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全盲の防災士が伝える、視覚障害者の災害の備えとハザードマップの活用法

記事公開日:2023年01月16日

東日本大震災での視覚に障害のある人の死亡率は、住民全体の死亡率のおよそ2.5倍だったというデータがあります。いつ起きるか分からない災害から、命をどう守ればいいのか。全盲者で初めて防災士になった榊原道眞さんは、災害対策で重要なのはハザードマップを知ることだとの考えにたどりつきました。視覚に障害があってもハザードマップを十分に活用する方法と、日頃の備えを紹介します。

当事者として伝えたい防災

兵庫県神戸市に住む榊原道眞(さかきばら・みちまさ)さんは、全国で初めて全盲で防災士の資格を取りました。防災士とは、防災に関する知識や技能を身につけた人たちに与えられる民間資格です。榊原さんは現在、当事者が災害から命を守るために必要な情報を伝える活動に取り組んでいます。

「各地域で抱えている、例えば土砂災害とか水害とか、そういった地域に出かけて勉強会の講師をしたり、地域の防災訓練で助言したり、地域のさまざまな防災・減災活動に取り組んでいます。
私は視覚障害者なので、当事者が抱えている問題を伝えています。避難時の支援の状態や避難所での支援方法について、視覚障害者への理解を求め、視覚障害者にとって安全で安心できる防災・減災活動をしています」(榊原さん)

榊原さんが勉強会などで行う実演では、多くの人が驚きの反応を見せるといいます。

「例えば目を閉じていただいて、私が『あっち見て』『向こう見て』と、指さす方向を見てもらう。すると、みなさんどこも向けません。それが視覚障害者の世界なのです。だから、より具体的な方法で指示してくださいとお願いする。ふだん使っている、『あっち』『こっち』では分からないのです。
『そこに椅子がありますから座ってください』と言われても、我々は『そこ』が分からない。どんな椅子かは、触って確かめないと分からない。ですから、視覚障害者に対しては、より分かりやすい言葉を使い、物を触らせる、この2つが情報源になるという話をしています。私ができる役割はそれがいちばん大きいと思っています」(榊原さん)

視覚に障害のある人たちは災害時にどのような状況に置かれるのか、当事者として伝えてきた榊原さん。防災に関心を持ったきっかけは、阪神淡路大震災の被災経験と自身の病気です。

「1996年、阪神淡路大震災の次の年に、網膜色素変性症という病気で視覚障害者になったのですが、その後『網膜色素変性症の患者会』の兵庫県支部ができたときに支部長になりました。視力がだんだん悪くなってくるときに、今の状況で阪神淡路大震災のような震災が起こったら、自分はどうすればいいのかと考えました。何をしていいか、考えれば考えるほど分からない。防災についていろいろ勉強して取り組んでいかないといけないと思いました」(榊原さん)

患者会の支部長を8年務めた榊原さんは、さらに防災に関心を持つようになり、「眼の会」という組織を立ち上げて活動の幅を広げ、さまざまな障害のある人たちと一緒に防災について話し合いを始めます。

「防災の取り組みは視覚障害だけで取り組んでも広がりがないと気付いて、次からはほかの障害、聴覚の方や盲ろうの方、車いすの方や難病患者の方などに声をかけた。『眼の会』ではワークショップや、自分たちの思いを発するシンポジウムなどを開催しています」(榊原さん)

防災士の資格取得を決意する

防災の大切さを広める活動を精力的に行っていた榊原さんは、防災士という資格があることを知り、兵庫県の広域防災センターが開催する、防災リーダーの養成講座に通い始めます。 しかし、視覚に障害のある人にとって防災士の試験には壁があったため、当初は資格の取得にこだわりがなかったといいます。

「通い始めた頃は、特に防災士を取ろうという思いはそれほどなかったんです。(資格の取得には)大きな問題が2つありました。防災士の試験(問題)は、分厚い教本から出るのですが、300ページ以上ある本を読むことがまず難しい。なので、データで提供してもらえるかが1つの山です。もう1つは、試験を受けるときに代筆と代読をしてもらわないと受験できない。
防災の勉強だけでいいかなと思ったのですが、防災士希望の問い合わせをして、交渉すると協力すると言われました。教科書からデータでいただいて、それをパソコンに取り込んで読み上げていく感じです。(合格したときは)うれしかったですね」(榊原さん)

当事者だからこそ伝えられることがあると活動してきた榊原さん。資格を取ったことで、周囲にも変化が見られました。

「防災の活動をするのに、『防災士』という肩書がすごく役立つ。『防災士なんです』と言うと、相手が聞く耳を持ってくれる。(防災士になれる可能性は)どなたにでもあると思う。挑戦する方が増えていけばうれしいですね」(榊原さん)

視覚に障害のある人が使えるハザードマップ

災害時に命を守るために欠かせないのがハザードマップです。ハザードマップとは、自分が住んでいる場所で土砂災害や洪水、浸水の危険性がどれくらいあるかを確認できる地図で、自治体が配布しています。

しかし、視覚に障害のある人には利用が困難だと榊原さんは指摘します。ハザードマップは地図のため、視覚障害者が使うパソコンの読み上げ機能では情報を知ることができません。

視覚に障害のある人の防災に詳しい、堺市点字図書館館長の原田敦史さんも自身の経験から、ハザードマップが十分に活用されていないと感じています。

「ハザードマップが分からないという声は多く聞きます。東日本大震災のとき、私は仙台にいました。ハザードマップがあったとは思いますが、私自身が確認したり、活用したりというのは、記憶にありません。(当事者がハザードマップで)危険な場所が把握できていれば、動き出しが5分でも10分でも早くできたと思います」(原田さん)

