2003年度2004年度2005年度
2003年4月〜2006年3月の放送記録 
 月曜日 障害者くらし情報 6月14日(月)
脳卒中と向き合う
2.新しい生き方を見つめて 〜脳卒中・復帰への道〜

 『壊れた脳 生存する知』という本があります。著者の女性は40歳という若さにして3度の脳卒中に見舞われ、記憶や感情のコントロールができない高次脳機能障害という後遺症が残りました。

『壊れた脳 生存する知』


町永アナ きょうは、「『からっぽになった脳』を少しずつ埋めていく『成長のしなおし』の記録!」とある、この本の著者の6年間の足跡を振り返りながら、脳卒中で後遺症を負った人の、その後の生き方を見つめます。

 

脳卒中・復帰への道

山田整形外科病院 高松市の中心に、整形外科の看板を掲げる大きな建物があります。しかし、この病院は6年前に閉鎖されました。当時病院長を務めていた山田規畝子(きくこ)さんが、34歳の若さで脳出血に倒れたからです。


山田さん
山田規畝子さん

 現在40歳の山田さんは、すでに3度も脳出血に襲われ、半身マヒや言語障害、そして、日常生活の中で突然ものを忘れたり、道に迷ったり、記憶していたあたりまえのことが思い出せなくなる、高次脳機能障害といった後遺症に苦しんでいます。


 山田さんに襲いかかる障害は記憶だけではありません。立体のものが平面に見えたり、目の前にある探し物が見つけられなかったり、その症状は、倒れるたびに重くなっていきます。

山田さん嫌ですね。ストレス。(山田さん)

発病前の山田さん 山田さんが脳出血に襲われたのは34歳の時、整形外科病院の若き院長として精力的に医療に携わっていました。家に戻れば、一人息子の母親。睡眠時間は少なかったものの、充実した毎日を送っていました。

 平成9年1月。自宅で寝ていた山田さんは、深夜、突然激しい頭痛に見舞われ、病院に運ばれました。脳出血でした。処置が早かったため、マヒなどの後遺症もなく、1日も早く仕事へ復帰したいと考えていました。しかし、退院直前に医師から「高次脳機能障害が残る」と告げられます。

階段 不安を抱えたまま退院した山田さんに、不思議な現象が襲いかかりました。階段を上ろうとした時、本来あるはずの段差が平面にしか見えないのです。壁にぶつかるような恐怖に足を踏み出すことができず、立ち尽くしてしまいました。

山田さん
階段
蛇腹に見える階段

階段が横線にしか見えないんです。ステップの縁なんでしょうけれども、蛇腹があるようにしか見えない。奥行きがない、ただの線。だから、足を乗せるにしても、どの辺に乗せると体重がかかるとか、見当がつかないので、すごく難しいですね。(山田さん)

真規君 「リハビリを続けても医師には戻れない」と悟った山田さんは、失意に打ちひしがれます。そんな時、支えてくれたのが一人息子の真規(まさのり)君でした。当時、まだ幼かった真規くんが、「生きていれば、それでいいよ」と声をかけてくれたのです。
 「病院の仕事だけが自分の人生ではない。この子の母親として頑張らなくては」。山田さんは高次脳機能障害と闘っていこうと、前向きに考えるようになりました。

山田さんと真規君何もできないのに、この上、「おかあちゃん、ご飯も作れない。まずいよ」って言われたら悲しいですからね。(山田さん)


高次脳機能障害を理解しよう 自分の障害と闘おうと行動を開始した山田さんは、高次脳機能障害について猛勉強を始めました。「専門は違っても、もともと医者なんだから、その経験を生かそう」と、難しい医学書を見ては、この障害を理解し、回復への手がかりをつかもうと考えました。

全部記憶 そんなある日、「生物の行動は、基本的に全部記憶です」という一節が目に飛び込んできました。山田さんは、ハッとひらめきます。「歩いたり、食べたり、自分にも体に刻み込まれた行動の記憶がある。その記憶に頼れば、今できないこともできるのではないか」と思ったのです。

