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福祉の知識をイチから! 障害者と選挙(2)投票所と情報のバリア

記事公開日:2022年10月26日

福祉の知識がイチから学べる「フクチッチ」。障害のある人が選挙で投票しようとするとスムーズにいかないことや、そもそも投票に行けない現実があります。そこで、視覚障害やうつ病など、選挙にさまざまなバリアを感じているみなさんに集まっていただき、投票するときの困りごとを聞きました。また、情報面でのバリアを解消するため、NHK記者が、わかりやすいニュースづくりに挑戦します。

当事者座談会 選挙に感じるバリアとは?

障害のある人たちにとっては投票に行くのも大仕事です。

そこで今回は、それぞれ異なる障害がある4人の当事者に集まっていただき、座談会を開催。投票でどのようなことに困ったのか、話し合っていただきました。

【参加者】
えにこさん うつ病・パニック障害
かわいいねこさん 視覚障害
髙木沙祐里さん 電動車いすユーザー・筋ジストロフィー
辰己正一さん 知的障害(支援者 小川道幸さん)

画像(座談会に参加した4人)

まずは、それぞれが感じているバリアについてです。

髙木さんのバリア スロープが壊れそう

髙木:私の地域では、地元の小学校が投票所になっています。選挙のときは、段差があるところに木とガムテープで作ったお手製のスロープを設置してくれているのですが、私の車いすは100キロぐらいの重さがあるので、割れないかなと心配です。

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髙木沙祐里さん

かわいさんのバリア 投票所が広すぎて迷う・情報収集が大変

かわい:私が投票しているところも近くの小学校で、広大な面積があるので、「どっちに行ったらいいんだろう」みたいなことになっちゃって迷います。いちばん大変だったのは、候補者の情報がまったくわからないんです。ポスティングされている選挙公報はまったく読めないし、今はネットとかで情報収集しているけれど、すごく大変です。

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かわいいねこさん

えにこさんのバリア 投票日に体調をあわせるのが大変

えにこ:私は体調にすごく波があるんです。なので、うつ病の波がいいタイミングで投票に行くしかないんですね。もうひとつパニック障害があり、人が多いところや逃げ場がないところに行くと、恐怖感を感じてしまいます。体調がいい日に人の少ない投票所を選んで、やっと投票ができるんですが、タイミングがあわないときは、家でぐったりしているしかなくて、投票に行けません。

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えにこさん

辰己さんのバリア 投票所でのコミュニケーション

知的障害のある辰己さんは、投票所でのコミュニケーションに不安があると言います。

辰己:選挙(投票所)に入ったら、全然知らん人ばかりやから、パッと見た目、お化け屋敷やなって。わいにとっては投票所は怖い存在だから。

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辰己正一さん

辰己さんを支援している小川道幸さんは、このように話します。

小川:知的障害を持っている人は、コミュニケーションを取るのが非常に難しい人が多いんですね。だから、1人になって人に(聞いてみよう)と思っても、何をどう言えばいいか、非常に難しいのだと思います。

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辰己さんの支援者 小川道幸さん

髙木:自分からニーズを伝えられる人は職員さんにお願いできると思うのですが、それが難しい人は、その方をよく知っている方が選挙にも一緒についていって、「次はこうするんだよ」っていう助言が必要なのかなと思います。

かわい:私もそう思いました。ずっとヘルパーさんと一緒に動ければ、きっと何の不安もなくちゃんと(投票)できるんじゃないかなって思います。

最後に、どうすれば誰もが投票しやすくなるのか話し合いました。

えにこ:私は投票に行きたい気持ちはとてもあるんです。でも、行くことが難しいから投票ができなくて、悔しい思いをたくさんしてきました。たとえば郵便投票やインターネット投票などで、家にいながら投票できたら、どれだけいいだろうってずっと感じています。

髙木:たとえば小さいお子さんがいらっしゃる方とか、ご高齢の方とかも、そういう(家で投票できる)システムがあれば、絶対に使いたい人っていると思うんですよね。だから“障害者”というくくりじゃなくて、希望した人は誰でも選択できるシステムがあったらいいですよね。

かわい:そうですよね。

辰己:うん。やっぱりうちで投票できれば、それがいちばんいいですね。

自宅で投票できるシステムはなぜ実現しない?

座談会で話題になった、自宅で投票できるシステム。しかし、現在の日本の制度では、インターネット投票は認められていません。郵便投票にもさまざまな制約があると言います。

画像(日本の選挙制度 郵便投票)

40年以上にわたって選挙の現場で仕事をしてきた選挙管理アドバイザーの小島勇人さんはその実態を次のように説明します。

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選挙管理アドバイザー 小島勇人さん

「大前提として、郵便投票の対象は、身体障害を証明する手帳を持っている人などに限られています。しかも、その手帳に書いてある障害の重さがかなり重くないと対象になりません。たとえば、寝たきりや、トイレに自分で行けないなど、歩けない人を想定した制度です。でも、それ以外の理由で行けないと思っている人もたくさんいるのが現状です。自宅療養者で寝たきりで障害者手帳も持ってない人たちは、いわゆる投票難民で投票する方法がないんです。

