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2003年4月〜2006年3月の放送記録

この人と福祉を語ろう 安藤忠雄さん

2006年1月10日(火)

VTR画像:町永アナ町永: 私は今、大阪の中心部にあります世界的な建築家、安藤忠雄さんの設計事務所にお邪魔しています。この人と福祉を語ろう。きょうは、建築物を通して福祉をどのように考え、とらえていらっしゃるのか、安藤忠雄さんからお話を伺います。

VTR画像:安藤忠雄さん
安藤忠雄さん

建築家 安藤忠雄さん

VTR画像:米子市に建設中の高齢者のリハビリ施設のある病院の模型町永: 安藤さんと言いますと、国際的な巨大プロジェクトを手がけることが多いかなと思っていたのですが、この模型は何ですか?

安藤: 鳥取県米子市で造っている、高齢者のリハビリを中心にした病院です。

町永: こういった福祉的な建築も手がけるのですか。

安藤: それほど多くはありませんけれど、経験はあります。
こういった高齢者施設を設計する時は、スタッフをそういう施設に行かせて、2〜3日泊まり込みで老人の介護を経験してもらうんですよ。そうしたら、リハビリというもの、老人というものが、少しはわかると思うんです。

町永: 今、お年寄りと接する機会がずいぶん少なくなりましたからね。

安藤: 核家族は戦後の家族の見本のように言われますけれど、わたしは核家族ではこの高齢化社会は乗り切れないと思っているんですよ。老人と接することによって、人が年をとっていくこと、朽ちていくことを、自分の身をもって知っていかないと、高齢化社会はやっていけません。

 

散歩のできる病院

VTR画像:病院の周辺の図町永: 今、建設中というこの病院。三角形と、ずいぶん変わった形をしていますね。

安藤: この建物の横は海、そして松林もあります。

町永: 海側の窓からは、海が一望できるようになっているのですね。

安藤: 外を見て景色を楽しむことができます。リハビリというのは、肉体的なリハビリと同時に、精神的なリハビリもいるんですよ。忘れがちですが……。
  そして、海と反対側にある建物の屋上には庭があります。ここには春夏秋冬、いろいろな花を咲かせてもらおうと。

町永: 海側でない部屋の人たちは、この庭を見ることができるわけですね。

安藤: そして、いつも花が咲いていますから、「コスモスが咲いているから見に行きましょうか」と、みんなで見に行く。そんなふうにしたいと思うんです。
 建物の中は、トップライト(屋根に付いてある天窓)の下、グルグルと回ることができます。

町永: 建物の中で散歩ができるわけですか。

VTR画像:トップライトの下をグルグル回る安藤: 普通はできるだけ便利に、できるだけ合理的にしますけれども、この施設の院長さんの発案で、できるだけみんなが積極的に出てきて、グルグル歩き回れるほうがいいだろうと。病院の中を散歩することによって、いろいろな人たちと出会えますよね。言うなら、アーケードの中を歩いているようなものです。

 

段差のあるリハビリルーム

VTR画像:段差のあるリハビリ室町永: こちらがリハビリテーションをやる所ですね。大建築家を前に何ですけれども、段差があるじゃないですか。リハビリの所で段差はまずいのでは?

安藤: 患者さんはこれからリハビリをして、「もっとよくなろう」としているわけでしょう。全部が便利で安全ばかりではなく、少し難しいところがあったほうがいいと思うんですよ。院長さんも、「このほうが頭に刺激があって、自分の可能性を探していくきっかけになる」と。

町永: なるほど。「あそこに段差があるぞ」といつも意識してもらう、緊張感を持ってもらおうと。

安藤: 今、「リハビリ」と言ったら、何でもスムーズにできるようになっていて、「あれでリハビリかな?」と思います。すべて至れり尽くせりで、何もしなくても生きていけるような病棟では、かえって老化します。精神的な健康を奪ってしまいますよ。80歳のお年寄りも、「85歳までにはこういうことをしよう」と目標をつくらないとだめですよね。「きょうはここまでしか歩けなかったけれど、あしたは1周するぞ」とかね。

町永: 今までの老人施設の考え方にはなかった発想かもしれませんね。

安藤: でも、こういう老人施設ができ始めてまだ10年くらいでしょう。まだスタートラインです。われわれは老人を、「自分たちと共に生活してきた尊敬できる先輩だ」としっかり考えないかんと思います。

町永: 「何もしなくていいですよ」と、まるでお荷物のように至れり尽くせりだと、結果的に閉じこめてしまう形になってしまうけれど、可能性を認めてあげて、「もっと動いてください」「段差がありますよ」「階段も行けたら歩きましょう」という提案をすると、それが尊敬、敬意という形で表れると?

