高次脳機能障害の認識が薄いのか「このぐらいなら普通の学級で大丈夫じゃないか」という形になってしまうんです。結局、たらい回しになっちゃうんですけれども。

 親もバタバタしている中で、1人にさせておけないのが一番の悩みです。双方のおじいちゃんおばあちゃんに要請して、今日も私の田舎から父が出てきてくれたので預けてきたんですけれども。

 親もパニックになっていますので、なかなか兄弟まで目を配れないのが現状。どういうふうに兄弟に接すればいいのか。やはり、今まだ途中なので、これから先どういうふうにしていいのか不安な部分もあります。


渡辺アナと石井さん石井:このように親が同じ立場で話し合うことは重要ですね。お互い力になるし、話は尽きないのでは?


狩野:1回5時間ぐらいかけて全員の方にお話しいただいていますが、それでも足りません。

渡辺:いつも決まった場所で集まっていらっしゃるのですか。

狩野:神奈川リハビリテーション病院の一室をお借りしています。入院経験のある方だけでなく、埼玉や群馬、遠くは大阪からも高次脳機能障害で悩まれている方々が駆けつけ参加しています。

石井:親の会の必要性は、どのあたりから感じていましたか。

狩野さん狩野:神奈川リハビリテーション病院に入院中、「トーク&トーク」といって家族同士が談話する場を病院のほうで設けてくださいました。そこで初めて子どもや親の置かれている状況というのを知りました。

 最初は、私自身がまだ受容できていなかったからだと思うのですが、あまり聞きたくはありませんでした。皆さんが深刻な問題をお話しされるのが、つらかったです。


石井:「こんなふうになっちゃうのか」と思ってしまうのですね。

狩野:だけど、病棟の中でいろいろな子どもたちの姿や顔を見ているうちに、「親がこの子たちの未来を考えなくて、誰が考えるんだ」と思うようになってきました。そこで、みんな苦しんでいるけれども、自分たちが中心になって頑張っていこうと、親の会を進行させました。

渡辺:その気持ちの変化には、何かきっかけがあったのですか。

狩野:耳にしたくない時は、まだ受容ができていませんでした。頭にあるのは受傷前の表情や、将来への希望です。だから、「障害によって、将来、自分の子どもはこうなる」という道筋を描きたくなかったのです。ところが、いったん受け入れてしまうと、「この子や、高次脳機能障害を負った子どもたちのために、自分は何ができるか」という気持ちに変わりました。

渡辺:現実はそういう子たちのサポート体制がなっていない。そこに直面したということですか。

狩野:はい。なかなか理解が得られず、いじめに遭っているケースや、誰からもサポートされず、閉じこめられてしまっているような気持ちになってしまう親御さん。そういう姿を見ていると、ショックは大きかったです。

渡辺アナ、石井さん、狩野さん石井:なるほど。そこから「自分たちがやらなくては」ということを感じられたのですね。


親の思い−アトム会会員のアンケートから

 

栗原さんゲスト:栗原まなさん
(神奈川リハビリテーションセンター病院 小児科医)

■ 退院後の不安

<群馬 13歳 交通事故による高次脳機能障害>

群馬 13歳 交通事故による高次脳機能障害のケース 病院の中で、退院後はどうしたらいいかという情報があまりに少なく、周囲の人から少しずつ入ってくる情報を頼りに動き回るしかありませんでした。それもこの問題はこちら、別の問題はあちらという感じで、転々としなければなりませんでした。



石井:退院後の情報は、病院の中では得にくいことなのですか。

狩野さん狩野:はい。最初は「命さえ助かってくれたら」という思いで、退院のことまで考えていないのですが、いざ退院が目の前になると、「家に帰ってからどうしよう」「生活はどうしよう」という不安が襲ってきて、「退院したくない」とほとんどの親がおっしゃいます。

 また、退院後も相談したいし情報も得たいと思うのですが、ケースワーカーを置いている病院は必ずしも多くはありません。あちこちに出向くことになるのですが、問題ごとに部署が分かれていて、たらい回しになってしまうことがあります。担当者が高次脳機能障害という障害をご存じないケースも非常に多いです。