インターネット投票は今、議論はかなり進んでいます。しかし、本人性をどうやって確認するか、二重投票をどう防止するか、人から脅されて投票させられないようにするにはどうしたらいいかなどが壁となっています。インターネット投票は、自宅で誰もいないところで投票する制度ですから、どう公正にやるか。本人がちゃんとやったのか確認できる制度を考えていかなければいけないということなんですね」(小島さん)

インターネット投票実現への壁
・どうやって本人確認をするか
・二重投票の防止
・人から脅されていないか

NHK記者が挑戦!わかりやすい原稿づくりの旅

障害のある当事者は、選挙に関する“情報”にもバリアを感じることがあります。

そこで今回、NHKの杉田淳記者が、わかりやすいニュース原稿づくりに挑戦しました。杉田記者は、政治の取材歴20年以上。緑内障による視覚障害があり、今は文字を読むことが難しい状態です。

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NHK 杉田淳記者

杉田記者が気になっていたのは、ニュース用の原稿のわかりづらさです。たとえば、下のニュース用の原稿では、「物価の高騰」や「安全保障政策」など難しい言葉が目立ちます。

ニュース用の原稿(一部)
7月10日に投票が行われる参議院選挙では、物価の高騰への対応や変化の激しい国際情勢を受けた外交・安全保障政策などが大きな争点になる見通しです。
各党が発表した参議院選挙の公約を見ますと、ウクライナ情勢やそれに伴う物価の高騰の影響が色濃く出ていて、これにどう対応するかで各党が主張を競っています。

この原稿を知的障害がある人たちにもわかりやすいよう、書き換えてみることにしました。アドバイスを求め、全国の当事者や研究者を訪ねます。

まず訪ねたのは埼玉・熊谷市。知的障害のある当事者にとってわかりやすい言葉づかいを研究している団体「スローコミュニケーション」のメンバーと当事者のみなさんです。

【スローコミュニケーションのみなさん】
副理事長 打浪文子さん
副理事長 羽山慎亮さん
小池美希さん(知的障害)
横山正明さん(知的障害)

画像(スローコミュニケーションのメンバー)

さっそく原稿を見てもらうと、まず「争点」という言葉はイメージしづらいとの声が。

💡優先度が低い情報は思い切ってけずる

小池:「大きな争点となる」とは何でしょう?

杉田記者:言葉自体が難しいですか。争点をわかりやすく、ですね・・・。「意見を競うポイント」は難しい?

小池:難しい。

杉田記者:うーん。「選挙結果に影響を与えるポイント」。

小池:ポイント?

羽山:まあ、「ポイント」でいいですかね。今回の選挙の「ポイント」。

内浪:その言葉(争点)自体は「ポイント」でいいんじゃないかと思います。

どうやら丁寧に説明しようとするあまり、焦点がぼやけてしまったようです。

画像(杉田記者とスローコミュニケーションのメンバー)

打浪:「争点」を仮に「ポイント」に変えたとして、小池さん、横山さん、何がいちばん引っかかります?

小池:高騰かな。

杉田記者:ここで言いたいのは「値上がり」のことなんです。

横山:値上がり。

小池:わかりやすい。今、野菜の値段が上がっているものね。

杉田記者:そういうことですね。

指摘を受けて、「物価の高騰」は「ものの値上がり」、「外交・安全保障政策」は「争いが起こっている世界にどう対応するか」、「争点」は「ポイント」と表現することにしました。

画像(修正前と修正後のニュース原稿)

さらに文章が長いとの指摘もあり、冒頭の文章を区切りました。

〈修正前〉
7月10日に投票が行われる参議院選挙では、物価の高騰への対応や変化の激しい国際情勢を受けた外交・安全保障政策などが大きな争点になる見通しです。

〈修正後〉
7(がつ)10()参議院選挙(さんぎいんせんきょ)投票(とうひょう)(おこな)われます。この選挙(せんきょ)では(もの)値上(ねあ)がりへの対応(たいおう)(あらそ)いが()こっている世界(せかい)にどう対応(たいおう)するかなどが(おお)きなポイントになる見通(みとお)しです。

杉田記者:わかりやすい!

打浪:ふふふ、だいぶ。

杉田記者:わかりやすいですか?

横山:はい、わかります。

小池:うんうん。

「スローコミュニケーション」のみなさんの指摘を反映し、わかりやすい文章になった原稿。杉田記者はわかりやすく伝えることの大切さに気づいたと話します。

「長い間、ニュースを書く仕事をやっているので、難しい言い方をするのはある意味、楽なんですよね。わかりやすく伝えるということは、自分が本当にニュースの中身を理解できているのかという問いかけでもあります」(杉田記者)

杉田記者が次に向かったのは東大阪市。インターネットメディア「パンジーメディア」です。

キャスターや記者、ディレクターはみんな、知的障害のある人たちです。月に1回、ニュースや料理の番組を制作してインターネットで配信しています。

杉田記者は、わかりやすい原稿の見せ方について、みなさんからアドバイスをもらいました。

女性:文字放送にしたらわかりやすくなると思う。

男性:よく手話ニュースを見てる。(手話ニュースみたいに)かながふられていたらわかりやすいな。

画像(パンジーメディアのメンバー)