安藤: そうです。実は病院としては、老人は閉じこめておくほうがいいんですよ。でも、そうすると老人は一気に老化して、頭も体も動かなくなってしまいます。病院の便利のために患者がいるわけではない。患者はまだ生きて、新しい社会をつくっていかないといけないのですから。

 

建築とは

VTR画像:安藤さん安藤: 建築というのは、いろいろ考えなきゃいかん。挑戦せないかん。そして、あちこちから届いた批判をもう一度自分たちで考えて、やっていかないかんのですわ。
 ここでも病院のかたがたといっしょに「挑戦してみよう」という中でやっていますけれど、病院は生き物ですから、たぶんたくさん問題は出てくると思いますよ。その問題をどう解決していくか。解決していく中でだんだんとよくなっていくと思うんです。その中で、先生方も学ぶ。ここに入るお年寄りたちも学んでいく。

町永: 建築とは1つの物体ではなくて、ある種の有機体のようなもの。

安藤: そうです。建てて終わりではないんですよね。命のあるものなんです。命ある人間が入り、命ある建物が包み込み、どう発展させていくかはお医者さんたちの努力にかかっています。だから、お医者さんたちはたいへんだと思いますよ。

VTR画像:町永アナ、安藤さん町永: 安藤さんは大阪の下町、長屋で生まれ育ちました。高齢者との距離の感覚をお持ちだから、そういうことを考えるのでしょうか。

安藤: わたしの妻の母親が去年93歳で亡くなりましたが、最後まで元気でした。2年前に骨折をしたんですけれど、90歳を超えて一日2時間、毎日リハビリをしていましたからね。ものすごい意志やと思いましたけれど、リハビリをしないと体だけの問題じゃなしに、頭のほうにもいくわけですよ。認知症になったりしますからね。体の元気と頭の元気はセットです。
 こういうことを考えると、病院づくりはどうあるべきか。われわれはお医者さんたちと対話して捜し出してきましたが、答えは見つかりません。でも、今わかる範囲で、できることをしたいと思っています。

 

1分の1のモデルルーム

VTR画像:建築現場に作られた1分の1(原寸大)の病室モデルルーム町永: 現地では、1分の1(原寸大)のモデルルームを作ったそうですね。

安藤: わたしたち設計家はある程度のことはわかります。お医者さんもある程度のことはわかります。でも、例えば「手すりの太さはこれでいいのかな?」「高さでいいのかな?」「窓はこれでいいのかな」というのは、1分の1を作らないとわからないでしょう。ここで老人や障害者の気持になることによって、よりよい施設ができるだろうということです。

VTR画像:建築現場に作られた1分の1(原寸大)の病室モデルルーム町永: 実際の寸法じゃないと、体感できない?

安藤: 「できる」という方もいらっしゃいますけれど、わたしはできないので1分の1を作って、わたしたちつくる側、使う側であるお医者さん、そしてリハビリをする高齢者たち、みんなでお互いに確認しあうのです。

 

敬意をもって高齢者と接することができるか

安藤: 今、全国各地で高齢者施設がたくさんできました。この5年間で数は多くなりました。しかし、これだけでは高齢化社会は乗り切れないです。高齢化社会というのは人と人との関係ですから、次は子どもたちが老人に対する気持をどう持っているか。「自分も老人になる」ということをどう見るかだと思います。
 昔は、よく近所の人が亡くなってお葬式があり、亡くなったおじいさん、おばあさんの顔を見ることによって、自分たちもやがて年を老い、死んでいくんだということを知ることができました。今は、そういうことなくなっていますよね。

町永: 若い世代の人たちが高齢者をどう見るのか。単に高齢者問題として見るのか、自分たちの行く末の問題として見るのか。これは1つの分岐点だと思います。
安藤さんは、「敬意をもって高齢者と接することができるかどうか」と常々おっしゃっていますね。