視覚に障害のある人が命を守るために、どのような備えをすればいいのか。榊原さんは、音声で分かるハザードマップを作る活動をしています。

実際に各自治体のハザードマップ担当者に電話でヒアリングして、パソコンに打ち込んで作ってきました。

ご自宅付近のハザードマップの情報をお知らせします。
①土砂災害警戒区域ではありません。
②洪水は千種川と支流の安室川の間に位置しています。千種川が氾濫すると水位がニエム、ナミセン、ゴエム(2m~5m)となる恐れがありますのでご注意ください。
③南海トラフ地震発生時の津波による浸水区域ではありません。ヤマザキ(山崎)断層は離れてはいますが、影響なしとは言えませんのでご注意ください。
④避難所3か所あります。……
(音声版のハザードマップより)

音声のハザードマップが用意されていない場合、自治体によっては地域の危険情報を電話で教えてもらえます。原田さんが堺市の取り組みを紹介します。

「堺市では、防災課の方と話をして、視覚障害の方が問い合わせてきた場合は、住所に基づいてどんな危険があるのか情報をお伝えしています。電話のいいところは、その後、どこに逃げればいいとか、どんな準備したらいいか聞けるので、より具体的に対策がイメージできることです」(原田さん)

一方で課題になっているのが、そういった取り組み自体の告知です。ハザードマップの情報を口頭で教えてもらえることを知らない人もいます。

堺市ではホームぺージに掲載しているほか、来年度は福祉のしおりにも載せ、広報することになっています。

また、告知されていない場合でも、電話で問い合わせることで自治体を動かすきっかけになると原田さんは期待します。

「電話をして、自分の地域がどうなっているかを聞けば、教えてもらえると思います。当事者の方が話をすることで、防災課の方が次のステップ、情報発信の方法を考えることが期待できます。今の状態で、役所の人も十分だと思っている可能性があるんです。(当事者の方が)「自分は分からない」と、しっかり伝えていくことが大切です」(原田さん)

視覚に障害のある人たちへの情報発信は、合理的配慮のひとつです。今後も行政に働きかけ続けることで、整備を進めたいと榊原さんは語ります。

「ハザードマップの情報を1人でも多くの視覚障害者の方が利用するようになるのが今のいちばんの希望です。そして、視覚障害者と支援者とを結ぶ役割を果たしていきたいと思っています」(榊原さん)

ハザードマップの活用方法

音声でも案内してもらえるハザードマップの情報をどのようにいかせばよいのか。ふだんから心がけるべきポイントを原田さんが解説します。

「ハザードマップを確認すれば、自分が対策すべきは土砂災害なのか、水害なのかとか、実際に何が必要なのかが分かってきますので、まずその対策をする。次に、把握している避難場所が1か所だけでは、そこに行けなかったときに逃げられないので、2か所くらいは知っておきたい。道順もひとつだけだと、そこが通れなくなると避難できませんから、2つくらいのルートを確保しておく。そういう準備は、ハザードマップを確認してできることだと思います」(原田さん)

避難ルートを確認しても、避難所まで行くのが難しい人にすすめるのが「スモールステップ」の考え方です。

「どうしても1人で行けない方もいらっしゃると思うんです。その場合は、大きい通りの近くまで行けば人が通るので、そこまで行く『スモールステップ』で考えていただく。逆に言うと、家から20~30メートルだけ歩行訓練をして、そこまでは1人で行けるようにしておくのがいいと思います」(原田さん)

榊原さんは、災害の種類をハザードマップで確認し、自宅避難を想定した対策も必要だと考えます。

「例えば家が鉄筋(のマンション)で、4階や5階に住んでいるという人であれば、土砂災害や水害の際に避難所に行かなくてもいいと思うんです。ただし、停電になる可能性がある。大きな建物は上に1回水を吸い上げて各家庭に水を配給するので、電気が止まると水も止まる。水が止まると困るのがトイレなので、(携帯トイレなどの)準備をする。大事なのが、必ず試しておくこと。いざとなって使い方が分からないと大変です。視覚障害者の世帯のみという方も多いので、説明書が読めません。事前に使える状態にしておくことが大切です」(榊原さん)

ふだんから複数のつながりを持つ

東日本大震災の教訓として、自治体が「避難行動要支援者名簿」を作ることが義務とされました。

要支援者の名前と連絡先、障害の状況などをリスト化し、災害時の避難行動に役立てるという取り組みですが、原田さんは情報の更新について懸念があると指摘します。

「名簿自体はできていて、しっかり確認をされているんですが、心配なのは更新がどの程度できてるのかということ。更新ができていないと要支援者の(障害などの)状況が変わっていたりする。一方で、我々としては名簿に頼らず、自分たちで自分の身を守ることもしていきたい。日頃から近所の方との関わりを持っておくとか、近所じゃなくても、困ったときにお願いをできる場所を確保しておく必要があると思います」(原田さん)

そこですすめるのが、点字図書館への登録です。

「点字図書館に登録されている方は、東日本大震災のときも、熊本の震災のときも、様子をうかがう形で電話したり、訪問しています。団体のどこかに所属していると、大きい災害の場合は避難の手が届くことがあります。点字図書館に登録するのは無料ですからいいと思います」(原田さん)

行政、ご近所、点字図書館など、いろいろなつながりを持っておくことが大事だと説く原田さん。あらためて視覚に障害のある人たちに伝えたいことがあります。

「防災の話を聞くと、『なるほど』と思っちゃうんですが、その後の行動が非常に大事です。話を聞いたら、その日のうちに1つ行動を起こしていただくのがいいかなと思います」(原田さん)

※この記事は、2022年11月13日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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