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全盲の教師が教壇から伝えたいこと

記事公開日:2023年01月13日

全盲の大前雅司さんは一般の中学校で教壇に立つ教師です。15年前、教育委員会から採用の連絡をもらったのは大学卒業式の翌日。十分に準備する時間的な余裕がないなかで、教師になれた喜びと、戸惑いがあったと振り返ります。大前さんが授業でおこなってきた工夫、同僚のサポート、生徒たちの声と、教師として目指していることをお伝えします。

さまざまな工夫で授業に臨む

全盲の大前雅司さんは、和歌山県橋本市立隅田(すだ)中学校の社会科教師です。今年は中学2 年生の3クラスと、支援学級の授業も一部担当しています。

隅田中学校は盲学校ではなく一般の学校です。授業では生徒全員がタブレットを使い、大前さんが作成した資料をダウンロードしてデータなどを確認。大前さんの質問に次々と答えて、スムーズに進行していきます。

「政府がGIGAスクール構想※を進めていて、おととしからうちの学校でもタブレットを1人1台ずつ持つようになりました。これは私にとってありがたいことなんです。以前は、生徒に小テストをする、もしくは感想文などを書かせたときに、健常者の教師の支えがなければ採点したり読んだりできなかった。でも、タブレットで書いてもらった感想文などは、読み上げソフトを使うことで私にも独力で把握できるので、本当に助かっています」(大前さん)

※全学年の生徒一人ひとりが端末を持ち、活用できる環境の実現に向けた文部科学省の取り組み

生徒たちは見えているため、大前さんは視覚的に分かりやすい授業を第一に考えています。教室に大きなモニターを置き、プレゼンテーションソフトの画面を表示して、さまざまな視覚教材を見せることで生徒の理解を促してきました。

また、授業で使う地図はポスターの印刷会社に依頼して大きく印刷。手で触ってわかるように、浮き出るペンで輪郭線を同僚の先生に書いてもらい、点字シールを付けています。

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中学2年生の社会科の授業風景

工夫を凝らすことによって、大前さんの授業は生徒たちからも好評です。

女子生徒:優しくて面白いです。

男子生徒:たまに面白いことを言ったりとか、グループワークの授業とか、クイズ形式で授業をやったりすることが多いので楽しいです。

男子生徒:なんか、わからんかったら、いろいろ教えてくれる。

「『たまに面白い』と言われているので、『いつも面白い』になるように(笑)。ちょっとハードルを上げてかなあかんのかな」(大前さん)

周囲も特別なことは考えない

授業では、大前さんのほかにもう1人の先生が教室に入ります。授業の展開、進行はすべて大前さんが考え、サポートの先生は生徒が手を挙げたときに指名するなどのフォローをする体制です。

また、生徒に配布するプリントに誤字脱字がないか、レイアウトは問題ないかといった最終確認など、目で見る必要があるときのチェックも行っています。4年前から大前さんをサポートしている福井弘幸さんは、お互いにうまく連携できていると感じています。

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大前さん(左)と授業でペアを組む教師・福井弘幸さん

「最初は、自分がどんなことをすればいいのかというのはあったんですけど、1、2時間一緒に(授業を)させてもらったら、『こういう感じでいけるな』と、すぐにわかりました。大前先生自身の性格によるところが大きいと思うんですけど、子どもたち一人ひとりのことがすごくよくわかっています。声しか聞いていないのに、誰々だというのがわかる。すごいと思います)」(福井さん)

同僚の先生たちは大前さんの動線を把握して、日頃から身の回りの整理整頓を心がけています。校舎はバリアフリーではないので段差がありますが、一度覚えればつまずくことも少なくなりました。

校長の清水義晴さんは、大前さんの姿勢は周囲に良い影響を及ぼしていると語ります。

「大前先生が初めて勤務されたのは、もう14、5年前になります。私たち全員、障害のある教員が初めてだったので、戸惑った部分が多いのですが、大前先生の自立した生活態度に逆に感化されました。そんなに特別なことは考えていないのが、大前先生に対する接し方かなと思います」(清水さん)

視覚障害のある教師として何ができるか

大前さんは1985年、和歌山県橋本市生まれの37歳、3人兄弟の末っ子です。生まれつきの弱視で、小学4年生くらいのときに文字の判読も難しくなりました。

ほぼ全盲の状態になったため、地元の小学校から和歌山の盲学校に転校。普通学校から盲学校へと環境が大きく変わり、同級生が30人から、自分1人だけの学級になりました。寂しさはありましたが、新しい楽しみも増えたと振り返ります。

「それまで地元の小学校に通っていたときは、グラウンドはボールが飛んできたりする怖い場所だと思っていて、なかなか外で走り回ることができなかったんです。でも盲学校では、音声が流れるメロディーボールを使ってサッカーをしたり、キックベースをしたり、整った環境の中でスポーツができるようになったのが、すごくうれしかったですね」(大前さん)

大前さんは中学生の頃から教師になりたいと考えていました。きっかけは、見えづらくて困っていた小学校のときに支えてくれた先生や、中学校のときにお世話になった先生など、すばらしい先生たちと巡り合えたからです。