男性:公約って言われてもピンとこない・・・。

杉田記者:うーん、なるほど。

女性:公約のこと(説明)を下にテロップで入れてもらう感じかな。

男性:テロップのほうがわかりやすいかも。

男性:アニメ化すると映像から頭や目、耳にも情報が入って、記憶として残ります。

杉田記者:なるほど。見せる工夫が必要ですよね。耳で聞くだけじゃわからないことは多いですよね。

パンジーメディアのみなさんからの主なアドバイスは次の2点でした。

わかりやすいニュースの見せ方
・「公約」や「政党」などのむずかしい言葉はテロップで補足すること。
・文字だけでなく、アニメーションを使ったりして見た目にも工夫をこらすこと。

わかりやすさとは、何なのか。杉田記者の旅はその後も続きました。

神奈川・藤沢市にある知的障害者と支援者のグループ「にじいろでGO!」です。

男性:ポイントっていう言葉だけだとわかりづらいので・・・。

女性:もうちょっとわかりやすく。

女性:40点。杉田さんごめんなさい!厳しい点数で。

杉田記者:いえ・・・。

画像(にじいろでGO!のメンバーと杉田記者)

杉田記者は、20年以上に及ぶ政治記者人生で、はじめて「わかりやすさ」の本質を突きつけられました。

苦闘すること1か月。ついに、わかりやすいニュースが完成しました。

7(がつ)10()参議院選挙(さんぎいんせんきょ)投票(とうひょう)(おこな)われます。
この選挙(せんきょ)では、「日本(にほん)はこれからどうするの?」と話題(わだい)になっているテーマが(おも)に2つあります。
ひとつは、(もの)値段(ねだん)()がっていること。
もうひとつは、(あらそ)いが ()こっている世界(せかい)との()()(かた)です。
いま日本(にほん)では、ガソリンや()(もの)値段(ねだん)()がっていることがニュースになっています。
ロシアとウクライナが(あらそ)っているために、日本(にほん)(はい)ってくる(りょう)()っているからです。
そんななか、それぞれの政党(せいとう)公約(こうやく)発表(はっぴょう)しました。
公約(こうやく)とは、政党(せいとう)がチームとして「これをやります!」と約束(やくそく)する内容(ないよう)のことです。
自民党(じみんとう)公明党(こうめいとう)は、(もの)()会社(かいしゃ)のほうにお (かね)()して、これ以上(いじょう)値段(ねだん)()がるのを()めるといっています。
それ以外(いがい)政党(せいとう)は、消費税(しょうひぜい)をしばらくの(あいだ)()()げたり、国民(こくみん)直接(ちょくせつ)(かね)(くば)ると()っています。
どちらも「国民(こくみん)()らしに(こま)らないようにする」と()っていますが、そのやり(かた)(ちが)っています。
また、世界(せかい)(あらそ)いが()こっているなかで、日本(にほん)平和(へいわ)安全(あんぜん)をどう(まも)っていくかについてもさまざまな意見(いけん)()ています。

平和(へいわ)安全(あんぜん)(まも)るために(いま)よりもお(かね)をかける」と()政党(せいとう)があります。
「お(かね)をかけなくても、(くに)(ちから)(つよ)くすることはできる」と()政党(せいとう)もあります。
(ほか)(くに)(はな)()ったり、仲良(なかよ)くしたりすることのほうが大事(だいじ)だ」と()政党(せいとう)もあります。

7(がつ)10()投票日(とうひょうび)まで議論(ぎろん)(つづ)きます。

画像(完成したニュースの一部)

「これまでにまったくない体験でした。文章の順番の入れ替えなども必要なので、難しい作業だなと思いましたね。元の言葉を単純にしてしまうことで正確さを失ってしまうんじゃないかと、葛藤みたいなものもあるんですよね。選挙のニュースは、特定の政党が有利・不利になったりしないように、中立性にとても気を遣います。だから、そういうところの難しさもありました。福祉の対象となる人たちは、政治の力をより強く求めている人たちだとも思うんですね。そういう人たちがそもそも投票に行けない状況なら、できるかぎり背中を押すことはやっていきたいと思いました」(杉田記者)

画像(杉田記者)

選挙管理アドバイザーの小島さんはこう話します。

「壁を取り払うことは、全有権者にとってユニバーサルな選挙になります。このことを政治家のみなさんにもよく学んでもらって、わかりやすい言葉で発信してもらうことが、大事だと思います」(小島さん)

画像(選挙管理アドバイザー 小島勇人さん)

杉田記者のわかりやすいニュースは、NHK「みんなの選挙」サイトでご覧いただけます。
障害のある人たちが投票する際に役立つ情報や各地の取り組みも紹介しています。
「NHKみんなの選挙」ホームページ

※この記事はハートネットTV 2022年8月22日放送「フクチッチ「障害者と選挙」(後編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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