安藤: 今、特別養護老人ホームなど老人施設は隔離病棟ですよね。ここに入ると、もう「再び出てはこられない」という感じです。だけど、もっと町へ出なければなりません。そして、老人が町に出てきた時に、われわれの世代、そしてもっと若い世代の人たちが、「われわれを引っ張ってきた人たちなんだ」という敬意を表せられるかどうかだと思うのです。
 今、日本には若い人や、お金を使う人たちの施設しかないですよね。若い人に対する気持しかないようでは、この国は終わってしまいます。この国は、長生きをして、みんなが楽しくやっていく長寿化社会の見本をつくらなければならない。そのためには、命に対する愛情のトレーニングがなければなりません。
 わたしはたくさんのお年寄りとおつきあいしてきましたけれど、その方が亡くなられると、ポカーンと穴があいたような気持になります。これが大事なのです。老人は大切なもの、空気のようなものなんですよ。老人といっしょに生活するということは、片一方で邪魔くさくて不便ですよね。だけど、それが人間なんです。
 老人たちが見せてくれる「幸せだった」という顔が、われわれ元気な人間にとってどれだけ幸せなものなのかと思えるかどうかです。「こんにちは」と声をかけたら、おばあさんが「こんにちは」と。これだけの話じゃないですか。今の人は、これができないんですよ。
この間も町の中で80歳くらいの老人が地図を開いて小学生に道を聞いていました。子どもたちはお年寄りをあまり見たことないから、違う宇宙から来た人かと思ったのでしょう。ジーッと見ていましたね。

町永: どう接したらいいのか、わからないのでしょうね。

安藤: どう話していいかわからないから、ジーッと見て、サーッと逃げていきましたよ。これを見て、「えらいことやな」と思いました。

 

みんないっしょに生きている

VTR画像:町永アナ町永: 高齢化社会の問題というのは、現役世代がどう見るかに大きくかかわってきますね。

安藤: われわれがどう見るかということは、親の態度を見て、子どもは勉強しますから。

町永: わたしも東京の下町ですけれど、いつもご隠居さんのようなお年寄りがいて、口やかましくしかられたり、若い世代、子育て中のお母さん、赤ちゃんと、いろいろな世代が交ざっていました。

安藤: それがなくなったら人間終わりですよ。みんな若いのばかりじゃ気持悪いじゃないですか。

町永: あるいはまた、年寄りばかりでもうまくいかない。

安藤: だけど今はそうなっているでしょう。こっちは年寄りばかり、こっちは若い人ばかりと。そうではなくて、みんなが1つの社会の中で生きていけるように。「地球の中でみんないっしょに生きているんだ」という幸せをどう探し出すかということが日本の大きな課題です。

 

町もバリアフリーに

町永: この建物も、この建物だけで完結しないで、こっちは海で、こっちは花壇。そして向こうには地域があると。

安藤: この建物が1つの小さな町なんです。アーケードの中を歩いているというような。

町永: その中で、出会いがある。

安藤: そして、そこから外へ、町に出ることを考えなければなりません。今、高齢化社会と言われ、確かに施設はバリアフリーになりました。だけど、町はバリアフリーですか? ではないですね。まだ町には段差があるし、後ろから自転車も来る。非常に怖い社会です。これからは町もバリアフリーにならないといけない。
 今、町でお年寄りが散歩する姿はあまりないでしょう。だけど、健康の一番のもとは散歩なんです。「あそこに行ってコーヒーを飲もう」「図書館に入ってみるか」とグルグル回って、町全体が自分の家だと思えるようにならないといけないと思うんです。そう思えるようになれば、高齢化社会は乗り切っていけますよ。「おじいさん、どこ行くの?」と子どもたちが声をかけ、「喫茶店に」「本屋に」と対話をする。それができれば、高齢化社会は乗り切っていけるだろうと思います。

 

古いものを大切にする気持を表現する

町永: 若い世代から、老後をどうイメージするかということにつながってきませんか。

VTR画像:安藤さん安藤: そうですよ。1960年代の寿命65歳の時代から、今は85歳でしょう。ということは、10代20代から85歳90歳までの人生設計をしなければならない。85歳までいくには、30代40代で自分の趣味、好奇心の持てるものを探さないかん。そういうのを探しておくと、75歳から80歳くらいになっても、「ちょっとサッカー見にいきます」「きょうは野球を見にいくんだ」と、帽子をかぶって行けばいい。