階段に挑戦 まずは階段。病気になる前、上り下りしていた時の体の記憶を呼び起こし、チャレンジしてみようと考えました。山田さんは、階段の先をあえて見ないよう、顔を下に向け、上り始めました。階段が視界に入ると平面の壁にぶつかる感じでバランスが崩れてしまいます。かつて、自分が階段を上っていた姿を想像し、足の裏で段の位置を確かめながら、一歩一歩慎重に踏み出し、体重をかけていきます。この練習を繰り返すことによって、少しずつ階段に慣れてきました。

山田さんものはやってみるもんだなと思いました。繰り返していけば、人間は学習して必ず熟練してきます。繰り返し練習していけば、一度駄目になっても、ある程度は回復していくのではと思います。(山田さん)

 

ゲスト:
昭和大学医学部神経内科 教授 河村満さん
河村さん
河村満さん

 神経心理学が専門。20年にわたり、高次脳機能障害について、そのメカニズムを研究。

―脳卒中の後遺症というと、体のマヒがよく知られていますが、高次脳機能障害も後遺症だと考えていいのですか。

河村さん: もちろんそうです。しかし、実際にはあまり知られていないというのが現状です。脳卒中の後遺症として失語症はよく知られていますが、これも高次脳機能障害の一つです。失語症は、左脳に脳卒中が起こった場合の約4割で起こると言われており、脳卒中全体ではその半分以上が、失語症を含めた高次脳機能障害の後遺症を持っていると思います。軽症のものを含めると、その割合は8割とも9割とも言われています。


町永アナ―高い確率で起こりうる後遺症でありながら、あまり知られていない高次脳機能障害。具体的に、患者である山田さんは、「階段が平面に見えてしまう」とおっしゃっていました。

河村さん: 不思議な症状ですが、時々起こります。「立体感覚の障害」と言ってもいいかもしれません。凹凸がわからず平面に見えてしまうのでしょう。「線のようにしか見えない」とおっしゃっていましたね。


―著書によると、「時計の長針、短針がわからない」「本を読んでいて、次の行がわからない」といように、日常あたりまえにやっていることができなくなってしまうようです。

河村さん河村さん: あたりまえですが、本当はそれは難しいことです。線画を立体に意識するということは、幼いお子さんではできにくいことですし、時計の文字盤を読めるのも、ある程度成長してからです。高次脳機能障害を持った患者さんの症状から、日常生活ではあたりまえのことであっても、実はそれはけっこう複雑な内容を持っていると言うことができます。


―山田さんは、階段の上り下りのように、できなくなったことを「記憶」をキーワードにして取り組んでいらっしゃいました。

河村さん河村さん: 山田さんがおっしゃっていたように、体で覚えた記憶は残っています。階段を上る訓練をご自分でなさっていましたが、頭で覚えた視覚的な階段の認識はできなくなっていても、体で覚えた記憶でそれを代償する訓練だということです。


―目の前にある蛇腹のようなものは階段だということはわかっている。平面にしか見えないそれに対して、どうしたらいいかということを、体の記憶で取り戻すということですね。

河村さん: そうです。体の記憶も脳の機能ではありますが、記憶というものは非常に幅の広い内容を持っているので、頭で覚えるものと、体で覚えるものと、両方があります。


町永アナと河村さん―ご自分で、「これは記憶だから、どうしたらいいか」ということを考えながら取り組んでいる姿は、お医者さんならではだと思いました。

河村さん: そうですね。高次脳機能障害は神経心理学を研究する学問領域ですから、その勉強もずいぶんとなさったようです。そして、そこから得られたヒントでもって、リハビリテーションをご自分でなさっているのではないでしょうか。


町永アナこの後、さらに脳出血に見舞われた山田さん。また別の障害が現れます。ご覧ください。

 

新たな生き方を見つめて

CT写真 平成13年1月、山田さんは再び脳出血に襲われました。これまでになく広範囲に出血が広がり、植物状態になってもおかしくないほどの重症です。後遺症は新たに、左半身マヒが加わりました。

半側空間無視 そして、高次脳機能障害にも新たな症状が表れました。半側空間無視(はんそくくうかんむし)。自分から見て、左側半分の情報を脳が認識しないという深刻な障害です。視力は正常なのに、見えていないのとほぼ同じ状態。道を歩いていても、左側を通り過ぎる人や自転車には気づかないと言います。