 退院にあたってどんな問題が起こり、そのためにはどうすればいいか。地域にはどんな社会支援があって、どんなときにどこへ行けばいいか。私たちとしては、これが一番知りたいことです。

栗原:ケースワーカーというのは、病院にとって収入にならない職種であるということもあって、配置している病院はかなり少ないです。それから、高次脳機能障害に対する知識は医療関係者の間でも決して深くはありませんので、そういう意味で問題はたくさんあると思います。

 国のモデル事業として高次脳機能障害に対するプロジェクトが作られてはいますが、あくまでも成人対象で、子どもの高次脳機能障害に対する取り組みというのはまだまだこれからという段階です。

栗原さん 今後、どのような対策をしていったらいいのか。退院後の社会復帰を考えると、子どもの場合は復学、学校の問題が重なってきます。退院が決まって慌てて学校のことを検討するのではなくて、かなり早い時期から先を見据えた形で対策を考えていくことが大切かなと思っています。


石井:具体的な対象を見つけて、そこから始めるということが重要ですね。

渡辺:目標が決まれば、「どこに働きかけたらいいのか」のめどがつきます。



■ 子どもの救急医療への注文

<神奈川 3歳 脳症による身体障害、てんかん>

神奈川 3歳 脳症による身体障害、てんかんのケース 救急車が一番早く、適切な病院へ運んでいただけると思っていたのは間違いだったことがわかりました。一次・二次・三次と順番に回されても何の意味もないと思います。救急医療についてはぜんぜん納得していません。



<神奈川県 5歳 けいれん重積による低酸素性脳症で、身体障害、知的障害>

神奈川県 5歳 けいれん重積による低酸素性脳症で、身体障害、知的障害のケース 救急医療については、救急車到着後、病院に搬送するまでの時間がかかりすぎることと重症度を判断せず初期救急にまわすこと。また、これまで何度か深夜の救急病院に行ったが、研修医が対応することが多く、不安である。



石井:一刻を争う場合が多いから、本当深刻な問題です。

狩野さん狩野:私も事故の時はそう感じました。救急車が着いているのに病院が決まらない。行き場が決まらないもどかしさというのは、ほとんどの方が感じていることだと思います。子どもが事故や病気に遭ったときに、いつでも小児科の先生に診ていただける。そういう体制が欲しいと思います。


渡辺:救急医療体制の整備というのは、国を挙げて取り組むべき課題ではないでしょうか。

栗原さん栗原:そうです。小児科学会などでも小児の救急医療というのは大きな問題で、近年取り組みを始めていますが、まだまだ体制は整っていません。部分的に整っている地域もでてきていますが、「全国で整っている」という段階ではありません。

 それから、小児科医の不足が言われています。小児科医療の採算性の悪さにより、小児科の配置を取りやめていく病院がたくさんあるという、この現状が今の小児科医療の問題点だと思われます。


■ 復学、学校生活における悩み

<神奈川 13歳 急性脳症による高次脳機能障害>

神奈川 13歳 急性脳症による高次脳機能障害のケース 復学にあたり、どこへ相談に行けばいいか困った。担任に理解がなく、教育委員会に相談し、よく考えてくれたが、結局は学校内のことなので、校長と担任に理解がなければ大変になってしまう。学校と親、病院、専門家との関係を大切にする支援体制を考えて欲しい。



<神奈川14歳 交通事故による高次脳機能障害>

神奈川14歳 交通事故による高次脳機能障害のケース 勉強にまったくついていけず、馬鹿にされたり、やる気を失うことが多かった。友人とのトラブル、不登校、ルールが守れず集団行動を乱す。学校の先生から「障害に甘えているだけで、これは本人の努力不足とお母さんのしつけの問題です」と言われた。



石井さん石井:このシリーズの3回目では、復学についてとってもうまくいっているケースをお伝えしましたが、現実には厳しいようですね。


狩野さん狩野:学校による格差がかなり大きいです。また、復学した当初は先生方も大変な時期をご存じなので、しっかり受け止め、理解してくださるのですが、時間の経過とともに理解していただけなくなるという現実があります。障害と甘えの区別がなかなかつけられなくて、先生方も苦労されているのですが・・・。
 一方で、本当に親身になり、親とコミュニケーションを図って、「この子のために頑張りましょう」と言ってくださる先生もいらっしゃいます。子どもと真剣に向き合ってくれている先生の言動は、私たちの胸に響きますので、理解して向き合ってくれているかどうかがやはり大きな問題ではないかと思います。