しかし、夢がかなって教員に採用されたときは喜びと同時に、戸惑いもあったといいます。

「(教員採用が決まったときは)うれしかったですし、両親もとても喜んでくれた。ただ、手放しに喜べなかった。赴任先が一般の中学校になったと教育委員会から聞いたときに、正直、驚いたというか、戸惑いました。自分自身、社会科の教師と思っていたけど、一般中学校を強く希望していたわけじゃないので・・・。目が見えない自分は、盲学校のほうが活躍しやすいと思っていたので、やれるのかという不安も大きかったんです」(大前さん)

赴任当初は点字の教材がなかったため、教科書、資料集、問題集などの内容は点訳ボランティアや朗読ボランティアの力を借りて、授業の準備をしました。

教材を把握するだけでも時間がかかり、授業は自転車操業のようで大変でしたが、生徒たちと関わるうちに気持ちに変化が生じました。

「隅田中学校は公立中学校ですから、おとなしい子もいれば、やんちゃな子もいます。指示が通りやすい子もいれば、反抗的な態度をとる子もいる。いろんな子がいる中で、クラスでも立場の弱い子に限って私の手を引いてくれたり、近づいていろいろ話しにきてくれる。つっぱっているような子の中にも、道を歩いていたら手を貸してくれる子がいたりする。
自分も一般中学校の中で、目が見えない教師なりに何ができるのか、どのように子どもたちと関われるのか。もっと追求してみたいと気持ちが変わっていったんです」(大前さん)

当事者の思いを発信していきたい

教職に就いて15年、大前さんは全国視覚障害教師の会、通称JVTの副代表も務め、後進の指導に当たっています。会は視覚に障害のある教師の集まりで、勤めている職場は一般の小学校、中学校もあれば、特別支援学校、盲学校などさまざまです。メンバーは100名程度で、研修会ではお互いの悩みや仕事の課題などを相談したり、便利な教材やIT機器などの情報を共有したりしています。

「私自身、この会に入ったときに、『みなさんは新しい職場で、どういうふうに自分のことを理解してもらいますか?』という相談をメーリングリストで投げかけたんです。すると、『職員会議でこう伝えてるよ』とか『プリントを配ってるよ』といったアドバイスを頂いた。じゃあ僕もと思って、今でも毎年4月、はじめの職員会議のときに、自分はこういう働き方をしていると説明させてもらったり、プリントを配ったりして理解をしてもらうように促しています」(大前さん)

同じ意識を持った者同士で話せる場があることで、それぞれの教師が現場に戻ったときに役立っているのです。

会の代表の藤本恵司さんは大前さんのリーダーシップを評価し、今後の活動に期待しています。

「大前先生には、目が見えなくてもこんな工夫をすれば授業ができるんだと、もっと私たちにも教えてほしいし、先頭に立って進んでほしい。私たち視覚障害教員が学校の中で、ほかの先生とどう協力しながら関わっているか。大前先生と目の見える先生がどう関わりながらやっているか。
生徒が毎日の一風景として見ることはとても大事だと思います。生徒がやわらかい心を持った時期に、一風景として、日頃から障害のある者、ない者が支え合っている姿を見ることで、いわゆる共生社会、共に生きる社会をつくっていく上で役立つ。大前先生は、生徒と自然に関わっていくことを実践できる人だと思っています」(藤本さん)

2年生の学年主任の阿波谷理美さんも、大前さんが教壇に立つことの意義を語ります。

「大前先生に出会えた生徒は、すごく幸せやなって思うんです。私はすごくうらやましいと言っています。大前先生はみんなに手を差しのべて、タブレットを使ったり、ものすごくわかりやすく楽しい授業をしてくれている。
(私は)みんなにも、うなずくだけじゃなく、『はい、わかりました』とか、声に出して大前先生とコミュニケーションをとってほしいと、教室で言わせてもらっているんです。『こんなにすばらしい経験はない』とみんなに言うと、静かに、大事に聞いて、うなずいてくれる。そういう関わりの中で自然と心って育つんやなと、授業を見て思いましたね」(阿波谷さん)

生徒たちにも大前さんの思いは届いています。

女子生徒:先生は目が見えないので、席の順番とかがちょっとわからないときもあるし、不自由だなと思うときもあるけど、支障は出てないし、あんまり気にしてない。親しみやすくて、いつも授業が楽しい。

女子生徒:ちゃんと『大前先生』と言ってから、何か言うようにしています。みんなのことを考えて、楽しい授業をしようと一生懸命やっているのがすごく伝わって、そういうところがすごく面白い。

今年6月、大前さんは未来に夢を託して奮闘する視覚障害当事者に贈られる、チャレンジ賞を受賞しました。今後も活躍を期待される大前さんが、これから目指していることについて語ります。

「思うことはふたつあります。ひとつは、目が見えなくても工夫をしながら働ける、役割を果たせるという姿を見せていきたい。
もうひとつは、自分の気持ちをできるだけ伝えていきたい。目が見えない私にとって、子どもたちのちょっとした振る舞いが、うれしかったり、ありがたかったりすることがあります。逆に、たいしたことのない行動でも、私にはとてもつらかったり、苦しかったりすることもあるわけですね。そういう自分の立場から出る言葉をできる限り伝えていきたいと思っています」(大前さん)

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マラソン仲間のみなさんと(前列中央が大前さん)

※この記事は、2022年9月18日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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