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どうする?新生活のコミュニケーション #ろうなん 創刊号!

記事公開日:2022年06月03日

「ろうを生きる難聴を生きる」が、ハートネットTVの新企画「#ろうなん」シリーズとしてリニューアル!聞こえる・聞こえないなどの違いをこえて、新生活のコミュニケーションのヒントや大英博物館の手話ガイドなどさまざまな話題を紹介します。初回は、番組のロゴを手がけたグラフィックデザイナーの岩田直樹さんと、言語聴覚士の資格を持ち、難聴の当事者の視点から暮らしやすい社会を提案、発信している志磨村早紀さんと一緒にお届けします。

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ろう者・難聴者の新生活 不安、悩み、困りごと

春は進学・就職の季節です。これを機に、初めて聞こえる人たちの世界に入るろう者・難聴者は不安を感じていることも。ろうのグラフィックデザイナー・岩田直樹さんもかつて新生活で困った経験がありました。

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岩田直樹さん

岩田さん:引っ越しで新しい物件を見に行ったとき、まず声を出さずに筆談をするんですが、少しでも声を出して話してしまうと、相手が文字を書いてくれることが少なくなって、どんどん声でしゃべられてしまうんです。そういう苦労はありました。

子育て中の志磨村早紀さんにも悩みがあります。

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志磨村早紀さん

志磨村さん:私は今、子育て中で、保育園に「電話が無理なので、メールでお願いします」と問い合わせをしても、電話で返事がきたりします。

見えてきたのはコミュニケーションの課題。一方で、壁を解消する取り組みも始まっています。

大阪市内に、聞こえる人と、ろう・難聴者が1:1の割合で働く、全国でも珍しい会社があります。設立は6年前で、ろう・難聴者を雇用する企業向けの研修事業や、難聴児の学習塾の運営などを行ってきました。職場では、ろうや難聴の社員が働きやすいよう、さまざまな工夫がされています。

例えば、遮るものがなく、全体が見渡せるオフィス。視覚で情報を得るろう者のため、もともとあった仕切りを取り払い、情報共有がスムーズになりました。さらに会議では、議論の内容や目的をすべて「見える化」して事前に共有しています。

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仕切りのないオフィスの様子

代表の尾中友哉さんは、聴覚障害のある両親のもとで育った聞こえる子ども、“コーダ”です。製造業の現場で働いていた、ろうの父は仕事から帰ると機嫌が悪く、家族に当たることが多くありました。ろう者・難聴者が働きやすい職場を目指す背景には、父親の存在があったといいます。

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尾中友哉さん

「父は職場で『尾中!』と呼ばれても聞こえません。そのせいで夏休みだけ働きにくる、20も30も年下の大学生に、ねじを投げられて呼ばれていた経験をしています。そうした誰にも言えない苦しみとかを、家庭の中で言ってしまう。何か解決に関わりたいという気持ちはそのとき強く持ちましたね」(尾中さん)

聞こえる人たちのなかで思うように働けないもどかしさについて、こんなデータがあります。2020年4月に発行された、全国の働くろう・難聴者に実施されたアンケート調査。これによると、ろう・難聴者に対する昇進・昇格の制度について「制度がない」「制度はあっても機会がない」という声が全体の半分以上を占めています。

また、「昇格してもやり取り面での業務対応が難しいと考え躊躇してしまう」「最初からあきらめている」といった声もありました。

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2020年4月発行「働く聴覚障害者の仕事に関する調査報告」
兵庫県難聴者福祉協会を含む中途失聴・難聴者事業推進委員会労働部会

さらに、全体のおよそ70%が「転職経験がある」と回答。「人間関係がうまくいかず転職した」「配慮の求め方が分からず、伝えられなかった」などの理由があげられています。

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2020年4月発行「働く聴覚障害者の仕事に関する調査報告」
兵庫県難聴者福祉協会を含む中途失聴・難聴者事業推進委員会労働部会

会社の立ち上げに関わったろう者の宮田翔実(しょうま)さんも、かつて、聞こえる人たちと働くなかで悩みを抱えていました。大学卒業後、大手の証券会社に就職した宮田さんが入社してすぐ感じたのは、聞こえる人と比べて任される仕事の内容や量に差があるということです。