山田さんすれ違う人でも、左から視野に入ってこられると気がつかなくて、本当にぶつかる寸前になってハッと気づいたり、すごく怖いですね。(山田さん)


書店にて 本を買おうと、通いなれた書店に来た山田さん。本のある場所は3日前に確認済みです。ところが、その場所に行っても本が見つかりません。実はこの時、目当ての本は山田さんのすぐ左側にありました。3日前と同じ場所です。でも、まったく気づかず、知らず知らずのうちに右側ばかり探していました。探し始めて20分。店員に聞き、ようやく目的の本にたどり着きました。

山田さん発見しました。さっきは見えなかったですね。(山田さん)

老人保健施設 施設長時代 半側空間無視が表れて10か月後、老人施設を運営する姉から「仕事を手伝ってほしい」と誘われたことが山田さんの転機となりました。痴ほう症のお年寄りとコミュニケーションをとる中で、これまで不自由だった言葉や記憶力が少しずつ回復してきたのです。

升目計算 「半側空間無視も、きっとリハビリで乗り越えられる」と、再び自信が生まれてきた山田さんは、自ら考え出したリハビリに取り組みます。縦軸と横軸の数字を足して、升目を埋めていく、升目計算。少しでも不得意な左側に注意を向けるため、山田さんはあえて右の升目から埋めていきます。

山田さん「脳を使った」という感じがします。脳の死んだ部分が新しい繊維で作られた、新しい網状のネットワークでつながっていくんです。そういうことを想像するとうれしいじゃないですか。(山田さん)


絵画教室 山田さんはさらに、今年4月から絵画教室にも通い始めました。これもリハビリの一つです。この日の題材はパプリカ。山田さんにとって、小さなパプリカ一つでも、その全体像を把握するのは至難の業です。じっくり観察し、時間をかけながら、正確にその形を把握しようとします。左側の線を描く時が最も神経を使う時だそうです。

パプリカの絵 山田さんは高校時代から絵が趣味でした。「楽しみながらリハビリを繰り返せば、いつか半側空間無視も乗り越えられる」と希望を抱いています。絵画教室に通い始めて2か月。少しずつですが、左側の輪郭もしっかり描けるようになってきました。

山田さん脳は使っていると発達してくるし、学習しますので、上手にできるようになります。日常生活にもいい影響があると思います。(山田さん)


―半側空間無視、耳慣れない言葉ですね。

河村さん河村さん: 右脳の、特に頭頂葉という部分が障害されて起こる症状で、左側に起こることが多いです。視力はあるけれど、注意がいかない。左側の視野から情報が入ってこないという症状です。山田さんも、少し頭を左のほうに傾けていらっしゃいました。これは「左側が見にくい」という半側空間無視の症状が表現されているものだと思われます。


町永アナと河村さん―河村さんの患者さんでも、このような方はいらっしゃいましたか。

河村さん: たくさんいらっしゃいます。例えば、食事を左側半分残してしまうとか、変わった例では、農家の方で田植えをされた時に、大きな田んぼの右半分だけ植えて、左半分は残したという話も聞いたことがあります。


―山田さんは、リハビリのために絵画教室に通っていましたね。

河村さん: 絵が好きだとおっしゃっていましたが、好きなことをやることはとてもいいと思います。


―自分なりに工夫してリハビリに取り組んでいる山田さんの姿勢、どのようにご覧になりますか。

河村さん河村さん: お医者様であるということもあって、自分の状態を「脳の機能の障害」だと客観的にとらえ、そして、それに対して意欲的に、自分自身の可能性を信じて取り組んでいらっしゃる。すばらしいです。


―山田さんは、「脳は使えば使うほど、学習して、元に戻ってくる」とおっしゃっていましたが、医学的なお立場から、いかがですか。

河村さん: 人体にはたくさんの臓器がありますが、脳はある機能が障害されても、ほかの場所がそれを代償するという「代償機能」が割に可能な臓器です。ですから、きちんと治療すれば、失われた機能もまた戻ってきます。


町永アナと河村さん―買い物に出かけたりなど、日常生活を積極的に行うことがリハビリに通じるのですね。

河村さん: そのとおりです。日常生活も脳の機能で行われているのですから。


● スタジオ出演

河村 満さん(昭和大学医学部神経内科教授)
町永 俊雄アナウンサー

 



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