町永: そういうお年寄りが増えたら、活気があふれてきそうですね。

安藤: そこへ若いお孫さんたち世代がいっしょにサッカーや野球を見たり、喫茶店に行ったり、そういう人たちが対話をしている社会が、本来の美しい社会だと思います。

町永: そうか。世代も、年寄りは年寄り、若い人は若い人ではなく、うまく交ざり合っていかなければならないし、町もそういう形にしていかなければならない。

安藤: そうです。建物も、町も、人間もそうです。新しい建物を古い建物の横に建てると、古い建物が映えるように、老人も孫ができたら元気になります。ところが経済社会は古い建物を壊してしまいました。これは、町から高齢化社会をカットしたようなものです。

町永: 安藤さんは建物を設計する時に、必ず周りも取り込んだ形で設計すると伺っていますが、そういうことなのですね。

安藤: 高齢化社会。子どもから老人までが対話するように、建築も町の中に古いものと中間のもの、新しいものがうまく対応してできていないと、見ていておもしろくない。

町永: 東京の新しい町は、みんな同じようなものがバーっと。新しいビルばかりで。

安藤: もちろんきれいなんですけれど、「それだけでいいの?」という疑問はありますね。古いものと新しいものがあって、町の古いものを大切にしているということは、「われわれは老人を大切にしている国だ」と表現しているようなものでしょう。そこのところを考えないで、「われわれ老人を大切にしている」と言うだけではだめなわけで。

町永: 「老人を大切にしている」と言って、古いものを壊していったら、大切にしていないということになりますからね。

安藤: だから、古いものを大切にする気持を表現する。わたしは建築の設計家ですから、建築の設計で表現する。お医者さんたちはまた違った形で表現する。いろいろな人たちが自分たちの仕事の中で表現し、いかに老人社会と対話するかということだと思います。

 

ぶつかり合っていく共同作業

町永: 安藤さんは、「建築は、クライアント(使う人)と建築家の共同作業だ」とをおっしゃっていますが、社会も若い世代と年寄りの世代、みんなで共同作業していくものだと?

安藤: 実際は、共同作業は難しいんですよ。われわれもお医者さんとぶつかります。「もう院長には2度と会いたくない」と。向こうは向こうで、「安藤さんと会いたくない」と思いながら、また1か月くらいしたら出会うわけです。予定調和のない社会ですよ。

町永: ぶつかったほうがいい?

安藤: ぶつかったほうがいい。患者と医者もぶつかる。しかたがない。予定調和でないところで心の対話があると思うんです。ぶつかったほうが心の対話がありますよね。新しい世界に行くためには、お互いに自分の考えをはっきりと話し合いする社会でないと、高齢化社会は難しいと思います。

町永: 建築を考えることは、高齢化社会を考えることにつながっていくんですね。

安藤: そうですね。建築って人間のための建築ですから。高齢者だけではなく、子どもも含め、人間がいかに快適に過ごすかということを考えていかなければならないわけですから。

町永: 閉じこめていくところではないと。

安藤: そうだと思います。

 

老人を嫌がらない社会

VTR画像:町永アナ、安藤さん町永: 米子に建設中のこの病院では、この施設ができたことを地域づくりにも広げていこうという発想が生まれたそうですね。

安藤: 例えば、今度は保育園や幼稚園、小学校ができたとします。そういうものが違った形のバリアフリーになっていけば、保育園のグラウンドで老人がずっと子どもたちを見張っていれば、今の起こっている問題の少しは解決になるのではないかと。
おじいさんが家でいつも寝ているのではなく、小学校のグラウンドに出てきていっしょに野球やっている風景をわたしは夢見ています。

町永: お年寄りが地域の中に出て行ける。また、お年寄りも出ていく気概を持つ。

安藤: みんなが嫌がると出て行けないですよ。だから、老人を嫌がらない社会にならないで、どうして高齢化社会を乗り切るのかと。


VTR画像:建設中の病院 安藤忠雄さんが設計した高齢者リハビリ病院は、鳥取県米子市にことしの7月竣工します。

●出演

  • 安藤 忠雄さん
  • 町永 俊雄アナウンサー)

 

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