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宮田翔実さん

宮田さん:与えられた仕事が昼までに終わることが増えていって、結構暇な時間ができてしまった。「何か新しい仕事がないか」と先輩に聞いても「ない」と言われました。やる気はあるのに、それをどこにぶつけたらいいのか分かりませんでした。

聞こえないことで仕事が回ってこないのはおかしいと考えた宮田さん。上司に直談判しましたが、思うような対応はしてもらえず、結局1年半で退職しました。

こうした経験をもとに、この会社では今、ろう者・難聴者を雇用する企業の研修事業に力を入れています。これまで研修をした企業は、およそ100社。職場の悩みや不満を聞き取り、改善策を探ってきました。

働く人から寄せられた声は
「ミーティングで話の内容が分からない」
「聞こえないことを理解してくれないから、積極的になれない」
「楽しそうに話しているのに入れない」 
などさまざまです。

一方、企業側も
「YES-NOで答えられる指示になり、理解できているかが分からない」
「筆談では時間がかかり、業務外の話ができない」
と、戸惑いを感じていることが分かりました。

基本的なコミュニケーションがとれていないこと。そして、解決策が分からないことが、職場の働きづらさを生んでいたのです。

音声認識アプリでコミュニケーションを見える化

尾中さんたちの研修を受け、職場改善に取り組みはじめた企業があります。

およそ300人のろう者・難聴者が働いている、自動車部品などを手がけるメーカーです。

面談をすると、機械音が鳴り響く現場で聞き取りがうまくできず、困っている社員が多いと分かりました。そこで、すでに自社で開発していた音声を認識するアプリを改良し、情報をすべて「見える化」したのです。

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アプリを利用する社員

開発者の笹川直人さんは、アプリの効果に手ごたえを感じています。

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笹川直人さん

「工場の雑音がひどい中でも、工場の現場でしか使わない単語などを登録して、実際に話している内容の通りに文字おこしができます。コミュニケーションしやすい環境を構築できたと実感しています」(笹川さん)

従業員の寺村愛冬(あいと)さんは、アプリを利用してから仕事が楽しくなったといいます。

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寺村愛冬さん

寺村さん:(アプリが)できたあとは、会議や朝礼で大切なポイントや話の内容がほとんど分かるようになり、自分に必要な情報を知ることができて仕事に集中できるようになりました。みんなの顔を見て笑い合ってコミュニケーションがとれるようになり、仕事もさらに楽しくなったのでよかったです。

岩田さんも職場での円滑なコミュニケーションは、働くモチベーションにつながると考えています。

岩田さん:会社は毎日通うところです。仲間と一緒に仕事をしてチームの雰囲気をつかみながら楽しく働く。仕事が終わったあとには「お疲れさま」と言ったり、一緒にご飯を食べに行ったりする。そういう楽しみもあると思います。でも聞こえないと、コミュニティに入りにくく、つい仕事だけに集中して仕事のためだけに通うようになり、モチベーションが下がってしまうこともある。コミュニケーションは本当に大切だと思います。

聞こえる側にとっても、聞こえない人とのコミュニケーションは少し勇気がいること。そこで、志磨村さんは自身の「トリセツ」を作成しました。

「飲食店など騒がしい場所では聞こえにくい」といった具体的な説明や、「補聴器がついている左側に立ってほしい」など、お願いしたいことが書いてあり、職場で見てもらっています。

画像(志磨村さんが作成した「トリセツ」)

志磨村さん:よく誤解されるのは、ただ音が小さく聞こえると思っている人が多いということ。でも実際はそうじゃなくて、言葉がひずんで聞こえるから、そういうことも理解してもらわないといけません。補聴器をつけても聞こえにくいことがあるというのも書いてあります。相手の時間のあるときに読んでもらって、分からなかったらその都度聞いてもらったりして使っています。

聞こえる人に対して、自分の聞こえをわかりやすく説明したり、お願いしたい配慮について伝えたりすることは簡単なことではありません。しかし、志磨村さんは、このトリセツを作る過程こそが大切だといいます。

それは、「自分の聞こえってどんなものだろう?」と改めて考える時間をもち、自分のことを知ろうとする、その作業が結果として、相手に自分のことを知ってもらい、相手のことも知るきっかけになるからです。

