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あなたは優位な立場かもしれない 気づきにくい“特権”とは

記事公開日:2022年08月10日

進学、引っ越し、買い物、就職、昇級・・・暮らしのさまざまな場面で「自分はなにごともなく実現できたのに、ほかの人は苦労していた」ことがありますか。それは、個人の努力の問題ではなく、国籍や性別など、社会のマジョリティー側の属性をもつためかもしれません。差別の心理を研究する出口真紀子さんは、そうした「労なくして得られる優位性」のことを“特権”と呼んでいます。“特権”は、持っている本人は自覚しづらく、差別につながることも。自分の“特権”ってなんだろう?気づいたその先はどうすれば?「ハートネットTV」キャスターの中野淳アナウンサーが、出口さんに、常々感じてきたモヤモヤをぶつけました。

画像(出口真紀子さん顔写真)出口 真紀子
上智大学外国語学部英語学科教授。30年以上をアメリカで暮らし、アメリカにおける人種差別を中心に、マジョリティーとマイノリティーの心理について研究。監訳書に『真のダイバーシティをめざして 特権に無自覚なマジョリティーのための社会的公正教育』。



画像(中野アナ顔写真)中野 淳
NHKアナウンサー。「ハートネットTV」メインキャスターをつとめる。スタジオ出演だけでなく、福祉団体や被災地などで障害や病気のある人を多く取材。その度に、自分の“特権”をうすうす感じてきたが、どうすればいいのかわからず迷い中。

自己点検! “特権”に向き合ってみる

画像(研究室で話す出口真紀子さんと中野アナウンサー)

中野アナ:出口さんは、“特権”について研究されていますね。“特権”とはどんな概念ですか。

出口さん:私の定義は、アメリカのいわゆる社会公正教育(social justice education)の文脈での“特権”(privilege)で、「マジョリティー側の属性を持っていることで、労なくして得ることができる優位性」というものです。
大学の授業で学生たちに聞くと、特権という言葉は「学割が使えるのは学生の特権」「ディズニーランドが近いのは地元住民の特権」「女性専用車両って女性の特権」という風に使うことが多いです。でも、それらは“特権”ではない、というのが私の立場です。
自分の努力ではなく、たまたまマジョリティー性を持った側に属していることで、下駄を履かされていることはないでしょうかという視点です。

「労なくして得ることができる優位性」。聞き慣れない言葉ですが、具体的には何を指すのでしょうか。出口さんは、中野アナウンサーに、人種・性・学歴など8つの項目を例示しました。それぞれマジョリティーとマイノリティーの項目があり、自分がどちらにあてはまるか選びます。ここでいうマジョリティーとは、数が多いという意味だけではなく、権力を持つ側という意味も含まれます。

画像(自分の“特権”をチェックする中野アナウンサー)

中野アナ:ちょっと自分も点検してみたいと思います。まず人種は、僕は日本国籍なので日本人です。次に、出生時に割り当てられた性は、男性です。

画像(出口さんが示した特権チェックの図。「アイデンティティ」について、マジョリティーかマイノリティーをチェック。「人種」は日本人と、外国人、在日韓国・朝鮮人、アイヌなど。「出生時にわりあてられた性」は、男性と女性、他。「性的指向」は、ヘテロセクシュアルに対して、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、アセクシュアル等。「性自認」は、シスジェンダー(身体と性自認が一致)に対して、トランスジェンダー、エックスジェンダー等。「学歴」は、高学歴と低学歴。「社会的階級」は、高所得と低所得。「身体・精神」は、健康に対して、病気、障害を抱える。「居住地域」は、大都市圏在住と地方在住)

ひとつずつチェックしてみると、中野アナウンサーは、すべての項目でマジョリティー側にあてはまりました。“特権”を多く有しているということになります。

中野アナ:見事に・・・これ全部だ。“特権”をいっぱい持っているとわかってはいたけど、実際に丸をつけてすべてマジョリティー側というのは・・・。

出口さん:複雑な気持ちですか。

中野アナ:そうですね・・・こうしてみると、子どもの時からなにも気にせずにスーッと階段を上がってこられた部分があっただろうな。それに、これ以外にもいっぱいあるんじゃないかなと思いました。結婚しているとか子どもがいるとか、親が健在でふたりいるとか。

