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2004年の暮れ。神戸の街は例年になく暖かな日々が続いていました。あれから10年。海沿いに広がる長田区では、今も再開発が続いています。お年寄りの姿が目立つ長田区の街。今、長田区の住民、4人に1人が65歳以上のお年寄りです。
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毎週木曜日。お昼になると地区の一角に一人暮らしのお年寄りが集まってきます。週に一度のお楽しみ、「駒どりの家」の昼食会が始まります。わずか300円で心づくしの手料理が味わえる、駒どりの家昼食会。この日は、野菜のそぼろあんかけ、ちらしずし、おそばの3品でした。
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おいしいから、ここに来るのが楽しみ。一人だったら、こんだけのことできません。(お年寄り)
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家族的でおいしいです。みんなの顔見たら、気持ちが安らいできますわ。(お年寄り)
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食事を作っているのは、15人のボランティアの主婦たちです。リーダー役の加島 代さん(78)が64歳の時、仕事を退職したのを機に、「身の周りで増えている一人暮らしのお年寄りを支えたい」という思いから、生まれ育ったこの土地で昼食会を始めました。昼食会はたちまち評判となり、毎週100人を超えるお年寄りが集まるようになりました。阪神淡路大震災の4年前のことです。
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何万円もするような高級な料理でも、一人で食べたらそんなんおいしくない。安いもんでも、にぎやかにみんなで食べたら…。雰囲気やね。「ごちそうさん。おいしかったわ」って言うてくれたら、それでいい。(加島さん)
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阪神大震災で長田区は大きな被害を受け、900人の命が奪われました。震災2か月後、お年寄りが暮らしていた古いアパートを訪ね、その安否を確認して回っている加島さんの姿が、NHKの記録にありました。
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幸い、駒どりの家は被害が少なく、震災の1か月後には再開されました。温かい食事は避難所で不自由な生活をしていたお年寄りたちの心と体を元気付けました。
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ボランティア: 頑張ろうね。頑張らなしょうがないもんな。 命ある限りは頑張らな。
お年寄り: ええこと言う。 |

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あれから10年、当時と変わらず、今も駒どりの家に通い続けている占部ハルヱさん(89)。いつも一番最後にやってくる常連のお客さんです。占部さんが住んでいた長田の家は、地震で全壊してしまいました。避難所で一人、途方に暮れているところ、声をかけてくれたのが、駒どりの家の人たちでした。それ以来、ここがもう一つの我が家になりました。
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心がやわらかくなるねん。娘の所に行ってるような気がするよ。(占部さん)
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震災後、長田区を離れた占部さん。今は、駒どりの家から徒歩と地下鉄で1時間ほどの所にある、被災者のために建設された復興住宅で暮らしています。ここに暮らして7年。しかし、占部さんは同じ階に住む人たちの名前さえも知りません。しょうゆや砂糖を気軽に貸し借りしていた長田での近所づきあいは、早くに夫を亡くした占部さんにとってかけがえのないものでした。
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前おった所のほうが、情があるね。ここはまだ、そうまでいかない。情がない。ただ住ましてもらっとるということでね。(占部さん)
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寒さの厳しいある日、占部さんはお昼を過ぎても布団の中にいました。風邪気味で寒気がすると言います。
外に出ないほうが、体、守られる。年々、年がいくにしたごうて、体力使うのがわかるね。(占部さん)
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夕方、占部さんに来客がありました。すぐそばの復興住宅に暮らす広瀬佐和子さん(76)です。
広瀬: どうした? 何で寝てるの? しんどいの?
占部: 寒い。寒いからこんなしとる。 |
実は広瀬さん、駒どりの家のボランティアを努めています。3年前、2人は復興住宅の廊下でたまたま出会い、お互い近くに暮らしていることを知ったのでした。駒どりの家が結んだ縁。広瀬さんは、たびたび占部さんの部屋を訪ねるようになりました。この日、占部さんはほとんど何も口にしていませんでした。
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広瀬: 今ね、おもちついたから、よもぎのおもち、持ってきた。
占部: 上手やね。よもぎ、あんた、春にとっとくの?
広瀬: うん、そう。 |