渡辺:栗原先生は今、教育現場と医療を結んでサポートを続けておいでですけれど、この問題には感じることが多いのではないですか。

栗原さん栗原:今の日本では高次脳機能障害にされる教育プログラムが確立されていません。先進国である米国ではそういったものができあがっていますので、私たちも日本独自のプログラムを作っていきたいと、作っている途中です。


石井:今悩んでいるご家族は、何からやっていけばいいでしょうか。

栗原:まず、高次脳機能障害に対する知識をしっかり深めること。それから、それぞれのお子さんの障害の内容をきちんと評価することです。子どもの神経疾患を診ている小児神経科医というのが、全国に今、3,000人余りいますので、地域の病院でそういった医者を紹介してもらい、診療を受け、診断をしてもらう。教育面では、地域の教育センターで教育関係の方や心理職の方に正しく評価をしてもらい、評価に基づいた教育プログラムを作り、遂行していくことが大切です。

渡辺:まずは正しい理解、評価。これが出発点ということですね。


アトムの会の目指すもの

 

渡辺:アトムの会はこれからもいろいろなことを目指していくと思うのですが、まず何から手を付けていきましょうか。

狩野さん狩野:立ち上げてから2年たちますが、不安や悩みを分かち合うだけではなくて、理解を広める活動。そして学校の問題に関しては、いろいろな提言をしていきたいと思っています。

 受傷前の形に戻れればいいのですが、なかなか現実は厳しいです。ですので、社会に参加して、そして将来への道筋が見えるような、そんなことを目指したいと思っています。


アトムの会の紹介渡辺:子どもたちが学校で、地域でもう一度学べるようにしたい。きょうは、親の皆さんの強い思いを感じました。

石井:そうですね。ぜひ頑張っていただきたいと思います。


うちの子供は世界一
横浜市 朝倉美雪さん

拓巳くん 平成6年11月。予定日より4か月も早く、拓巳は体重わずか701gで生まれました。

 思った以上の小ささに不安を感じていましたが、初めて拓巳に触れた時、柔らかく温かい皮膚から鼓動が伝わってきて、今までにない感動と切ないぐらいのいとおしさを感じました。

 生まれてから4カ月たったとき、障害が残ることを告げられました。大きく生んであげられなかった申し訳なさと、将来の不安で、涙がこぼれました。

お風呂 でも、医師からの指示を受けて、裸の拓巳を直接素肌で抱きかかえた時、肌のぬくもりや優しい寝息、穏やかに眠る表情などを五感で感じることができました。

 いつ家に連れ帰っても大丈夫。そんな母としての自信を拓巳が与えてくれました。


石井さん 現在、養護学校の3年生ですが、自分で座ることも立つこともできません。目も未熟児網膜症のため光を失っています。言葉もありませんが、表情と声のトーンを変えることで一生懸命自分の意思を伝えようとしています。与えられたハンディの中で精いっぱい挑戦する姿は、私たち家族の手本でもあります。


家族の写真 ゆっくりとした時間の中で拓巳が見せてくれた一つ一つの小さな成長は私の宝です。

 スプーン1杯食べることがやっとだったのが、給食をみんなで楽しむことで食べるのが大好きになったこと。初めてトイレでおしっこができた時、その音でびっくりして、おしっこが止まってしまい、笑ったこと。妹が泣いていると、優しい声で「あー、うー」とあやしてくれたこと。

 拓巳との生活に流れている時間は、いろんなことを気づかせてくれる、とても心地よいスピードなのです。


拓巳くんと妹 障害というハンディはありますが、豊かな表情とすてきな笑顔でいつも周りの人の気持ちを和ませてくれる拓巳。いつまでもその笑顔を大切にしてほしいと思います。



●スタジオ出演

狩野 雅之 さん(アトムの会 代表)
栗原 まな さん(神奈川県総合リハビリテーションセンター小児科部長)
石井めぐみ さん(女優)
渡辺英紀 アナウンサー

 



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