当事者の二人から、新生活を迎える方に向けてアドバイスがあります。

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志磨村さんと岩田さん

岩田さん:最初からスムーズにコミュニケーションがとれるということは、ほぼないと思います。あきらめないこと。何度もチャレンジすることが大切だと思います。

志磨村さん:コミュニケーションって相手がいてこそ成り立つものだから、知ってもらいたい、相手も知りたいという気持ちで歩み寄るのがいいのかなと思いました。

自分の聞こえや必要な支援について、わかりやすく言語化して伝えることが難しい子どもたちのために、岡山大学病院耳鼻咽喉科が作成した、学校の先生向けのパンフレットがあります。

このパンフレットは難聴児についてのものですが、「全体集会の時、マイクの音量が大きすぎると音が響いて頭が痛い」「聞こえていないのに、周囲に無視をしたと受け取られることがある」といった学生生活での困りごとや、「具体物・指さし・身振り・ジェスチャーなどを活用する」「他の子の発言を復唱して伝え直す」といった、授業で必要な配慮について記載されています。

パンフレットのダウンロードページは、こちらをご覧ください。(ページ内、「生活を支援する制度・サービスなど」の項目に含まれています)
「難聴をもつ小・中・高校生の学校生活で大切なこと : 先生編」

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世界のトビラ 大英博物館の手話ガイド (ロンドン)

世界各地の聴覚障害の人の暮らしを紹介する「世界のトビラ」。

今回はイギリス・ロンドンで長年暮らしているろうの南村千里さんです。

南村さんの職場のひとつ、大英博物館は世界最大規模のコレクションを誇り、人類の歴史や文化を学ぶことができます。南村さんは、イギリス手話で展示物の解説をしています。

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イギリス手話で展示物を解説する南村千里さん

仕事をはじめて10年、訪れる人たちの学びに対する意識の高さを感じています。

ツアー参加者:いろんなこと、特に歴史をもっと学びたいと思っています。なぜなら歴史を知らないからです。私は軽度の難聴として聞こえる人の学校に入れられ、発音練習をさせられていたため、学ぶことのできた教科が少なかったのです。この作品解説は手話によるものなので、とても分かりやすいです。

ツアー参加者:みんなも積極的により多くの知識を身につけるべきだと思っています。今回、千里によるツアーに参加して、私の知識がより豊かになりました。ありがとう!

かつて、手話での解説は、聞こえる解説者に手話通訳が同行する形で行われていました。しかし、さまざまな問題が明らかになります。

南村さん:例えば、聞こえる解説者が「そこに小さなエンジェルが描かれていますね」と言って、手話通訳者がその天使の場所を探して見つけたときには解説がどんどん先に進み、手話通訳が追いつけなくなります。

ろう者自身による手話解説が始まったのは、20年ほど前から。「学びたい」という強い思いが、実現を後押ししました。解説のツアーが終わったあとはパブやカフェに集まって、「さっき見た絵のことをどう思う?」と語り合ったり、個人的なことを語り合ったりして交流しているそうです。

当事者の声で進化していったイギリスの手話解説の事例。利用者であるろう者・難聴者自身の意見を伝え続けた結果、より充実したサービスへとつながったのです。

番組ではこれからも、ろう者の立場、難聴者の立場、聞こえる人の立場で情報を伝えていきます。

学校アート 『古(いにし)えの海』 五十嵐莉奈さん

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『古(いにしえ)の海』

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今回の画伯
新潟県立新潟聾(ろう)学校高等部
(現:新潟県立新潟よつば学園)
五十嵐(いからし)莉奈さん

五十嵐さんの作品『古(いにし)えの海』は、海中の世界が色あざやかに描かれています。

莉奈さん:ゴッホの色を参考にしました。色が足りないかなと思ったときには、3色、4色と色を重ねると、より迫力が出ます。

海の中には森、熊、サケの姿が。森や川、自然の営みすべてによって美しい海が生まれていることを表しました。色あざやかで豊かな海に込められているのは、ふるさとの美しい海を守りたいという思いです。

小さいころ、お父さんと一緒によく釣りに出かけていた五十嵐さん。魚の間に描かれているお父さんにも注目です(緑色の魚の近くにいます!)。


※手話キッチンレシピはこちらからご覧いただけます。手話キッチン 毎日のごはん スイーツ

※この記事はハートネットTV 2022年3月29日(火曜)放送「#ろうなん~ろうを生きる難聴を生きる~創刊号!」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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