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震災後の10年は、広瀬さんの人生も大きく変えていました。夫の辰二郎さん(78)。震災の2年後、脳こうそくで倒れ、今も左半身マヒという重い後遺症が残っています。さらに認知症、いわゆる痴ほうの症状も出始めました。
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町工場を経営していた辰二郎さんは、仕事一筋の人生を送ってきました。佐和子さんも事務を担当し、夫を支えていました。60歳を過ぎ、老後の人生を夫婦で考え始めたころ、震災に遭ったのです。長田の自宅と工場をなくした2人は、プレハブの仮設住宅に移り住みました。そこで辰二郎さんは倒れてしまったのです。
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以来8年間、佐和子さんは辰二郎さんを献身的に介護してきました。夜、辰二郎さんが床に着いたあとも佐和子さんは気を抜けません。夜中に起き出すことがあるからです。
「もう朝や」って起こされるの。きのうも2時。なんせ、私が働いてなかったらいかんの。寝んの、気に入らんみたい。(広瀬さん)
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水曜日の朝、広瀬さん夫婦は連れ立って駒どりの家へ向かいます。駒どりの家は、昼食会に加え、週に5日、認知症のお年寄りたちを預かる活動もしています。スタッフに迎えられた途端、辰二郎さんの顔に笑みがこぼれました。
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震災前の1年間、辰二郎さんもボランティアとしてここに通っていました。佐和子さんが、人付き合いが苦手な夫に少しでも仲間ができるようにとつれてきたのです。今、辰二郎さんにとって、かつての仲間たちとのおしゃべりが何よりの楽しみです。
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お父さん、「きょうは駒どりや。さあ、行こうか。さあ、行こう」って毎日言うてんねん。里に帰ってきたような感じだね。(広瀬さん)
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11年前、広瀬さん夫婦をボランティアとして受け入れた駒どりの家。今、2人にひと時の安らぎを与えています。
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駒どりの家を作った加島 代さん。今でも昼食会前日の下ごしらえは一人でしています。ここ2〜3年、食事に来るお年寄りの数が減ってきました。震災前は100人を超えていたのが、今は70人にも達しません。
震災の前は120食。全部で7升炊きやった。(加島さん) |
姿を見せなくなったのは、震災で長田を離れたお年寄りたちです。引っ越した後も遠くから通ってくれた人たちが、一人、また一人と減っていきました。顔は見せなくなってからも、盆や正月には必ず手紙を送ってきてくれます。加島さんは、みんなが今どうしているのか、気に掛かっています。
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駒どりの家では、毎年正月に新年会を開いています。加島さんは震災から10年の節目となる新年会を、一人でも多くの人と共に祝いたいと考えていました。
昔この近くにおって、1回でも2回でも来てくれてた人を、やっぱり10年目やからね。「10年無事に過ごせた」いう会にしたいなと、そういう気持ちがあります。(加島さん)
加島さんは気に掛かっているお年寄りの元を訪ねることにしました。 |

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この日、加島さんが向かったのは、中安ますゑさんのお宅です。震災後、神戸市内の娘のマンションに身を寄せたと聞いています。
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中安さんと1年ぶりの再会を果たすことができた加島さん。中安さんが駒どりの家に通えなくなったのは、体の衰えのせいだそうです。往復1時間、シルバーカーを押す自信がなくなったと言います。
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手の先がしびれとる。みんなに迷惑かけることがあったらいかんし…。(中安さん)
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中安さんは加島さんに「見せたいものがある」と言い出しました。持ってきたのは、昼食会の思い出をつづった日記帳です。もらった献立表も丁寧に張り付けてありました。
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中安: こんなんして、いつも張っとる。いつもおなかいっぱい、おいしかった。
加島: こんな残してくれてんの、あんたくらいやわ。 |
新年会に来るのは難しいと言う中安さん。加島さんは、また必ず会いにくると約束しました。
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かつて、駒どりの家に集っていたお年寄りたちの中には、震災後、県外へ移ることを余儀なくされた人もいます。加島さんがとりわけ気になっていたのは、岡山県に移り住んだ天野輝子さんのことでした。これは震災の2か月後、天野さんから届いた手紙です。
『神戸に帰りたい。駒どりの家に行きたい。書きたいことはたくさんありますが、涙で書けません』 |
天野さんは地震で家を失った後も神戸にとどまることを希望していました。しかし、被災者であふれ返る神戸市にその余裕はなく、出身地の岡山県の老人ホームで暮らすよう、行政から勧められたのです。
平成7年3月、加島さんは手紙をもらってすぐに天野さんを訪ねました。天野さんはどうしても神戸に帰りたいと仮設住宅の申し込みを繰り返していました。
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40何年おったんじゃから、やっぱりいっぺん、今生のお別れで(神戸に)行きたいわな。この窓から赤穂線が見えるからな、「あれ乗ったら行けるわな」思いながら、のぞいとんねん。(天野さん)
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あれから10年。天野さんは神戸に戻ってきていました。数年前、復興住宅にようやく当選したことは加島さんも手紙で知っていましたが、天野さんは一度も昼食会に顔を見せていません。はがきにあった電話番号に前もってかけてみましたが、応答はありませんでした。この日もやはり留守。会うことはできませんでした。
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きょう晩でも、手紙書いて、送る。「神戸帰りたい、帰りたい」って、それが頭から消えないわ。だから、どないしとってんかなというのがやっぱり心配やからね。(加島さん)
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平成17年の年が明けました。長田区の人たちは、震災から10年のお正月を迎えました。
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1月6日、駒どりの家の新年会の日です。加島さんが心を込めて作った駒どりの家特製のおせち料理。久しぶりに来る人がいるかもしれないと、いつもより20食多い100人分を用意しました。
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午前11時。新年会の始まりです。
風邪気味で横になっていた占部さんも姿を見せました。ボランティアとして来ていた広瀬さんも、その元気な様子に一安心です。
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そして、加島さんは客の中に一番会いたかった人を見つけました。天野輝子さん(91)です。天野さんが駒どりの家に通えなかったのは、転んで足を悪くしたのが原因でした。この日はタクシーで新年会に駆けつけました。
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(駒どりの味は)昔と変わらない味で、おいしい。(天野さん)
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加島: おめでとうございます。震災から10年。皆さん、なんとか無事で本当にありがたいです。また今年から、もう10年頑張りましょう。
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今年も1年、ここにお世話になる。そう思うて頑張ります。(占部さん)
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とうとう戻った。帰ってきた。また10年、生き延びますわ。頑張りましょう。(天野さん)
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お年寄りたちの穏やかな暮らしを一変させた阪神大震災から10年。駒どりの家は、震災前と変わらないぬくもりでお年寄りたちを包み込んできました。これかも、もう一つの我が家としてその帰りを待ち続けます。
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