出口さん:そうそう、正規雇用・非正規雇用とか、体力のある・ないとか。

中野アナ:僕はおそらく、立場上アナウンサーということで、発言力がある。もうすぐ四十歳になりますけど、中堅以上になってきたことも関係あるでしょうか。

出口さん:そうですね、社会的・地位的な特権になりますね。

画像(中野アナウンサーのチェック結果。すべての項目でマジョリティー側)

自動ドアが開くのは、当たり前?

自らに“特権”が多くあることを認識した中野アナウンサーに対し、出口さんはもうひとつリストを紹介しました。それは、アメリカで白人のマジョリティー性について論じたペギー・マッキントッシュの論文『白人特権―みえないナップサックをあけてみる』で紹介された、「白人特権」の一部です。

□ 引っ越す場合、自分に手が届き、住みたいと思う地域に、住宅を借りたり買ったりできます。
□ ほとんどの場合、ひとりで買い物に行くことができ、後を追いかけてこられたり嫌がらせされたりはしないと思えます。
□ TVをつけたり新聞の一面を見たりすると、私と同じ人種の人が大々的に出ています。
□ 自分の人種のすべての人々を代表して話すようにと言われることは決してありません。
□ 警察官に呼び止められたり、国税庁に納税申告書を監査されたりするとき、それは自分の人種のせいではないかと感じることはありません。
□私は、自分の人種が描かれたポスターやハガキ、絵本、グリーティングカード、人形、おもちゃ、子ども向け雑誌を簡単に買うことができます。

(『白人特権―みえないナップサックを開けてみる』(ペギー・マッキントッシュ、1987)より抜粋)

これらの条件は、アメリカ社会の人種問題を前提に作られたもの。すべてが日本社会でいえることではありませんが、仮にあてはめてみたとき、中野アナウンサーはここでもすべて“特権”を持つ条件を満たしていました。

中野アナ:さっきのチェックで自分が“特権のフル装備”だという印象を持って、分かった気になっていましたが、この具体的なリストで見ると、「こういう場面でそうなのか」「やっぱり気づいてなかったな」とはっとしました。
たとえば、日本にも在日韓国・朝鮮人やその他の外国籍の方々がいることは、頭では分かっているつもりですが、自分がふだんものを買ったり生活したりする中で、自分がマジョリティー側にいるから苦労しなくていいとか疎外感を感じなくていいというのは、気づく機会がなかったです。

出口さん:そうなんです。“特権”は、自分ではなかなか気づけないものなんです。たとえば、性被害に関してもそう。学生に「安全に気を遣っていること」を聞くと、女性は「授業が一限のときは、電車が満員だからスカートを履かない」「飲み会では自分の飲み物をガードする」。一方で男性に聞くと「財布を後ろのポケットに入れない」「睡眠をよくとる」という程度で、「特になし」も多いです。それが、男性の“特権”なんですよね。

画像

出口さんが解説者として出演した東京都人権教育委員会のDVD

出口さんは、その「みえにくさ」から、“特権”を「自動ドア」にたとえています。

「前に進もうとするときにいろんなドアが開いてくれる。それはもう当たり前で、開いていることに気づかない。普通の風景になっちゃうわけですね。
一方で、その人が先まで行ってふと振り返ってマイノリティーの人が後方にいたら、善意を込めて『何やってるの?こっちこっち~』なんて言うんですけど、そこではドアが開いていない。そのことが見えないわけです。そうなると、逆に『ここまで来られないのはあなたが悪いんだ、努力不足だ』と、本人を責めることすらあります」

「マジョリティー性の高い人は、マイノリティー性の高い人のことを知らなくても生きていける。つまり、マジョリティー性が高ければ高いほど、社会の仕組みは意外とみえていないかもしれません。そのことを一度受け止めることが大切だと思っています」

そして、自動ドアがあることに気づいたら、そのしくみにも目を向けてほしいといいます。
例えば2018年、東京医科大学の入試において、女子の受験生のみが一律減点されていたことが明るみになりました。このように特定の誰かを「労なくして優位にする」、つまりドアが自動で開くようにするしくみは、組織や社会で人為的に決められています。

「自動ドアには、開閉をコントロールしているセンサーがあります。マジョリティーの属性のある人には開いて、マイノリティーの特性のある人には開かない、そういう社会構造になっている。その不公正・不平等なセンサーっていうのは何なのか、ここを可視化していくことも必要です」

自覚はしたけれど・・・ 取材者として迷います

画像(インタビュー中の中野アナウンサー)

中野アナウンサーは今回のインタビューにあたり、どうしても聞きたかったことがありました。

中野アナ:私たちは福祉番組で障害や病気のある人を取材する上で、自分たちの方が“特権”を持っている状況というのがすごく多い。取材の関係性の中で、もしかしたら相手を傷つけたり抑圧したりしていないかという不安をいつも感じています。“特権”を自覚した後、どうやってよりよい関係性や発信につなげていけばいいのでしょうか。

出口さん:“特権”を自覚し、マイノリティーのために活動したり始めた段階の人は、ふんばりどきです。行動する上で何が正しいかもわかっていないし、「いい人」と見られたいがゆえにマイノリティーから褒められたり感謝されたりすることが目的になるケースもあります。すごく揺らいでいる段階です。
だから私はその段階の人には、「独りでそこにいないでください」と伝えています。同じような段階にいる人と連帯して、本音で語り合える仲間をつくることが大切です。ここは、集団でないと乗り切れないと言われています。

出口さんのアドバイスは、差別に触れたときのマジョリティーの心理は6段階で推移するという、アメリカの心理学者・ヘルムズの「白人の人種的アイデンティティ発達理論」に基づいています。
これは、アメリカで圧倒的特権をもつ白人が、みずからの特権に向き合うことで、マイノリティーに対してどう変わっていくかを示したものです。

画像(人が6段の階段をあがっていくイメージイラスト)

それによると、最初、マジョリティーは「①“特権”に無自覚な段階」にありますが、“特権”に気づくと「②罪悪感を抱く段階」や「③周囲のプレッシャーに負けてマイノリティーを避ける段階」に移り、その後「④マイノリティーのことを知ろうと、一歩を踏み出す段階」へ進みます。
しかし④の段階は、まだ確固とした信念があるわけではなく、迷いや不安から、前の段階に戻ってしまうことも少なくありません。中野アナウンサーのように、相手に関心を持ち取材しながらも葛藤を抱えるのは、この段階にあたります。さらに進んで「⑤自身を見つめ直し、現状を知ることに没頭する」や「⑥抑圧のない社会を実現するため、自主的に行動する段階」に進むためには、仲間が必要だというのです。

中野アナ:こんな風に(段階として)考えたことがなかったです。「0か100か」じゃないですけど、マイノリティーについて勉強しているかいないか、差別的かそうでないか、くらいで捉えていました。

出口さん:そうなんですよね。つい「差別する人は悪い人」と考えがちですが、みんな最初は無自覚だったんですよ。だから、そういう段階にある人に対してもネガティブにならないような心理的安全性を確保して、みんないろんな段階にいるけどお互いそれをオープンにして学び合っていこうとすることが大切です。

具体的には、勉強会や読書会などの場をつくることが効果的だといわれています。例えば、中野アナウンサーのように取材に悩んでいる場合は、同じような迷いをもつ同業者と意見交換する場づくりが想定されます。
このことは取材する人/される人に限らず、支援をする人/される人、教育をする人/される人、などさまざまな状況で同様のことがいえます。

出口さんによると、どの段階にいる人も自分自身が持つ「限界ある想像力」でしか相手のことを考えることはできません。しかし学びを深めていけば、想像力は広がり、相手にかける言葉や接する態度も変わっていけるといいます。そのため、“特権”をもつ側の人間が上の段階へ歩みを進めることが、抑圧のない社会につながっていく鍵になると考えているのです。

“特権”がある人には、責任がある

画像(インタビュー中の出口さん)

出口さん自身、自らの“特権”を感じた出来事がありました。幼少期に15年、大人になってから15年をアメリカで過ごしてきた出口さん。それまで「外国で暮らすアジア人」だった出口さんが、「英語ネイティブ話者の日本人」として帰国すると、一気に周囲の反応が変わったと感じたのです。

「日本に帰った瞬間、ドアがバンバン開かれた感じがしました。自分の意見を言っていると、リーダーシップがある人だと思われて、どんどんリーダーのポジションにつくんですよ。『あなたは私たちと同じ日本人だよね』って好意的だから、能力もそんなに証明しなくても大丈夫だという変な信頼がある。そのポジションに値する背景を全く持ってなくても、みんながガッと持ち上げてくれる感じです。『白人特権ってこういうことか!』と思いました」

出口さんはいま、自身が大勢の大学生を相手に授業をできることにも、“特権”を感じています。

「私は『立場の心理学』という授業で、大学からグッドプラクティス賞(学生評価が高い授業が表彰)をもらいました。でも、マイノリティーである在日コリアンの人が同じような授業をしたら、反感を買うと思うんですよ。私はマジョリティー側の日本人だから、『みなさんには特権がありますよ』と言っても、学生から評価を受けられる。私は、これは自分の日本人特権だなと思っています。
在日コリアンで差別の授業をしている友人は学生からあからさまな反感を示されることがあると言っています。私はそういう経験はありません。
セクハラをした人を批判するときも、女性がいうと『どうせ女性がいうとバイアスがかかっている、被害妄想的だ』、男性がいうと『客観的だ、加害者を公正に裁いている』ととられますよね。“特権”がある人は、中立・客観的にみられやすいという傾向があります」

出口さんは、“特権”のある人は他者に支持されやすいからこそ、果たすべき責任があると考えています。

「アメリカでは、ペギー・マッキントッシュさんが『白人特権』を提唱して初めて、白人は白人の特権に向き合いましたが、実はそれ以前からずっと黒人は声をあげていました。でも、白人は白人の言うことしか聞かなかった。だから、“特権”を持つ側が声を出すことがすごく大事です。
社会を変える力を持つ上に、中立客観的にみられたり、好意的にみられたりするからこそ、その“特権”を使わない手はないでしょう。マジョリティーを教育するのは、“特権”に気づいたマジョリティー側の責任です」

例えば、イベントの登壇者や企業の意思決定層において、マジョリティーの「男性」が自ら進んでジェンダーバランスを整えていくことや、自治体の審議会から子供会まで、決定権のあるポジションに日本人が外国籍のメンバーを推薦することなども、“特権”を活用して社会を変えることにつながります。

画像(インタビューを終えて、研究室にて出口さんと中野アナウンサー)

インタビューの最後に出口さんは、“特権”に向き合う大切さを説きながらも「自身のマイノリティー性に傷ついているときは、そのケアを優先することも忘れないで」と話しました。
マジョリティー性もマイノリティー性も、固定しているものではありません。老いたら高齢者となり、突然の事故で障害者になることもあります。
いま、自分はどんな“特権”を持っているのだろう、6段階のどこにいて、前に進むにはどうしようか。「自分」に時々問いかけることが、誰かに対する言動を変え、差別のない瞬間を積み重ねることにつながっていきます。

<インタビューを終えて>
どうしたら自分の特権と向き合いながら、相手と心地よい関係を築けるのかー。特権だらけで不安だった私にとって、「仲間」と悩みを分かち合えば乗り越えられるという出口さんのメッセージは救いでした。これまでは、自分の無自覚な特権に気づこうと「独り」で書物を読んだり、思考をめぐらせたりしていました。でも、閉じこもっていては先に進めない。知識を得るだけでなく、取材の過程での迷いや失敗を仲間と分かち合い、自分が(6段階の)どの位置にいるか確認する場を作っていくことが、構造的な差別に抗っていくことになると感じました。そのためには、分かった気にならずに、不安な気持ちを正直に開示していくこと。その一歩を自分に課していきたいです。(中野淳)

執筆者:乾英理子(NHKディレクター)

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